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ep47

校庭の片隅で麻相を出迎えた陽子だったが血で染まったブレザーに言葉を失った。

怪我は治癒にむかっていると把握はできたのだが念のために受診を勧めた。

陽子が付き添い臨時救護室へ向かった。

薄汚れほつれや破れのあるブレザーとズボン、惨憺たる麻相の身なりは好奇の目を引いた。

右腕の血痕はすれ違う誰もが二度見するほど酷いものだった。

救護室の前では騒ぎを聞きつけた陽子の父母も見に来ていた。

医師が在勤時間外だった為に受診はできなかった。

常駐する看護師に応急処置をしてもらい経過観察となった。

右腕はともかく右足の応急処置にはズボンを脱ぐ羽目になった。

陽子が立ち会う中でもあり三日分の体臭が漂ったのを麻相は気になっていた。

気恥ずかしさもあったが怪我の具合いも心配だった。

流血の痕が生々しいが出血が止まりそこまで酷くない。

ただし今晩の入浴はやめるようにと看護師から言われた。

明朝、医師が在勤時に改めて受診するよう促された。

ブレザーは破れやほつれ、シャツも血まみれだった。

このまま着続けることは出来ない状態になっていた。

それでも着換えがないためこのまま着続けるしかないと麻相は諦めていた。

麻相の顔からは覇気がないことを陽子は気になっていた。

青田市では想像を絶する出来事があり、精魂尽き果てるまでそれに対処に奔走していた。

今晩はゆっくり休ませてあげたいと陽子は気遣った。

この後は避難所入所の手続きをするために麻相は身動きが取れない。

なによりも身一つで避難所へ来たことは分かっていた。

麻相に代わって衣類の買い出しに行くと陽子が言い出した。

陽子の頼みを聞き入れ父親の運転で量販店へ向った。

父親は気が進まなかったが麻相の有様に見て見ぬふりはできなかった。

陽子はシャツとデニムパンツを選ぼうとしていた。

しかし父親はスウェットを勧めてきた。

避難所生活ではリラックスできるものがいこと。

体形を選ばないことから間に合わせの衣類としては最適だと言い張った。

結果的に父親の言い分を飲んでスウェット、フリースのミドラー、下着、靴下を買った。

陽子と父親が小学校体育館に戻ってきたものの麻相の姿がなかった。

入所手続きが終わると待ち構えていた警察官に連れていかれた。

事情聴取を受けているが長引いていると母親が心配していた。

ここにきていくつか辻褄が合わないことに母親は疑問を感じた。

高校が襲撃された際に別々に避難したと陽子は言っていたが言葉を濁したと捉えていた。

青田中学出身者は陽子と共に集団下校してきたと聞き及んでいる。

そこに麻相が入っていなかった。

陽子と麻相の仲ならば無理にでも連れて下校してきたはずだからだ。

麻相が負傷していたなら尚更である。

麻相と陽子が銃撃を受けた、ただし麻相ともども無傷だったと陽子から直に聞いている。

その時に麻相が負傷したなら陽子が見落とすわけがない。

麻相がやせ我慢をして無傷と言ったかもしれない。

しかし制服についた血の量からすれば大怪我だったはず。

その酷い怪我の治療に救護室へ連れていく際にも妙に落ち着いていた。

隠し事があると母親は勘繰ったが今は追及はしないことにした。

麻相が身を挺して陽子を守ったことは父親も伝え聞かされていた。

その場面を目撃していた青田高校3年B組の生徒からの証言だから信憑性が高かった。

厳然たる事実として父親が聞き入れはしたものの、麻相と陽子が仲に疑念を持った。

どう贔屓目にみても女性ウケのいい風貌ではなく、口がうまいようにも思えない。

自分の娘が麻相に惹かれる理由が思い当たらず父親は困惑していた。

ロクでもない男に引っかかったとしか見えていなかった。

そんな父親の心情を陽子は察してはいた。

説明しても理解されない出来事ばかりなので陽子としては黙っているしかなかった。

警察が麻相に固執したのは高校襲撃の状況からだった。

暴漢のリーダー格と推測された高崎はかつて不良グループを率いていた。

そのグループに麻相が所属していたこと。

その高崎が今回の事件を起こすにあたり昔の仲間を誘っていたこと。

これが生徒の証言から出たため麻相に事件関与の嫌疑が掛けられた。

麻相がその誘いを拒絶したことは無視され、事件に関与したものと見做されたていた。

高崎から至近距離で銃撃を受けたものの命に係わるほどの怪我ではなかった。

それもあって身内同士での傷害事件として片づけようとしていた。

麻相とて警察のやり口はわきまえていた。

過去二度の補導時と告発時の対応が冷淡かつ苛酷だったために知りつくしたと言えるかもしれない。

刑事の口車に迂闊に乗ると矛盾点を突かれて痛くもない腹を探られる。

必要以上のことはしゃべらず、都合が悪くなりそうな事柄は知らぬ存ぜぬで通した。

高崎に悪事に参加するよう脅迫されたが拒絶した。

女子生徒を人質に脅されても拒否したため激高し撃ってきた。

女子生徒の盾となったが自分は右腕と右足を負傷してしまった。

なんとか逃げ出したものの気が動転して自宅とは真逆の方向へ向ってしまった。

山中を三日間ほど彷徨い、ようやく池口市へたどり着いた。

池口市のどこを歩いたのか覚えていないが、煌々と灯の灯った小学校にたどり着いた。

都合のよい嘘をつき、当たり障りのない事だけを言うに留めていた。

もちろん、高校から逃げた後の足取りにアリバイはないので信用してもらえるわけもない。

青田高校から山中に逃げる途中で民家や通行人に助けを求めることが来たはず。

池口市にたどり着いた後でもそれは十分に可能だと目されていた。

助けを求められなくても右腕の流血を見た通行人から通報があるはず。

それにもかかわらず誰にも目撃されずに見田小学校に到着している。

矛盾と疑問だらけの麻相の行動は付け入る隙がそこかしこにあった。

答えに窮していると脳裏に陽子の声が聞こえてきた。

思いだしたように麻相は付け加えた。

一昨日の夕方、後塵山の山中でTV局クルーと思われる三人組がいたこと。

その後を着けてくる黒ずくめの男たちがいた。

暴漢たちの仲間と思い込み、その場で身を隠しやり過ごした。

その日はそこで寝てしまい夜が明けてから山頂にたどり着き、そこが後塵山であることが分かった。

現在地がわかったものの、登山道を下るのは暴漢と出くわしかねず危険と判断した。

登山道から外れて池口市側へ降りたため時間がかかってしまったと言及した。

その【TV局クルー三人組】は警察当局が身柄を拘束した後に開放していた。

その事実は当局だけが把握しておりマスコミにも伏せられていた。

その時間帯に麻相が後塵山山中に居た事が証明される形になった。

陽子のおかげで難を逃れることが出来た。

事情聴取は池口署だけではなかった。

池口市と青田市の職員も同様の質問を繰り返し聞いてきた。

警察ほど苛酷なものではなく残された市民の有無に重点が置かれた。

それには心当りはある。

市民病院も食料枯渇の状態であることは分かっていた。

山崎の困惑する顔が浮かんできたが麻相の逃走経路ではそれを知っているは可笑しくなる。

心苦しいがあえてそれは口にしなかった。

質問攻めから解放されたのは午後9時半を回ってからだった。

消灯まで30分を切っていた。

体育館に入るとパーテーションで区切られた一区画を案内された。

パイプフレームに膜を取り付けただけの簡易なものだったが整然と並ぶ様は圧巻だった。

【お一人様向け】に区切られた最も外側の区画には片側に見知らぬ住民がいるだけ。

もう片側は通路に当てられていたが、体育館入り口から遠いため人の行き交うのは稀だった。

パーテーション内部には段ボールベッド、マット、シーツ、毛布が置いてあった。

菓子パンとペットボトルのお茶、衛生用品と至れり尽くせりではあるものの必要最小限の感はあった。

しばらくして陽子が顔を出した。

「スウェットなんだけど、父さんがこれでいいって言うから。」

新品の衣類を手渡した。

制服の右袖は血の浸みが酷く相当な出血だったことが分かる。

山崎がヒーリングしてくれなければ出血が続いて命が危なかったはず。

右腕を庇うような仕草が見えるのは痛みが残っているからだと陽子は感じた。

量販店の袋の中身を見た麻相の顔に安堵感の笑みがこぼれた。

「ありがとう。お金は明日でいい?」

既に寝ている者もいる為に小声でのやり取りになった。

「お金のことはいい。お風呂は?今日は遅いから無理。明日になったら一緒に行こうよ。」

「温泉施設って聞いたけど、どれくらい離れてるの?」

「車で15分くらい。歩いて行くのは止めて。風邪ひくから。」

麻相が自分の身なりをしげしげと眺めた。

二の腕、わきの下、首元の匂いを嗅ぎ体の汚れ具合を測っていた。

「明日の夕方、一緒に車で行こうよ。」

「いいよ。迷惑がかかるから。」

建前として遠慮はしたものの場所が分からないのはお手上げだった。

車で15分ならば徒歩で30分程度と麻相は推測した。

12月の寒空、満足な防寒着もないままに湯上り後に30分も歩くのは過酷に思えた。

「こんなことで遠慮しない。」

頼れるものは頼れと追わんばかりに陽子は言い張った。浸ける

「明日、医者に見せてから。湯に浸けるなって言われたから。」

湯舟に入れないばかりか頭も洗えないようでは行くだけ無駄に思えた。

体を洗うだけでもと麻相は物見がてら日帰り温泉施設に行ってみたくなっていた。

麻相の気持ちを感じ取った陽子はあすの予定と連絡事項を伝えた。

明日朝九時には小学校の空き教室で臨時のホームルームが開かれるので出席すること。

試験途中の二教科の扱い、残りの二学期の有無と評価方法、三学期に日程などの連絡がある。

ラインでの連絡も可能だがスマホを使えない生徒も一部にいる為に教師が直接出向いてくるようだった。

麻相の制服についてもそこで教師に相談に相談した方がいいと陽子は言った。

三学期の約二か月のために制服を新調するのも無駄な出費になってしまうからだ。

さらには麻相は教科書、問題集の一切を学校と自宅に置いてきたことにするべきと陽子は提案した。

今現在、受験勉強ができない事も訴えるべきだと陽子は言及した。

そこまで話すと陽子は麻相の耳元へ近づいてきた。

体臭が気になった麻相はのけぞって逃げたが陽子が首筋に手をかけて引き寄せた。

皮脂に埃が付いた首筋は不快な感触があるはずが陽子は意に介さなかった。

白根町四丁目の出来事は今は誰も知らないとさらに小声で言った。

麻相が一切を無くしたことはまだ誰にも話せない。

自宅、所有物の一切が消失したことは口に出さないことと陽子は念押しをした。

その事実がテレビで報道されてからでないと怪しまれるからと真剣な眼差しで麻相に諭した。

黙って頷いた麻相だがそれを他所に明日の予定を考えていた。

衣料品、生活用品の購入が必要。

それには銀行から金を引き出さねばならない。

財産管理を任せている弁護士へ連絡して追加入金の依頼が必須。

今現在の財布には学生証、銀行ATMカード、弁護士への連絡先、小銭が少々有るだけ。

銀行口座の残高は十分にあるはずだがこれからしばらく続く避難所生活には心もとないものだった。

スマホは手元にない、自宅に置きっぱなしだとするしかなかった。

こちらからは公衆電話から連絡できるが、弁護士からは直に面会しに来るしかない。

それを伝える連絡だけでも必要だと麻相は考えていた。

「腕、痛む?」

「銃で撃たれるってこんなに痛いんだね。」

麻相は顔をしかめて右腕をさすった。

陽子は突然身を乗り出して麻相の右上腕の包帯に触れた。

陽子の手から温もりが伝わってきていた。

ーーよかったーー

真一文字に結んだ口と柔らかな眼差しだった。

麻相は黙って頷くだけで言葉を発しなかった。

右腕の痛みが徐々に和らいでいくのがわかる。

麻相はそれまでの張り詰めた気持ちまでもが和らいでいくのを感じた。

手をゆっくり離すと陽子はパーテーションの外に出た。

「また、明日ね。おやすみ。」

陽子は自分のパーテーションへ帰っていった。

森本家のパーテーションとは2ブロック離れていた。

遠いと麻相は感じていた。

陽子を見送ると麻相はパーテーションのカーテンを降ろした。

衛生用品の中からウェットティシュを取り出した。

汚れた制服、下着の一切を脱ぎ捨てると丸めてゴミ袋へ投入した。

全裸に右腕の包帯が痛々しい。

そんな体をウェットティシュで拭いた。

右腕の自由が利かず拭きにくい部分もあるが痛みを堪えて腕を動かした。

ウェットティッシュが瞬く間に茶色く汚れていった。

真新しい服を着るのに汚れたままでは申し訳ないからだった。

作者談:麻相と陽子の人物設定、都合よすぎると感じている方も居るでしょうね。

私自身がそう思ってますので。

先日、この件でつらつらと回想していたところある映画を思いだしました。

私が少年期に観た「スーパーマン」(クリストファー・リーブ主演)です。

クラーク・ケントは凡人(かそれ以下)の新聞記者、反してロイス・レインはヤリ手で超優秀。

こんな二人が恋に落ちるのですから米国的だよなあ~と。

この設定は作品が変わり俳優が変わっても面々と引き継がれていますから普遍的なテーマです?

私が妄想する作品は女性が優秀な場合が多いです。

私に多大な影響を与えてくれた女性に感謝してます・・・・・そして今も夢の中に出てくるのです。


田端の人物設定は当初は「フライ(蠅)」と偽名を名乗る得体の知れない存在にしていました。

超能力の関してあらゆる知識を持ち、麻相に助言をする立ち位置は変わりません。

素性と豊富な知識の出所は明確にしておく必要があると考えて「田端」に設定を変更しました。


山崎は麻相より一年下の青田高の生徒、麻相に思いを寄せ陽子のライバルとの設定でした。

しかし麻相の人物像をあのようにしてしまうと嫌われることはあっても好かれることはありません。

人知れず思いを寄せる下級生はありきたりであると考え、まったく別の「年上の女性」に変更したのです。


牧は・・・・・・人数合わせのためだけ。


椚原は青田高生徒、麻相の同級生との設定でした。

一旦は避難したものの超能力に目覚め、麻相たちの力になろうと青田市に侵入する。

その最中に人質に取られたカノジョを救おうとして銃撃される「悲劇のヒーロー」でした。

これまた都合よすぎと思いあのような末路を辿る「麻相の幼馴染」としました。

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