ep46
今にも雨が降りそうな低い雨雲の下、信用金庫にたどり着いた。
車が行きかうこともなく人通りもない、音というものがほとんどない。
廃墟のような街並みだった。
麻相に疲労度は高く牧に肩を貸してもらいようやくのことで歩けていた。
二階会議室に入るとそれぞれが食べたいパックを選びだした。
男どもはカップ麺、アルファ化米、フリーズドライ味噌汁の【ラーメンセット】。
山崎は低カロリーカップ麺一択だったので迷う事はなかった。
田端は湯沸室へ、牧はアルファ化米とカップ麺を開封し準備を進めた。
麻相は会議椅子に腰かけて茫然としていた。
山崎は腰にジャケットを巻き付けたまま更衣室へ向かった。
「麻相、ダイジョウブか?」
牧が心配していた。
「・・・・あ、あ~はい。」
返事に若干もたつきがあった。
麻相は大きく深呼吸をした。
「深堀りされると面倒ですよね。元自衛隊員としても。」
麻相が呟いた。
無理にでも世間話をしようと牧が何度かぼやいてきた事を話題にした。
「避難した誰かがスマホでナナヨンとヒトロクを撮影してたかもしれないな。
ネットに曝されたら隠すことはできないよな。
除隊した俺としては蚊帳の外、現役組、私服組の皆さん、頑張ってとしか言えんわな。」
「どう決着がつくんですかね?」
「さあな。国の偉い人が決めることだ。当たり障りのないところで落ち付くだろ。」
細部を突っつかず有耶無耶なうちに時間が過ぎ、皆が忘れるのを待つ。
それがこの国の決まりとでも言いたげだった。
「にしてもよお、ラスボスが署長だったとは驚きだったな。
高崎は不良だったんだろ、どこかで署長とは繋がりはあったんだろうな。
元自衛官5名、こいつらがどこでどうやって署長の口車に乗ったのか俺にゃ分からん。」
ポットを手にした田端が入ってきた。
薄手のポロシャツ姿は見てるこちらが寒気を感じるほどだった。
田端はカップ麺、アルファ化米に熱湯を注ぎ込んだ。
「警察署前にヒトロクが置いてあった理由がなんとなく想像がついた。」
それを眺めつつ田端にも聞こえるように話した。
「理由ですか?」
「状況証拠だけだから何ともな。
あのまま署長室に立てこもって救出されるまで待つのも有り、状況が許せば逃走もできる。
二通りの作戦だったかもしれん。」
「それは俺も考えてた。戦車では遅いから逃げきれない。あのタイヤ付き戦車なら速いんだろ?」
「100キロは出ます。」
「へえええ~、やっぱ逃走用に手元に置いてあったんだあ。」
「タイマー、スタート、と。」
牧はスマホを操作し、調理時間を測り始めた。
着替え終わった山崎が入ってきた。
デニムパンツから茶色セミロングのスカートに変わっていた。
「あの、これ、洗ってからお返しするわけにはいきませんか?」
田端のジャケットを手にしていた。
「ああ、いい、いい、気にしなくても。すぐに着るから。」
ジャケットをひったくると即座に羽織った。
「ああ、でもォ。」
汚れた着衣をそのまま返したことに山崎は罪悪感を覚えた。
しかもただの汚れではない。
田端はそんなことはみじんも感じさせずジッパーを上げた。
「洗い終わった頃にまたここに来ることになる。二度手間だよ。」
「宅配も出来ますよォ。」
「俺んち、山奥だから配送料高いよ。だから、いいって。」
田端は一方的に話を断ち切った。
山崎も会議椅子に腰かけて肩を落とした。
「しかしよお、麻相、俺たち20トンのヒトロクを倒したんだぜ。自慢してもいいよな。」
牧は自分の力がどの程度の威力があるのか把握できないまま今日まで来ていた。
麻相との合わせ技とはいえ超重量級の機動戦闘車を横転させたのは自己新記録に思えていた。
火事場の糞力に誇らしい気持ちになっていた。
「20トン?」
「空装で20トン少々、底部に追加装甲があったから諸々含めて約24トンだな。」
「そうかあ、そんな力が・・・・」
麻相は掌を見て感慨にふけった。
「俺じゃあ、とても無理。20トンかあ。」
田端は感慨にふけった。
「牧さんも最後になってとんでもない力を出したよねえ。」
いつになく牧が本気で田端を賛美した。
田端も腰かけると椅子に体を預けた。
「あれは‥‥力を借りただけ。雨雲があったから。
古文書の一節を思いだしただけ。
たださあ、呪文を唱えて印を結ばなければ力が出ないなんてダメだよねえ。
牧さんたちは特別な構えをしなくても力を出せるから、それがホンモノだよ。」
お手上げと田端はポーズをとって見せた。
「俺だって右前の構え、空手のポーズから入ります。」
「精神を集中するプロセスなんだろうけど、今すぐに対応できないもどかしさ。」
田端は口惜しそうだった。
「言いっこなしですよ。力を出す、必要とする状況が頻繁にあるわけじゃなし。」
田端と牧の会話を麻相は傍で聞き続けるしかなかった。
脱力感が激しく喋る気持ちが萎えていたためだった。
特段に身構えることなく力を出せていた、強いて言えば感情の赴くままに力を出した。
これではコントロールできない危険性がはらむ。
田端や牧、陽子にも迷惑が掛けてしまったと自らの力の発現を恨んだ。
「山崎さん、疲れてませんか?」
「ちょっと、疲れてますゥ。ヒーリングは体力の消費が大きいですゥ。」
「田端さんの骨折に麻相の擦過銃創、肉欠損だからなあ。」
「森本さんにヒントをもらいました。」
それを聞いて麻相が反応し顔を向けた。
「森本さんが過去の事をビジョンで送ってくれた中にありました。」
倉庫での一件だと麻相は思いだした。
忌々しい記憶を消去したい気持ちだった。
そんな麻相の思考を田端は覗いていた。
「麻相君と森本さん、最強のカップルだよね。」
微笑みながら田端はつぶやき、牧と山崎も頷いた。
麻相は顔を上げ何かを言おうとしたが言葉にならず表情に覇気が無かった。
カップ麺が出来上がり4人がそれぞれに食べ始めた。
空腹だったためか4人とも食べる事に集中していた。
それを食べ終わるころにはアルファ化米が出来上がり男どもはむさぼるように食べた。
手持無沙汰な山崎は皆の味噌汁に湯を注いだ。
「牧さんは専業農家さん?」
「そうです。あ、そうだ、折角知り合えたんだ。」
食べかけのアルファ化米を置き、ポケットに手を入れつつ立ちあがった。
カードケースから名刺を取り出し田端に両手で差し出し頭を下げた。
「わたくし、こういうものです。以後よろしくお願いいたします。」
牧も慌てて立ち上がり両手で受け取った。
「これはご丁寧に、どうも。」
双方が会釈をし合う様はビジネスシーンそのものだった。
それが終わると山崎、麻相の順に名刺を配った。
「やっぱ田端さんは企業にお勤めだったようだ。」
「昔のことだよ。へええ、CEOとは大したもんだ。」
田端は名刺を見ながら感心していた。
梨、桃を扱うアグリ事業団体の代表者としての肩書があった。
「協同組合じゃこれからはダメだろうって、カタカナ表示に変えただけ。」
田端と山崎は恭しく財布に仕舞い込んだ。
麻相はジャケットの裏ポケットに無造作に入れた。
「そうだ、このメンツだけにサービスしとこう。桃と梨の時期に遊びきたら好きなだけ食わしてやる。」
「好きなだけ?」
「わああああ~」
麻相と山崎は奇声を上げた。
「そこの事務所に俺を尋ねて来てよ。牧修の名前を出せばいい。
いいかあ、これSNSで発信するな。ここで一緒になったよしみだからな。
ただ、信用できる連れか彼氏彼女なら一緒に来てもいいぞ。」
「いつか必ずゥ。」
山崎ははしゃいだ。
「田端さんちも農閑期ですよね。」
「そうでもないんだ。白菜の育ちがイマイチでね。出荷できないかもしれない。」
「自給自足とか言ってませんでした?出荷ですか。」
「耕運機とか動力に頼ってる。燃料代だけでも稼がないとダメだからね。」
「ああ、あれは頭痛いですよね。肥料に農薬を買い込むと結構な金ですからね。
そうだ、田端さん、いつか遊びにってもいいですか?」
牧が唐突に尋ねた。
「いいけど、俺んち、何もにないよ。自給自足の野菜と自分ちだけの米を作ってる。」
「十分ですって。自給自足で必要な耕作面積を知りたいだけです。
就農希望者のモデルケースとして参考にできますからね。」
「参考になるかなあ。」
農家同志で会話が続くのを他所に山崎が麻相に話しかけた。
「麻相君は進学ですよねェ。志望校はァ?」
「進学ですけど、その先は恥ずかしいので・・・・」
麻相のあの成績では行き先は限定されるため校名を言う気が起きなかった。
「そうですかァ。受験勉強、頑張ってください。それさえ乗り越えれば何とかなりますゥ。」
山崎の力ならば志望校は簡単に知ることができる。
それには触れず聞き流してくれたのは気遣ってくれたからだと麻相は感じた。
「山崎さんと違って俺は出来が悪いから。」
弁解する麻相に山崎は首を振った。
「取り柄の一つや二つはありますよォ。そこを伸ばせば活躍はできますゥ。」
こんな言葉をかけてもらったのは中三以来だった。
「山崎さんは4月には大学病院に戻られるんですよね。」
「その予定ですゥ。でもォ、研究をやりたいと考えてますゥ。」
「えっ?臨床医を止めるの?」
田端が声を上げた。
「カウンセリングでもですねェ、患者さんと向き合うのは性に合わないのかな、って。」
「それは残念。でも進路が決まっているから心配はないよね。」
自分への当てつけかと麻相は勘繰った。
進路が未だ定まらず、自分を将来像を想像できずにいた。
「俺も学生時代、何になるか決めてなかったからね。何とかなるさだったよ。」
麻相の心情を察してなのか意外な話しだった。
牧は自衛隊、山崎は精神医学との明確な志望があった。
田端もかつては麻相と同じくあてのない将来像を描いていたことになる。
この道と進路を定めていない先輩が居ることに麻相は少しだけ安心した。
皆が食事を終えて空容器の処分が終わると牧が窓の内張を剥がすと言い出した。
麻相も手伝うと申し出たが田端と二人だけで行なうと言って聞かなかった。
麻相の回復が不十分だからというのがその理由だった。
田端と牧が窓の作業に取り掛かると山崎は湯沸室へ行き掃除を始めた。
暗幕と板、ブロックを階下の倉庫へ田端と牧が二人がかりで運び込んだ。
しばらくして戻ってきた二人に静かにするよう山崎は小声で注意をした。
会議室の床では麻相が寝ていた。
昨日とはまるで違う安らかな寝顔だった。
会議室の片隅に三人が固まって麻相を見守ることにした。
その時、田端が山崎とアイコンタクトをした。
「いいかな?」
小声で尋ねる田端に山崎は頷いた。
麻相が熟睡していることを山崎に確認したのだった。
「麻相君が執拗に狙われた理由、麻相君だけを殺す目的だったのでは?と考えてる。」
田端が切り出した。
「麻相の存在をうざったいと考えた奴がいた、署長とか?」
「署長が文字どりのラスボスならばここでストーリーは完結するだろうね。」
「他の奴らも本当の目的を知らされないままに動かされていた、そんな感じかな。」
「署長の口ぶりでは、革命を起こしてこの国を変えろと扇動したようだけどね。
そんなことが本当にできると考えるとは浅墓というしかない。しかもたったあれだけの人数で。」
「そう仕向けた本当のラスボスがどこかにいるのか。そんならこれからも麻相は危険だな。」
「だろうなあ。ナナヨンにヒトロク、二台動かすには現役自衛官の協力が要る。
地方の警察署長の力でどうにかなるとも思えない、黒幕は別に居るんだろなあ。」
「国家機関の陰謀論とか?」
山崎が意外な事を言い出した。
「何とも言えない。日本という国が超能力の存在を認めているならば、だな。
今のところそんな状勢とも思えない。
得体の知れない力に頼るよりもしっかりと数値で把握できる力に頼る、これが日本人の感覚でしょ。」
牧らしい意見だった。
「麻相君の力はこれから伸びる。
今でさえ滅波が使える、滅波を自在に使えるようになったら敵にとっては脅威だよ。」
「今なら麻相を抹殺することができるから、かな。」
「この街で起きたことも麻相君一人をターゲットにしたと考えることもできる。」
「遠回しだな。それに大がかりだよ。住民にとってはえれえ迷惑だ。麻相には聞かせられないな。」
「そんなラスボスが要るのか居ないのか。
古文書には巨大な力を持つ悪しき者と書いてあった。
昔からそんな奴がいたらしいけど、なにしろ文字で残っているだけで証拠がない。」
「この街へ行って助けてやれって言った奴とは違うようだけどな、今の話では。」
「その人にも興味はあるね。時々、大きな気を感じるからね。」
「そいつなら何か知ってるな。どこの誰だか知らないが東の方角に居ることだけは分る。」
「私たちも気を付けないいけませんよねェ。弱いながらも超能力を持ってますゥ。」
「そうだよね。狙われる危険はある。」
それからしばらく沈黙があった後に山崎が口を開いた。
「麻相君の力を引き出したのは森本さんではないでしょうかァ?」
唐突な物言いに田端は頷き、牧は沈黙した。
「間違いないね。力を持つ者と一緒にいる時間が長くなると相互作用とでもいうのかな。
その素質、資質がある者が相互作用で力を発現することもあるそうだ。
実は御師さんの兄弟子、弟弟子にそのような方がいたそうなんだ。」
「磁石に鉄板を引っ付けておくと鉄板が磁石になるみたいなものか。」
「その例えはうまいね。」
「森本さんは物心つく前から力が使えてたはずですゥ。今は封印したような状態だったはずですゥ。」
「そう感じましたか。俺も同じです。
森本さんの立ち居振る舞いをみていてもどこにも陰りがない。
特別な力を持っていると自覚していないようなんだ。」
「顔いいし、スタイルいいし、アイドルグループに居てもおかしくないよ。」
「目立ちを修正したいですよねェ。目がきつく見える時がありますゥ。」
「おっ、さすが女性。くわしいねえ。」
山崎も修正したのではと二人は勘繰ったがそれは詮索しないことにした。
二人の不穏な思考を山崎もあえて無視することにした。
「でも、まさに美女と野獣だよ。いやこれマジで。」
そう言いつつ田端は麻相の寝顔に視線を送った。
「これからも麻相は狙われる、キツイよな。」
「うん。今は言えない。いろいろとあって参ってるからね。」
「誰かが寄り添ってあげないとォ・・・・・森本さん、ね。」
「森本さんが着かず離れず居てくれる、その存在が大きい。」
麻相が目を覚ますと大人三人は会議室の片隅で椅子を並べてうたたねをしていた。
牧は大の字になり今にも椅子から転げ落ちそうになっていた。
麻相が立ちあがると牧が最初に気が付いた。
「あ、起こしちゃいましたか。」
牧は細い目でしかめっ面をすると即座に柔和な顔になった。
「起きたか。おっ、回復したみたいだな。」
その声に反応して田端と山崎も目を開けた。
「あ、すいません。起こしたようですね。」
麻相はしきりに詫びた。
「気にすんな。自衛隊じゃあ就寝中にいきなり訓練開始、いつものことだ。」
「あはははは、俺たちも寝ちゃってたね。」
妙に愉快そうな田端だった。
時計を見ると5時を回ろうとしていた。
窓の外は薄暗がりになっていた。
会議室内はさらに薄暗く、それぞれが毛布をたたみ更衣室へ片付けた。
誰も口にはしないがここを引き払う時が迫っていることを物語っていた。
会議室、湯沸室では【原状回復】したことを田端と牧が確認して回った。
余った食料は田端が持ち帰り、ゴミは山崎が自宅で処分することになった。
四人はアルコール洗浄剤を含ませたキッチンペーパーでドアノブ等を拭いて回った。
山崎の慣れた手つきは病院勤務ならではといえた。
それが終わると会議室の外、カップベンダーの前でコーヒー片手に集まった。
牧の奢りだった。
「ビールじゃないのが何なんだけど、打ち上げとしてはなあ。」
「それは言わないこと。」
「じゃあ、任務完了、お疲れさまでした。」
「お疲れ様でした。」
「お疲れ様。」
「おつかれさまァ。」
それぞれがカップを掲げて達成感に浸っていた。
手元がようやく見える程度にまで暗くなっていた。
無言だった。
誰も何もしゃべらないのはその時が迫っているのを感じていたからだった。
空のカップを捨て、階段を降り、通用門から出た。
山崎はハンカチでドアノブを持ち、丁寧に吹き上げるとドアを閉じた。
電磁ロックの音が小さく響いた。
空はすっかり暗くなっていた。
通用門の横にある蛍光灯が4人を照らしていた。
「じゃ、牧さん、匿名の電話よろしく。俺も適当な所で所轄と県警に電話する。」
「俺は自衛隊筋と防衛省だな。仲間割れして逃げたから物騒な連中は居ないというさ。」
「病院への食糧補給も頼んでくださいね。」
「もちろんさ。」
「さあ、撤収しましょう。」
「このまま一緒というわけにもいきませんからねェ。」
いつになく感情的な山崎の言動に田端は違和感を持った。
ただ一時の感情表現にすぎないと深くは考えないことにした。
「なあに、また会えるさ。」
「遠くで気を感じたら、あいつ何かやってるなと感じることができるからな。」
「ありがとうございました。色々と勉強になりました。」
かしこまったように麻相が礼を述べた。
「大人としての威厳を見せられたかな、なあ田端さん。」
牧は照れたていた。
「大学受験、がんばれよ。」
「はい、がんばります。」
「受験失敗したら、俺を尋ねてこい。」
麻相はその意味が理解できなかった。
「第一次産業は慢性的な人手不足だからな。やる気がある、体力のある奴は大歓迎。
仕事ならいくらでもある。ま、その気があればだけどな。」
意外な申し出に麻相は虚をつかれた。
これが大人というものだろうと麻相は思った。
「その時は、よろしくお願いします。」
麻相は軽く頭を下げた。
「おう、待ってるぞ。」
牧は満面の笑みを湛えて麻相を見ていた。
「あ、これ、私の勤務時間ですゥ。」
そう言いつつ山崎はメモを渡した。
先日の約束を律儀にも守ってくれていた。
「初診の手続きがありますから一時間は余裕を持たせてください。」
「分かりました。」
麻相の心が病むことが無いよう手を尽くそうとしてくれていた。
山崎がここに勤務医としていられる時間が残り少ない。
麻相を取り巻く状況と今後を考えると心配事は尽きなかった。
それでもできることは限られる、最後は麻相自身に委ねられる。
「森本さんによろしくと伝えてくださいィ。」
「美人のカノジョ、大事にしろよ」
「麻相君も気が向いたら遊びにおいで。
古文書に書いてあることは麻相君にも役立つはずだよ。」
「いつか。遊びに行きます。」
「それじゃ、皆、元気で。」
コンビニ袋を携えた田端は真っ先に飛び上った。
続いて麻相と牧も舞い上がった。
上空で数十メートル付近で田端がホバリングをして待っていた。
麻相と牧も対面で空中で停止した。
牧が二人に向かって敬礼をした。
麻相と牧は慣れない手つきで敬礼で返した。
信用金庫建屋と立体駐車場の間に向かって手を振ると三人はそれぞれの方角へ飛び去った。
上空の三人を見送ると山崎はゴミ袋を片手に家路についた。
皆と別れてそのまま池口市へ向かうはずだったが、麻相は寄り道をした。
白根町四丁目交差点に向かい、その有様を目に焼き付けた。
全てが無くなっていた。
クレーターが大口を開けてそこに存在していた。
永く見ていると虚しさが募るだけだ。
麻相は一気に加速して白根町を離れた。
全てを振り切るように。
昨日よりも格段に速く飛んでいた。
眼下を光の帯が流れていくかのようだった。
ほどなく後塵山山頂まで到達した。
青田市の街の灯は昨日と変らず煌々としていたがどこか虚しさがあった。
山頂を超えると池口市の灯が目に刺さってきた。
生命観あふれる光に麻相は圧倒された。
自身の体を暗闇に隠しつつ目的地へ向かった。
市街地から外れた住宅街の一角に見田小学校が見えてきた。
校庭には車が並び工事用バルーンライトがそれを照らしていた。
校舎と体育間はさらに明るく人が出入りしている様が見て取れた。
体育間から出てきた一人が校庭の外れで立ちどまった。
誰も居ない場所に立ちすくみ空を見ていた。
漆黒の中を飛来する影を目で追っていた。
麻相はその人物をめがけてゆっくりと降下していった。
遠くからでも分かるその笑顔に麻相は安らぎを感じていた。
ーーおかえりなさいーー
ーーただいまーー
作者談:本作のタイトル「不思議な体験」は松任谷由実さまの楽曲タイトルです。
この曲がTVCMで使われた際のメロディーラインからインスピレーションを受けました。
~何かを成し遂げた男が女の元へ、天空から舞い降りる~
こんなラストシーンの情景が高校生だった私の脳裏に描かれました。
つまり、原案通りならばこの章で終幕だったのです。
あの町で起きた事のすべてが不思議な事だらけだったとタイトルと関連付けるつもりでした。
この後の麻相はどうなるのか、読んだ方の想像力にお任せすることもできます。
大人になった私は下世話なことも書きたくなりました。
その後日談も続けて書いていきますのでもうしばらくお付き合いください。
本作タイトルは当時も散々考えて悩んだあげく松任谷由実さまの楽曲タイトルをそのまま拝借しました。
他に相応しいタイトルが思い浮かばなかった、それは今も変わりません。
「幻魔大戦・外伝」なんておこがましいにもほどがある。
 




