ep44
二階のフロア右に署長室と掲げられた扉があった。
左には生活安全課オフィス、奥に会議室、資料室がある。
一見してがそれ等と区別がつかない質素な扉が並んでいた。
麻相には見覚えのある風景だった。
生活安全課オフィスは開け放たれた扉からは書類が散乱していた。
田端が署長室をノックしたが返事がなかった。
ドアノブを回してみたが内側からカギが掛けてあり開くことが出来ない。
もう一度ノックをして呼び掛けた。
「署長さん、居ますよね?武装した連中は居なくなりました。開けてください。」
麻相はその傍らで周囲を見回していた。
中学二年時、二回ほど生活安全課の部屋に連れてこられたことがあった。
少年犯罪専従班に身柄を確保、補導され取調室にて詰問攻めにされた。
辛酸をなめさせられたとはあの事だと思い知らされた。
警察には捕まらない、次回は逃げ延びると心に決めていたほどの黒歴史だった。
しかし、次には自分の意思で警察署に来た。
自分の身を守るために高崎たちの悪事を告発するためだった。
それまでとは違う立ち位置だったため躊躇はしなかった。
すべてが遠い過去にようで、そこがスタートラインだったと麻相は回想していた。
田端は再びノックをした。
「ここに居た警官の方達はどこへ行ったんですか?被害届を出したいのですけどねえ。」
田端が意外な事情を口にしたため麻相は呆れていた。
牧ともどもブラフが旨いというべきか過ぎるというべきか。
見習いたくない大人の言動と麻相は思った。
ドアノブから音がした。
麻相はドアノブに目をやった際に違和感を覚えた。
何の変哲もないドアノブがそこにある、それに疑問がわいてきた。
ドアがわずかに開き外を伺う目が見えていた。
「署長さん?」
田端の声に反応するかのようにドアが大きく開き制服姿の人物が現れた。
「おああ、住民の方かな?」
その細面の男性は安どの表情を浮かべていたが目が笑っていなかった。
「署長の服部です。外の様子はどうですか?」
「武装した連中はどこかへ行ってしまいました。
警察官の方が一人もないのでどうしたものかと思いましてねえ。」
署長は二階フロアに出てきた。
「あなたたちがここに居るということは、武装集団が居ないのは本当のようだ。」
そう言うと麻相の姿を見つめた。
「青田高校の生徒さんかな?残っているとは、驚いた。」
「逃げ遅れましてねえ。武装した連中を避けて避けて、逃げ隠れしていたんです。」
事件発生から48時間以上が経過しているのに逃げ隠れもないものだ。
できることは自宅に籠ることくらいで出歩くのは危険だと誰もが考える。
不自然な事情を話せば痛くもない腹を探られる、田端の言動を麻相は危惧した。
「先ほどの銃声は何だったんですか?でっかい音も聞こえてきました。」
「銃声の後に俺たちも来たので、どうなっているのか、連中はどこへ行ったものか。」
その理由は無理がある、銃声を聞いてきたとはモノズキを通り越していると麻相は思った。
口先だけでは警察を騙せない事は麻相が身をもって経験している。
警察署長を開放したのだから自分たちの任務は完遂した。
長話はやめてすぐにここを立ち去るべきと麻相は思った。
「ところで被害届とは、刑事、民事のどちらですか?」
「えっと、自宅が壊されたんです。判断が付かないので見ていただきたいのですが。
交番にも居ない、警察署にも不在では無理そうですねえ。」
「私も一通りの書類作成はできますからご遠慮なくどうぞ。」
「それよりも、ですね、市民病院が孤立しています。どこかに応援要請できませんか?」
「病院が?そりゃ大変だ。」
「どことも連絡できなくて困っておられるようです。
食料と医薬品を補給してもらわないと大変な事になりますよ。
警察なら非常事の通信方法を確保しているのではないですか?」
「屋上のパラボナアンテナ、あれを壊されたら我々も無力です。」
「地下の有線ケーブルはないのですか?IPR(Integrated Police Radio)とかは?」
署長はしばらく考え込んでいた。
「通信課員も避難してるから専門的なことはちょと。
三階の通信室からひどい音が聞こえてきたので通信設備は壊されてるはずです。
署長室から外への連絡の一切が不通だからすべてダメでしょう、残念ですが。」
署長は諦めきったような顔で三階を見上げた。
「ここに居ても何も変わらない。外へ出ましょう。」
署長に促されて階段を下りて行った。
「先ほどは女性の声も聞こえていたようですが?」
その問いかけに麻相と田端は顔を見合わせた。
小声で話していたはずが二階にまで聞えていたとは想定外だった。
「あの人も逃げ遅れた方です。警察に保護してもらおうと来たようです。」
田端は尤もらしい言葉を並べた。
「それはお気の毒に。青田警察署は見てのとおり、機能してない。」
エントランスから外を見た署長は横倒しのヒトロクを見て驚嘆した。
「キドセンが倒れている・・・・」
署長は車寄せまで歩み出て立ち尽くした。
その背後から牧と山崎が近づいてきた。
「えっ?居たの?」
麻相と田端は声を上げた。
「先ほどの女性かな。」
署長は無表情のまま二人を眺めていた。
麻相と田端はそこはかとない違和感を感じ始めていた。
そして牧と山崎が立ち去っていないことに不安に感じていた。
ーーどうして、先に行かなかった?ーー
ーー署長さん、変ですーー
ーー変?ーー
ーー強い気を感じますーー
ーー気を?ーー
田端と山崎はテレパ氏―で会話をした。
田端は署長の顔を見た。
その顔には生気がなく目に艶が無く虚ろだった。
山崎が感じたという気は次第に強くなり田端の頭を圧迫してきた。
麻相は署長の言動が気になっていた。
ヒトロクを一目見ただけで【キドセン】と言った。
ヒトロクの通称なのだろうが、それを当たり前のように口走るのが不自然だった。
加えて暴漢のリーダー格と似た服装にもかかわらず牧を怪しまなかった。
そして署長室のドアにはこじ開けようとした痕跡がなかった。
暴漢たちの目的が警察署の占拠ならば署長室のドアなどこじ開けている。
それをしなかったのは署長の存在は度外視だったのか最重要人物のどちらかだ。
田端は数歩引き下がり身構えた。
牧も署長の異変を感じ取り右前の構えをとった。
「やっぱり、この人、普通じゃない。」
山崎が奇声を上げた。
署長は車寄の段差を降りると植込みの中ほどまで出て言った。
麻相たちも植栽に降り立ち署長を囲んだ。
「君たちも普通じゃないね。」
署長は静かに冷たく言い放った。
「武装蜂起、こんなことをして何になる。誰もがそう思う、考える。
この街一つを占領したところで日本という国が変わるわけがない。
革命?改革?
一部のとんがった元自衛官とクソガキども、わずか40名で出来るわけがない。
考えの浅い奴らにちょっと焚き付けてやった。簡単に沸騰したから面白い。
その気になって事を起こしたから、それだけは褒めていい。」
「黒幕はあんただったか。」
田端の顔は途端に険しくなった。
「あいつらに銃を渡してたのもあんたか?」
「押収品ならいくらでもあるからなあ。
保管庫から持ち出すにも帳簿を誤魔化せば何とでもなる。」
「あれだけの数だ。簡単じゃあるまい。」
「その通り。他の署の押収品リストは縦覧できる。何かと理由をつけて実物を見たいと言えばいい。
署長というのは便利な肩書だよ。チェックが厳しければ洗脳すればいい、簡単に持ち出せる。」
台本を棒読みしているかのような言い草だった。
山崎は顔を引きつらせて後ずさりし、麻相もつられて下がった。
いきなり銃声がした。
「グッツ!!!」
麻相に右腕から血しぶきが上がった。
「麻相?どうしたっ!!」
右腕を押えてうずくまった麻相を牧が心配した。
牧が銃声の方向を見やると車寄せで猟銃が宙に浮いていた。
グレーのツナギの男たちが投げ捨てたはずの猟銃がこちらを狙っていた。
「外したか。残念。」
署長は舌打ちをした。
「これはサボット弾?だ!気を付けろ。」
強力な弾体に牧は注意を促した。
「なにっ?どうやって??まさか??」
田端は署長を注視した。
署長の背後、警察署建屋前の植込みにはいくつもの猟銃が宙に浮いていた。
誰かが力を使い猟銃を操っていた。
遠方の物体を動かすことができると概念的な知識は田端にもあった。
しかし田端は目視していなければ力で動かすことはできない。
そのために遠隔操作的な力を発揮するのは不可能と思い込んでいた。
それをやってのけてしまう力を持っている。
署長が力を使い猟銃に再装填、麻相を狙い撃ったのは間違いなかった。
それまでに感じた事のない気に田端は圧倒されていた。
麻相の右腕からは血がしたたり落ち、その目に怒気がはらんでいた。
麻相の動向が気になったが三人ともそれどころではなく署長の挙動と猟銃を注視していた。
麻相の呼吸が荒くなり頭が異様に熱くなっていた。
ーーゆっくり、呼吸しようよーー
何処からか声が聞こえた。
そこに居る誰でもない男の声だった。
右腕の痛みを堪えて麻相は立ち上がり深く息を吸い込んだ。
何度も深呼吸をした。
血にまみれた左掌を正面に突き出した。
猟銃の口が発光したもののいきなり黒煙に包まれた。
背後の警察署玄関、エントランスのガラスが甲高い音と共に粉々に吹き飛んだ。
宙に浮いていた猟銃は黒煙もろとも吹き飛ばされていた。
「これは驚いた。君は空気を操れるようだ。」
抑揚のない声音で感想を漏らした。
右腕の痛みをこらえつつも麻相は署長を睨んでいた。
「ならば、なおさら、だ。」
署長が植込みを指さすとベレッタのスライドとフレーム、マガジンが飛び上がった。
空中で組み立てられると銃口は麻相に向けられた。
牧が指さすと植込みのレンガブロックが浮き上がり、署長に向けて投げつけた。
署長の胸に轟音をたてて激突したが動じなかった。
その行為に顔色一つ変えなかった。
発砲音が二発。
一発目は防御したが二発目は防ぎきれず麻相の右大腿部をかすめた。
「麻相ばっか、狙やがる。」
牧は歯ぎしりをしつつレンガブロックを飛ばし続けた。
衝突の激しさから粉々に砕ける多数のレンガブロック、それでも署長は無傷だった。
「力だ。強い。」
田端はこの事実を認めざるをえなかった。
感じる気の大きさだけでも段違いに強い、太刀打ちできない。
麻相と牧の力を合わせて対抗できるのかも未知数、田端は驚愕した。
「お前等四人が残って悪戯してくれるとは思っていたが、想定以上だったな。
お前等の力なぞ知れてるから余興に影響はないと思ったが、クソガキどもを使ったのがまずかったな。」
「俺たちが残ることを?」
テレキネシス以外に予知能力があることに田端の頭は混乱した。
「お前等、何のために残った。こんなことして何になる?報酬はもらえるのか?んん?」
「街を守るため。」
麻相が真っ先に応えた。
「行きがかり上な。お前こそ、武装蜂起した理由は何だ?」
牧が不愉快そうに訊いた。
「理由?特にないな。お前らが嫌いだから。」
「たったそれだけかあ?」
「たくさんの人に迷惑をかけといて好きとか嫌いとか、あり得ない。」
田端は憤慨極まったとばかりに言い放った。
山崎は署長の気に圧倒されて側頭部を押えて顔をしかめていた。
「街を守るとか言ったな。悪い思い出しかないこの街を守ってどうなる?
皆、お前の敵だぞ。誰もお前を守ってくれない。
それでもこの街は守るだけの価値はあるのか?」
話の行き先が危うくなっていることを田端は危惧していた。
このままでは麻相に対する精神攻撃が始まりかねない。
「二週間ほど前だったか、高崎がこの街に戻ってきて悪さをしていると匿名の電話があった。
その電話はお前だろ。」
署長が麻相を指さすと砕けたレンガが舞い上がり突っ込んでいった。
「麻相、避けろ!」
牧の声に反応して麻相は腕で顔を覆った。
同時にバリアを張るが防ぎきれずブレザーのあちこちが裂けた。
バリアを張るのが一瞬だけだが遅れが出ていた。
麻相の気が、力が弱まっていると田端は感じた。
「高崎は使い勝手がいい。捕まえるわけにはいかない。ヤク中でもな。」
「もみ消したのか?」
「警察だって暇じゃない。悪戯電話だとして片付けた。
ああ、ヤク中に仕向けたのは俺だったかな。むか~しの事で忘れていた。
高崎はいい仕事をした。
ギリギリまで追い込んだのはいいが、最後のトドメを刺し損ねた。」
その時、横転したMCVから重苦しい金属音が聞こえてきた。
砲塔上部の重機関銃が麻相らに銃口を向けた。
「バカな!無理矢理にもほどがある。」
重機関銃の銃座を強引に捻じ曲げられきしむ音が聞こえてきた。
可動範囲を超えていると牧は無茶な使い方を危惧していた。
重機関銃の銃口は麻相たち四人に向けられていた。
今の麻相に12.7㎜の弾丸を防げるだけの力は無い。
牧は焦燥に駆られ防御方法を考えた。
「麻相、バリアーってのはどうすりゃいいんだ?」
牧はそのヒントを聞いた。
未知の領域をこの状況でどのように発揮すればよいのか見当がつかなかった。
この緊急の状況では悠長なことを言ってられない、やるしかないと牧は即断した。
ーー空を飛ぶでしょ、呼吸を楽にする、同じですーー
「そおお~かああ!」
牧は大きく胸を張った。
アメリカンコミックのヒーローのように堂々たる姿勢で銃口に体躯を向けた。
重機関銃の咆哮が轟く。
連続で発砲するものの四人の前で弾道が曲がっていく。
地面に刺さる弾もあれば上空彼方へ飛び散る弾もある。
重機関銃はわずか数秒で数十発を発射すると静かになった。
四人の誰一人として負傷する者はいなかった。
麻相の顔に力が無くなっていた。
山崎は側頭部を押えつつも麻相の傍らで右腕の具合いを診ていた。
「田端さん、どうする?どうすりゃ奴に勝てる?」
牧は万策尽きたとばかりに訪ねた。
「物理的な攻撃は通用しない。それはこちらも同じ。どちらかが逃げ出すまでやるのか・・・」
「こっちの体力が切れたらオシマイだ。麻相は休またほうがいい。」
「麻相君ばかり狙ってくるのは何か目的がある。なんでだ・・・・」
そんな時だった。
前から圧迫されるかのような感触を四人が受けた。
情況がつかめず四人は狼狽した。
さらには後ろからも何かで押される感触があった。
前と後ろから強い力で押さえつけられて身動きがとれなくなっていた。
四人ともがその状態で宙に浮かされた。
眼下ににやけ顔の署長がいた。




