ep43
重い曇天の下、牧はグレーツナギの男たちを警察署玄関前に並べた。
牧は仁王立ちになり男たちを威圧した。
グレーツナギの男たちが暴挙に走る可能性も考えて麻相たちは建物の陰に隠れた。
迷彩服の男を絞め落とした場面はグレーツナギの男たちも眺めていた。
そのため牧には敵わないとして早々に恭順の意を示した。
手当てを受けていた迷彩服の男も拘束され牧の足元に転がされた。
牧が絞め落した迷彩服の一人は意識が戻らないままだった。
意識のある二人は余計な事を喋れぬように口にガムテープが貼られていた。
グレーツナギの男たちは事の進捗と方向性はおろか終着地点を見据えていないと牧は見ていた。
「お前らの指揮官はこのあり様だ。俺に歯向かう気のある奴あ、手え上げろ。」
再確認の意味もあり自信に満ちた声音で威圧した。
ツナギの男たちは互いに顔を見合わせ小声で話すだけだった。
牧は脅すような言動でグレーツナギの男たちにいくつもの質問した。
時おり口ごもり不明瞭な発言をしたが必要な情報は聞き出せた。
警察署に詰めていた警察官は迷彩服たちと銃撃戦を繰り広げ、負傷した警官は同僚警官と共に避難した。
警察署長が署長室に立て籠もってる。
暴漢たちの宿営となっている青田高校には迷彩服の1名、他11名が居る。
市役所には5人が常駐し、各トンネル入り口に1名の見張り。
それ以外には占拠した個所はなく、消防署は通信設備を破壊したのみだという。
ここまでは田端と牧が威力偵察した結果とほぼ同じだった。
それぞれの拠点からの連絡方法はハンディ無線機のみで台数が少ないためリーダー格のみが所持。
コールネーム、コードネームは無く、リーダー名か拠点名で呼び出し、要件を伝えるのみだと。
如何にも急ごしらえの組織だと牧は呆れていた。
むしろその方が崩壊のきっかけを作りやすいと考えた。
グレーツナギの男たちは半グレにもなりきれてない、族か族上がりのハンパもの。
統率がとりきれてないのも当然だろうと牧は見ていた。
「お前等の中で次のアタマは誰だ?アタマ張れそうな奴、一歩前へ。」
一同が顔を見合わせて互いに指をさし合い、そのあげく右端の一人が前へ出てきた。
牧はハンディ無線機を右端のグレーツナギに投げつけた。
「市役所と学校にいる連中にこう言え。警察署が機動隊に襲われた、これだけでいい。」
牧の威圧感に気圧されてはいたが素直に従う素振りはなかった。
「言えよ。余計なことはしゃべるな。お前らなどワンパンだからな。」
牧は拳を突き上げた。
グレーツナギは観念したようにハンディ無線機に話しかけた。
それを見届けると無線機をその場の置くよう指示され男はそれに従った。
牧は姿勢を正した。
「以上、解散!」
牧は号令をかけたがその意味を理解できずにグレーツナギの男たちはうろたえた。
「え、でも、俺、俺たち、何すれば・・・・」
「そんなん知るかよ。昼過ぎか夕方にでも機動隊が突入してくる。ブラフじゃねえぞ。
警察署を占拠したんだ、警察のメンツ丸つぶれにしたお前等、どうなっても知らん。」
それを聞くや浮足だち互いに何事かを小声で話していた。
「人間として扱うわけねえからな。たとえお前等の誰かが死んでも事故で処理だ。当り前だろ。」
「そんな、勝てば認められるって・・・・」
「お前らな、今まで好き勝手やってきたんだろ。今更世間に認められるとかムシが良すぎだ。
お前等の仲間だった高崎のグループは真っ先に逃げ出した。嘘だと思うなら呼び出してみろ。」
グレーツナギの男たちは慌てふためき逃走方法の相談を始めた。
「さあ、解散、解散。うまく逃げろよお。」
グレーツナギの男たちは脇目もふらずに走り出した。
駐車場に駐車してあった一台に乗りこむと東方に向かって逃走した。
全員がその場から居なくなったのを確認すると牧は尻もちをついて座り込んだ。
「くふううう~~~、痛えええ。痛ええよおお。」
牧は独り言のように苦痛を訴えた。
独り言にしては大声だった。
麻相たちが建物の陰から出てきた。
「大丈夫ですか?結構やられてた。」
「大丈夫なもんかよ。この野郎、極真会三段だぞ。滅茶苦茶強ええ。」
牧は迷彩服の男をつま先で軽く小突いた。
牧は腹に手を添えたいが痛みが走るため触ることができずにいた。
苦痛に歪む牧を山崎は心配そうに覗き込んだ。
「見せてください。」
山崎が牧に触ろうとすると手を払いのけた。
「よせ。この程度なら経験済み、ダイジョウブだ。
それに、あんたは田端さんのヒーリングで体力を使い果たしてる。回復するまで力を使うな。」
そう言うや凛として立つと田端を見やった。
「極真会ってケンカ空手の?」
田端は驚いたように尋ねた。
「実戦的空手のお手本。本気でやりあうなんてよお、勝ち目ない。マジでいってええ。」
「でも勝てたんですよねェ。」
「これあ、力だ。力のおかげで相手の動きがスローモーションになった。」
牧は自嘲気味だったが喋るのもおっくうだった。
「不発弾処理の事故と同じになったんだね?」
田端は牧の経験談を思いだした。
「たぶんね。動体視力が無茶苦茶よくなったんだろ。その前に当身を食らい過ぎた。」
愚痴をこぼせるだけに牧のダメージは酷くなさそうだと麻相は安心した。
「ツナギ服の連中、簡単に引き下がりましたよね。」
「連中には主体性がなかった、一発かませばてきめんに効く。
自衛官にはヤンキー上がりの奴も来る。そいつ等を相手にしてると思えばどうってこたあない。」
嘘も方便だとばかりに牧は自慢げに語っている。
これは経験の違いだと麻相は感心して聞いていた。
「ここを機動隊が急襲したと嘘の情報を流した。」
「どうしたいんだ?」
「高校からここまで車で何分だ?」
「最短で15分くらいです。」
麻相が即答した。
「学校の連中がここに集まってくると想定して動きたい。応戦準備だな。」
「市役所の連中は早いね。こいつらを署内に運び込もう。」
麻相と田端は迷彩服の男の脇と脚を抱えてたちを署内に運び入れた。
エントランスの床には防犯カメラの残骸が転がっていた。
天井を見上げるとドーム型防犯カメラも壊されていた。
エントランスの中は正面右に総合受付、左奥に相談室がある。
迷彩服の三人は相談室へ幽閉した。
麻相と田端が働いている間、牧は自身の回復に努め、腫れを冷ますためにトイレで顔を濡らしていた。
麻相たちは総合受付の窓から目だけを覗かせていた。
外から見た際に気配を消すにはこれしかなかった。
山崎は総合受付の裏に位置する会計課オフィスのデスクに身を潜めた。
オフィスの机上や床にはPCや書類が散乱していた。
それら書類は触らない、踏まないことと田端から注意された。
間もなく集まってくる暴漢たちへの対応はいくつかの作戦を考えた。
まずは麻相と田端は猟銃を向けて威嚇し、司令塔である迷彩服の男を屈服させ無力化すること。
それによりグレーツナギの男たちを退散させられれば上出来。
手にした猟銃は撃たないと示し合わせた。
歯向かってきた場合は牧が徒手格闘、麻相と田端は猟銃を柄モノとして格闘する。
市役所組と学校組が大挙して襲来した場合は格闘を避ける。
見えない力で脚を掬い上げる、武器を奪取するなどして怯えさせる。
3人が分担して無力化させ逃げ出すように仕向ける戦法を採ることにした。
力を使うのは最後の場面だと田端が主張したせいもある。
所持していたビニール紐、黒ガムテープは残り少なくなく多人数の拘束は出来ない。
威圧行為のみで退散させられれば上出来と田端が提案し、麻相と牧もそれに賛同した。
時間が経過したが横倒しになったイチロク式が目立つだけで警察署前に変化はなかった。
麻相たちが怪訝に思い始めた時に一台のミニバンが警察署前に停車した。
後部の窓から短髪の男が顔を出した。
迷彩柄の上衣が見えていた。
他にグレーツナギの男たちも降りる気配がなく車中から模様眺めの様相だった。
横倒しのMCV、人影が無く静まり返った警察署。
これでは機動隊の急襲を受けたとするには無理があると田端は思い始めた。
署内に入り込んできた場合に備えて三人が身構えた。
遠目に誰が何を話しているのか判然としないが身振り手振りから焦りの色が見え隠れしていた。
いきなり急発進をし東方へ向かって走り去った。
そのままの時間が経過していった。
何も起こらないこと、物音ひとつしないことに疑念を感じていた。
更に時間は過ぎたが警察署前に異変は起きなかった。
麻相たちが構えを解きリラックスしたところへ山崎がにじり寄ってきた。
「山崎さん、いろいろと囁いたね。」
「どうした?」
牧の問いかけに田端が尋ねた。
「人の心の機微から行動原理を推察し、この後にどのような動きをするのか。
心理学の知見から連中の動きを読んでいた。それを見越して俺に威嚇するよう導いた。」
玄関前でグレーツナギの男たちへ放った脅し文句のことを牧は言及した。
「そ、そんなことはしてないですよォ。」
山崎が口ごもるのも珍しいことだった。
「ここまで俺の作戦が的中するなんてありえねえよ。助かった。サンキュ。」
「気が付かなかった。そうなの?」
田端は山崎の顔を見た。
山崎の目が躍っていた。
陽子の所作や受け答えに嫌味がない理由を考え、それを模倣したのだった。
助言はするがさりげなく、これが出来れば嫌われないと学び取っていた。
「気のせいですよォ。牧さんの経験が生きたしるしじゃないですかァ。」
山崎は否定しつつも自分の能力と経験が生きたと内心で満足していた。
麻相は【人心誘導】との言葉を思い浮かべたが山崎や牧の立場を考え言わないことにした。
「さっき来たのが高校に居た連中、とするなら市役所の連中は?逃げた?」
牧は疑問を口にした。
「時間的にも到着してるはずですね。高校に居たにしては人数が足りなくないですか?」
先ほどのミニバンには10名も乗っていなかったと麻相は回想した。
「逃げたなら勿怪の幸い。相手にしないで済ませられる。」
「迷彩服が各チームの司令塔だとして4名は拘束してる。さっきの1名は逃走したと考えていいな。」
「じゃあ、任務完了ですね。」
麻相が声を上げた。
田端は浮かない顔をしていた。
「細かい部分で気になるところはあるけど、そうなるかな。」
「首謀者が誰か、ま、これは警察か公安が突き止めて逮捕するでしょ。
有耶無耶で終わりそうな気もするけど、俺的にはこれ以上の深入りは嫌だな、藪蛇だ。」
牧は田端の心情を察していたが国が相手では分が悪いため手を引きたかった。
真相は闇の中でも構わないと諦めていた。
皆が安どの表情を浮かべていた。
「ならば、撤収しましょう。会議室の片づけが終わり次第、俺たちも解散しよう。」
田端は総括するかの如く皆を促した。
信用金庫二階の会議室を原状回復をする必要があるのは皆が承知していた。
静まり返った警察署の建屋内、喋っている4人の声だけが響いていた。
そんな中で牧はあることを思いだした。
「ここの署長が閉じ籠っているらしい。どうします?」
「どうすると言っても、呼び掛けて出てくるかどうか。
出てきたとして俺たちの顔を見られてややこしいことにならないかな?」
「例によって、逃げ遅れた市民を演じますか?」
それを聞いて麻相が手をあげた。
「俺と田端さんとで行きます、逃げ遅れた市民の代表。」
薄ら笑いをうかべて名乗りをあげた。
「牧さんと山崎さんは先に会議室へ戻ってて。」
田端も何かを思いつき麻相に同行することにした。
山崎は掛け時計を見やった。
「お昼ですけど、続けますゥ?」
「時間はかからないでしょ。会議室へ戻ったらメシだな。」
「じゃ、お先。」
牧は率先して会計課オフィスから出て行った。
山崎は周囲を見回して気にしていた。
「どうしたの?」
「・・・・変なんです。誰かが私の頭の中を触っているみたいで。」
「気のせいじゃないの?」
「そうでしょうか?」
何度か振り返り天井を見上げながらオフィスから出て行った。
麻相と田端はそんな様子を気にもせず二階の署長室を目指した。
 




