ep42
迷彩服の二人は警察署玄関前で対峙していた。
「右二人、あいつを手当しろ。残りは中、片付け。はじめェ!」
迷彩服の男は茫然と断ち尽くすグレーツナギの男に冷めた声で指示を出した。
MCVの傍らに倒れている仲間にも手当をする様子だった。
「あっ、パン屋の前で・・・」
グレーツナギの一人が牧を指さして声を上げた。
迷彩服の男はそれを手で抑止しグレーツナギの男たちに行動するよう促した。
指図通りに動き出した男たちを傍目で身ながら牧は迷彩服の男を観察していた。
迷彩服の上からでも屈強さがにじみ出ている男を前にして牧は若干気後れした。
年齢は牧より若干若いようだが屈強な割に顔が柔和である。
これは才気にあふれるが何を考えているのか分からない典型的なもの。
牧はそんな上官の元で指導を受けてきた経験もあった。
もっとも相手にしたくはない人物だった。
「なあ、無駄を承知で尋ねるが、お前らの目的は何だ?」
「聞いてどうする?」
相手の迷彩服はほぼ新品、パッチとバッジが剥がされた痕があるだけで所属階級が分からない。
アイロンの痕もはっきりとし山と谷を成した迷彩服は現役と言ってもよいほどだった。
牧の色があせよれた迷彩服、パッチ痕の数でみても勝てる見込みはなかった。
「お前が現場指揮官だろうな。首謀者じゃないだろ。」
「御明察。」
「首謀者はだれだ?」
「言えないね。」
「目的は?」
「この街を支配し、独立国家を宣言するってのは?」
「どこかの漫画にあったよなあ。あんなのは現実的じゃないと基本教育で叩き込まれたろ。」
薄笑みを浮かべるだけでそれ以上は答えなかった。
「武装蜂起したとしても兵站が無ければ継続不能。交通を遮断した時点でお前らは詰んでる。」
迷彩服の男は身じろぎもせずに聞くだけだった。
「お前らのおかげで自衛官全員に無用な嫌疑がかけられる、えれえ迷惑な話だな。」
ほくそ緩んだ口元が動いた。
「時間稼ぎのつもりか?」
「何だと?」
「後ろのお仲間の傷が癒えるまでお喋りしてるつもりか?」
「癒える?骨が折れてんだぞ。チョットやそっとで治るかよ。」
「それはお気の毒。さっさと済ませないか。」
迷彩服の男は右前の構えを見せた。
その独特の構えに牧は見覚えがあった。
「極真会か。」
「御明察。極真三段」
それを聞いた牧は逃げ出したくなった。
極真三段となれば田舎空手初段よりも数段上、適わない。
自衛隊徒手格闘にも適った戦法であり組手ではほぼ無敵だった。
自衛隊徒手格闘にしても相手を戦闘不能にできるなら何でもアリだから牧は危機感を抱いた。
「ルールは?戦闘不能ってことは殺しもあるってことだろ。」
「怖気づいた?フルコンタクト当然。目つぶし無し、金的無し、他は何でもアリってのは?」
「了解。」
牧も右前の構えで相手を見据えた。
相手が得意とするのは手技か足技かの見極めたいがその前に気絶させられそうだった。
摺り足で間合いを少しづつ詰めていくが手の内が分からないため懐に入り込むのは避けたかった。
除隊して10年、農作業主体、妻と遊び半分での組手はするが本気はない。
相手は最近まで現役のようだから衰えの見え始めた自分とは根本から違う。
麻相たちが早々に逃げてくれればいいが余計な気を回して残るのも困る。
時間稼ぎするしかないと牧は考えた。
あの構えは右足から先に動く、それを視野に入れて牧は身構えた。
いきなり間合いを詰められた。
右、左、右、左、左、右、右と突き、回し打ちを食らった。
牧はステップバックしたがワンテンポ遅れた。
左頬、右胸、左右わき腹に強烈な痛みがはしり牧は苦痛に顔をゆがめた。
思わぬ速攻と重い突きに唸り声が出た。
手技のみで足技とのコンビネーションではなかった。
足技が苦手なのか奥の手で繰り出さなかったのかわからない。
重い突きは鍛えられた体幹、足腰があればこそ。
となれば足技も相当にできるはず、回し蹴りを食らえばノックアウトもある。
足技を警戒し牧は間合いを広く取った。
そんな間合いをもろともせず速攻で詰められ突きと回し打ちの連打が来た。
右右右右、左左左左と脇腹へ、ついで右、左と頭部への突きが来た。
下段受け、上段受けと腕で防御したがその破壊力にのけぞった。
その当身は腕を使いものにならなくする破壊が目的だ。
受けで防御することすら危険だった。
ステップバックで逃げるが腹部と腕の痛みが続きそれに耐え続けた。
間合いを詰めるのが得意ならばと牧は懐に飛び込み攻撃に転じた。
頭部に前拳もらいつつも腹部目がけて左右交互に突いた。
顔面に揚打ちを繰り出すもかわされた。
反撃を避けるためすかさずステップバックで間合いを開けた。
腹への当身は効いていない。
鋼の様な腹筋に太刀打ちできずこちらの拳が壊れそうだ。
頭部の痛みに耐えつつ牧は歯ぎしりをした。
【痛いと口にしたら負け】と牧は己のプライドだけは守ろうと考えた。
相手の当身は強烈、撃たれ強くもある。
休む間もなく間合いを詰められ突きの連打が来る、避ける間もなく撃たれ続けた。
側頭部と両脇腹に強烈な痛みが走り、立っているのが辛くなってきた。
バックステップ4歩の距離をとった。
「あんた、レンジャーか?」
牧は構えをほどき平行立ちになると軽くジャンプを繰り返した。
着地の度に腹と頭に痛みが走る。
「志願はした。採用されなかったよ。」
迷彩服の男は構えを崩さなかった。
牧は右前の構えをとりなおしたが足の位置が可笑しい。
右前の構えは十八番じゃないと牧は思い返した。
ステップバックの際にワンテンポ遅れた理由がここにあったと牧は気が付いた。
右つま先を内に入れ三戦立ちの姿勢を取った。
10年前の感覚がようやく戻ってきたと牧は気持ちを切り替えた。
相手の立ち姿勢は【猫足立】に変化していた。
素早い姿勢変化へ特化していると牧は観察した。
とはいえ、その素早い動きに対応できていない自分が歯がゆくもあった。
相手は極真会三段、勝てる見込みがそもそもない。
良くて相打ちだがそれも難しい。
先ほど食らったの頭部への当身が今ごろになって効いてきた。
目を凝らしたが視界がぼやけてきたのだった。
「破壊力抜群って、な。」
軽い脳震盪、失神ほどではないがダメージが時間差で襲ってきていた。
牧は何度も瞬きを繰りかえし視界の確保を試みた。
ようやく視点と視界が定まり、相手の姿が明瞭になった。
その素振りをみた迷彩服の男はほくそ笑んだ。
右足を素早く繰り出し間合いを詰めてきた。
ー左ー
上体をそらして避けた。
ー左ー
ー右ー
―右ー
腕の動きに合わせてのけぞり逃げ続けた。
ー左ー
―右ー
―左ー
―右ー
面白ほどにスウェーバックで逃げ切れた。
逃げる感覚を思い出した。
同時に昇段しなかった理由も思い出していた。
空手の型では攻撃には受けが基本。
避ける、ボクシングでいうところのスウェーバックは教本にはない。
師範からは逃げだと烙印を押され、昇段見送りの一因と言われていた。
そんなこともあったと牧は自嘲した。
次から次へと繰り出される格上の相手の打撃技が見えていた。
まるでスローモーションだ。
腕の初動からどこを狙ってくるのか、どの軌道で動くかも瞬時に見極めが出来た。
牧はスウェーバックで迷彩服の男の突きをかわし続けた。
その間もステップバックは一歩のみ、むしろ牧から間合いを詰めていた。
迷彩服の男は舌打ちをした。
「逃げ戦かよ。」
間を置かずに突き、回し打ちを繰り返してくるが牧はよけ続けた。
その中である変化に気が付いた。
相手は猫足立ちから平行立ちに変わっている。
突きに連動して動き続けるから解かり辛い。
溜めを作る一瞬だけだが確かに平行立ちだ。
平行立ちから次へ動きだしている。
これは軸足の確保のため、つまり足技の予兆と牧は考えた。
しかし、これほどの猛者が分かり易い変化をつけるのも変だ。
ブラフかトラップとも考えられるが、ならばトラップの先にある攻撃とは?
牧は考えたが足技の前振りとしか答えが出せなかった。
ここまで手技のみで足技は全くない。
牧は突きを避けつつも足技を警戒した。
ー平行立ちー
ー右突き、腹ー
ー左突き、腹ー
ー右突き、腹ー
ー右突き、側頭部ー
―左回し打ち、側頭部ー
その時、左足が引かず踵が軸になった。
高く持ち上がりゆっくりと弧を描く右足が牧の目には映った。
牧は左にスウェーしたままかがみ込んだ。
相手の右足は牧の頭上を通過した。
牧は右足を持ち上げ、左足に足払いをかけると相手はバランスを崩して倒れ込んだ。
牧はすかさず右腕をとった。
両足を相手の腕に巻き付け肩と胸に回した。
相手は腕組みで防戦した。
エビぞりからのトゥキックを繰り出すが牧の頭部には当たらず。
それでも体をくねらせてにじり動き玄関脇の柱に近付いた。
身体を大きく振りまわし柱にぶつけに来た。
牧は体重を移動して相殺した。
身体を反転しようとするも牧の脚が絡みつきそれを阻止。
両足で牧の上半身を捉えに向かう。
その反動を利用して牧は相手の腕を引きぬいた。
相手の腕を体の中心線上に引っ張り、両足は相手の首と胸に巻き付けた。
腕挫十字固の体制に入った。
試合ならばここで【まいった】が入るので力を抜く。
これは試合ではないので脱力は無用だった。
相手の右掌は牧の顔や首を掴もうとする。
牧が手首を捻り自由度を殺した。
本気本番、ならば加減は無用とばかりに牧は腕を引き続けた。
「自衛隊の面汚しがあ!!」
その途端、体に妙な振動が伝わり相手の力が一気に抜けた。
ー落ちたー
その間もこの迷彩服の男は悲鳴一つ上げなかった。
「おい、生きてるか?」
牧はその体制のまま手首に指をあてた。
脈動があるのを確認すると力を若干緩めた。
【死んだふり】でない事は確認したが油断できなかった。
「アソウッ!テープ持ってこい!!」
牧の大声に麻相は慌てた。
麻相は玄関前の様子はうかがっていたが予想外に展開に虚をつかれていた。
バックパックとジャケットを手に血相を変えて走った。
駆けつけるや否やバックパックのジッパーを開けて黒ガムテープを抜き出した。
「田端さんは?」
「山崎さんが手当てしてます。」
「骨が折れてるんだろ?」
外科手術が必要なほどの重症に精神科医にできることはないと牧は訝った。
「骨にひびが入ってる程度だと。」
麻相は迷彩服の男の脚、膝をガムテープで拘束した。
「それを折れてるというんだ。」
牧は男をうつぶせに寝かせ後ろ手で拘束させた。
牧はジャケットを羽織りバックパックを背負った。
MCVを見やると陰から田端と山崎が姿を現した。
田端の足取りに可笑しなところはなく、歩いて来る姿に違和感がないことに牧は驚いた。
その後から着いてくる山崎の足取りの方が若干不安になっていた。
補足説明
その他の超能力としては予知能力、透視能力もありますが採用していません。
ただし、牧は気分の高揚により動体視力が爆上がりするとの設定にしました。
不発弾処理時の暴発事故はそのように設定しないと辻褄が合わず。
徒手組手の際に相手の攻撃が分かるのは予知能力になりますがあえて「スローモーションになる」ことで攻撃を避け続ける事が出来るとしました。
一つの力が備わると他のすべての力も使えるようになる設定も他作品には存在します。
~人がそんなに便利になれるわけない~ので力の発現には制限、制約を設けました。
それでも麻相はテレキネシスとテレポーテーションが使える設定はどんなものか?
麻相は「空気を操れる」との設定なので時空を超えるテレポーテーションとは別なのです。
他の作品ではテレキネシスとテレポーテーションは別の能力との扱いもあります。
 




