ep41
警察署の周辺は開けていたがそれを囲むように住宅街があった。
警察署玄関前には車寄せがあり、それを囲むように植込みと駐車スペースがある。
南側はフェンスで囲まれているがパトカーなどの車溜まりだった。
そのフェンスとパトカーを押しつぶす格好で残骸が乗っていた。
建屋屋上から落下してきたアンテナだったことが辛うじて分かる有様だった。
16式MCVは玄関入り口に駐車していた。
田端と山崎が警察署前に到着したころにはヒトロクの操縦席には人影があり、エンジンを始動していた。
見えている搭乗者は一人のみ、砲塔ハッチは閉められていた。
この状態では牧が提案した作戦は使えない。
砲塔内に搭乗者がいて内側からロックされていたら砲塔ハッチを開けることが出来ない。
外側からロックの開錠が出来ない仕組みだと枚から教えられていた。
かといって操縦席から消火器を噴射して砲塔まで届くのか疑問があった。
照準器、各種メーター類を消化剤まみれにして目視出来ない状態にすること。
それには砲塔ハッチから消化液を噴射した方が効果的、これが牧の提案した作戦だった。
田端は警察所入り口に目を凝らした。
グレーツナギの男たち数名が門番に立ち、建屋内にも人影はある。
迷彩服の男はヒトロクの操縦席の一人だけ、他に見当たらない。
訓練が仕上がっている迷彩服の男たちだけでも活動停止、拘束したいのが牧の希望だった。
このまま待つとしても時間的に余裕がない。
病院前の異変が無線で伝えられればヒトロクが病院へ移動するとも考えられた。
それだけは避けたいがこの状況では手が出せないと田端は焦りを感じた。
山崎がオトリになってヒトロクの搭乗者の注意を引くことも考えられなかった。
訓練が仕上がった者たちに陽動は通用しないと牧からも釘を刺されていた。
「やってみなければ分かりませんよォ。」
田端の脳裏を読んだ山崎が小声で言った。
オトリになることも厭わないと山崎は言うが危険すぎる行為だった。
迷彩服の指示でグレーツナギの男たがオトリの捕獲に動くだけ。
牧はこのように予測していた。
田端も同意していたので山崎を制止した。
玄関前とヒトロクを注視していた。
遠方から独特のエンジン音が聞えてきた。
田端は頭上を見上げた。
「ヘリ?ありえないだろ。」
今この状況でここへ飛来するヘリコプターはないと考えていた。
ドローンを飛ばして秘密裏に情報取集しているのだからわざわざ目に付く方法を採る必要はない。
これ見よがしにヘリを飛ばせば暴漢たちを刺激して何をしでかすか予想が出来なくなる。
それにも拘らずヘリコプター飛ばすのはどこか、その目的は何かと田端は考えた。
機影を確認できるまで油断はできないどころか、自分達の姿を目撃される危険性がはらむ。
できるだけ民家の壁に寄り添うように山崎に指示した。
エンジン音が近づく中、厚い曇天を見上げて待っていた。
爆音は東から近づき、警察署建屋の上空を旋回した。
水色の機体に蛍光オレンジのライン、県警の機体だった。
頭上からの爆音にヒトロク操縦席の男は上空を見上げた。
砲塔ハッチが開きもう一人の迷彩服の男が顔を出した。
ヘリはヒトロクからの攻撃を避けるためそれ以上に高度を下げられない。
主砲、重機関銃の射線上へ移動することもできない。
狭い範囲で旋回するに留め、ヘリ機内から写真と動画の撮影をしていた。
県警が危険を冒して状況把握に出張ってきた。
これは警察庁、自衛隊あるいは政府から県警本部に情報が下りてないに違いない。
そのため痺れを切らして県警独自にヘリを飛ばしたと田端は推測した。
迷彩服の男二人は上空のヘリに気を取られている。
「そうかっ!」
田端は消火器を小脇に走り出した。
距離はそれほどでもないが搭乗者に気づかれたらと考えると足がすくむ。
身をかがめ地面すれすれの低空を飛んだ。
ヒトロクの後方から近づき右側のステップから浮上した。
力により腕力も脚力も必要ない。
エンジンベイまでの高さ約2m、砲塔後部までさらに1mまで飛び上がった。
上空のヘリから視認される懸念があった。
できるだけ車体近くに沿うことに気を遣った。
消火器を車体に当てると気づかれしまうためそれだけでも気を遣う。
砲塔後部に狭いながらも足場を確保した。
搭乗者は目の前だが砲塔後部のラックは足場が悪いと田畑には映っていた。
いつ気づかれてもおかしくないため気ばかりが焦った。
田端はその場で消火器の安全ピンを抜いてノズルを搭乗者に向けた。
県警ヘリは旋回を止めると西に向かって高速で飛び去った。
「あっ!!」
搭乗者が振り向くと同時に田端はレバーを握った。
噴射された消化液に搭乗者はたじろいだ。
ハッチのハンドルを放し腕で顔を覆った。
田端は消火剤を噴射しつつラックを乗り越えた。
搭乗者は砲塔内へ落ちるように身を隠した。
腕だけ伸ばしてハッチを閉めようとしたが田端が踏みつけてそれを阻止した。
ハッチ開口部から内部に向けて消化剤を噴射し続けた。
砲塔内部から悲鳴が聞こえてきたが手を緩めることはできなかった。
砲塔上部から操縦席の防風が見えていた。
防風後部は鉄板で囲まれているため操縦席にまで消火剤が届いたか確認できない。
田端はこのまま噴射し続けるのか迷いがあった。
砲塔側に居る迷彩服の男が窒息死する懸念が出てきたためだ。
風防の隙間から白い煙が漏れ出てきていた。
消火器の噴射力も弱まってきた。
目標達成とばかりに田端は消火器を投げ捨てた。
「おい!生きてるか!?」
消化液の匂いにむせながら砲塔の中でうなだれる男に声をかけた。
迷彩服の襟首を掴むと腕力と力で引きずり出した。
それと同じくして操縦席の風防が取り外され、投げ捨てられた。
「なにっ?」
田端は驚愕した。
操縦席には消火剤が十分にとどいてなかった。
むせて嗚咽する操縦者は消火剤を被ってはいたが想像したよりも軽く無事だった。
垣間見える計器類は消火剤が薄く被る程度だった。
砲塔上部の田端を一瞥すると操縦者はアクセルを吹かし急発進した。
いきなりの事に踏ん張る事が出来ず消火剤にまみれた男と共に地上に落下した。
地上3mの高さから叩きつけられた田端は激痛に顔をゆがめた。
麻相と牧が警察署前に到着した。
二人は走り出したヒトロクを遠目にみるだけで状況の把握が出来ずにいた。
走り出したヒトロクは速度を緩め大型の筐体に八装輪にもかかわらず器用にUターンをした。
そのまま急加速をすると田端をめがけて走り込んできた。
田端は苦痛に顔をゆがめ身動きができずにいた。
「ま、まずい!田端さんっ!!」
ヒトロクは田端を目指して一直線に突っ込んできていた。
「おおお~~い。こっちこっち。おおお~~~~い!!」
山崎が警察署玄関前の植込みで踊っていた。
腕を振り回し、片足を上げたりと操縦者をからかうような珍妙な動きだった。
女性がたった一人で不器用に踊っている様は滑稽でもあった。
操縦者は怒りの形相になりヒトロクは進路を変えた。
植込みと駐車スペース間の凹凸をもろともせずヒトロクは山崎をめがけて速度を上げてきた。
ヒトロクは麻相と牧の正面を通過する、その先には山崎が居る。
「麻相!やるぞ!」
「ッしゃあ!」
麻相と牧は突進するヒトロクの横っ腹目がけて力をぶつけた。
一直線に山崎に向かっていたはずのヒトロクはバランスを崩し植込みをなぎ倒しながら横転した。
ゴムタイヤを引きずる音、金属が擦れる音が響きわたった。
山崎はその場で身をすくめているだけで大事には至らなかった。
警察所玄関の門番と中に居たグレーのツナギ男たちはそれを見て騒ぎだした。
庁舎奥から迷彩服の男が現れ声高に支持を連発していた。
グレーツナギの男たちは猟銃を手に集まりだした。
田端はようやくのことで立ちあがると片足を引きずり警察署庁舎から離れようとしていた。
牧はヒトロク操縦席へ駆け寄ると迷彩服の男を引きずり出しヒトロクの陰へ連れ込んだ。
麻相は山崎の元へ駆け寄り警察署玄関からの攻撃に身構えた。
「田端さん、こっち。山崎さんはあっちへ!隠れて!」
ヒトロクの陰に隠れるよう山崎を押しのけると麻相は田端を注視した。
顔を引きつらせつつ田端は片足を引きずって歩いていた。
痛みをこらえるだけで力を使うことができない。
ホバリングでの移動すら出来ないと麻相は察した。
警察署玄関ではライフル銃を構える者が五名、拳銃で狙いを付ける迷彩服が一名。
このままでは田端が撃たれる。
田端を力で強引に引っ張ったのでは銃撃に間に合わない。
麻相はイメージした。
ー田端の背後で膜を張るー
田端が痛めた左足を庇いつつ敷地内の植込みを超えようとした時だった。
迷彩服の男の掛け声で銃声が鳴り響いた。
田端の背後で黒煙が上がった。
田端は左足を引きずって歩いている、弾が当たった気配はない。
ヒトロクのボディで跳弾となった音がいくつか聞えただけだった。
警察所玄関前では銃の反動で尻もちをつく者がいた。
迷彩服の男の他二名だけが安定したシューティングポジションで田端を狙い銃爪を引いていた。
銃声は続くものの黒煙が立ち上るだけで標的は相変わらず動き続けている。
動きの遅い標的にも関わらず着弾しないことに男たちは首を傾げていた。
猟銃を空した男たちは不満そうにシューティングポジションを解いた。
牧は操縦者を拘束するとヒトロクの陰から警察署玄関を覗き込んでいた。
田端は必死に歩き、ようやくのことで麻相の元へたどり着いた。
「脚、ケガしたんですか?」
麻相が肩を貸しヒトロクの陰に連れ込んだ。
三人はその場で腰を下ろしたが田端は脚を曲げる際に悲鳴を上げた。
田端の背中には銃弾が当たった痕跡はなかった。
結界エアのバリアーが効いたと麻相は胸をなでおろした。
「な、あ、バカな真似はやめろおっ!」
田端は鬼の形相で山崎に怒りをぶつけた。
「お前えッ!死んでたんだゾお!!」
山崎の胸ぐらを掴もうとしたが、その手は降ろされた。
自己犠牲的な行為に田端は怒っていた。
「でも、でもォ、田端さんだってェ・・・・」
予想外の反応に山崎は戸惑っていた。
左脚の激痛のため田端はそれ以上の事が言えなくなった。
「それは後で。田端さん、脚は?折れてませんか?」
麻相は二人をたしなめ怪我の具合いを心配した。
「見せてください。」
憤怒と苦痛の入り混じった田端の顔を見ることもなく山崎が触診しだした。
精神科医では何の処置もできないと田端は顔を背けた。
牧は玄関に居座る迷彩服の男への対応を考えていた。
あのシルエットからすると拳銃はベレッタM9、米軍正式銃ならば装弾数7。
さっきの射撃数からして残弾は1か2と牧は想定していた。
グレーツナギの男たちは茫然として立っていた。
迷彩服の男が射撃準備の号令をかけた。
尻もちをついた者は互いに顔を見合わせて動かなかった。
牧はこの後の動きを考えていた。
陽動を仕掛けて迷彩服の男に撃ち尽くさせたとしても猟銃を奪取するはず。
3丁の猟銃が使えるとなれば迷彩服の男の攻撃力は尽きることがない。
装填された弾が散弾かスラッグ弾かでも対処の仕方が変わってくる。
麻相の様にバリアーを張る能力を牧は持っていなかった。
試したことがないだけだが、今この場で試すのは博打以上に危険だと自制していた。
牧は傍らに横たわる迷彩服の男の身体検査をしたが銃は所持してなかった。
ハンディ無線機を探り当てると自分のポケットに押し込んだ。
迷彩服の胸ぐらをつかんだ。
「おい、機甲課!あいつはどこの誰だ?」
ヒトロクの陰から迷彩服の男の頭を突き出さ、警察署玄関で銃を構える男についてを聞いた。
「言えねえよ。」
ふてぶてしく言い放つ男に牧は追い打ちをかけた。
「外へ突き出せば、あいつは誤射するよな、お前を。」
牧は男の襟首をつかんで一緒に立ちあがった。
ヒトロクの端部に男を立たせ腰に足をかけた。
「よせ。止めろ。」
「ほうら、よっと。」
「わああ!撃つなあ!!」
牧は若干押しただけのフェイントをかけた。
男を突き放すことはなかった。
「うっせえなあ。今度こそマジでやるぞ。」
「貴様も元自なら口外しないことくらい分かってるだろ。」
「キサマだあ?お前の階級・・・・なこたあいい、奴が撃ち尽くすまで的になってもらう。」
牧は足蹴にして男を突き放した。
「うああああああっ!」
男は悲鳴を上げつつそのまま倒れるように伏せた。
腰と膝をくねらせてMCVの陰に戻ってきた。
銃声は聞えなかった。
「やめろってええの!」
男は怯え震えていた。
撃つか撃ってこないかの五分五分と推測したうえで男を蹴り飛ばしていた。
それでも撃ってきたならば相手の攻撃力を削げる考えていた。
撃ってこなかったからには迷彩服の男は冷静だと牧は推測した。
「おお~~~い、姑息な手を使うな。」
玄関前の男が呼びかけてきた。
緊張感はあるがごく冷静な声音だった。
「素手でやり合うってのはどうだあ~」
徒手格闘での対決を提案してきた。
「徒手格闘かあ?信用できっかよォ。」
武器を持つ側の常套句とばかりに牧は否定した。
「なあ、本気でやりてえんだ。防具なし、戦闘不能でおわり。」
玄関からは金属音が響いてきていた。
「おお~い、これ見ろ。」
牧はMCVの脇から顔を覗かせた。
迷彩服の男はベレッタを分解し右手にスライドとマガジン、左手にはフレームを持っていた。
スライドとマガジンは左に投げ捨て、本体フレームを右に放り投げた。
グレーツナギの男たちは{上官}からの命令に従い猟銃から弾を抜いていた。
弾を抜き終わった者から猟銃を車寄せの外へ放り投げていた。
「これでどうだあ?銃は使わない。他のやつらにも手出しさせない。」
ここまでやる相手の意気は汲み取るべきと牧は考えた。
しかし徒手格闘を挑んでくるのは相当の猛者、徒手格闘大会の優勝者かもしれない。
田舎空手の初段では叶わないことは承知しているが、ここまで言われて逃げるのも癪だった。
「分かったあ。」
山崎はと見ると田端の左足に手を当てていた。
ヒーリングを試みているようだった。
山崎のその能力があるかは未知数、無理だろうと牧は考えた。
牧はバックパックとカナダ軍のジャケットを脱ぐと麻相に預けた。
「俺がやられたら・・・・ま、逃げろ。」
「えっ、でも。」
「強ええぞ、あいつ。力を使ってもいいけどなあ、手加減が難しい。お互い殺すのは無しな。」
牧はうす笑み浮かべてヒトロクの陰から単身で飛び出すと警察署玄関に向かって歩き出した。
その傍らでは消火剤まみれの男が倒れていた。
口を大きく開けて呼吸していることだけは確かだった。
蛇足説明:念力、念動力には「テレキネシス」と「サイコキネシス」の二種類の呼び方があります。
テレキネシスは離れた物を動かす。
サイコキネシスは精神力で物を動かす。
意味は同じですが微妙に違うので作者も違和感を抱きつつ書いてます。
「サイコキネシス」の方が語感がよく神秘性もあるのでこちらを多用したいのはやまやまですが
他の方の作品との区別するために本作では念動力を「テレキネシス」と記述しています。




