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ep4

小中学校での体育の授業ではボール蹴りの真似事でしかなく、

GK以外はボールに群がり奪い合い、蹴り返すだけ。

運よくゴール前でボールを受けた者がシュートを決めればよかった。

高校の部活ともなればフォワード、ミッドフィルダー、ディフェンスの役割分担する。

小中学校でサッカー部の経験があればそれは理解できる

経験が無い者は頭でわかっていても実戦ではフィールド内を無秩序に走り回る。

フォーメーションも何もない素人丸出しのプレーになってしまう。

薄曇りだがやや蒸し暑さのあるこの日、各部活へ新入部員が入った初日だった。

サッカー部顧問は新入部員を経験者と未経験者(ビギナー)に分けた。

経験者はキャプテンに預けられて上級生と共に練習を始め、

ビギナーには顧問がその場で座学を始め、基本的なプレー形態を教え始めた。

上級生だけではチームを組めないので一年生でも実力のある者は即レギュラーと言われた。

ビギナーは麻相も含めて3人、この段階でレギュラー入りは難しく思えた。

即席の座学が終わると顧問は練習全体の指導に回った。

経験者はドリブルからパス回しのコンビネーションプレーの練習で華々しく映る。

ビギナーには先輩部員一人が付きインサイドキックの練習。

単調で退屈だがサッカー部に入ったからには仕方がないと麻相は思うようにしていた。

相手に正確なパスが渡らないのでは話にならない。

そのサッカー部の脇を陸上部の新入部員が走り抜けていく。

野球部、サッカー部の練習エリアを避けて校庭の最外周を縫うように走っていた。

先輩からは陸上部の邪魔にならないようボールを外に転がすなと注意を受けた。

陸上部新入部員は部活初日にマラソンをやらされるのが恒例行事だと聞かされた。

上級生たちはそれを【地獄ラン】と呼んでいた。

部活終了時間までの約1時間30分、休むことなく走り続けるというのだった。

長距離走指向の者だけでなく短距離走(スプリント)指向の者まで走らせられる。

得手不得手、体質の問題もあり不利な者も居るが陸上部の洗礼として受け入れるしかないのだと。

インターバルを設けて練習する先輩部員とは雲泥の差だ。

「問題になりますよね?」

単調なパス練習を続ける同級生が先輩に訪ねた。

「青田は田舎だからな。」

地域性を理由に不問だと諦め顔で呟いた。

外周を走る陸上部員は11人、その中に陽子の姿もあった。

腕をたたみ凛とした姿勢で走っていたが不安そうな顔が見て取れた。

ビギナーの練習ぶりを見に来たサッカー部顧問が軸足の置き方を指導してきた。

ボールを蹴る前はできるだけ小股にして体の揺れを抑えると先輩からは独自アドバイス。

インサイドパスがまとまり出したのを見計らいアウトサイドパスの練習に切り替わった。

インサイドとの違いを顧問と先輩とで違う見方をしていることに困惑した。

ボールを蹴った後の足の振りぬき方、フォロースルーを相手に向けるのかどうかが違う。

肩の力をうまく抜くとまっすぐ転がることがあるが、そのうまく抜くのコツがつかめなかった。

傍で見てると簡単そうなのだが、自分の足でとなると難しい。

その後もいくつかのパスの練習、その使い分けを顧問や先輩から教えられた。

言葉では頭に入ってこずボールを蹴って味方に渡せばいいとの意識しかできなかった。

パス練習の最中、間合いを見計らい外周を眺めた。

未だ走っている。

時折、先輩部員から声援が送られている。

スタート時は一団だったが今では先頭集団と後続集団に分かれてしまっている。

たった4名が先頭集団だ。

長距離走が得意そうな男子3名、女子1名が涼しい顔で走り抜けていく。

そうでない部員は半周以上遅れて通過してく。

誰もが苦痛と疲労に染まった顔だ。

陽子も例外ではなく腕は腰のあたりで振られるだでけ、足運びもおぼつかない。

相当に遅くなっていた。

歩くに等しいペースだ。

ほどなくして先頭集団が追い付いた。

追い抜くというよりはかわすようにすり抜けていく。

追い越され陽子たちの集団は周回遅れにされてしまった。

そのまま先頭集団と後続集団とで間が開いていくかと思えた。

その時から陽子の走り方が変わった。

それまでの力ない走り方から腕を振り上げ、足を持ち上げた。

ペースを上げて先頭集団に追いすがろうとしていた。

それでも目立った速さにはならず先頭との差は縮まらない。

後続集団からは一つ抜き出た格好になった。

校舎の時計は4時30分を回ろうとしていた。

サッカー部と野球部は練習を終え、全員で整理体操が始まった。

サッカー部はキャプテンの訓示を終えてボールとゴールネットを片づけ。

陸上部は未だ走っており、後続集団は歩くに等しい遅さのまま、ふらつくものまで出始めた。

そんな中で陽子だけは一定の速さを保ち、後続集団を10mほど引き離していた。

ただし先頭集団とはさらに半周以上の差が開いていた。

陸上部の先輩部員は水の入ったペットボトルをゴール近辺に置いている。

先頭集団が走りぬけた直後だった。

「あと一周!」

陸上部の誰かが叫んだ。

陸上部顧問と先輩部員全員がゴール地点で待ち構えてる。

各々が手を叩き声援を送り続けていた。

先頭集団は一足先に【地獄ラン】を終えた。

へたり込んだり茫然と立ち尽くす者もいた。

水を飲みながら地獄ランの感想を口々にしていたのでまだ余裕はあるようだ。

「これでもハーフの距離だよ。」

先輩部員がねぎらった。

残り1/2周になったところで陽子はやおらスパートした。

腕の振りがさらに大きくなり、膝を大きく持ち上げ、足先で蹴り上げている。

スプリントと同じフォーム、あからさまにスピードが上がった。

ただそのフォームは躍動感がなく重々しい。

大きく口が開き、苦渋に満ち険しい顔で最後の走りに挑んでいた。

それを見た先輩部員からはどよめきと歓声が起こった。

陽子はそのスピードを保ち後続集団より1/3周の差をつけて走り終えた。

ゴールラインを超えるとよろけつつもトラック内側に入った陽子はそのまま倒れ込んだ。

小刻みに肩と腹が揺れ、呼吸をするのも苦しいようだ。

ほどなくして他の部員もゴールした。

しゃがみこんだり座り込んだりした後に寝転る者が相次いだ。

先輩部員と顧問がその一人一人に声をかけ意識状態の確認に回っていた。

陽子にも先輩部員が近寄り声を掛けようとした。

いきなり陽子は立ち上がろうとした。

しかし足腰から力が抜けたかのようで四つん這いになった。

口に手を当てていた。

トラック外側に向かって這い出したが、その途中から嘔吐した。

校庭の際の側溝の上に顔を突き出した。

陸上部顧問と部員の何人かが駆け寄り背中をさする。

一人がペットボトルをもって来た。

陽子は四つん這いのまま悲鳴とも嗚咽ともとれない奇声を発しつつ黄色い液体を吐き続けた。

「あ~今年は一人出ちまったか。」

サッカー部先輩が憐れむようにつぶやいた。

奇声を聞いた他の部活部員の視線は陽子に集まった。

麻相は奇声を聞く前から一部始終を見ていた。

中学時代では考えられないほど無残な姿を麻相は茫然と眺めていた。

出すものを出し切ったのか陽子は立ち上がった。

女子部員が寄り添い腕を支え差し出された水で何度も口をゆすぐ。

素手で涙を拭い、濡れた口元も何度も拭った。

一口二口と水を飲み込み、大口をあけてあえいでいた。

陸上部顧問が問いかけ陽子の面前で人差し指を横に動かし、意識確認をしていた。

顧問に促され手や足を動かした。

顧問との受け答えもできるようになり、部員の輪が解けていった。

陽子に顔に生気が戻りつつあった。

それを見届けると野球部、サッカー部の部員はそれぞれの部室に入り着替えを始めた。

我感せずと先に着替えを済ませた者は挨拶もそこそこに自転車置き場に向かっている。

部室を施錠をするとキャプテンが急かしたため、麻相も早々に着替えて部室を出た。

麻相たちと入れ替わるように陸上部が部室へ向かってきた。

その中に陽子も居た。

他の部員が付き添ってはいたが陽子の足取りはしっかりしていた。

その陸上部員を顧問が追いかけてきて陽子を呼び止めた。

A組担任が呼んでいるので後で職員室へとの伝言が聞こえてきた。

立ち聞きした麻相は驚いて振り返った。

陽子は笑顔で返事をしてたが、それは作り笑いのように見えた。

自転車置き場、カバンをカゴに括り付けると麻相だけがその場に佇んでいた。

他の生徒は自転車にまたがり次々と下校していく。

陸上部員が着替え終わりそれぞれが自転車置き場に向かってきている。

そんな中、一人だけ校舎の中に入っていく陽子が居た。

両手にカバンをぶら下げ、その足どりは重々しい。

さきほどまで賑やかだった自転車置き場には麻生と自転車が二台だけが残されていた。

そうなるのを見届けたかのように麻相は自転車にまたがり校門から出た。


青田高校からそれほど離れていない住宅街、賃貸駐車場の前に麻相は居た。

自転車は傍らにある自販機の横に置いた。

青田中学出身ならばこの道を通るはず。

そんな目星をつけて待ち構えていた。

空は相変わらず薄曇り、日没までにはまだ間がある。

校舎の方角から女子高生が一人こちらに向かって来ていた。

麻生はその容姿を確認すると手を振り呼び止めた。

自転車にまたがったままの陽子は怪訝そうな顔をしていた。

麻生は小銭を自販機に投入しスポーツドリンクのボタンを押した。

出てきたペットボトルをおもむろに陽子に突き出した。

「やる。」

ぶっきらぼうに麻相は言った。

「えっ?あっ、あの?」

戸惑いを隠せないまま陽子は自転車から降りた。

差し出された物をおそるおそる受け取った。

「が、がんばった。頑張った。あんなこと、俺にはできない。」

麻生はそれだけ言うと自転車にまたがり走り出した。

「あ、り、がとう。」

呆気にとられつつも礼を言う陽子。

冷えたスポーツドリンクはその両手に握られていた。

麻相はその言葉から逃げるようにペダルを漕いだ。






















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