ep39
熱湯を入れて待つのはどれも同じだったが待ち時間がバラバラだった。
フリーズドライの味噌汁は即時、カップ麺は3分か5分、アルファ化米は15分と最長だった。
牧と山崎はスマホのタイマーで計ったのでほぼ正確。
麻相と田端は壁時計をチラ見しながらだったので適当かつ微妙な出来上がりになった。
食べ終わるまでには時間がかからなかったが山崎だけは少々遅かった。
猫舌だと山崎は弁解していた。
ゴミの分別を終えると麻相はだれよりも先に口を開いた。
「山崎さんはいくつから力が使えるようになったんですか?」
出来るだけ柔らい口調で麻相は尋ねた。
「いつからか覚えてないです。」
山崎の毅然とした言葉遣いに麻相はたじろいだ。
陽子を庇い銃口に背を向けた場面を脳裏に再現した。
「俺の場合、無我夢中だったんです。死んでもいいとは思いませんでしたけど。」
それは山崎が覗き見る事を予想してのことだった。
「いわば、火事場の糞力、です。
気持ちが高まるとアドレナリンの分泌が活発になりいつもよりも力を発揮することがあります。
私たちの力もアドレナリン分泌と無関係ではなく、興奮状態を持続させなければならないはずです。
それでは精神的、肉体的疲弊が大きいので別の物質が分泌されて作用しているとしか言えません。」
「山崎さんは普段から平然と力を使えてますよね。どうしたらそうなりますか?」
「それが分かるなら悩んだりしませんよ。使わないように出来たのが四年前。
どうしたら普段から使えるようになるか、麻相君とは真逆なので参考にもならないですよ。」
ここまで来ても気が立っていると麻相は推察した。
田端が何かを言いかけたが麻相は視線でそれを制した。
「病院ではそんな話し方なんですね。」
「はっ?」
「普段のユルフワなしゃべり方で患者さんと話さないでしょ?」
「そうかもです。」
「これが終わったら相談に行ってもいいですか?精神科ですよね?」
「患者さんとして、ですか?」
「そうです。いきなり訳のわからん力をもらって、使い方もよく分からない。
こんなの精神病みそうです。他に相談できる相手が居ませんよ。」
「でしたら、勤務日と受診時間を後でお知らせします。
初診外来受付へ、初診は手続きに時間がかかりますから、一時間は余裕を思って来院してください。」
「医師の指定はできない?」
「初診した医師が担当医になりますからァ、勤務日と担当時間を狙って来院してください。」
山崎の視線は田端や牧に時おり向けられていた。
それぞれが今後の戦略と行動を考えていたため山崎は無視することにした。
「来院されるならァ、初診は来月初旬までにしてくださいねェ。」
「それは?なんで?」
「来年三月末を目途にィ、大学病院へ戻る予定ですゥ。」
「えっ?市民病院の勤務じゃない、ですか?」
「症例数を稼ぐためにィ、研修もかねてここに来てますゥ。
研修医時代の指導医がここの医局長なんですゥ。そのご縁ですねェ。」
「ああ、そうなんだあ。いい先生なんですね。」
「人の世話を焼きたい・・・・タ・・イ・・プですねェ。」
そこまで言いかけて山崎は愕然とした。
このように話しかけているのは自分を諫めるためだと気が付いたからだった。
田端の言動にイラついていた自分の矛先を変えようとして麻相が話しかけてくれていたのだった。
陽子との会話や麻相の脳内を覗いた限りではここまで饒舌なタイプではない。
これが麻相の本性なのか、そうだとするなら意外性が大きいと山崎は思った。
これではどちらが医師かわからない、精神科医失格だと山崎は恥ずかしくなった。
山崎の顔付が変わったのを見やると麻相は牧にアイコンタクトをした。
「大学病院の・・・どうりで。」
受け取ったとばかりに牧は口を開いた。
「話は変わるけど、この街を占拠した暴漢たちの人数は40人前後だろうな。」
田端は夕食前に見せていたA4紙片を提示した。
そこには青田市の略図、各拠点とそこに駐在するだろう人数が書きこまれていた。
その地図を囲むように四人は椅子を手に集まってきた。
牧が概要の説明を始めた。
首謀者が誰かは不明なまま。
元自衛官が5人、迷彩服を着用、ツナギを着た兵隊とは区別している。
元陸自のはずだが所属、部隊、階級は不明。
元自衛官と暴漢たちがどのような経緯で接点を持ったのかは見当がつかず。
暴力による主従関係で成り立っていると推測していた。
暴漢たちは狩猟用ライフルを所持、20丁前後。
拳銃が何丁かは不明。ジャケットの中に隠し持っている可能性もあるとした。
一部はアサルトライフルを所持しているがモデルガンの可能性が高く無視できると牧は言った。
ただしAK47だけは共産圏から密輸された過去があり、実銃の可能性があるとした。
国内でも狩猟用ライフルは所持可能だが資格審査、許可制度、登録制度などで厳格に管理されている。
誰でも彼でも所持出来ないためここまで数多くを調達することは不可能と田端が付け足した。
ここに及んでも牧が言及しなかったため田端も口をつぐんでいたことがあった。
高崎が最後に持っていたのはM9、9㎜機関拳銃だった。
自衛隊が1999年に正式採用した9 ㎜口径の短機関銃、今も現役で使われていた。
入手経路を考えるだけで頭痛の種になりそうだったため牧は深く考えないことにした。
どこの誰が絡んでいるのか不明だ大勢の首が飛ぶ異常事態だと牧は危うんだ。
ただし9㎜機関拳銃は麻相が発した滅波で消滅したため証拠はない。
装備総点検で紛失が発覚しても内々に処理されるだけと牧は諦めにも似た気持ちだった。。
田端が目撃してきた事実を報告した。
山崎が言及したように病院の駐車場にナナヨン式戦車が駐車していた。
作り物っぽさはなく金属の塊の様相だったと報告した。
警察署前にはヒトロク式機動戦闘車、通称MCVが駐車中だという。
ヒトロク式は履帯ではなくゴムタイヤが付いているためアスファルト路面走行に特化している。
そのため一般道を車と同じ速度で走れるため移動上の制約がない。
ただし、どちらも基地から持ち出すのは困難を極め、現役自衛官の何人かの手助けが必要になる。
何処かの隙をついて持ち出され、この街でのクーデタ―に用いられたと牧が補足した。
退役したナナヨン式ならばメーカーへ回送する際に強奪されたと視ることができる。
しかし現役のヒトロク式MCVが基地外に持ち出されたことに牧は頭を悩ませた。
操縦訓練で公道走行するにしても膨大な数の申請書類の提出が必要、出庫も厳重極める。
整備、故障修理はほぼすべてを基地内で行なう。
メーカーへの回送修理はまず考えられず、待機中の機体が持ち出されたと推測した。
牧は髪をかき上げて大きくため息をついた。
「計画的なのに連中に計画性が見えてこない。」
厳重管理されている武器類を持ち出すには計画性が無ければ不可能。
しかし兵站が確保されてなければ近代兵器はいずれ役に立たなくなる。
これ見よがしに近代兵器を持ち出すのはあまりに場当たり的だった。
話がきな臭い方向へ行っていることに田端も麻相も気が滅入りそうだった。
山崎は話の内容が理解できず聞いている振りをしていた。
田端が通信網について話しだした。
市内中心部と要所要所の地上基地局、中継局は爆破か燃やされて全滅。
商業ビルなどの屋上のアンテナ基地局は無傷だが、地上基地局を経由しているものは不通。
四方の山頂近辺に設置された基地局は無傷だが市内からの電波が届かず。
山の麓までいけば通信可能と思われるが試していないため不明。
地中埋設の有線電話だけが有効手段だが、それが残っている一般家庭や公衆電話を探す方が至難。
従って市外との通信は無理と総括した。
暴漢たちは互いの連絡に小型無線機を使っている。
おそらくは業務用と思しきハンディ型無線機を携帯し不定期に連絡を取り合っていた。
交通網も惨憺たるものだと田端は言った。
西の池口市へのトンネル入り口、北西の左合市、東南の坂道市へ続くトンネルは
入口のアーチが壊され道路上にコンクリート片が散乱して車両の通行は断念するしかない。
東のトンネル入り口には大型トランスポーターが斜止めして通行を遮断。
鉄道は池口側トンネル付近はレールとバラストをブルドーザーが押しやり軌道を破壊。
ブルドーザーはトンネル入り口を塞ぐ格好で駐車。
坂道側トンネルは爆破されて瓦礫に埋まっていた。
麻相と田端が昼間に聞いた四つの爆破音は交通の要衝を破壊するため、これは田端の想像通りだった。
ただし幹線道路のトンネルと鉄道トンネルの爆破の際、爆薬の量を間違えたのではと田端は付け足した。
破壊の度合いが一様ではないためだった。
ブルドーザーで瓦礫を押しやれば今すぐにでも通行再開できそうなのが西側トンネル。
ただしトンネルアーチの損傷具合いを確認しなければ安全性確保ができず全面開通は難しいと補足した。
大型トランスポーターはナナヨン式の搬入に使われた車両と断定した。
市内に大型トランスポーターは一台のみであるためMCVは自走してきたと推測していた。
「病院前に戦車があることはSNSに上げられて、それをTVニュースでも取り上げてた。
日本中の誰もが知ることになったから、無かったことにするのはもう無理だねえ。」
田端と牧は食料調達の途中で坂道市と池口市の避難所へ立ち寄りTVニュースを見てきていた。
「今頃は装備の総点検が始まってるはずさ。持ち出された基地が分かれば犯人捜しだな。」
「自衛隊に疑惑がかけられたとするなら避難者の救援活動はできなくなるよね?」
「現役自衛官にも加担者がいるはず。そいつらを拘束してからですね、それまでは動けない。」
「自衛隊の活動には国会が待ったをかける、避難者は大変だなあ。」
田端は災害地域の実情を思い出していた。
「ただ、空挺の連中は独自に動いてるかもしれない。」
「くうてい?特殊任務の?」
「パラシュート降下のシーンばかりが有名だけど、奴らの任務は偵察だからな。
国会での決定が出る前、事後承諾の形で行動開始してるはずだ。
南の外れに丘陵地があるけど、麻相、知ってるか?」
麻相は首を傾げた。
「城山公園の跡地があります。どうしたんですか?」
思い浮かぶのはそこしかなかった。
「あそこからドローンを飛ばしてる奴らがいた。
よく見えなかったけど、空挺かSAT(Special Assault Team)だろうな。
警察機構にだって対テロ組織、特殊部隊のSATがあるからな。」
「サット?エス、エー、ティー?あんなところで・・・・」
公園跡地に登るには倉庫街裏の通路とスロープしかないがこの状況では近づけない。
かといって坂道市からの遊歩道は無かったはずと麻相は記憶していた。
坂道市側の麓から道なき道を登り城山公園痕にたどり着いたとしか考えられなかった。
「夜の闇に紛れてドローンを飛ばしてるとはなあ。偵察ならカメラ、暗視カメラだろうなあ。
サーモグラフィを搭載しているとここに居るのがバレちゃうかなあ。」
田端は不安げに窓を眺めた。
暗幕の裏からべニア板をあてがい、それを抑えるようにコンクリートブロックが置いてあった。
「それは大丈夫。サーモグラフィは壁を透過しませんよ。ここに居ても外からは分かりません。」
「そうなの?スパイ映画ではよく出てくるじゃない?
壁の向こうの人影が虹色になって映ってるシーンが。」
「あれはストーリー上の演出です。鉄筋コンクリートの壁を透過できる赤外線はないです。
ガラス一枚あるだけでも無理ですねえ。
ガラスに体を押し付けてれば少しは検知出来ますが、そんな都合よくいくわけない。
映画で使われているサーモグラフィは透過し過ぎ、見え過ぎてます。
赤外線ではなくレントゲンでも使ってるんですか?って突っ込み入れまくりです。」
「なあ~んだ。心配したよ。さすが自衛隊さん。」
「暗視ゴーグルの実装試験の経験からですよ。
ドローンは試験導入の話を聞いていただけで、配備の前に俺が辞めてます。
性能試験の話すら漏れてきませんでしたから秘匿性が高いですね。」
暗視ゴーグルと聞いて麻相はあることを思いだした。
「そういえば、西に後塵山があります。TV局が山の中を歩いて来てました。
その後ろから黒づくめの人たちが追いかけて来てました。」
黒づくめの連中は暗視ゴーグルのおかげで暗闇の山中でも平気だったのだと気が付いた。
牧と田端は思案顔になった。
「黒づくめ?SATか?空挺か?どちらにしろTV局はありえないな。」
「うん、TV局はまずないね。主だったTV局には国から取材規制が入るはずだよ。
余計な情報を流されて暴動鎮圧の足かせになると困るからね。」
「田端さん、もしかしてネットで動画を上げてる連中じゃないですか?
素人なら放送法の縛りを受けないから好き勝手にやるからな。」
「その黒づくめの連中はおバカな連中の身柄を確保するために動いていたはずだね。
あげく地元警察に引き渡し、今頃はこっぴどく絞られてるよ。」
青田市の反対側、山の麓では要所要所にパトカーを停め警察官が警戒していた。
登山道、山腹までの遊歩道はおろか緩い傾斜地にも目を光らせていた。
緩い傾斜地ならば徒歩で入山できるため不心得者の侵入に備えるためだった。
県内他市町、県外からも動員されていることが車両側面の所属表記からも明らかだった。
上空からの威力偵察だったが田端と牧はそれだけの情報を持ち帰ってきていた。
「国家権力がいよいよお出ましかあ。」
「こちらも早々に行動するしかないよな。」
「病院前の戦車だけでも何とかなりませんかァ。」
山崎の切実な願いでもあった。
「さて、どうしようかな田端さん、麻相。相手は40トンもあるナナヨン式だ。」
「戦車にだって弱点はあるでしょ?」
「あるとすれば真上から搭乗ハッチかエンジンベイを狙うか?
対戦車砲準備!マルヒト発射準備よ~し !ってな。」
「そんなものはないからなあ。」
「搭乗ハッチが空いた状態なら何とかなるんじゃないですか?」
麻相が思い付きで意見した。
「開いてれば、な。いいアイデアだけどな、どうしたい?」
「例えば、操縦席に爆竹を放り込む、消火器をぶちまける、発煙筒を放り込む、とかは?」
「おいおい、ガキが授業妨害してるわけじゃ・・・・・って、そうだったな。」
麻相が元不良だったことを牧は思い出した。
「いいと思うよ。それやられたら逃げるしかない。ただ、ハッチが開いてればの話だな。」
「戦車の中で待期すること、寝る事はできますか?」
「搭乗したままでの待期はあるが、寝るのはつらいな。
乗用車の様なラグジュアリーなシートでリクライニングは・・な・・い・・・・・・」
牧はそこで考えこんだ。
険しかった牧の顔は次第にほころんできた。
「それで決まりだ。」




