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ep38

3、1、1、3とノックした。

電子音と機械音が小さく聞こえると扉が開き山崎が出迎えてくれた。

微笑んでいるのようだったが目には厳しさが現れていた。

先ほどまでの山崎とは雰囲気が違っていた。

違和感を抱いたが麻相は気にせずに階段を登った。

麻相が会議室に入るとこちらも異様な雰囲気に満ちていた。

田端と牧が憮然とした表情で山崎に視線を送った。

麻相は気後れしつつも異様さの原因を聞いた。

あの後、山崎は自宅アパートへ行き、シャワーを浴びた。

さらに着換えとインスタント食品を携えて信用金庫に戻り、皆の帰りを待っていた。

その行いが田端と牧の勘に障ったのだった。

「今がどういう状況か分かってない。

住民が避難して居ないはずなのに歩き回っていたなんてあってはならない。

この街で何が起こったかは国が総力を挙げて調べにかかる。

コンビニやスーパーの防犯カメラの映像データーはすべて回収されて回析すると考えていい。

そこに誰が映っていたか、人物は特定され任意での事情聴取、下手すりゃ逮捕もある。」

きつい口調で田端はたしなめた。

山崎は複雑な面持ちでそれを聞いていたが他人事のようでもあった。

「山崎さんはお嬢様育ちだからゴシックネタに興味はないだろうけど。

防犯カメラの映像がネットに拡散されたらストーカー被害に遭うかもしれない。

一度アップされた画像はコピーされて再アップの連鎖、完全に削除はできない。

個人特定されて付きまとわれたあげく頭のイった奴に殺されるなんて嫌でしょ。」

「その点は注意してましたよォ。

防犯カメラのありそうなところは避けて通りましたからァ。」

意に介さないとばかりに弁解したことでさらに田端の神経を逆なでした。

「わかってないなあ。

風呂入ったらば換気扇、回すよね。

音もする、シャンプーの匂いも外に出るから連中に見つけてくださいと言ってるも同然だよ。」

先ほどの違和感の理由はここにあったと麻相が気が付いた。

山崎は先ほどまでスカートを履いていたとの記憶しか麻相にはなかった。

ダウンコートの下からはゆったりめのデニムパンツが見え隠れしていた。

「強力なテレパシストだから俺たちの考えてる事は共有できてると思ったけど、そうじゃなかった。」

口惜しそうに田端は心情を吐露した。

自分の力の発展したものとの思い込みから多くを語らなかったことを事を悔いていた。

「超能力者ってのは表舞台に出るとろくなことがない。

昔の超能力者は客寄せパンダの扱い、衆人環視の元での生活になり、普通の仕事が出来なくなる。

時が過ぎたら忘れ去られて捨てられる。社会復帰も簡単じゃないから生活に困ってしまう。」

「俺らってイロモノなわけよ。

ここで治安維持のために大活躍しても大っぴらに出来ない、それくらいは分かってるだろ。」

牧は若干和らいだ口調になっていた。

山崎はそれぞれの意見を肉声で聞く必要はないのだが職業柄からか聞き役に徹していた。

山崎自身も過去の苦い経験があるため田端の言わんとすることは理解できていた。

「特異な力を持った人物がいるとネットで一言書かれただけで炎上する。

住所氏名年齢、顔まで全てさらけ出されるから常に人目を気にしなければならない。

アイドルの様にチヤホヤされる、かと思えばその裏返しで僻み妬み、個人攻撃の対象にもなる。

静かな生活が出来なくなる、とんでもないストレスにさらされる、山崎さん、それでいいの?」

「田端さん、もういいでしょ。」

牧が止めに入ったが三人の間での緊張感は続いていた。

「一旦、話題を変えよう。」

牧が続けた。

「ここの利用方法、ルールを決めておきたい。

俺たちがここに滞在した証拠は残せない。

椅子を動かしたら元に戻しておく、ドアを開けたら閉める、つまり原状回復措置が必要なわけだ。

とはいっても、滞在するからにはそうもいかない。

そこで、誤差の範囲ならば使用可能としたいのだが?異議は?」

「誤差?」

麻相が尋ねた。

「水道、電気にガスもあったかな。

俺たち四人がここで過ごす際に使った分は行員さんの利用分にプラスアルファだから誤差の範囲。

もちろん大量に使うとか頻繁に使うのはノーグッド、誤差の範囲を超えるからな。

行員さんがここに戻ってきて{あれ?こんなだったかな?}の消耗度で収めるのが最良。」

そこから牧は室内を歩き回りながら事細かく説明をして回った。

会議室の備品だけでなく湯沸室に据え付けの備品に至るまで注意を促した。

あげくカップベンダー自販機の利用は一人一日一回までと規制してきた。

「俺らの食事はアルファ化米とフリーズドライ味噌汁、カップ麺だけ。

メニューはこれだけ、旨い飯ではない、食えないよりまし、麻相と山崎さんには我慢してほしい。

流し台を見てきたが掃除済みだった。洗い物する時は米粒一つ残せないから気を付けてな。」

理路整然とした説明に皆は頷くだけだった。

「カップ麺の残り汁は飲み干すしかないね。捨てるとネギや麺の切れ端がシンクに残るから。」

会議テーブルに積み上げられた簡易的な食料を前に田端が補足した。

「仕事柄、カップ麺には慣れてますゥ。でもォ、残り汁は大変ですねェ。」

同意するとも異を唱えるともとれる山崎の言い分だった。

「残った容器、紙ごみとプラスチックごみは分別してくださいィ。ゴミ袋は用意しましたァ。」

「分別はいいですが・・・・」

麻相の問いを遮るように山崎は続けた。

「私が持ち帰って処分しまうゥ。小さく折り畳むとか細かくかちぎるとかしてくださいねェ。」

山崎は淡々と答えた。

「自衛隊メシでは缶詰めも定番だけど今回は敬遠した。この状況では空き缶の始末が厄介だからな。」

そこで説明は終わり牧は椅子に座り込んだ。

「さっきも外で確認したけど、ここの灯は外に漏れていないからね。

消灯時間は特に決めないけど、皆で相談ということでいいよね?」

「異議なし。寝るのは明日の行動を決めてからだろうな。」

「山崎さんは女子更衣室で寝てほしい。ここは男だらけだから。」

田端なりの気遣いだった。

「大丈夫ですゥ。私もここで寝ますゥ。」

「平気ですか?」

「平気じゃないかもォ。でもあっちの部屋で一人になるよりはこっちの方が安心できますゥ。」

牧は目を見開き山崎を眺めた。

山崎は突如として牧に鋭い視線を送った。

「牧さん!それ、セクハラです!やめてください。」

鬼気迫る声音だった。

いきなりの指摘に牧は困惑していた。

「俺の心を覗いたの?」

考えをまとめる為か一呼吸置いた。

「確かにいやらしい発想はした。でもな、言っちゃあいないし、体に触るとかしてない。

頭の中だけの事までをセクハラと言われたら男は女性と同席すらできなくなる。

ちょっと過敏だよな。」

牧は物怖じすることなく山崎に対応した。

「寝こみを襲うなんてやらねえよ。不同意性交は大っ嫌いだからな。」

牧は断言した。

その言葉を聞いた麻相は拳を硬くした。

「山崎さん、テレパシーをオン、オフ出来ないのかな?」

「できますけどォ・・・・・・ごめんなさいィ。みんなの前ではオフにしなくてもいいかとォ。」

山崎は神妙になった。

「田端さんと麻相君は覗いても一部はブロックしてくれてますゥ。

でもォ、牧さんはすべて開けっぴろげでェ、全部覗けるんですゥ。」

「公正明大、やましい事、はあるが、隠す事なんて俺はないよ。いい事じゃあないの。」

牧は悪びれることなく言い放った。

こんな開き直り方もあるのか、これも牧のキャラクターのなせる業と田畑は感心していた。

「俺はやまし事だらけじゃないか?」

田端は自嘲ぎみに笑い飛ばしたが半分はジョーク、半分は真面目だった。

心の奥底までは覗かれたくない田端は巧妙にブロックしていた。

強力なテレパシストである陽子にもそれは知られていないと自信をもっていた。

「俺もやましい事の一つや二つ、どころじゃない、沢山あります。」

麻相はここぞとばかりに本心を吐露した。

「麻相君はまだまだこれからなんだから。ひとつづつ乗り越えていけばいいよ。」

俯き加減の麻相を田端は励ました。

「俺みたいな歳になっても失敗を繰り返してんだぞ。

若いお前が失敗するのは当たり前、気にすんなって。」

牧の目は柔らかく笑っていた。

全てを話せば楽になるのか麻相は不安だった。

それは自分の恥部に触れることでありバツが悪すぎた。

田畑や牧なら話が聞いてもらえるかもしれないがそこまで切り出せなかった。

「隠し事の一つ、トイレ事情なんだが? no problem? Lady?」

再び牧が話し出した。

「どうぞォ。」

「当然だけど水洗式、節水型を使ってるけど度々使うと水道使用量に跳ね返ってくる。

更に問題は音、水を流す音が換気扇から外に漏れる。こればっかはどうしようもない。」

「そうでもなさそうなんだ。」

田畑が切り出した。

「威力偵察の結果にもなるんだけど、いいかな?」

次の話題を田端が切り出すと牧だけが浮かない顔をしていた。

「この街を占拠した人数は40人、俺と牧さんが数えただけでそれくらい。プラマイで5人。

市役所、警察署、高校、病院には常駐と交代要員が居て、駅とトンネルには見張りが居る。

警察所は中に何人いるのかわからない、何人かが居る事だけは確定。

人の配置はいっぱいいっぱいで余剰人員はいないと推測できる。

昼間は巡回してる奴らが居たけど・・・・・・・今はいない、明日の昼間も居ないはずだよ。」

田畑は言葉を濁した。

「はず?とはなんでですか?見回り役は必要では?今日も居たでしょ。」

麻相が言葉尻を捉えて尋ねた。

田端が苦々しい表情を浮かべ言葉に詰まった。

牧は姿勢を正しつつも腕組みをした。

「お前んちを荒らした連中が根こそぎ消えた。そんなわけで巡回要員が足りなくなった。」

「消えた?」

聞き返した途端、麻相は罪の意識に苛まれた。

数名を消し去った張本人が誰であるかを田端と牧の雰囲気から察した。

意図しなかったとはいえ自分は【人殺し】なのだと麻相は自責の念が強くなった。

「言っただろう、高崎って奴は万死に値する。

誰かが粛清しなければ他の誰かに危害が及んでいた。お前が気にする必要はない。」

牧は正義のためと言わんばかりだった。

「女性の敵です。」

山崎は麻相の記憶から高崎の悪事を探りだしていた。

拉致した女性をレイプ、その後始末を麻相らに押し付けていた。

中学生時代からの極悪非道ぶりに山崎は身の毛がよだった。

「森本さんを守り抜いた。自信を持ってくださいィ。」

「中学時代に色々あったようだけど逆恨みにもほどがある。

自宅を襲い、生活基盤を壊しにかかるなんて異常者のやることだ。

殺しても殺し足りない、君じゃなくても同じ思いだよ。」

田端も麻相の顔色を伺いつつ慰めた。

この話題を止めるよう山崎は田端に無言で伝えた。

これ以上に話を続けると慰めるはずが追い詰めることになりかねないと危惧していた。

「話をもどうそうか。

連中は人手不足になったから要衝の見張りと交代要員で手いっぱい。

街を巡回して回る事が出来てないからトイレの音が漏れても聞かれない、大丈夫。」

田端の説明が終わると山崎は憮然とした。

それならば自宅へ戻ろうがシャワーを浴びようが問題はなく、先程の詰問が納得できなかった。

山崎の視線を感じて田端は見返した。

「心構えの問題だよ。緩くなれば緩んだまま、タガが外れたままはよくない。」

田端は冷たく突き放した。

山崎の顔は険しくなりお互いが厳しい視線を飛ばしていた。

「ここからは俺が変わろう。」

牧が一枚の紙片を持ち出して皆に見せた。

そこには青田市全域の略図と幹線道路、鉄道、市役所、警察署などが書き込まれていた。

牧は舌打ちをしつつ小さく唸り声をあげた。

「なあ、俺このまま帰っていいか?」

「気持ちは分かるけどねえ。」

「何があったんですか?」

麻相が田端と牧に問い質した際に山崎の表情が気になった。

色白だった顔が紅くなり異様な雰囲気だった。

この状況はいたたまれない、よろしくないと麻相は案じた。

「メシ!飯にしませんか?朝から何も食ってないです。」

その場を収めるための苦肉の策だった。






補足説明

ヒーリング:治癒能力。

生体エネルギーを注入することにより傷病者の病気やケガを治すことが出来る超能力。

傷病者に生体エネルギーの補填をし活性化を促すことで完治までの時間を短縮が可能になる。

本作ではあくまで自己治癒力を促進すための能力として描いている。

傷病者の重症度により与える(奪われる)生体エネルギー量の変わるため場合によっては自身の生命を削る事態にもなる。

他所の作品では「不思議な力で治す」としているが私的には理解できないので上記のような定義を用いてます。

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