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ep35

陽子がヒーリングに入ってから20分以上が経った。

その間も大人は全く身動きひとつせず麻相を取り囲んでいた。

牧は胡坐をかき、陽子の背中を見ていた。

背筋が伸びいるのは腹筋背筋のバランスが良いためだ。

歩き姿に無理と無駄がなかったのは足腰を鍛えているからだ。

ボディはスリムだがスリム過ぎない、理想的な体育会系少女。

自分の奥方とは雲泥の差だと牧は眺めていた。

山崎は正座姿勢から足を崩し陽子の横顔を見つめていた。

目鼻立ちのよい顔、目元を若干修正すればそのままアイドルタレントでデビューできそう。

顔に柔和さが伴えばさらに万人受けする顔立ちになる。

それが無いのは十代だからか、彼女の芯の強さからなのか。

自分では到底及ばない美貌だと山崎は羨望の眼差しを向けていた。

陽子は目を閉じていた。

呼吸していないのではと思えるほど静かだった。

死んでいるのではと思えた陽子はいきなり麻相の上に崩れ落ちた。

麻相の胸に顔をうずめるように倒れたのだった。

その様を三人が注視していたが動く気配がないことから田端は慌てた。

「結界を解く。山崎さん、彼女を診てあげて。」

田端の言葉を聞き終える前に山崎は立ち上がっていた。

二人の傍らに来ると陽子の額に手を当てた。

間もなく手を離して安堵の表情をみせた。

「ダイジョウブです。森本さんの意識は表層にありますゥ。

しばらく休んだら気が付きますよォ。」

緊張の面持ちが解け田端は天井を見上げた。

「麻相君はそのままか。」

最大の懸案事項が未解決とばかりに田端は嘆いた。

牧は膝を伸ばしてぐったりとうなだれた。

「一つ質問。」

牧は手をあげた。

「気を右から左に受け流せってことだったけど、体力持ってかれたぞ。聞いてねえよ。」

予想外の経験に少々感情のこもった口調だった。

「あっ、申し訳ない。そうなるとは知らなかった。

俺も三人で結界を張るの初めてなんだよ。そうかあ、みんなから気を。」

「なんで結界張ったんだよ?」

「彼女、たぶんだけど、山崎さんよりも強力なテレパシストだよ。

森本さんがヒーリングをやるとなれば大きな気が外に漏れる。

それは避けたかったんだよ。気づかれたらダメだからね。」

「山崎さんの時はやらなかったよな?」

牧の追求は止まらなかった。

「実を言うと俺一人で結界張ってた。

山崎さんのレベルならば俺一人でも抑え込めると思ったからね。

森本さんの場合、気を折り返して反射するエレメントが必要だと思った。

電極みたいなものかな。だから協力してもらった。」

牧は納得したのか口をつぐんだ。

既に田端の心を読んで承知していた山崎は無言だった。

「テレポートしてきて、麻相のヒーリング、連続で疲れてるんだよ。」

田端は陽子の行動を総括した。

「初めて見たぞ。あんなの。」

「光を纏って空間から飛び出てくるなんて映画の演出そのものだよ。

麻相君のテレポートとは違ってたな。」

「あ?麻相も?こいつらカップルで瞬間移動できるんか?」

呆れたとばかりに牧は声を上げた。

山崎が麻相の胸から陽子を引き離そうとした時だった。

麻相が目を開けた。

「あ、え、えっ?、森本さん?」

胸に上にある重みを見て驚いていた。

「なんで、ここに・・・・あ、ここは?あれ?みんな?あんた、誰だ?」

麻相は様々な異変が起きていることに慌てた。

「森本さん、なん、で、寝てるの?」

麻相が最も気にしたのは自分の胸の上で眠っている陽子だった。

「気が付いたか、麻相君。よかったああ。」

田端は顔をほころばせた。

「おはようさん。」

牧の笑い顔は頬骨がさらに目立った。

「森本さんが君を救いに来てくれたんですゥ。」

山崎が微笑みながら陽子の体を起こした。

慣れない手つきで麻相の横に寝かせると毛布を掛けた。

陽子の髪をかき分けて整えるとブラウスの襟を正した。

陽子の顔は麻相の真横にある。

麻相はしばらく陽子の顔を見つめ続けていた。

その様子をみていた田端と牧は気恥ずかしくも懐かしいものを感じていた。

そんな二人の視線を気にして麻相は起き上がろうとした。

「あ、まだ寝てて。体力が十分じゃないよ。気が弱まったまま、回復はしてきてる。」

田端が制した。

「そこに居るうら若き女性は山崎さん、精神科のお医者さん、テレパシストだよ。」

「若いですかねェ。30超えちゃいましたからおばさんですねェ。」

山崎は照れることなく弁解した。

「安全に隠れられる場所を教えてもらった。ここは信用金庫の二階だよ。」

「信用金庫・・・・・」

麻相が不思議そうな顔をしていた。

山崎はここまでの顛末を麻相の脳裏にビジョンで送ってきた。

すぐに納得したとばかり瞬きを繰り返した

「そんなことがあったなんて・・・・・テレパシストはこんなことができるんですね。」

麻相は感心しきりだった。

「まさか滅波(めっぱ)を使うとは思いもしなかった。」

「・・・・・滅波(めっぱ)?」

「気を極限まで高めると周囲のあらゆるものを消滅させてしまう。

波状に広がるわけでもないけど(なみ)の文字を宛がってる。

大学ノートには(なみ)をカッコ書きで((やぶる))とも書いてあっけどね。

文字で残っているから使われた実例はあったはずだけど、見た人はいるのかなあ。」

「例の古文書ですか?」

牧が問いかけてきた。

「そう。そのなん百年の一度かの秘奥義を俺たちは見てしまったんだ。

問題は自分でコントロールできない力を出したために意識が崩壊し喪失してしまったこと。

麻相君の場合だけかもしれないけど、滅波(めっぱ)は被害が大きすぎる。

これでは技とは言えない、自分の身を犠牲にするなんてね。」

「いわば暴走だよ。あらゆるものを消し飛ばそうと考えただろ。」

「あ、あの、あの時、あそこにいた、高崎たちは?」

田端も牧も目を伏せた。

隠し通せるものでもないと牧が腹を据えた。

「消えたよ。直径2~300メートルに渡って消えた。」

それを聞いて麻相は黙りこんだ。

あそこにいた人だけでなく麻相の自宅と周囲の民家も消滅したとまでは牧も言えなかった。

山崎の目つきが鋭くなっていた。

「暴虐の限りを尽くし、麻相君を精神攻撃までしてきた。相当な報いをうけるべきです。

あいつらは触ってはいけない爆弾を触ってしまった、自爆したといってもいいです。」

それまで安穏とした口調だった山崎がいつになく厳しく言い放った。

「ここに居る誰もが麻生君を咎めたりしません。」

毅然と言い放つ山崎に田端は感心していた。

「みんな味方ですよォ。」

途端にいつもの緩い口調に変わった。

麻相の顔は変わらず無表情のままだった。

「質問。」

牧が手をあげた。

「山崎さんがあそこに居た理由を知りたい。」

それは田端も同様だった。

「私ですかァ?着換えをするために自宅に向かってた途中ですゥ。

月曜日から病院に詰めてて出れなくて。困ってたんですゥ。着たまま三日目はいやだなあって。

白根町を通り掛かったら人が居て騒いでるし、大きな気を感じてしまいましたァ。」

「病院、市民病院にもあいつらが?」

牧は思案顔で呟いた。

「ああ、逃げ遅れた住民は市民病院へ収容すると言ってたなあ。」

「何人かの方が連れてこられたようですゥ。」

「収容所かよ、病院は。」

牧が呆れて言い放った。

「病院を占拠している連中は何人ですか?」

「外来口に二人、救急外来に一人ですねェ。」

「病院の中は?」

「火曜日の昼前に押し込んできて院内放送で喋っただけですねェ。

それっきり診察にも待合にも居座ってはいないと聞いてますゥ。

医師、看護師、病棟の患者さんは出禁、出ようとすると撃つとおどされるようですゥ。

外来患者さんは火曜日昼前で返されましたァ。昨日昼から外来は休診ですゥ。」

「ちょっと待ってよ、あんたはどこから抜け出した・・・・・あ、給食センターか?」

「センター搬入口にも時々見回りにきますけどォ、隙はできますから。」

「医者や看護師さんは入院患者の面倒を見なけりゃならないからなあ。缶詰めか。」

「はい。精神科医の立場から入院患者さんのPTSD対応しなければダメなんですがァ、

三日間同じもの着るのは我慢できないので私だけ抜けてきましたァ。」

職場放棄と喉元まで出た言葉を田端は飲み込んだ。

直後に山崎から冷たい視線を浴びせられた。

「おい、待てよ。通信だけじゃなくて交通も全部ダメだろ。

病院内の食事、給食はどうなる?薬は足りてるのか?何日持つ?」

「給食センターの食料はやりくりして二日分と聞いてますゥ。備蓄用食料は三日分ですゥ。

薬は五日分ですけどォ、症状の急変や処方によってはそれよりも短いかもしれません。」

「センターの食材をあいつらが横取りしなけりゃいいけどね。」

田端が絶望のダメ押しともとれる発言をした。

「入院患者は何人ですか?」

「昨日の時点で入院患者数は146人ですゥ。」

「避難はできてないよね?」

「昨日の午前中にお二方が坂道中央病院へ転院しただけで他の方は残られてますゥ。」

「だよなあ。今から24時間以内に避難しろなんて無理だよ。

病院と警察、消防、自衛隊がタッグを組んで計画をしなけりゃ避難なんてできない。」

「いざとなれば自衛隊のヘリ運送ができるじゃないですか。」

麻相が思いついたことを言った。

「それは送り出し側と受入側の体勢が整っていればだ。

連中がヘリに向かって撃ってくるとも考えられる。そんな危ないことはできない。」

「自衛隊といえばァ、病院の駐車場に戦車がましたァ。」

「はああああっつ!!!!?」

牧は驚嘆の声を上げた。

田端は絶句し、麻相は事情の把握ができずにいた。

「火曜日の夕方には置いてあったようですゥ。」

「張りボテじゃねえよな。こりゃあ威力偵察に出るしかねえな。」

長髪をかき上げながら牧が嘆いた。

皆が困惑している最中に麻相は体を起こした。

休養十分とばかりに小さく息を吐きだし、陽子の寝顔を眺めた。

初めて見る陽子の寝顔。

微笑んでいるような安らかな寝顔に麻相の心は安らいだ。

「大丈夫か?」

牧が声をかけた。

「あ、平気ですねェ。」

山崎も麻相の状態を診て声に出した。

「森本さんにはお礼を言わなきゃね。君のピンチを知って駆けつけてくれたんだ。」

麻相は気恥ずかしそうに頷いた。

「森本さんもテレパシスト、なんだけどテレポートも出来るようだ。」

「そこから出てきたんですよね。」

麻相は掲示板のある壁を指さした。

昏睡状態下での出来事は山崎からのビジョンによって自らの記憶を補完していた。

田端は眉間にしわを寄せて考え込んでいた。

自分を凌駕する力を持つ者が存在すると予想はしていた。

それでもテレパシーかサイコキネシスのどちらかに偏っているはず。

両刀使いの自分とは比較対象にならないとある種の優越感を持っていた。

しかしテレポートをテレキネシスの延長と考えるとテレパシーまで扱える陽子の存在は想定外だ。

その実践を目の前で見せられた田端の心中は複雑、嫉妬心すら湧いていた。

「森本さん、ここが何処だか分かってないようでしたァ。」

「麻相君の気だけを追っかけてきたのかもしれないね。」

「まぐれでテレポート出来ちゃったかもしれませんねェ。」

「そんなバカな。」

田端は取り合おうとしなかった。

「外出するような装いじゃないじゃないですかァ。」

陽子の服装から偶然の出来事だと山崎は主張した。

ここに到着した陽子の素振りからもそれは考えられると田端も感じていた。

陽子の瞼がわずかに動いたのを麻相は見逃さなかった。

「森本さん。」

麻相が静かに声をかけた。

陽子が目を開けた。

「あ、麻相君、帰ってきたんだ。」

開口一番、陽子の声は喜びに満ちていた。

「ありがとう。」

麻相の声には今まで以上の感情がこもっていた。

「お礼なんて言わないで。」

陽子はまるで機械仕掛けのように上体を起した。

その動作を見て想像通りの身体能力があると牧は改めて感心した。

「麻相君に訂正しとくね。

大きな気を感じて二週間前にここまで様子を見に来たと言ったよね。

その大きな気は麻相君のものじゃなくて森本さんの気だったようだ。

勘違いをしていたようだ。」

「二週間前とは?」

牧が尋ねると即座に陽子はあの倉庫での顛末をビジョンで送り込んだ。

牧は思案顔のまま何度か頷いた。

「高崎って野郎、万死に値する。」

語気を強めて牧が言い放った。

田端と山崎にもそのビジョンが届いていた。

「森本さんが治したんですかァ?」

「瀕死の重傷だったわけだあ。」

それぞれが感想をもらした。

「とんでもないヒーリング能力だ。御師さんの(しょ)にあったかな?読み直すしかないなあ。」

完敗とばかりに田端は感嘆の声を上げた。

「皆さんの言ってることは分かるんですが、何が何だか・・・・」

陽子は困惑していた。

「実を言うと、ここに居る皆が超能力を持っている。

麻相君もそう。森本さん、あなたもそう。

力の種類も違えば、力の強さも違うけど普通の人には備わってない能力を持ってる。

麻相君は体で触れなくても物を動かせる能力がある。

森本さんは相手の心を読む力がある、怪我や病気を治す能力もあるようだ。

自覚がないようだけど、普段から何気なく使っているのかもしれない。」

田端の何気ない言葉に山崎は別の驚きと疑問を持った。

普段から使っているならば周囲から奇異の目で見られなかったのか、と。

山崎も幼少期から力を使っていたが周囲から気味悪がられ、距離を置かれてしまった。

それがきっかけで人の心に動きに興味が抱き心理学、精神医学を志向したのだった。

ただ素の状態でも人の本心が丸わかりになるため交友関係は絶望的だった。

極めて表面的な付き合いを心がけ、相手も自分も傷つかないようにしていた。

この【忌まわしき力】のオン、オフを身に着けたのは臨床医になってからだった。

ならば陽子は既にオン、オフを身に着けているのか、

相手の機嫌を損ねない会話術で補っているのかもしれないと山崎は推察した。


作者談:ありきたりな展開でごめんなさい。

未だ折り返し点です。

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