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ep31

風もない薄曇りの空、人気のなくなった住宅街に大穴が空いていた。

白根町四丁目に交差点があったのかすら判然としなくなっていた。

そのクレーターのへりに黒紺のダウンコートを着た一人の女性が立っていた。

クレーターの中、最底部に居る三人を眺めていた。

「あなた、この辺の地理に詳しいですかあ?」

田端は声を張り上げて訊いた。

「ある程度ならァ、わかりますよォ。」

ゆっくりとした口調に緊張感がなく、この異様さを気に留めていないようだった。

「オンナ?なんで一人でいるんだ?」

若い女性であることを牧は不審に思っていた。

「とにかく麻相君を上まで運ぼう。」

「足じゃ登れませんよ。」

クレーターの傾斜を見上げてため息をついた。

飛行する力を使わなければ登りきる事は不可能だった。

あの女性の目の前で異質の力を出すことを牧は畏れ心配していた。

「さん、背負ってくれるかな。俺が後ろから押す。地面すれすれを飛べばバレない。」

田端は咄嗟にアイデアを捻りだした。

「一見して都会育ちの女性。」

田端の言わんとすることは牧にも理解できていた。

この傾斜を徒歩で登れるか否かの判断は経験が必要なので彼女にはできない。

言い訳して誤魔化すことは十分に可能だと田畑と牧は判断した。

牧がバックパックを胸に移してしゃがみ込んだ。

田端は麻相を抱きかかえて牧の背中に乗せた。

「以外に重いよ。」

田端は思わず愚痴を言った。

「こいつの足、ガチムキ。体育会系です。陸自に向いてます。」

背負いつつ麻相の体つきを感心していた。

「陸自で背負うのはいつものこと。65キロあるよなっ、と。」

気合を入れ鼻息も荒く牧は立ち上がった。

「田端さん、匂いませんか?」

牧は鼻を突きだした。

「これ、ガスだ。」

田端も周囲を見回した。

「ああ、あれかあ、都市ガスのパイプ。」

えぐられた斜面の所々にパイプが覗いていた。

水が噴出するパイプがあり、水の流れの緩いパイプも見えていた。

水の噴出音が大きくそれに消されてガスの噴出音は聞えてこなかった。

匂いだけがガス漏れの根拠だった。

「塞いどきますか。」

「爆発、二次災害は避けたいよね。じゃあ、俺は西と南。」

クレーターの底部からのテレキネシスによりガス管を【く】の字に折り曲げた。

万力で潰したと見まごうばかりに見事な曲げ技を二人は使った。

田端も牧もついでとばかりに水道管も潰して止水した。

このまま放置するとクレーター内は満水になる。

それだけでなく、水が周辺の土砂をえぐり地盤沈下、陥没を誘発する。

周辺の家屋にさらなる被害が及ぶのを危惧したためだ。

「これでよしっと。」

「じゃ、行きますよ。」

田端が後ろに付いたのを確認すると牧は傾斜を登りだした。

その間も上の女性は三人の動向を眺め続けていた。

始めは傾斜が緩く直進できていたが次第に急になっていった。

「リアリティ出しますよ。」

傾斜がきつくなると牧はジグザグに進み始めた。

ホバリングしているから傾斜の程度に関わらず直線で登ることはできる。

それではあまりに不自然だからと牧は一工夫したのだった。

田端も戸惑う事なく追随してきていた。

「田端さん、分かってるじゃない。」

牧は感心していた。

「俺の畑、山の中。つづら折りで登るのは慣れてる。」

二人とも宙に浮いているのに足は普段通りに動いていた。

足裏に地面の感触が伝わらないため時おり不自然な足運びをしていた。

ほぼ絶壁になった縁を登りきると牧は完遂の声と共に腰を下げた。

田端が麻相の両脇を抱えて背中から降ろすと背中に手を渡した。

「あ、そのまま。どっちにしろもう一度背負うから。」

麻相を横たえようとした田端を牧は制止した。

傍らで牧は座りこみひと仕事終わったとばかりに大きく息を吐きだしていた。

短時間の登攀であり脚を使っていないのだから肉体的な疲労は無いはず。

田端には牧の行為は大袈裟に映っていた。

テレキネシスによる疲労感なのかリアリティを出すための演技なのか分からない。

「このあたりで安心して休めるところはないですか?」

「この子ォ、急患ですかァ?」

田端も牧もどう答えるべきか言葉を探した。

「そんなとこです。でも、病院へは、ちょっと。」

田端は言葉を濁した。

「保険証を忘れてきたので、まあ、あれなんで。」

牧も同調するように弁明した。

「あらァ、それならダイジョウブですよォ。

お名前と 生年月日、電話番号、 加入している医療保険が分かれば保険診療を受けられますよォ。」

その答えに牧は絶句した。

「念のために後から保健証を持ってきてもらった方がよいですけどねェ。」

その場しのぎでは誤魔化すことができないと悟った。

田端は眉間のしわを寄せて女性を注視していた。

「人に知られず、身の安全が確保できる所ですかァ。」

牧は唖然とした。

今考えていたことを目の前の女性が口にしたからだ。

「とにかくゥ、ここを離れましょうゥ。」

「当てはあるんですね。」

「はい。」

それを聞くや牧はしゃがみ込み麻相を背負った。

女性を先頭にして三人が続く。

その女性は開けた道を躊躇なく歩き始めた。

麻相が選んだ道とは真逆で道幅が広く、見通しが良いため暴漢たちに見つかり易い。

田端も牧も気が気ではなかった。

「ダイジョウブですゥ。このへんにはおかしな人たちはいませんよォ。」

女性は二人の心配を気にも留めてないようだった。

田端が女性にあることを尋ねようとしたときだった。

「あなたたち、普通じゃないですよねェ。」

いきなり女性は感情のこもらない声音で奇妙なことを聞いてきた。

「な、あ゛っ?」

牧は血色ばんだが田端が手で制した。

「あなたも普通じゃないですよね。」

「はい。」

返す刀とばかりの田端の問いかけにすんなりと認めてしまった。

二人ともこの女性から異質な雰囲気を感じていた。

「失礼ですが、お名前をお聞かせください。」

「山崎沙耶(さや)ですゥ。田端さん、牧さん、初めましてェ。」

「げっ!あんたもテレパシストだったのか?」

牧は絶句しつつ山崎の後を付いていった。

「ブロックするなんてズルいよなあ。」

田端は山崎の心の中を覗くことができず名前すら分からなかった。

「田端さんだって奥底までは見せてくれないじゃないですか。」

頑強にブロックできるのは強力なテレパシストである証だと田端は思った。

山崎は田端と牧の心の中を覗くことでここまでの事情を把握できていた。

「この子はァ・・・・・・あ・・・・・」

感情のこもらないスローモーな口調には二人とも焦らされた。

「麻相君の意識が表層にないですゥ。」

「意識?表層にないとはどういうことですか?」

「人の意識は生きてるうちは脳内のどこかに居ます。

目覚めている時、寝ている時、意識が明瞭ならば意識は表層にいます。

意識が明らかでない時、たとえば重度の事故に遭うと意識は表層から深層へ移ります。

それを昏睡状態といいますが、状況が許せば表層に出てきて意識が戻ることがあります。

問題なのは意識が深層に入り込んだままの状態です。

そのようになると持続的意識障害、俗にいう植物人間になります。」

「えっ!植物人間?」

牧が思わず声を上げた。

「麻相君はちょっと複雑ですねェ。もっと詳しく診てみないとォ判断できません。」

「妙に詳しいね。」

田端は山崎の話を冷静に受け止めていた。

「勉強しましたからァ。

意識の表層、深層については私の独自の観点で言ってますゥ。他所では言わないでくださいねェ。」

この時だけははにかみつつ抑揚の効いた口調になっていた。

山崎の案内のままに進んでいくと前方に中央分離帯のフェンスが見えてきた。

片側二車線の幹線道路であることは明らかで二人は緊張の面持ちになった。

「こっちでいいんですか?」

今にも暴漢たちがなだれ込んで来そうな雰囲気に満ちていたからだ。

「こっちですゥ。」

山崎は小声で三人を誘った。

通りから外れ、角ばった建物沿いに進みフェンスの隙間から敷地の中へ入り込んだ。

二階建駐車場に挟まれた箇所に扉があった。

ドアノブの上にはテンキーが並んでいた。

「後ろォ、人いないでえすよねェ。」

ドアの前に立った山崎は田端に注意するよう促し、田端は慌てて振り返った。

「いない。」

物音ひとつしない静かな裏通りが見えているだけで人の気配はなかった。

山崎はしばらく思案した後にテンキーを押した。

4つを押したのちにエンターキーを押す、テンキーの4つを押してエンターキーを押した。

小さな電子音を聞きつけて山崎はドアノブを回した。

「入ってください。」

山崎の言うがままに扉をくぐった。

扉の上に防犯カメラがあるのを牧は見逃さなかった。

「いいのか?」

牧は声を落して訊いた。

「それは後で。」

山崎は扉を閉めつつ呟くように言った。

低く重厚な音をたてて扉は締まり、オートロックの音が響いた。

その音を聞いて通常のスチールドアではないと牧は認識した。

扉の大きさからしても人一人通るための通路、そこに4人がひしめき合ってた。

山崎から漂ってくる特徴のある匂いに田端は気がついた。

薄暗い通路の先は壁、その右側は別の通路に繋がっていた。

「右、廊下の途中に階段があります。上ってください。」

山崎の案内で階段を上って行った。

階段の横には倉庫と表示のある扉があるだけで殺風景な石膏ボードで囲われていた。

牧は山崎と田端に先に上るよう促した。

牧はホバリングに頼らずここまで自力で麻相を背負い運んでいた。

自力にしろホバリングにしろ自分ならば早々にバテて交代してもらっている。

元自衛官は伊達じゃないと田端は感心していた。

牧は天井の要所要所に設置された防犯カメラが気なっていた。

非常時とはいえ不法侵入は間違いなく、田端が話していたように証拠が残ってしまう。

後々になって面倒に巻き込まれるのは牧とて御免だった。

階段を登り切った通路には壁一面に掲示物が貼られていた。

一階部分とは雲泥の差といえるほど雑然とした雰囲気だった。

牧は一枚のポスターに書かれた末尾の文字が目に入ってきた。

そこには【全国信用金庫協会】とあり特殊詐欺犯罪予防キャンペーンを告知するものだった。

通路の突き当りにはカップベンダー自販機、左側に更衣室と給湯室がある。

右側の扉には会議室と書かれていた。

山崎は会議室へ入ると照明をつけた。

8畳ほどのスペースに会議テーブルと椅子がコの字型に並んでいた。

ここの壁にも所せましとポスターが並び、個人名が大書された紙面も貼られていた。

床はカーペット敷きであり会議室にしては様相が異なっていた。

入口正面の壁上部にのみ嵌め込み窓があり採光のためだけのしつらえだった。

田端は全体を見回すと牧に中央に来るよう手招きした。

「ここに寝かせよう。」

牧が腰を下ろすと田端が麻相の後頭部と背中を支えてゆっくりと横たえた。

麻相の顔は苦痛に歪んだままだった。

頭部からの出血は乾ききり黒くなっていた。

牧は背伸びをしつつ大きく息を吐きだした。

横たわった麻相を囲むように三人は立っていた。

ただし宝物を目の当たりにしたかのように皆が数歩下がっていた。

「なあ、いくつか質問がある。」

牧が切り出した。

山崎はそれを待っていたとばかりに話し始めた。

「ここは信用金庫の二階です。

事務棟と呼ばれています。店舗の裏側です。

ここが安全な根拠としては、信用金庫の地方支店といえども大金庫を備えています。

そのため一般的な鉄筋コンクリート造りよりもさらに丈夫です。

信用金庫、銀行ですから強盗はATMか窓口の現金、大金庫を狙います。

そうなると正面入り口を壊して押し入るのが定番になります。

正面入り口は強化ガラスですから簡単には割れません。

シャッターも強化型ですから工事用車両で壊すかガスバーナーで根気よく焼き切るかしかありません。

仮に店舗側に侵入できても事務棟へ入るには暗証番号を打ち込まないと扉は開きません。

先ほど通過してきた扉と同じものが店舗と事務棟を仕切っていますから。」

「事務棟に現金はないと皆が思うからここまで入ってこない、ということ?」

牧は焦れて結論を急かした。

「はい。」

そんな牧にたじろがずに山崎は返した。

スローな口調に悪意がないのは分かるがこの手合いを田端も苦手にしていた。

「防犯カメラについてですが、ここは二つの録画装置を使っています。」

これは牧が危惧し、田端も気にしていた。

「店舗側と事務棟側に分けています。

今と通ってきた通用門のカメラ、通路天井のカメラも事務棟側の機械で録画しています。

本来は一つにまとめて管理するのですが設備更新とカメラ増設の時期がずれたため

止む無く二系統で運用することが今まで続いています。

その店舗側の録画装置が先週金曜日に故障しました。

店舗運営に支障が出るので事務棟側の録画機を店舗側に切り替えています。

ですから事務棟側は録画されていません。

本来ならば火曜日の窓口業務終了後に業者が修理に来るはずでした。」

「この騒動が起きたので修理できず、俺たちは安心してここに居られる、のか。」

「はい。事務棟側まで防犯カメラと呼ぶのはおかしですけどねェ。

入退室管理システムと呼ぶ方が行員さんたちの気分を害さないでしょうねェ。」

語尾を伸ばすのは自分語りになった時の癖だと田端は察した。

事務的な喋りではその癖が出無くなるのは職業柄なのか興味深かった。

「私もォ、それが不思議なんですゥ。」

心を読まれたと田端は絶句した。

「詳しいよねえ。」

呆れたように牧は言い放った。

その理由を聞き出すにはさらに話しを聞かなければならないことに辟易していた。

「隠さずに正体を明かしたら?」

田端は先ほどからの話と山崎からの匂いから正体をうすうす感づいていた。

「山崎さん、病院関係者、医者だよね?」

「えェ、違いますよォ、あァ、でも医師と言った方が通りはいいですかねェ。」

「医者?銀行の通用門の暗証番号知ってんだぜ?俺ァてっきりここの行員だと。」

予想が外れたことに牧は驚いた。

「青田市市民病院の精神科に勤務するカウンセラーです。」

「ああ、ようやく見えてきたあ。」

それを聞いた牧は天を見上げた。

「ここの副支店長さんが軽度の鬱を発症しています。

私の担当でカウンセリングと投薬治療を続けています。」

「カウンセリングを続ける中でこの銀行の秘密を知ってしまった、テレパシーで。」

「はい。」

田端の補足に山崎は頷いた。

「怖ええなあ。」

「副支店長さん、月曜日に来院されました。

その時は防犯カメラの故障と修理で心を痛めておられました。

もちろん、そのことをお話になることはありませんでしたよォ。」

「牧さん、もういいかな?」

ここで話を一旦は切り上げたい意向を田端は示した。

「ま、おいおい、ってことで。」

牧は渋々承諾した。

「山崎さん、麻相君の状態を診てくれるかな?」

それを聞く前から山崎は麻相に傍らに近付いていた。

「いいですよォ。」

ロングスカートを膝に巻き付けて跪いた。

山崎は微笑みながら麻相の顔を覗き込んだ。

「寒くないですかァ?」

山崎は振りむきもせずに二人に問いかけた。

「エアコンはダメだよ。室外機が動くからここに居るのがバレる。」

壁に据え付けられたエアコンを眺めつつ田端が否定した。

「ああァ、そうですよねェ。このままだと麻相君の体温が下がっちゃいます。」

ポケットからウェットティシュを取り出すと麻相の顔の血痕を拭き取り始めた。

「ちょっと見てくる。」

牧は会議室を出て行った。

山崎の横顔からは先ほどまでの緩い雰囲気が無くなっていた。

顔全体を拭き取り終えると右掌を額に乗せた。

田端も傍らに座ると座禅を組んで二人を見守った。

山崎の顔からは余裕がなくなっていた。

眉間にしわを寄せて目を閉じた。

その変化を田端も気づいていた。

麻相の額に置かれた手がゆっくりと離れた。

「深層にも居ない。もっと深いの?」

山崎の顔からは焦りの色が見えていた。

正座姿勢から足を崩すと低い姿勢をとった。

「こんな格好ォ、見られたくないですゥ。」

そう言いつつ山崎は右人差し指を眉間に押し付け意識を集中した。

気を溜め込むと自らの額を麻相の額へ接触させた。

傍からみるとキスをしているように見える。

山崎の尻が持ち上がる異様な光景にもなっていた。

田端はその光景にも顔色を変えずに見守っていた。

そんな時、両脇に毛布を抱えた牧が入ってきた。

「おうっ!?」

山崎の格好を見て驚いた。

「な、に・・・」

牧の問いかけを田端は目で制した。

直後に山崎は顔をあげて大きく息を吹き出した。

「だめえっ!この子、見つけられない。」

山崎は声をあげて驚嘆した。

「どうしたんですか?」

田端が座禅を解いた。

「深層のもっと奥へ行こうとしたら、氷の壁に遮られましたァ。」

その顔からは焦燥感が伺えた。

「氷の壁?」

「こんなの初めてですゥ。」

「通り抜けることが出来ない?」

「そうです。ぜんぜん。跳ね返されますゥ。」

田端は失敗した事実を理解すると共に絶望感に苛まれた。

「なんか、よろしくないですね。」

牧も状況を察して声を落とした。

「意識を引っ張り出せないということは植物人間?」

「はい。意識を取り戻せる状態ならばァ、意識は表層にいますゥ。

深層にもいない、意識の消滅?まさかァ。壁さえ通り抜けられれば見つけられる。」

山崎は弁解がましく現状を訴えた。

田端は腕組みをして麻相を注視していた。

「おそらく、だけど、麻相君は今までの事で精神的に参ってた。

そこへ同級生の家が壊され、自分の家が壊され、さらに精神攻撃があった。

クヌギという少年、麻相君の幼馴染のはず、目の前で殺された。

ついに暴走してしまい自分でコントロールできないパワーを使った。

それと引き換えに自我が保てず崩壊した・・・・・・・なんてこった。」

田端は項垂れ苦渋の表情を見せた。

どう声をかけてよいか牧は思案したが余計なことは言わないとばかりに切り出した。

「あったよ、帰宅困難者向けのお泊りセット。」

そう言いつつ二人に毛布を見せびらかした。

「更衣室に積んであったよ。信用金庫といえども企業には違いないと思ってね。

スリーピングマットが登山用、気が利いてる。ここの人、山やってるのかな。」

裸の毛布二枚と布団収納袋に入った毛布を会議机の上に置いた。

次いでロール状の発泡樹脂マットとスタッフサックに入ったエアーマットを置いた。

「スリーピングマットは二枚しかないから麻相と山崎さんが使ってよ。」

「お二人は?あ、ダイジョブですかァ。」

「俺と牧さんはどこでも寝られる。そのように訓練してるから。マット無しぜんぜんOK。」

いつもなら自慢話のひとつになるのだが今はそこまで高揚した気持ちになれなかった。

牧は改めて麻相の顔を見つめていた。

色々な事があり過ぎた麻相の心中を察すると居たたまれない気持ちになった。

「麻相、病院へ運びましょう。青田じゃなくて坂道でも池口でもいいから。」

牧は無念そうに呟いた。

「そうだね。今はまだ日が高いから暗くなってから。」

日没まではあと2時間はあると田端は見ていた。

闇夜に紛れて麻相を背負って飛び、隣町の然る場所まで運べば病院へ収容してくれる。

然るべく処置を施してもらうしかないと三人ともに考えていた。

田端の脳裏には【敗北】の文字が浮かんでは消えていた。

「とにかくゥ、麻相君を毛布でくるみましょうゥ。」

「マットを広げようか。」

田端と山崎がそれぞれに動き出した。

「俺、一階の倉庫を見てきます。

今夜はここに泊まるとなれば、窓に目隠しは必要ですよ。光漏対策、野営では必須です。」

牧はいつでも前向きだった。

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