ep30
白根町二丁目四番の交差点の角にセピアがかった白い建物があった。
閉まっていたはずの窓シャッターとガラス窓は開けられていた。
中ではグレーのツナギの男たちが動き回っていた。
玄関ドアははぎ取られ道端に転がっていた。
リビングの窓から男が顔を出すと近付いてくる麻相を指さした。
手には皿があり、口が動き続けていた。
「む、村井?」
スキンヘッドに変わってはいるが見覚えのある卵顔だった。
異変に気づいたものの麻相は何が起きているのか把握できずにいた。
「お前らっあ!何やってる!!!俺んちだぞ!!!!」
麻相は大声を張り上げた。
自宅が荒らされている、ただそれだけは理解できていた。
「わああ、来た来た。」
二階窓も開け放たれ見覚えのある顔が出ていた。
「斎藤?」
意外な顔に麻相は驚た。
「タカさ~ん。」
続けて金髪の男が顔をのぞかせて麻相を指さした。
この金髪の男は倉庫で襲って来た時にも居た。
「早えな、麻相。」
振り向くと路肩に斜留めされた車、そのボンネット上で胡坐をかいた高崎がいた。
車の脇には椚原もいた。
「俺、場所を教えただけっ!こんなことやるなんて・・・」
椚原は麻相の顔を見るなり弁解した。
かつての不良グループの面々がそこに揃っていた。
田端と牧も遅れて到着した。
「君ら、何やってる!?」
「人んちだぞ。不法侵入、器物損壊、犯罪だってるってわかってるよなあ?」
暴漢たち非難した。
リビングの窓からもう一人が顔を出した。
麻相を挑発するかのようにウインナーを咥えてみせびからした。
「やめろ!てめえらああ!!」
麻相は喚いたが暴漢の耳に届くはずもなかった。
「おお~い!やれっ!!」
高崎の大声が通りに響いた。
それを待っていたかのように宅内からは物音が聞こえてきた。
二階の窓からはテレビ、ゲーム機が放り出されアスファルト路面に落下し破片が飛び散った。
一階リビングの窓からもリビングテーブルが投げ出され木片となって飛散した。
二階から続けて教科書、ノート、筆記具、漫画本、ゲームソフト、衣類、布団がばらまかれた。
あちこちからガラスを割る音、家具が倒れる音、皿が割れる音が続いた。
麻相の拳は震えていた。
田端も牧も茫然と状況を見守るだけでそれ以上の事が出来ずにいた。
常識と良識の通じる相手ではないことは明らかだった。
この状況を止める手立てを考えたが手遅れの感があった。
【現場指揮官】が居座っているため先ほどの様なハッタリもここでは通用しない。
これ以上に悪化させないための手立てを田端も牧も思案していた。
「だめだよお。みんなあ、止めようよおお。」
椚原は声を枯らして訴えていた。
「おいっ!てめえどっち見てるっ?」
高崎は椚原を睨みつけてすごんだ。
椚原は一瞬ひるんだが悲鳴にも似た声を上げた。
「やり過ぎだよお。」
「お、おまえらっ!いい加減にしろおオオオオオオっ!!!!」
体を震わせた麻相は脇目も振らずに自宅内の飛び込んだ。
麻相を制止するべきと田端は感じていたが見ていることしかできなかった。
「おい、お前らどうなっても知らんぞ。」
牧が高崎を睨みつけた。
「おっさん、うぜえよ。黙ってみてろ。」
ほくそ笑んだ高崎は牧に目もくれずに麻相宅内を眺めていた。
宅内からは麻相の絶叫が聞こえてきた。
リビングに居た村井の首根っこをつかみ何度も殴りつけた。
その後ろからもう一人が羽交い絞めにしようとしたが麻相がそれをかわした。
勢いに任せて村井の顔、頭、腹を殴り続ける麻相。
意識がもうろうとしたところで村井をリビングの窓から放り出した。
さらにもう一人の男に掴みかかったところで金髪男と斎藤が加勢に加わり麻相の両腕を押さえつけた。
男は鉄パイプを振り回し麻相の腹へ叩きつけた。
頭、腕、腹、脚と麻相は滅多打ちにされた。
宅内からは男たちの怒声と麻相の悲鳴が聞こえてきた。
「おいっ!やめろお!!君がリーダーだよな?」
田端が我慢しきれず高崎に詰め寄った。
高崎はボンネット上で胡坐をかいたまま動じなかった。
「知るかよ。仲間をサツに売る奴は、死ね。」
ふてぶてしく言い放つと路上でのたうち回る村井を睨みつけた。
「寝てんじゃねえ、ムラ!」
怒鳴りつけたが村井は腹を抑えたまま横たわっていた。
金髪男と斎藤の二人に引きづられるように麻相は外に連れ出されてきた。
頭から出血し苦痛で顔が歪んでいた。
背後からは鉄パイプが振り降ろさると鈍い音とともに苦痛の悲鳴をあげた。
「いい加減にしろっ!!」
牧が金髪男の腕を取ると平手打ちを食らわした。
強烈な張り手に金髪男は横向きに飛ばされた。
「なんしゃんだっ!」
牧の頭部めがけて鉄パイプが振り降ろされた。
いきなり鉄パイプが飛ばされ路面を転がっていった。
「止めろと言ってるのが分からんかっ!!」
手で印を結んだ田端の怒声が響いた。
男は鉄パイプがすり抜けた両手を茫然と眺めていた。
その男の首根っこを掴み田端は凄んだ。
「あ、ん、まり、大人を舐めるんじゃないよお。」
「サイトー、もうやめよう。やり過ぎだよ。」
椚原は斎藤の腕にすがり懇願した。
斎藤は困惑しつつ高崎に視線を送り助けを求めた。
「んとに、よお。」
高崎はボンネットから降りると車の中から銃を取り出した。
牧はその銃を見て驚愕した。
「ど、どこで、それ!?」
銃を片手にしたまま椚原に近付いた。
麻相は痛みをこらつつも高崎を睨みつけていた。
「こんなことやって何になる?俺はお前とつるまねぇ、仲間になるもんかよ。」
麻相は毒づいた。
「んなもん、どうでもええ。お前をぶっ壊したいだけだ。」
「タカさん、もういいだろ、止めよう。」
椚原の苦言を無視するかのように麻相の顔を覗き込んだ。
「家、住めなくしてやった。なあ、こんなお化け屋敷、無くなって清々するだろ。」
「な、なにいい~」
「親父も御袋もいねええ、だあれも住んでねえ、ボッチがあ、お化け屋敷によォ。」
麻相は黙り込んだ。
牧は麻相が黙り込んだ理由がわからずにいた。
「お化け屋敷!オヤジいねえぞ!おふくろいねえぞ!ボッチボッチ、お化け屋敷。」
子供の喧嘩ともとれるセリフの羅列に田端は違和感を感じた。
その後も高崎は声量こそ落したものの同じセリフを呪文のように唱え続けた。
麻相はうつむき身震いを繰り返した。
「それっ、だれから教わった?」
田端は慌てた。
「麻相君、やつの戯言を聞くな。耳を閉じろ。心を閉じろ。奴の言葉を聞いちゃいかん!」
「どう、何が?」
牧は情況が呑み込めずにいた。
「精神攻撃だ。麻相君、聞いちゃダメだ!」
麻相は両耳を抑えてしゃがみ嗚咽を繰り返していた。
まるで小さな子供がいじめられてふさぎ込んでいるかのようだった。
「もう止めようよ!瞬君だって好きで一人でいるわけじゃないよ。
瞬君のお父さん、お母さんは仕事なんだから、しょうがないじゃないかあ。」
椚原は高崎の胸にすがりついた。
その行為に高崎は憎々しいまでの顔付になった。
「お前、邪魔。」
高崎が椚原の腹に銃を突きつけると躊躇なく銃爪を引いた。
発砲音が聞こえた。
椚原は咄嗟のことに自分に起きた事が理解出来ずにいた。
うすら笑み浮かべ銃爪を引き続けさらに10発が椚原の腹部を貫通した。
血のしぶきの後に音をたてて血が流れ出し、椚原の顔から表情が無くなった。
腹部が真っ赤になった椚原は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
「ああっ~高崎さんっ!!クヌギ、クヌギがあ~」
周囲で見ていた配下の者たちが目の前の殺戮に腰を抜かしてへたり込んだ。
「な、なんて、こった。」
田端は右手を正面に出し印を結び、攻撃姿勢をとった。
「こおおのっ!もう容赦しねえ!」
牧は右半身の構をとり高崎の動きを注視した。
高崎は二人を無視し椚原の亡骸を蹴り上げた。
その躯は麻相の元まで転がった。
異変に気付いた麻相は目を開けた。
「ああ、見ちゃいけない。」
田端の制止も利かず、麻相は生気のなくなった椚原の顔を眼に映した。
表情がなくなり虚ろになった目、動かなくなった口、その先には真っ赤な胸腹部。
肉片と化した幼馴染を麻相は茫然と見ていた。
「麻相!見るな!こっちへ来いっ!!」
牧も声をかけるが麻相の耳には届いていなかった。
「今度はお前だ。」
高崎は銃口を麻相に向けた。
「今度は絶対に外さねえ。」
麻相に詰め寄る高崎、それを止めるべく牧は指先を向けて精神を集中した。
第一手で銃口を押し上げ、第二手で高崎を突き飛ばす、ただし力加減無し、その結果死んでも可と。
「はっ!」
銃口は一瞬だけ反応したが大きくは動かなかった。
「何い!?」
銃口は相変わらず麻相に向けられたままだった。
「んんっ!」
牧は再び力を行使したが銃口は動かなかった。
「どういうことだっ?」
確かに力は働いた、牧にもその実感はある。
それにもかかわらず大きく変化しなかったことに牧は焦りを憶えた。
目に見えない力が不意に働くのだから誰にでも効くはずだった。
「こいつも力を持っている?」
得体の知れない力に別の力で対抗しているのではと田端は想像した。
力の発動度合を事前に推し量り、逆方向から力を加えて対抗する。
古文書にそんな対抗策が記してあったはずと田端は思いだした。
そうだとするならば高崎を抑えることは簡単ではない。
それを超える力を発揮できるのかと田端は不安に駆られていた。
椚原の躯を茫然と眺める麻相、その頭が異様に熱くなっていた。
「消えろ。」
しゃがみこんだままの麻相が呟いた。
「えっ?」
田端は麻相の異変に気が付いた。
「消えろ。」
「あ、そ、・・・・」
「消えて無くなれええええええェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ~~~~~~~~~」
天を突くような絶叫だった。
「ま、ずいっ!!マキッ、上だ!逃げるんだっ!!」
麻相の体から溶出した赤黒い光体。
それを見た田端は危険を察知し逃げるよう牧に指示した。
田端はいち早く空へ飛びあがった。
「な、なんだああ~?」
牧もためらいつつ空へ舞い上がった。
「触っちゃダメっ!!」
飛び上った二人を追いかけるように赤黒い光体が追いかけてきていた。
否、赤黒い光体は膨張していた。
音もなく膨張し周囲の物や人を飲み込み次々と消滅させていた。
猛烈な勢いで膨張していたが二人の飛行速度に追いつくことはなかった。
この球体がどこまで膨張するのか見当がつかず、田端も牧も逃飛するだけしかできなかった。
「ダメっ!」
いきなり声が聞こえてきた。
逃飛していた田端と牧は顔を見合わせた。
その途端に背後に見えていた赤黒い球体が無くなっていた。
逃飛を止め、その場でホバリングをしつつ身をひるがえした。
住宅街に囲まれた交差点、そこを中心にクレーターが出来ていた。
直径にして約300m、交差点に面した住宅と向こう一軒は跡形もなく消え失せていた。
麻相の自宅も然り。
さらにその外側の住宅家屋は一部が切り取られたかのように無くなり、骨組みと内部が露出していた。
高崎とその配下が居た場所、椚原の亡骸、乗り付けた車があった場所もクレーターの囲いの中だった。
囲いの中の物はすべて消えていた。
「なんだあ?こりゃああ!?」
牧は空前絶後の光景に驚嘆した。
「これが滅波、か。」
牧も言葉少なく荒涼とした光景に息をのんだ。
クレーターの中央、最底部にグレーのブレザーが横たわっていた。
「麻相、いたぞ。」
牧が真っ先に見つけクレーター内に飛び込んだ。
「生きてるよねっ。」
田端も最底部に急行した。
先に駆け付けた牧は麻相の脈、呼吸を確認した。
「とりあえず生きてます。AEDは必要ないです。」
「頭は大丈夫かな?」
田端は負傷した麻相を心配した。
牧は指先で頭部を撫でまわし血のりのある髪をかき分けたた。
「陥没個所無し、前頭部と頭頂部に裂傷、出血・・・は微量、とりあえずは。」
牧の言葉に田端は安どのため息をついた。
牧は麻相の胸、頬を軽く叩き名前を呼んだ。
瞼を開いてみたが眼球の動きは確認できず牧は大きくため息をついた。
「とりあえず、安全な場所へ移動、ってとこですね。」
「そうは言っても、ここから・・・・」
田端は思案に暮れ、クレーターの壁を見上げた。
深さは30m位だろうと目算した。
急傾斜の壁は徒歩では登れないが飛べば越えられる。
ただ、ここから連れ出しても安全な場所の当てが田端にはなかった。
「だいじょうぶですかああ。」
独特のイントネーションで女性の声が聞こえてきた。
クレーターの上縁部に一人の女性が立っていた。
 




