ep24
駅前、雑居ビルの一室、改装中のワンフロアがそのまま今夜の宿になった。
不審者の侵入を阻むようにコンパネと南京錠によって出入り口は封鎖されていた。
雑な設置だったためコンパネを引っ張るだけで人一人分の隙間ができた。
あるいは騒ぎに慌てた作業員が適当な方法で閉鎖したのかもしれない。
工事中とはいえ侵入したら犯罪である。
そのことは分かったうえで麻相はここを選んだ。
窓は養生材でふさがれているので外からの光は入りにくく、外から中も見えない。
養生材の隙間から風が入り込むのでほぼ野宿といった風情だった。
改装中のため壁面とフロアーは部分的に施行済み、それ以外はモルタルむき出し。
フロアの隅には使用予定の壁面材などが積まれているため手狭に感じていた。
片隅には廃棄予定と思われる梱包材が積み上げてあった。
それを布団がわりに身にまとい寝ることになった。
12月であるから夜半からの冷え込みは相当なものと予想されたからだ。
身体と床の間には養生材を重ね、体を浮かすようにと田端が指図した。
足先は念入りに養生材を巻き付けて暖かさが逃げないようにすること。
首筋もなるべく露出が無いようにしておく方がよく、体温が逃げない工夫が大事。
床に直に横たわると底冷えで眠れたものではないと矢継ぎ早の説明があった。
薄暗がりの中で養生材を丸めて押しつぶして床に敷き、
その上から養生材に包まって田端は寝ころんだ。
発想から手際の良さからしても田端は野宿の経験があるかのようだ。
ほぼ真っ暗な中で新建材の匂いを嗅ぎながらの就寝になった。
麻相は自宅に帰って寝ることも出来た。
しかし田端と行動を共にしている状況ではそれは難しい。
田端の素性が分からないままでは自宅に招くことはできない。
用心に越したことはないと考えたからだ。
明日午前9時あたりが避難のタイムリミットになる。
行動を開始するのはそれからと田端は言っていた。
「疲れたかい?」
「いえ、ぜんぜん。」
「やっぱ若いなあ。」
それを言った後に田端は身動き一つしなくなった。
麻相も呼吸を整え入眠モードに入った。
外は騒がしかった。
現在置かれた状況とこの先の事、避難所はあるのかとのざわめきがある中、
入ってくる列車の行き先を告げる駅員のアナウンスが入り混じっていた。
陽子は無事に避難できたのかが麻相には気がかりだった。
陽子の父親は電車通勤だと聞いていた。
車は自宅マンションにあるはずだから自宅まで帰り着けばなんとかなったはず。
避難先で父親と合流できればよいのだが気になることがあった。
田端と共に駅に向かっている最中だった。
スマホが突如として圏外になった、通信できなくなったと行き交う人たちが騒ぎだした。
スマホを頭上にかざしたり、四方に向けている人ばかりが目立った。
市内に点在する基地局、中継局が破壊されたとの話が聞こえてきていた。
となれば陽子と父親は連絡はできいないのでないかと麻相は不安になっていた。
ここまでの道中、コンビニやスーパーなどで買い溜めをする人だかりを横目にしてきた。
麻相と田端も昼食と夕食、保存食の購入のためコンビニの長いレジ待ちに並んだ。
異様な光景だったがパニックには程遠いと田端は意に介さなかった。
田端はどこで何を見てきた人物なのか麻相は興味をひかれた。
ただ、安易に触れてはいけないと思えたので詮索はしなかった。
駅前は避難する人の列が絶えなかった。
夕方になると駅前では駅員の新たなアナウンスが始まった。
明日は始発から隣接駅である池口駅と坂道駅までの折り返し運転に切り替わり
青田駅への乗り入れはなくなるという。
電車以外に移動の手段を持たない人には電車に頼るしかない。
これだけの人たちが今晩中に列車に乗れるのか疑問だった。
聞き耳を立てると幹線道路の状況も聞こえてきた。
対面通行のうち片側が封鎖されてしまい市外への流出のみ可能だという。
市内への車の流入は阻止され、無理をすれば撃たれる。
トンネル内で待ち伏せされているので侵入を諦めて引き返している。
そのため市外へ車通勤している者は家族を迎えに来ることすらできない。
避難するには電車を使うしかないと愚痴とも弁解ともとれる内容だった。
田端の見立てでは終電まであと二時間ということだった。
麻相と田端はスマホも時計も持っていないため正確な時間を把握できなかった。
それでも田端はおおよその時間経過と現在の時間を言い当てていた。
あてずっぽうだと麻相は受け止めていたが、調べる術がないので信用するしかなかった。
今も市内のどこからか散発的に銃声が聞こえてくる。
人を撃ったのではなく威嚇のための発砲とも思えた。
なぜそんなことをするのか麻相は理解できなかった。
田端も連中の目的が分からないと言ったまま多くは語らなかった。
麻相に分かっているのは暴漢の中にかつての不良仲間がいるらしいということだけだ。
高崎の存在が不気味だった。
かつての不良仲間は十名程度、全員が加わっているとも思えなかった。
その中に椚原が加わっていないことを願うしかない。
中三の時、椚原は悪事に加担していないと警察に申告した。
そのおかげもあって椚原は補導だけで済んでいた。
そこで高崎たちとの関係が切れているはずと思い込んでいた。
ただ先日も高崎と付き添っていたからその支配から逃れられないのかもしれない
高崎の悪事は数知れず、知る限りを申告した。
鑑別所に送られたところまでは麻相は知らされていた。
その後にどうなったのかまでは知らない。
少年院に送られたとしても4年足らずで出て来れた。
どのような裁定が下されたのか麻相が知る由もないことだった。
そうしてまたこの街に戻ってきて悪事を働いている。
悪事を働くのは止めようがないが他人を巻き込むのはお断りだ。
ましてや陽子に何かしようなど断固として許さないと麻相は憤怒していた。
梱包材に包まる違和感からか、新建材の匂いなのか、
はたまた駅のアナウンスが終電まで続いたからかはわからない。
麻相は眠ったのか起きていたのかはっきりしないまま目覚めた。
目覚めたというよりは田端が起きたことで起こされたといってもいい。
田端の感覚では午前4時ころだという。
農家の朝はこんなものだと説明されたが麻相には苦痛でしかなかった。
まだ寝ててもいいと田端は言うが二度寝できる気持ちでもない。
頭から足の先まで梱包材で包まっていた。
四重五重に重ねたので寒くはないが、鼻の頭が異様に冷たく感覚が無かった。
胸と足先は寝汗による結露があったが体を冷やすまでには至らなかった。
養生材の寝心地は最悪だった。
体を動かすたびに樹脂フィルム独特の音がして目が覚める。
麻相にとっては柔らかい布団のありがたさが身に染みた一夜になった。
麻相が起きていることを確認すると田端が自身の経験を語り出した。
田端は農作業の傍ら災害ボランティアで活動しているという。
ボランティアであるため出先では食事や宿泊場所の提供はされない。
現地調達も現実的ではないので食料、寝具は自前で準備し持ち込むのが定石。
長期活動になれば食料だけ持ち込んで寝袋を持ち込まず。
現地の廃材か衣類の重ね着で間に合わせたという。
時には大量の葉っぱを集めてその中で寝たこともあり、
その後はダニにやられて痒みとの戦いだと自慢気に話した。
昨日は青田市まで様子を見に来ただけだと告げられた。
気を感じてその出所を確認しに来たのだがこの状況に遭遇してしまった。
急な事だったので何の準備もしてきていないという。
現在の状況からしても店舗は休業するはずで食料を購入できたのは昨日まで。
今日からは保存食で食いつなぐか自販機のホットドリンクでごまかすしかないと田端は言った。
麻相はある提案をした。
自宅には食料はあるはずなのでそれで間に合わすことができる。
それは田端は辞退した。
この騒動が収まった後に麻相が食べるに困るのは本意ではない。
残しておくべきだとして受け付けなかった。
略奪行為も恥ずかしいから止めようと田端は提案してきた。
空腹との戦いになるかもしれないと麻相は腹をくくった。
 




