ep23
いつものグループで下校するつもりが同じ中学出身者が自発的に集まった。
青田中出身者の全員ではないにしろ1年生から3年生まで31名になった。
高校生にもなって集団下校するとは思わなかったが状況が状況だからやむを得ない。
三年生の男子と陽子がリーダーとなり自転車一群が走る様は壮観でもあった。
それぞれの家が見える場所まで一群で送り、帰宅を見届ける。
自宅と自宅をハシゴしながらだったためリーダーは最後まで見送る側になる。
学校から近い者からと順番を決めてはみたが後から後から順路が交錯してしまう。
さっきの生徒の方が学校から遠いと言ってみても後の祭りだった。
とにかく皆の安全確保がリーダーの責務になっていた。
人数は次第に少なくなり、とうとう陽子と二人だけになると三年男子は怖気づきだした。
やむなく陽子は三年男子を自宅まで送り届け、たった一人で自宅マンションへ向かった。
これが麻相だったらと陽子は夢想した。
たとえ陽子の自宅が学校から遠かろうと麻相は責任を果たすと思えた。
三年男子と別れた後はがむしゃらにペダルを漕いで爆走した。
暴漢や他の誰とも関わらない、声を掛けられても無視することにしていた。
自宅マンションにたどり着くと午前11時、いつもの5倍近い二時間をかけて帰宅したことになる。
自宅マンション前は騒然としていた。
周辺の戸建て住民は不安そうに立ち話をしている。
避難を始めている人もいる。
エントランスでは管理員が電話対応で忙しく陽子とすれ違っても目であいさつした程度。
ロビーを通り抜けると集会室に灯りがあった。
管理組合が緊急理事会でも開いているのだろうと推測できた。
そこでの決定が間に合うのか、役に立つのか陽子には疑問だった。
今この状況では即断即決が求められるはずなので
全戸住民に周知されるまでのタイムロスを考えたら意味がないと思えたからだ。
エレベーターのカゴ内から母親に電話を掛けたが繋がらない。
帰宅した旨をラインで送信し、母親にまさかの事態が起きていないことを願った。
何をするにも着替えなければと気ばかりが焦る。
自室へ入りクローゼットを開けたと同時にスマホからはライン通知音がした。
母親に送ったラインに既読がついてた。
コメントはないが捕らわれてはいないと分かり陽子は安心した。
とにかく避難の準備をしなければならない。
とはいえ何日くらい避難するのか陽子には見当がつかなかった。
警察がその気になれば即日にでも沈静化、解決しそうに思えた。
しかしパトカーのサイレンを今この時点まで聞いていない。
警察は動いているのか動いてないのか分からない。
学校からの帰路途中で聞えた爆音は警察署の方角だった。
もしも警察署が襲撃されたとするならば自体は長引きそうに思えた。
陽子は三日分の衣類をベッドに放り投げると着替え始めた。
冬だから衣類は相当な嵩になる。
薄手でも高い保温性のあるものならばそれほどでもなくなる。
それらから優先的に選ぼうと陽子は考えた。
あの時、校舎屋上には麻相ともう一人がいた。
あの人物から聞えてきた声は穏やかながらも威厳のあるものだった。
悪い人物ではないと思えたから麻相を止めずに行かせた。
あの人物と合う事で麻相がどのような状況に巻き込まれるかは分からない。
不安はあったが呼ばれたからには麻相は必要とされている。
必用とされているなら陽子としては背中を押すしかなかった。
ただ一つ、麻相に厄災が加わらないことだけを願っていた。
着替えが終わると父親に電話をした。
仕事中に個人的連絡は受けないので父親が出ないのは分かっている。
今はそうもいっていられないので今後の事、避難先なども含めて相談するしかなかった。
やはり父親は電話に出ない。
陽子は簡単な説明とともに母親と合流でき次第、避難するとラインで送った。
衣類をカバンに詰め込んでいると母親からラインが来た。
客が殺到し、昼休憩もなく仕事中。
午後到着のトラック便が休止、閉店が4時に繰り上がり5時には店を出られるとの返事だった。
父母の衣類と保存可能な食品をカバンに詰めて準備しておくと陽子は返信した。
自分の荷物をまとめ終わり、父母の寝室へ向かった。
その時に兄からラインが届いた。
警察署のアンテナ落下の映像と犯行グループの演説がネットニュースで繰り返し流されている。
AIによるフェイクはなくリアルなのか?との問合せだった。
それは現実の出来事であり、自身も銃口を向けられ撃たれたと陽子は返信した。
昼前の爆音は警察署だったと陽子は妙に納得した。
兄は陽子が撃たれたとの返信にショックを受けたようだった。
ケガは無いのかと返ってきたのは二呼吸ほど経ってからだった。
撃った奴が下手だったから弾はそれた、ケガはしていない。
避難のため荷物をまとめているので邪魔はするなと釘を刺して終了にした。
母親が必要とする衣類は想像できるが父親のものは見当がつかなかった。
普段着と下着は必須としてもスーツも持ち出すのか見当がつかなかった。
母親と相談するか父親からの連絡を待つしかなく、今できる事をやっておこうと陽子は考えた。
弾がそれた・・・・・
高崎の撃ち方が下手だったのか他の理由からそれたのか疑問がわいてきた。
高崎との距離は5mもなかったから外す方が難しく思えた。
麻相にも弾はかすることもなかった。
もしや空砲だったのではとの思いが湧いてきたが、それでは後方の壁についた弾痕の説明がつかない。
やはり高崎が下手だったと考える方が自然だと陽子は思った。
怖かった。
ひたすら怖かった。
心の中が暗く冷たくなる恐怖心を思い出していた。
そんな中を麻相が駆けつけて庇ってくれた。
暗闇が霧散し光が見えたような気持ちになった。
麻相の手から伝わる温もりに体の震えが収まっていくのを陽子ははっきりと覚えていた。
父母の衣類を一通り揃えスーツケースへ入れたところでキッチンへ向かった。
母親の帰宅を持ってから避難となれば道中の混雑が予想される。
腹もちのいいものを昼食にとり長い夜に備えようと陽子は考えていた。
冷蔵庫にひき肉があることを確認するとストックボックスからパスタを取り出した。
大鍋に水を入れて火にかけるとトマト缶を取り出した。
昼食が終わるころにスマホを見た。
着歴はなく誰からも連絡はきていない。
画面の片隅に圏外と表示が出ていたので陽子は目を疑った。
母親に電話をしたが不通とのインフォメーションが表示されるだけ。
Wi-Fiに繋がっていない、モバイルデータ通信でも繋がらない状態だった。
無線LANルーターの電源は入っているがいつも点滅するランプは消えていた。
固定電話から電話もしてみたが無音だった。
陽子は窓に近付きスマホをかざしてみたが電波は入らない。
ここから外へ連絡する手段がなくなったと陽子は驚きと喪失感に苛まれた。
外を見ると同じようにスマホをかざしながら歩く人たちが居た。
それぞれが画面を眺めては首を傾げ、画面をタッチしているが通信できていないようだった。
マンション内だけでなく外でも通信手段が無くなっていた。
これでは誰とも連絡ができず陽子は焦燥感に駆られた。
だからといって外に出ることも躊躇われた。
今は避難の準備だけをして母親の帰宅を待つしかない。
ストックボックスから保存のできる食べ物を選んだ。
缶詰め、瓶詰め、レトルト、フリーズドライと調理なしでも食べられる物だけ。
三人分の衣類と保存食を詰めるにもスーツケースには余裕がなくなっていた。
あれこれ考えた末に陽子のデイパックとトートバッグに食品を分けて詰め込んだ。
押入れから非常用持ち出し袋を引っ張り出して玄関に置いた。
陽子にできるのはここまでだった。
母親は五時前には帰宅した。
昼直前から食料品の買い溜めに来た客が殺到してレジは大混雑。
昼食休憩を返上してレジに立ち続けたのは平日昼間ではありえない状況だったという。
三時前には主だった食料品が売り切れて無くなった。
客からの話では警察署が襲撃されて建物や設備の一部が壊された。
ケータイの基地局、中継局が壊されてしまい通信網が大打撃を受けている。
旧来の有線電話だけは生き残っているようだがどこへ行けば使えるのかは不明。
四時の閉店間際に来た客からは幹線道路は渋滞しているとの情報がもたらされた。
母親は手土産を手にしていた。
スーパー店長の計らいで従業員、パートに手渡されたのは夕食分のおにぎりだった。
昼食返上で仕事に従事したことへのねぎらいとお詫びも兼ねているようだ。
陽子は荷物の内容を説明し不足が無いかを母親に問うたが問題なさそうだった。
ただし受験生の陽子に必要な物が欠けていると言い出した。
教科書と問題集、塾の学習セット一式をスクバに詰めて持っていくことにした。
父親と連絡がつかないことを母親も気にしていた。
市外に出なければ埒が明かないので避難を急ぐことにした。
母親は自宅にある現金、キャッシュカードを財布に詰め込み、預金通帳をジップロックに入れた。
これをデイパックの奥に忍ばせると自宅を出るよう陽子を促した。
マンション敷地内の駐車場は閑散としており、ほとんどの住民が避難したようだった。
母親はシルバーのミニバンを走らせて幹線道路へ向かった。
カーナビはGPS、VICSともに受信できたので渋滞情報は知ることができた。
幹線道路には渋滞マークが表示されていた。
目的地は父親の通勤経路上の街でもある池口市。
池口市に出たところで連絡がつけば父親との合流はしやすいと考えたからだ。
幹線道路に出るまで、さらには幹線道路を走行中も陽子は違和感を感じていた。
カーナビには渋滞マークが出ているが実際には快適に走行できている。
どこかでノロノロ走行になるかもと母親と話しているとトンネルに差し掛かった。
そこで快適に走行できている理由を知ることになった。




