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ep16

麻相が覚悟していたその言葉ががついに陽子の口から出た。

それは辞退し帰宅すると告げたが母親が引き留めた。

陽子は何度も誘い、断る理由はないと諭してきた。

父親は無言で事の成り行きを見ていた。

ダイニングテーブルの上には4人分の料理が並んでいた。

準備してくれた食べ物は粗末にできないと麻相は御馳走になることにした。

ダイニングテーブルを4人で囲った。

麻相は父親と相対して腰かけていた。

「いただっきまあす。」

ひと際明るい声の陽子。

小声で唱える麻相。

それぞれの皿に箸を伸ばした。

父親は無言でビールをグラスに注ぎ、憮然としたままグラスを空けた。

ダイニングとキッチンには所狭しと物が並んでいた。

必要だからそこにあると麻相は眺めていた。

リビングは片付いていた。

ただし物が置いてあった痕跡がそこかしこにある。

普段は雑然としているはずだと麻相は推察した。

「ごはん、冷めるよ。」

陽子が促した。

「お口に合うかなあ。」

「うちは父さんの好みで塩分が高いから。」

陽子が弁解した。

「陽子がいつものでいいと言うから特別な物は作ってないのよ。

高たんぱく、低カロリーを心がけてるから地味でしょ?」

ハタの煮つけ、ブロッコリーとベーコンの炒め物、大根と人参、鶏肉の煮物、みそ汁、おしんこ、ごはんと並ぶ。

「父さんのBMIが高めなの。」

健康志向だけでなく体育会系の体つくりメニューも兼ねていると麻相は察した。

「おいしいです。」

母親の心配をよそに惣菜を口に運んだ麻相は感慨深げだった。

母親は嬉しそうに惣菜を噛み締めていた。

「こうして4人で食べるの久しぶりだな。」

「ほおんと。」

父母が呟く。

「お兄ちゃん、大学の野球部寮に入っている。」

陽子が補足した。

時おり、母親が麻相を目で追い、妙に感心しているのが陽子は気になった。

陽子も麻相と一緒に食事をするのは初めてだ。

麻相の何が気になっているのか分からなかった。

麻相の食事ペースが異様に速く惣菜の半分以上が無くなっていた。

陽子は麻相のそれよりも少ないのにまだ半分残っている。

「いつもこんなに早食いなの?」

「早いかな?誰かと比べたことないから。」

未だ緊張が解けてないのか、それとも普段通りなのか陽子は掴みかねていた。

「麻相君は部活は、何?」

父親が尋ねた。

それを聞くや否や口中の食べ物を飲み込み、箸を面前に置いた。

「サッカー部です。」

背筋を伸ばして答えるその所作を母親は見ていた。

「へえ、ポジションは?」

「補欠でした。ディフェンダーで出る事もありました。」

「補欠かあ。」

半ば呆れたような声音になった。

「3年までやってた?」

「はい。」

「レギュラー取れなければ辞めるんじゃないの?最近の子は。」

遠慮のない問いかけに麻相が戸惑った。

「辞めた奴はいます。」

答え難くいと麻相は固くなった。

無遠慮と思いつつも初対面の相手とはこんなものだろうと察した。

「途中であきらめない、いいことだ。ね。」

母親が父親にあてつけのように言った。

「父さん、ラグビーだったでしょ。」

陽子がご飯をほおばりつつ尋ねた。

「言うなよお。大学は少しは有名、ラグビーは弱小、名乗るのも恥ずかしい。」

ビールをグラスに注いでいた。

「フォワード?スクラムの時にボール引っかけるのは。」

「フッカー。一番大事な役。」

「そうしとこう。他のポジションの人は怒るだろうけど。」

「みんな大事なの。」

父親と陽子が応酬していた。

「すごいです。サッカーで体、ぶつけるのはアクシデントです。

でもラグビーはぶつかるのが当たり前、あれで耐えられるなんて。」

麻相は妙に感心した口ぶりだった。

「大学生にもなると半端ないからから骨折もします。体潰して辞めていく奴もいる。」

「そうなんですか。」

「高校ラグビーでも打ち身捻挫、擦り傷は当たり前、いちいちインシデント報告はしないです。

今は次代が変わったからそうでもないだろうけど。

あの時代は、気にするな、気のせい、骨折したら怪我と認める、でおしまい。」

「わああ、野蛮人。」

陽子が笑顔で囃し立てた。

麻相は真顔で聞き入っていた。

部活をやってきた事の自負、このように自慢できることを羨ましく思えた。

「でも、ま、部活に入れ込み過ぎると進路を見誤るから気を付けてください。」

父親は教訓めいた言葉を並べた。

「ラグビーやってたから?」

母親はほくそ笑んで父親に問いかけた。

その問いかけに父親は何かを隠すようにビールを飲み込んだ。

「ラグビーやってたから?」

母親が繰り返し問いかけた。

陽子も笑いをこらえて父親に視線を送った。

「母さんと巡り合うことができました。これでいいだろ。」

父親は照れまくっていた。

それを聞いた母親は高笑いをした。

父親の顔は今まで以上に真っ赤になった。

麻相が不思議そうな顔をしていた。

三人は事情を知っている、麻相だけが取り残された格好だった。

「う、まあ、あれだ。他人の前で言うのか?」

父親は止めてほしそうだが二人は目で告白するよう迫った。

「うちのスタンドオフ、富田ってやつががイケメンのモテ男。

国立大の女の子と付き合ってると自慢してた。

そいつの彼女がうちのグランドへ練習を見に来た。

そこへ一緒に来ていたのが・・・・連れてこられたのが・・・」

「母さんなの。」

「そこから・・・いつのまにか付き合うようになってた。」

「おばさん、国立大の出、ですか?」

麻相は驚きつつ尋ねた。

「一応はね。」

「ラグビーやってなかったら陽子も生まれてないのよねえ。」

奇妙な巡りあわせの結果だと陽子に視線を送った。

「経済学部の才女と呼ばれてたっけ?」

父親の回想に母親は再び高笑いをした。

「経済学の学者になろうと大学院に行ったのに、俺と結婚するために辞めたんだ。」

照れながらも麻相に説明した。

「そうよお。未来を犠牲にしてねえ。

今頃は経済学の本を10冊ぐらい書いて大儲けしてるはずだったのよねえ。」

母親が胸を張ったが笑いのネタであるのは明らかだった。

「感謝してます。真弓さまにはお嫁に来ていただいて。」

父親は両手を合わせて母親を拝む、顔も目も笑っている。

「今はスーパーのレジ打ちおばさん、国立出てても大したことないでしょ?」

同意を求められた麻相は返事に困った。

「下野した落とし前、つけてもらおうかあ~」

陽子が笑顔で囃し立てる。

「ははああ~~」

時代劇かかった演技で父親が頭を下げた。

「と、まあ、こんな感じでやってます。」

父親が笑いながら顔を上げた。

グラスを手にした途端、父親はいたって真顔になった。

「母さんが諦めた夢を陽子が叶えたいと言ってる。

経済学者になるんだと。

できるかどうかわからない。親として応援してます。」

そこまで言うと残りのビールを飲み干した。

これは警告だと麻相は受け取った。

陽子のキャリアの邪魔をするな。

時期が来たら陽子とは合うな、と。

麻相も元からそのつもりでいた。

今は偶々二人でいる時間があるだけなのだ、と。

「俺は商社務めのサラリーマンだけどそれなりの給料をもらってる。

学者となるとそうもいかないからなかなかに難しんだよ。」

父親はその職業の難しさを説いた。

「テレビに出て批評しているくらいしかイメージできないです。」

麻相の知る学者とはその程度だった。

「学者も色々なのよ。テレビ受けのいい学者は表舞台に出てくるけど、ほんの一握り。

そうで無い学者がほとんど、専門家に話を聞きたいという時だけ引っ張り出されるだけなの。」

母親が続けて解説した。

「そうなんですか。」

「麻相君の親御さんの御職業は?」

父親の問いかけに陽子は気を揉んだ。

「個人事業主ですが輸入業をしています。」

「ほおお~それじゃあ、いっぱしの社長じゃないか。大したもんだ。」

父親は感心した。

「事業者名は表に出ないけど、相応に儲かっていると聞いてます。」

そこまで言うと麻相は急に口ごもった。

そのまま黙りこんだことを陽子と父母が心配した。




作者談:実のところアクセス解析を一度も見てません。

何人の方に読まれたかは気にはなります。

10年前も十名程度の方にしか読まれていなかったので

今回もどうせ底辺だろと開き直って最終回まで行きます。


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