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ep15

天気が心配だったが夕方までは曇天との予報。

若干肌寒さを感じる。

もうすぐ師走、本格的な冬が来る。

二学期末テストまであと2週間になっていた。

渡された所在地を頼りに自転車を走らせた。

とはいえ同じ学区だから大体の場所は見当がついていた。

ただ北市場町の丁番地までは詳しく知らない。

交差点にある所番地の表示をひとつづつ確認してその場所を探した。

目当ての番地が近くなりひときわ背の高い建物が目に入る。

それを目印にたどり着いた。

建物の名前も間違いない。

約束の時間までにはまだ早かった。

麻相の自宅からここまでは直行すれば10分とかからない。

道順が分からないままでも早く着いたことが意外でもあった。

麻相はそのまま周辺を自転車で走り回った。

日没時間は過ぎていたが街路灯のおかげで暗く感じることはない。

閑静な住宅街、そのはずが人の往来、車の出入りが多く賑わいを感じる。

古そうな商店街もあり、営業している。

北市場町にはかつての不良仲間は住んでいなかったと記憶している。

従って高崎はこのあたりの土地勘が無いはずだ。

心配事が一つ消えたと麻相は胸をなでおろした。

北市場町を一周半ほど回ると再び大きな建物を目の前にして立っていた。

マンションの外観に圧倒されながら麻相はエントランスホールに入った。

カメラ付きインターホン、テンキー。

オートロックは初めてだが操作の仕方は分かっている。

呼び出すと陽子らしい声、弾む声が聞こえてきた。

すぐさま大扉が開いた。

壮観さに気圧されながら大扉を通り抜けエレベーターで5階へ上がった。

紙片に書かれた【501】の部屋の前に立った。

インターホンを押すと即座に扉が開いた。

「いらっしゃいいい。」

陽子が笑顔で出迎えた。

柄物ブラウスに黒ラップスカートは初めて見るファッションだった。

その後ろから出迎えた女性に麻相は息をのんだ。

母親らしいその女性は陽子と同じ顔立ちだった。

いや、陽子が歳を重ねるとこんな顔になると容易に想像できるくらいに似ていた。

「は、う、初めまして。あ、麻相、しゅ、瞬と言います。」

頭を下げるのも忘れ、噛み噛みだった。

「陽子の母です。どうぞお。」

笑顔の母親は麻相を導き入れた。

短い廊下からリビングへ通された。

そこには父親らしい男性がいた。

難しそうな本を手に麻相を一瞥した。

指の隙間から表紙がのぞき【ビジネス】の文字が見えている。

「父さん、来たよ。」

陽子が声をかけると父親は立ち上がった。

小顔だが骨太、大柄な体躯、独特の威圧感、それも体育会系特有のものと麻相は感じた。

「初めまして。陽子の父の森本健一です。」

顔を崩さず真顔のまま麻相に視線を送った。

睨みつけたと言ってもよいほど威圧感があった。

「は、初めまして。」

麻相は深々と頭を下げた。

「あお、青田高校、三年B組の麻相瞬といいます。

この度は森本さんに呼ばれて・・・・お招き・・・・いただ・・・く、されて・・・」

頭を下げたまま麻相は続けたがシドロモドロだった。

100m全力試走した時と同じかそれ以上に麻相の心臓は波打っていた。

「挨拶はいいから、座って。」

陽子の一言でその場は収まった。

鼓動は跳ね上がったまま、心臓が喉から飛び出すとはこれの事かと麻相は思った。

恐る恐るチェアに腰を下ろした。

父親とは斜向かいに座ったが居心地がよいわけがなく麻相の顔は強張っていた。

鼓動は相変わらずでもなく若干は下がってきてはいた。

陽子リビングテーブルの上にA4紙、ペン、マーカーペンを置いた。

「父さんはあっち。」

陽子が顎で指図する、父親は不満そうにダイニングテーブルへ移動した。

リビングとつながったダイニングキッチン。

そのキッチンで母親は料理を作ってる。

時間的にも情況的にも、と麻相は観念した。

この後に陽子はあの言葉を言ってくると予想までしていた。

キッチンからの匂い、今まで経験のないものだった。

麻相の家では家政婦が夕食の準備をしても換気扇を全開にしているはずだ。

帰宅後にリビング、ダイニングが匂ったことはない。

麻相には経験がない状況だった。

他所の家庭はこんな感じで夕食を作っているのかと麻相は眺めていた。

陽子は麻相と対面で座りA4紙を広げた。

「始めるね。」

プリントされたグラフ、そこに手書きの文字、数字。

その一枚を陽子は指した。

「これ見て。二学期末テストだけ平均点が高いの、なぜだか分かる?」

全体で見ても【12月】の棒グラフが群を抜いて高くなっていた。

麻相の顔を見たが、返事を待たずに陽子はつづけた。

「本気で大学受験をやる子は二学期末テストで卒業を確定しておきたいの。」

「しっかり受験勉強したいから、だよね。」

「それだけじゃない。三学期の授業をオミットするの。サボるわけじゃないけど適当にする。」

「あ、うん。」

「分かってると思うけど共通テストが1月中旬、二次の前期が2月中旬、後期が3月中旬。」

「うん、詳しい日付は・・・今は、分からない、調べないと・・・」

麻相は紙面に目を落としたまま呟いた。

「三学期の授業をまともに受けない、学年末テストも捨ててる。」

陽子は【三月】の棒グラフをペンで指した。

年間でみても平均点が一番低い。

「学年末テストでダメだったとしても二学期末までで評価もしてもらえるからね。」

麻相はその紙面に見覚えがあった。

担任がGW後に配ったと記憶している。

無用とばかりに引き出しの奥にしまい込んだはずと麻相は思い返した。

テーブルの端からは陽子の足、膝小僧がふたつ並んで覗いていた。

その膝小僧の上に陽子の顔がかぶさるようにあった。

「期末テストの平均点が高いと一番困るのは誰?」

麻相は返事ができなかった。

「麻相君だよ。」

名指しされたと麻相は憤たが、反論の余地はなかった。

「他の子は頑張って点数を多く採れる。麻相君は頑張っても多く採れない。」

これも言い返すことができず、ただ聞くことしか麻相にはできなかった。

「昨年度は二学期末の平均点が74点、及第点は平均の7割だから、51点、無理でしょ?」

グラフの横に手書きされた数字を指した。

「この前の前期テストが40点、ぎり及第点。」

「期末がダメなら学年末で、とか考えてない?」

「そうするしか・・・」

「無理だから。」

陽子ははっきりと断言した。

「三学期はみんなが受験で落ち着かないよ。

先生達だって、それ、わかってるから授業の手を抜くよ。

板書して、書き写させておしまい。

プリント配っておしまい、まともな授業やらないから。」

個人面談の際に担任から聞かされていた。

教室で大っぴらに話す事柄ではないため麻相は知らないはずだと陽子はあえて話した。

「う、うん。」

「そんな授業で及第点がとれる?無理よ。」

こんな言い方したらダメだと陽子は思ったが、ついつい力が入ってしまっていた。

「私も一緒。期末が終わったら大マジで受験に入る。

三学期は麻相君の面倒は見てられない。

私はサポートしないから学年末の数学、平均点が下がったとしても麻相君は及第点とれないよ。

学年末は一年間全部からの問題が出る、一学期の問題、今も解ける?無理でしょ。」

麻相にとっては残酷だが事実は事実として受け入れてほしいと陽子は思った。

「他の子たちは勉強しなくても50点は取れるんだから。」

それは自分も同じと付け足したかったが止めておいた。

陽子は自分の事情を話すことをしたくなかった。

進学塾の模試結果がネット経由で届いたが思わしくなかった。

国立大合格ラインをぎりぎり下回っていたので焦りが出ていた。

そのことを話せば麻相は引く、陽子のサポートを今すぐに断るはずだ。

行きがかり上、麻相に対しては責任があるからそれは避けたい。

二学期期末テストまでの残り2週間は面倒を見ようと考えていた。

「ここまで言えば分かるよね?麻相君も二学期末で卒業を確定して欲しい。

及第点ではなく平均点を取ってほしいのよ。」

麻相に対してそれは高望みだがそこまで言わなければならない。

麻相の頑張り、奮起を促すにはこう言うしかないと陽子は思慮していた。

「どこで勉強するか、だけどね。」

父親が聞き耳立てているだろうから迂闊な事は言えないと陽子は気を使った。

「学校が教室開放してくれるけど部活の子たちが居てざわつくからダメ。

学校帰りに図書館もダメ。閉館時間を気にしながらでは落ち着かない。」

図書館で後ろ指さされていたことはここでは言えない。

麻相の家でやることも提案しない、言わないことにした。

父親に反対されるのは目に見えている。

陽子にも女性としての自覚がある、なにより麻相が嫌がる。

とはいえ、先日は麻相の家に上がり込み、部屋まで入り、麻相の裸を見ている。

自分の思考と行動が矛盾していることに陽子は心の中で苦笑した。

今から言おうとしていることも結構勇気がいると陽子は肩に力が入った。

「火曜と木曜にここ、私の家に来て。寄っていくこと。

1時間半から2時間は勉強できる。

学校帰りに寄り道するつもりでうちに来ればいいのよ。

ここからなら麻相君ちまで10分もかからない。

土曜日はダメ、塾がある。

日曜日は3時から5時までなら時間を作れるよ。」

陽子はまくしたてるように提案した。

麻相にはそれしか選択肢が無いとでもいうように。

「留年で卒業できないを選ぶのか、ここへきて詰め込みするか、どっち?」

先日よりそのことを伝えようとしていたがあの事件があったので言いそびれていた。

ようやく言えたが考える時間はない、与えないと陽子は心に決めていた。

このことは事前に父母には話していた。

麻相を家に招くことの承諾をもらわないと陽子としても後ろめたい気持ちがあった。

仕事の都合で母親はその時間は不在、無断で友達を自宅に上げることは避けたかった。

しかも男子を呼ぶ、そのことも陽子は気にしていた。

話を聞いて母親は渋々それを認めたが父親はノーリアクションだった。

とりあえず顔合わせだけはしておこうと陽子は麻相を招いたのだった。

父親は本を読むふりをして聞き耳を立てている。

こちらに注意を払っていることが陽子には分かっていた。

先ほどからページをめくる音が聞こえてこない。

時おり聞こえるのは父親の小さなため息だけだった。

「森本さんはいいの?それで。」

麻相は重々しく口を開いた。

相当な迷惑をかけてしまっていることを麻相は痛感した。

「しょうがないじゃない。やるの?」

「やる。」

それを聞いた陽子は顔を崩しながら大きく背伸びをした。

課題が一つ片付いたと言わんばかりだった。

「オッ、ケェ~、じゃああ、火曜日からね。頑張っていこう!」

陽子ははしゃぎ気味に声を上げた。

それを聞いていた父母は二人を見た。

母親は苦笑していた。

父親は眉間にしわが寄っていた。

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