ep14
ドラマや映画でもあれだけ凄惨なシーンはなかったはず。
陽子にとっては非常にショッキングな出来事だった。
それでもあの後は平静を保てていることが不思議だった。
重症と思えた麻相が比較的元気だったこと、
自力で帰宅できたことが安心材料だったと陽子は追想した。
それでも麻相が出校して来るか心配だった。
あのまま重篤化し意識不明になっていたらと考えただけでも背筋が凍る。
それが無い事を祈るしかできなかった。
あんなことがあったとは母親にも話していない。
余計な心配を掛けたくないことと必要以上に警戒して欲しくないからだ。
外出するのを逐一気に留められ注意され、制約を受けるのはこちらも気が重い。
外出することに恐怖感を覚えたならそうもいかないので話すしかない。
しかしそんな気配はない、今日も普段通りに登校きたのだと陽子は気持ちが楽になった。
登校すると最初にB組の教室を覗いた。
麻相が居たのでとりあえず安心した陽子だった。
しかも冬の制服を着こんできていた。
休み時間は次の授業の準備に忙しく様子を見に行けなかった。
昼食を済ませるとB組教室へ向かった。
机の上にはコンビニおにぎりの空袋が二つあった。
視線が合う。
麻相は立ち上がり廊下へ、それが必然とでもいうような行動だった。
「ダイジョウブ?」
いの一番に出た言葉だった。
廊下の隅で相対し、人目もはばからず陽子は尋ねた。
「大丈夫だって。」
「本当に?」
麻相は笑顔を作り、その場で軽くジャンプして見せた。
痛みを我慢しているようにも見えない。
「本当に大丈夫よね?」
「へーき。」
真剣な陽子に気圧されつつ、意に介さずとばかりの麻相。
「お腹殴ってもいい?」
陽子は威圧的な態度にかわり、今度は麻相が神妙な面持ちになった。
「そ、それは、やめて。」
「んとに、もう。」
腹をかばう仕草をした麻相だったが外野の視線が気になって止めた。
いつにない剣幕の陽子、それを受ける麻相。
二人を遠巻きにして眺めるクラスメートが多数いた。
「まだ、ちょっと、痛い。」
「ちょっとでもおかしいと思ったら病院行くんだよ、分かった?」
「分かった。」
言いたいことは言ったとばかりに陽子が立ち去ろうとした。
「あ、あのさ。」
麻相が呼び止めた。
「これからは外に出る時は気を付けて。」
高崎らが陽子を付け回すことを麻相は危惧していた。
「大通りを使って。人通りの多いところなら、あいつら、何もしてこない。」
彼等の行動パターンを知っている麻相ならではのアドバイスだった。
「高崎、頭逝ってた。俺のことは分かっても、一緒に誰が居たのか、分からないと思う。」
必要以上に行動を制限する必要はないとの麻相なりの気遣いだと分かった。
「青田高校の女子とは分かっても森本さんだとは知らないはず。」
「あのクヌギって子は私のこと知ってた。」
麻相は顔を曇らせた。
椚原が麻相と親しいことは察しがついていた。
同じ中学出身だったから陽子の事も知っていたに違ないと。
「あいつ・・・黙っていてくれる、森本さんの名前を高崎には言わない。」
そこまで言い切るからには椚原を信用している、その確証があるのだと陽子は思った。
これ以上の危険が襲ってこないことを願うしかない陽子だった。
「あ、それとね・・・」
陽子が何かを思い出した。
「ヨーコォ、いいの?」
陽子の後ろからA組女子が声をかけてきた。
思い出した言葉を飲み込み振り返る陽子。
「ごめん、次、体育だから。」
声の主に手を振りつつ陽子はA組教室へ戻っていった。
「怒った顔もかわいいねえ。」
後ろで見ていたB組男子が聞えよがしに呟き、麻相の横を通り抜けていった。
「そんなんじゃ、ねえよ。」
麻相は小声でつぶやき教室へ戻った。
体操着の入ったバッグを抱えてA組女子は更衣室へ向かっていった。
放課後、下校準備をしている麻相の元へ陽子が現れた。
カバン二つを片手に持ち、今すぐにでも下校できる状態だった。
おもむろに紙切れを差し出してきた。
「話があるから。日曜日にここへ来て。」
麻相は紙片を受け取った。
「いい?絶対だよ。」
陽子は小走りにB組教室を出て行った。
麻相の都合などお構いなし、一方的だった。
今日は塾の日、下校を急ぐのは無理もないと麻相は思った。
ノートを破った紙片。
そこには建物の名前と番号。
所在地が書かれていた。
そして時刻。
何度も読み返した。
そこは・・・・・・麻相の脳内は真っ白になった。
その時刻・・・・・・頭から冷水をあびせられたような気持ちだった。
血の気がひくとはこのことかと麻生は気持ちの整理ができずにいた。
話があるならばスマホでできる、SNSで直に会わずに要件を済ませられる。
スマホを持ち歩かない麻相。
陽子とは電話番号もメアドの交換もやってない、ラインなんてどこのネタ?
用があるなら学校ですればいい、それが仇となり他に連絡方法がないのだ。
嫌でもその時刻にその場所へ行かなければならない。
あるいはそれを無視して月曜日に聞き出せばよいと麻生は考えた。
いや、それをやれば陽子が怒るのは間違いない。
陽子が本気で怒った場面はまだ見たことが無いし想像もできない。
それだけに本気で怒ったらマジで怖いに違いないと麻相は思った。
無視することだけ考えはないことにし、日曜日はそこへ行くことにした。
 




