ep12
あれから麻相は陽子と視線を合わそうとはしなかった。
憮然とした麻相とは廊下ではすれ違うだけ。
怒らせたようだがあれしきの事でとの思いが強かった。
木曜日の放課後、ようやく今日の予定のために目と目が合った。
ーーいつもの場所、30分後ーー
ーー分かったーー
ようやく復旧したと陽子は胸をなでおろした。
麻相はそのまま城山公園痕へ向かう。
陽子も少しだけ遅れて行く、麻相が校門を出た頃合いを見計らって行動した。
曇り空の元、後輩たちが部活に励んでいるのを横目に自転車置き場に向かう。
その途中で陸上部の後輩に呼び止められた。
練習を見てほしいと言ってきた。
時間が迫っているが5分だけなら大丈夫と陽子は後輩たちに付き合うことにした。
スタブロがすでにセットしてあり、スタート練習に取り組んでいた。
5分だけのつもりが10分、20分と長くなってしまった。
陽子は端的に問題点を指摘するだけのつもりだった。
有名選手を模倣したがる後輩とは逆の方法を提示する陽子。
脚、腕、体躯の長さと筋肉の付き方が違うためトップアスリートの模倣だけでは速くなれない。
そう諭す陽子に対し懐疑的な後輩に納得してもらうには実測するしかない。
スタブロの踏み板を調整しながら0~10mダッシュでの結果を比較しつづけた。
結果として陽子の提示した方法で好タイムをマークしたため後輩はそれで練習を続けることになった。
時間がかかった。
ーー麻相君、ごめんーー
ーー後輩に止められちゃったーー
陽子は心の中で何度も謝り、ペダルを漕ぎ続けた。
これとは別に話さなければならないことがあると陽子は焦っていた。
城山公園痕についた。
陽子は自分のカバンも取らずに旧駐車場からスロープへ向かった。
時間が無いことは分かり切っているので自分の宿題はどうでもよい。
麻相の数学だけでもとの思いで走っていた。
スロープを見ると麻相が降りてきていた。
スロープの入り口で鉢合わせに驚く陽子、顔色を変えずに出迎える麻相。
「麻相君、ごめええ~ん。」
陽子は顔を崩して謝った。
「いいよ。後輩に止められたならしょうない。」
麻相は平然としいていた。
「上は暗くてだめ。風も変。」
早々に降りてきた理由を麻相は言った。
陽子は空を見上げた。
どす黒い雲が流れ込み、冷たい風も吹いてきていた。
焦ってペダルを漕いでいた為に空模様まで気にしていなかった。
陽子のスマホが降雨アラートを発した。
「急げ。」
二人は小走りに自転車に向かった。
倉庫裏手の坂道はペダルも漕がず、滑走するに任せた。
倉庫の合間に差し掛かると手や頭に感触が点々とした感触が来る。
倉庫街前の通りに出る事には小雨になっていた。
さらにひどい降りになりそうだった。
コンビニ前を通過した。
髪がそこそこに濡れてしまい額にしずくが落ちてきそうだ。
倉庫の屋根は雨音が騒がしいく、道路まで聞こえてくる。
先行する麻相が右手を指さすと右折していった。
陽子もそれにつられるように右に曲がった。
そこは倉庫の一つ。
麻相と陽子は倉庫入り口間際で自転車を降りた。
空き倉庫なのか出入り口の扉は開放したまま。
内部は閑散としていた。
奥に埃をかぶった車、さらに奥にもう一台あるがこれは今も使われている様子。
使用者がいれば雨宿りを頼むところが空き倉庫ではその心配も無用。
屋根からいきなり大騒音が響いてきた。
外は土砂降りになった。
「助かった。」
視界が効かないほどの猛烈な雨、道路からのしぶきが倉庫内にまで入ってきている。
「こっち。」
麻相は倉庫の物陰、扉の裏へ陽子を誘導した。
水しぶきを避けるよう促した。
自転車ごと物陰へ移動しつつ雨雲の流れを気にした。
陽子はレインウェアを携行していた。
「レインウェアを・・・・持ってきてないよね。」
麻相の不用心さを知っているがとりあえず聞いてみた。
「ない。」
その返事を聞いた陽子はスマホで雨雲レーダーを確認した。
「あと30分で止むみたい。」
屋根からの騒音は自然の猛威を見せつけるがのごとく強弱を繰り返していた。
麻相は額の雨水をぬぐう。
陽子は乱れた髪を左右に手繰った。
陽子はブラウスの下にインナーを一枚着てきていた。
下着のラインが透けないのは残念と麻相は思った。
良からぬこと考えてると陽子は上目遣いで麻相を睨んだ。
そんな目で見てくれるようになったと陽子としては少しだけ嬉しかった。
外は土砂降り、屋根は煩い。
そんな騒音の中、ドアを閉める音が二つ続いた。
その方向、奥の車から二人が降り、小走りで出入口に立ちはだかった。
「お前・・・・」
そのうちの一人を見て麻相は絶句した。
金糸の刺繍が施してある黒スウェットからしてまともな人物ではない。
麻相の緊張は陽子にも伝わってきた。
黒スウェット二人は麻相たちに視線を送り動向に関心を寄せている。
ここから出さないとの明確な意思が伝わってくる。
車の中にまだ誰かがいる。
激ヤバな場所に入り込んだと麻相は焦った。
麻相は陽子の立ち位置と黒スウェット二人との間合いを測っていた。
自転車に乗る、勢いをつけて黒スウェットを突破、振り切る。
距離が短すぎて振り切るだけの速度が出ない。
自転車にまたがる間に隙ができるの捕まる。
これでは無理だと麻相は思った。
ならば自分がオトリになり陽子だけでも逃がせないか。
それを陽子に伝えて実行してくれるか不安だった。
陽子が少しでも躊躇すれば捕まってしまう。
「クヌギ、お前、まだこんなことしてるのか?」
麻相は黒スウェットの一人に話しかけた。
屋根が煩いので結構な大声だ。
「うっせえ!」
一人が反抗的に応えた。
ドアを閉める音が大きく響いた。
白スウェットに黒の刺繍、厳つい顔、格闘技系の体つき。
「たかさき・・・」
麻相が力のない声でつぶやいた。
ゆっくりとこちらに向かってきている。
ただ足元がおぼつかずふらついているようにも見えた。
麻相はふたたび出口の二人を見た。
手前の茶髪は見た顔だが名前が思い出せない、華奢な体、力は強くなさそう。
向こうのクヌギ、椚原は小太り、力はあるが動きはイマイチ。
ダッシュして茶髪に体当たりしつつ椚原の首に腕を回して倉庫の外へ転げ出る。
その合間に陽子にはコンビニまで走ってもらう。
コンビニまでは50m少々、陽子の足ならばこいつらは追いつけない。
この場から逃れる、陽子の無事を確保するにはそれしかないと麻相は考えていた。
ーーコンビニまで走ればいいのね?ーー
ーーできるよね?ーー
ーーやるーー
麻相が身構える。
陽子も体勢を整えた。
「Go!」
麻相の号令で二人はダッシュした。
陽子を横に従えた状態で麻相は茶髪に組み付いた。
その勢いのまま椚原まで突進するはず、だった。
予想したよりも茶髪は力が強く麻相はそこで止められてしまった。
椚原は陽子の前に立ちはだかった。
陽子はステップして進路を変えた。
椚原の横をすり抜けた時、腕を絡められて手首を握られてしまった。
「放せっ!」
左手を自由にしようともがくが思うにまかせず。
そのまま後ろ固めにされてしまった。
「痛いことしたくないから大人しくして。森本さん。」
椚原がささやいた。
麻相も後ろ固めにされて動きを封じ込められていた。
「何すんだっ!」
麻相が怒鳴った。
「女はそこでいい。麻相はこっちだ。」
高崎が指図した。
「麻相よう、俺が檻の年少の中、お前はこれか?」
陽子を一瞥した高崎は麻相を睨みつけた。
 




