EP11
木々に囲まれた城山公園痕の東屋は薄暗い。
晴れていれば薄暗さも気にならないが曇っていると教科書の文字が読み辛くなる。
陽子は宿題を早々に終え、問題集は自宅でやると言った。
麻相はそうも言ってられない。
今ここで解いておかなければ宿題が終わらない。
手持無沙汰の陽子は前のめりになって麻相の進行具合をのぞき込む。
立ちあがると麻相の真横に立ち、耳元まで顔を近づけた。
「あ、そこ間違い。」
陽子はいつもよりハイトーンで指摘した。
どこがどのようにとまでは言わなかったが若干お茶らけ口調だった。
麻相は焦ったように文字列を見比べ間違い個所を探した。
麻相がギブアップするか自分で気が付くまでと陽子は黙って見ていた。
「-x」
麻相は自信なさげに文字列のルートを指さした。
さほど間を置かずに間違いに気が付いたことに陽子は嬉しくなった。
「そこに何が入る?」
「3。マイナスサンエックス。」
「そう。そこが-3xなら?」
「2x-1」
三列目のルートを指さした。
「正解。」
消した上からルート内に正答を書き入れていた。
そこそこできるようになってきたが大事なところで見落としがある。
それがあると数学では点数にならない。
陽子は関数問題を見ただけでグラフと数式が即座に思い浮かぶ。
麻相には理解不能な文字列なので嫌悪感しかないのかもしれない。
麻相の気持ちも分かるが乗り越えなければ卒業が危ういと陽子は思った。
市の広域放送が聞こえてきた。
市内数箇所に設けられた鉄塔からは市の広報課からのお知らせが流される。
耳を傾けると、行方不明になった高齢男性を捜しているとのことだった。
放送内容はここに居ると驚くほど聞き取りやすい。
しかし市街地では建物で音が反射する、郊外では山肌に反射し音が重複してしまい聞き取りにくい。
そのため、非常にゆっくりとした口調になるのはやむを得ないがもどかしくもあった。
麻相は数学の宿題を終えると教科書、ノートをカバンにしまい込んだ。
以前と比べれば格段に早く終えるようになりそれなりに進歩していると陽子は感じた。
日没時間がせまり薄暗さが濃くなっていた。
陽子の提案でここに勉強の場を移したが日没が早くなる来月以降は無理だ。
週末の図書館、学習室に戻すしかないのかと陽子は残念な気持ちになった。
ここに二人だけの時間があるのに変化がないことに寂しさがこみあげてきた。
ちょっとだけふざけてみようと陽子は思いついた。
麻相が東屋から出たところで陽子は横並びに並んだ
「そういえば、麻生君、私より身長、低かった?」
陽子の意外な振る舞いとふざけた様な声のトーンに麻相は戸惑った。
教える側として陽子はいつも毅然とした態度でいたからだ。
「俺、イチナナイチ。」
頭に手をもってきて背比べのふりをした陽子。
それを嫌ったかのように麻相は一歩離れた。
「ええっ!?私1メートル68センチ、3センチ負けたああ。」
いつにない笑顔で陽子は麻相にすり寄った。
肩と肩がぶつかり、露出した前腕が触れ合う。
麻相の肌に直に触れたことで今までに経験したことがない高揚感を覚えた。
これが大人の感覚なのかと陽子は興奮した。
「何やってるんだよ。」
麻相は後退りして離れようとした。
「えっ、えっ。」
麻相に体重を預けすぎた陽子はバランスを崩した。
片足立ちになった自分を支えきれず麻相の腰に抱き付いてしまった。
地面に落ちなかっただけでも幸いと陽子は思った。
バランスを崩してもあの体勢かあなら脚でステップを踏めば自分で立て直せた。
それを出来なかったのは不意をつかれた、その準備が出来てなかった。
こうなることを期待していたのかもと陽子は自分が可笑しくなった。
「あっ、立てない、立てない、麻相君なんとかしてえ。」
陽子の体重がかかっても微動だにしない足腰、腹筋が硬い。
顔、腕、肩に伝わってくる感触から麻相の体格を陽子は想像した。
ここまで密着することは今までに無かった。
「おいおい。」
麻相は陽子の上腕をつかんで持ち上げた。
体を起こした陽子は麻相と対面になった、その間30センチ。
このまま抱きついてしまおうと思った。
ぎこちなく腕を広げてハグのポーズをとってみた。
だが麻相の顔は険しく、そんな雰囲気ではなかった。
背を向けた麻相はスロープに向かって歩き出した。
「森本さん、変だよ、今日は。」
麻相は吐き捨てるように言った。
「ああ、待って。」
陽子は自分のカバンを取ると麻相の後を追った。
このオフザケは麻相の気に障ったのかと陽子は勘繰った。
二年半も一緒の時間を過ごしてきている。
この程度のボディタッチは普通にやるはずと陽子は想像していた。
何かが違っていたと考えるしかなかった。
池口駅前で見たカップル、どうすればあんな風にふざけ合えるのか見当がつかなかった。




