ep10
10月に入りようやく気温が30度を下回るようになってきた。
それでも25度より下がらず夏日は続いている。
温暖化の影響といまさら口にするのもはばかられる。
暦の上では衣替えになるのだが暑熱対策で制服の衣替えは任意となっていた。
そのため麻相も陽子も夏服のままだった。
陸上部の秋季地方大会も終わると陽子も午後四時には下校できる。
そのまま進学塾へ向かい、隔日で一コマの講義を受ける予定を組んでいた。
塾のない木曜日は麻相に指導する時間にあてることになった。
場所も変わった。
図書館デートが周知のものとなったことで学習室を利用しにくくなった。
青田市のファーストフォード店、ファミレスでは人目に付きやすい。
そもそも座席数が少ないため喫食以外の利用は禁止されていた。
代わりの場所として麻相自宅を陽子が提案したが麻相は断固として拒否した。
その理由は分かっていたが男子から拒否してくるのは意外だった。
とはいえ陽子もそれ以上の無理強いはできなかった。
かといって陽子は自宅に男子を招いたことが無いのでこれも論外。
苦肉の代替案が城山公園痕のあの東屋だった。
その提案は陽子からだったが麻相は気が進まなかった。
周囲は雑木林と化した屋外、気候がよくなり蚊や蜂の活動も活発になる。
トイレもないから女子には厳しい場所と麻相は釘をさした。
トレーニングの休憩場所としてなら短時間しか使わない。
しかし一時間も滞在するとなると事情が変わってくると麻相は心配した。
麻相は麻相で【外野】が騒がしくなっていることが気に入らなかった。
成り行きでこうなったとはいえ教えてもらわなければ留年、退学していた。
陽子のおかげで今も通学できている。
やましい事をやっているかのような雑言は聞き捨てならなかった。
とはいえ、ムキになって反論すれば余計に怪しまれる。
リア充と陰口を言う者には無視を決め込んでいた。
それでも学習室の背後からのささやき声には敏感になっていた。
思わず聞き耳を立てると解きかけた数式が飛ぶ、集中できなくなっていた。
その状況に比べれば東屋に飛来する虫の羽音はまだましに思えた。
先月までなら不快な暑さを感じたはずのこの場所にもさわやかな風が吹く。
ただしコンクリート製の椅子の座り心地の悪さには我慢を強いられた。
テーブル天板が平面だったのがせめてもの救いだ。
東屋の中で麻相と陽子は対面で座った。
塗っておいた虫よけスプレーのかすかな匂いと陽子の制服からはフレグランスが香る。
携帯扇風機を持ってきていたがスイッチはOFFのまま。
集中しているとじんわりと汗ばんでくるが陽子は気にもせず問題集に取り組んでいた。
いまさらながら陽子の集中力に感心させられた。
三年間着続けて毎日のように洗濯してきた夏用ブラウスは生地が薄くなっている。
下着のラインが透けて見えてるが陽子は気にならないのかと麻生は余計な心配までした。
行き詰った麻相が質問をした。
陽子は席を立ち麻相の横に並んだ。
前かがみになり麻相の肩先まで顔を使づけてきた。
問題を一瞥すると解き方の解説をしだした。
麻生はそれに動じない振りはしたが違和感を覚えた。
フレグランスが強く香る。
説明を聞きつつペンを動かし、回答につなげていく。
正答だったらしく陽子は自分の席に戻っていった。
「その調子、いいよう。頑張っていこう。」
物静かだが力強く陽子は声をかけた。
陽子は問題集に視線を落とし、麻相は次の問題にとりかかった。
カバンをもってスロープを速足で降りていく。
この時期は五時を過ぎると足元が見えにくく危ないと麻相は言った。
ツバキが林立する城山公園痕の旧入口まで戻ってきた。
ここまでくると倉庫街を出入りするトラックの騒音が届く。
物流倉庫のはずだが古く粗末な建物が建ち並ぶ。
さほど広くない道路を大型トラックが頻繁に往来する。
働く人の出入りも激しい中、倉庫街を高校生が自転車で走り抜けるのは目立ってしまう。
目の前の仕事をこなすだけ、高校生が通過しようが無視してくれることを麻相は願っていた。
二人連なっての場面をネット上に上げられると拡散され一人歩きしてしまう時代。
尾ひれ背ひれがつけられ肥大化、炎上までしてしまう。
静かに勉強しているのだから邪魔はしてほしくないと麻相は思った。
立地条件から道幅が狭い、それに伴い路側帯まで狭いのは仕方がない。
そんな倉庫街の道路を自転車が通り抜けるのは難しいと陽子は思った。
思い付きでここを提案したが休日と平日との違いまで考えが及ばなかった。
二人横並びで走ることは無理だから縦並びになるしかない。
麻相は陽子を促して先行させた。
麻相は追走する。
コンビニから高校まではゆっくりで30分、急げば20分の距離。
位置的にはよいのだが周辺環境が良いとは言えなかった。
コンビニの前から二人は遠回りをした。
駅や高校に近寄れば同級生に見とがめられることを危惧したからだ。
駅から離れた市役所庁舎前で分かれてそれぞれの帰路に就いた。
 




