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いち。


この国では誰もが習う。

スラムとは、この世の終わりのような場所であると。


汚らわしい地だと言い、貴族も見て見ぬふりをするものだから、そこらかしこに魔物が湧き。

魔物に食い殺された者の残骸がそこら辺に捨てられ。

流行り病で倒れたものが道端に捨てられ。

スラムから死ぬ気で町に少し出て、貴族の気分を逆撫で殺されたものも捨てられ。

売春婦の泣くような叫び声が、夜中にはスラム中に響く。


本当に住めた場所でたないが、世に今更紛れられない者たちが何百と住んでいるという。



「テメェこの野郎、オゥロ!ワシの家を削るなと何度言えばわかるんだ!!」


朝っぱらから、低いが甲高くもあるようなうるせぇ声がボロボロのガラスの割れた窓の外から聞こえた。


ただでさえ冬の季節は夜が凍るように冷え込むというのに、薄くてボロボロのブランケットでは満足に寝られなくって、今日は特に寝不足だった。


冷えて赤くなってしまっている足の裏を少しさすって立ち上がり、俺はきしむ窓枠に手を置いた。


「るっせぇよジジィ!!こちとら一晩中凍死と戦って寝れてねェんだわ!!」

「お前の得意な魔法で何とかすればよかっただろうが!!」

「魔法使ってまた俺んちが燃えたらどうすんだクソジジィ!」

「じゃあワシの家も削んじゃねぇクソガキが!!!」


少し言葉に詰まった。


「ワシの家と、貴様のボロ小屋!どっちが大切か考えろ馬鹿野郎!」

「お前の家もボロ小屋じゃねぇか」


そう、小さく呟いたつもりだったが、下からこちらを見上げている耳が遠いはずのジジィは何故か聞こえたらしく、より一層地面を杖で叩きながら騒いだ。


ここ、スラムではどの家も同じである。

立派な家などない、貴族から見たらどの家も犬小屋のようなもんだ。

むしろ、お貴族様に代われている家畜は自分たちよりも良い寝床を持っていると噂で聞いたことがある。


「ワシの家の床板を削って何するつもりだ」





「…………魔術だよ、魔術を組むのに、じぃさんの家の床板の木がいい種類だったんだよ」


そう言うと、じぃさんは眉間に濃く刻んていたしわをフッと弱め、呆れた様に言った。


「なんじゃ、お前は本当に魔法やら魔術が好きだな」


もういいわい、とさっきまでの怒りはもう消えたように、じぃさんは曲がった背中を俺に向けて、狭くて小汚い道を帰っていった。

いつもだったらもっと怒られた。

この窓のガラスが割れているのだって、あのジジィが説教するために寝ている俺を起こそうと、石を投げたのだ。


あんな老いぼれがよく3階の高さまで石を投げれたもんだと思う。


ふと、一晩凍えるような寒さを身をもって体験した身からして、床板がないとさぞ、隙間風が寒そうだなと思った。

……………あのジジィのことだ、なんだかんだ言いながら俺に小さい頃から甘かった。

特に、魔法や魔術が絡むとなおさらだ。馬鹿みたいに怒り狂っていた時も、魔法を使うため、と言ってしまえば、ぶつくさ言いながらも俺の事を許してくれた。


だから今回も、許してくれるだろうと思って床板を少し削って、魔法陣の展開に使った。


「………流石に、ガキ過ぎたか」


ちょっとだけ、叱られると思って身構えたらあっけなく許された子供の気持ちになった。



「なんで来た。また魔法にワシの家の床板が必要か」

「………………別に。………今夜も、冷えるだろ」


ちっさい、家と言えるかどうかのボロ小屋だ。

ドアを開けた瞬間に、自分が忍び込んで削った床の穴が見えた。


割と大きかったので、少しだけ心にムズムズする気持ちが芽生えた。なんでかは知らん。


それを無理やり振りきるように唱えた。




「張れ」


瞬間、魔力が板の穴を塞ぎ、結晶化した。

魔力をそのまま結晶化したので、まるで星の粉を塗したガラスのようである。


おぉ、とじぃさんの感嘆の声が後ろから聞こえた。


「凄いな、オゥロおめぇ、こんなことできるのか」


なんだよ、俺に魔法好きとか言っておいて、本当は爺さんが好きなんじゃねぇか。

少しだけ気分が和らぎ、自分の家に帰って魔法陣の研究をしようと足を踏み出した。


「待て、オゥロ」


爺さんが俺の腰を木の杖でぶっ叩いた。

いってぇな、馬鹿やろ、なにしやがるジジィ。

いやマジで痛いんだけどなんだコレ。じぃさんお前もしかして生前剣士だったとか?いやまだ死んでないか。


「………なんだよ」


腰をさすりながら、不機嫌ですと全力で顔に出して俺はじぃさんに向き直った。


「…………お前はクソガキだ」


「………………あん?」


んだこのジジィ。腰ぶっ叩いといて一言目に言う言葉がそれかよジジィ。

もしかしてボケたか?遂にボケたからこんな脈絡のない言葉がすらっと口から出るのか??

頭に浮かぶ様々な暴言を、この老いぼれに叩きつけてやりたい気持ちでいっぱいになったが、驚くことに手ではなく口が早い俺よりも早く、じぃさんは言葉を連ねた。


「だが、お前は才能があるらしい」


…………お?


予想もしていなかった言葉に一瞬、いや数秒戸惑った。


「………なっ、んだよ、ジジィ。今日は機嫌でもいいのか、俺の事褒めるなんてアンタらしくな、」

「本当だ、オゥロ」


「お前ほど、こんなところで腐っていって駄目な才能はない」


妙に覇気のある声だった。

なんだ、じぃさん、アンタ、どうしてそんなことを言うんだ。

いきなり、なんで。


どうせ、スラム(ここ)から逃げることはできないのに。

俺は………、逃げる気もないのに。


「オゥロ、ワシは知っているぞ。門でワシらが逃げ出さないように見張っている衛兵たちの眼を欺き、ここから街に逃げ出す方法を」


やけに冷たい汗が額をつたって、前髪を湿らせた。

うざったいので切ろうとしたら町の娼婦たちに必死に止められた、鎖骨に広がる男にしては長い髪を指でこねくり回した。


じぃさんの言った言葉が、頭に入ってぽろぽろと抜けていく。


そうか、だからか。

俺が小さい頃、こんな場所じゃ落ちてるはずもない割と立派な魔導書を、そこら辺に落ちてあったと言ってくれたのも、町に買いに行ったのなら辻褄があう。

ソレのお陰で俺はここまで魔法にのめり込んでるヤツになったのだ。


来る日も来る日も、ここに住んでる奴らを脅かす魔物を魔法で燃やして、刺して、消して。




「お、俺がいなくなったら、誰が魔物を倒すんだよ……!!ここのやつら俺に頼って、俺がいたら魔物に食われる心配もないって」


「おめぇだってわかるだろ、ここ1年は全く魔物が出て来ねぇって。


………………お前がぜぇんぶ、倒しちまったんだよ。もう魔物はここにはいねぇ」


はく、と口が開いたまま閉じれなかった。

なにかを言わなくてはいけなかった。

そうでもしないと、俺は、


「……オゥロ、おめぇも16だ。そろそろ、独学にも限界が出てきただろう、外に出ろ。世界は広い、お前のだぁい好きな魔法や魔術も、外ならもっと極めることができる」

「っでも、」

「何かを極めるのは楽しいぞ、ワシも……………昔は一心不乱に剣を振っておった」


俺の肩を叩く手は、硬くて、大きかった。


なんで、いきなりこんなことを言い出すんだよ。

いつも、何かをやらかすのは俺で。

何かしてみろなんて、そんなことを言われる前に俺はもうやっていたから、いつも怒鳴られていた。


それなのに、



「俺を追い出すのか。俺は要らねぇっていうのかよ、じぃさん」


いつも、高く聳え立つ塀を見上げていた。

その先に行きたいと思ったことがないと言えば噓だった。

自分ならきっと越えれた。でもしなかった。


それなのに、自分を突き放すようにこの老人は言う。


随分らしくないことを言った自覚はあった。

こんなこと言ったことなかったし、性に合わな過ぎた。

無言が一秒一秒長引くたびに、頬に熱が集まっていくのを感じた。


あぁなんだ、なんでこんなこと俺が言わなきゃいけねぇんだ。


途端に恥ずかしくなって、口から罵りの言葉が飛び出そうになった瞬間、じぃさんが言った。




「んだよ、そんなこと考えてうだうだしてたのかよ。おめぇらしくねぇなぁ」


んなわけねぇだろうが。そう言った。

じぃさんは白髪だらけの頭を掻いて、俺の胸に拳を叩きつけた。


「んっで、いってぇなジジィ!」

「ほれ、これ持っとれ。絶対離すなよ」


じぃさんが叩きつけた拳から、落ちるものを慌てて掬い上げると割と重かった。

小さな、刀を模した精巧な硝子細工だった。


「なんだよこれ、売ったら高そうだな」

「売るなよ絶対に売るんじゃねぇよお前マジで」


どうしよっかな。


「………んまぁ、なんとかなるさ、お前の魔法とその顔で何とか生き抜け」


ガチャガチャと、ボロボロの布が被った籠の中をしゃがんであさっているじぃさんの背中を見て、オゥロはふと思った。


「…………ん?顔が何の役に立つんだ?………………つか俺はいかねぇぞ外なんか」

「駄目だ、出てけ」

「はぁ?」


一応言い返すが、さっきまでのじくじくとする胸の痛みは消えた。

むしろどこか心は晴れやかだった。


「んーねぇな。どこいったんだ、………まぁいいか。お前魔法使えるしなんとかなんだろ」


そう言うとようやく立ち上がり、さっきと同じような表情で口を開いた。



「オゥロ、ワシはなぁ。見てぇんだ、………………魔道の極みがよ。神に愛されたような才能が」


何故かいきなり神なんて言い出すもんだからオゥロは思わず面食らった。

それと同時に、油断していた。

まさか、こんな、心構えもないのにやられるなんて思ってなかった。




「魔術を極めるまで帰ってくんなよ、悪童(クソガキ)!」









「は?」


本当に、は?だった。

瞬き一つの間に、世界が変わっていた。


さっきまで自分が立っていた狭くて汚かった床は、大きく整備された道路になっていた。

そのど真ん中に、ポツンと自分は立っていた。


道行く、汚れていない服を着た人間たちが、オゥロのことを二度見したかと思いきや、唖然とした顔で立ち止まった。


あれ??俺今何した??は?




「…………どうなってんだよ、クソジジィが」


あまりにもこの状況が理解できず、弱弱しくオゥロは呟いた。


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