ルルクの時計
デナン一味を退治した2日後、私達3人はドワーフ族の郷、ギムリスに来ていた。
エイバ郷からはやや離れた森の端の山地の麓の地形を利用した半ば土に埋まったようなドワーフ族らしい郷だった。
ドワーフは工学等に長じ、鱗蝋の街灯と馬車道だけでなく、マナ式トロッコ列車や石炭炉の製錬所もあった。
人口は1200人は越える規模で、都市国家と言ってもよいくらいだった。
「私は里長と民会に顔を出してくるから、ルルクはベルニュッケと予算内で中古の懐中時計を買ってくるんだよ?」
人喰い騒動で結果的に高額の報酬を得ていた。旅費や夜魔対策の道具はそこまで費用は掛からない。
普段は収入も限られている。過剰な金策の自重が戒律にあるから。
通常こういった場合は寄付をするか設備維持をしている呪い師達に金を渡すことになる。
「買い物っ! 行ってきますっ」
ドワーフ達の発達した街、自分の為の大きな金額の買い物。ということでルルクは興奮しているようだった。
「ベルニュッケ。頼んだが、おかしな物を買ったりしないように」
「ふっふっふっ・・」
ほくそ笑むベルニュッケ。
「・・・」
怪しい。・・まぁ、これもルルクの経験。
それに普通の人間の2倍はゆっくり老化する上位の呪い師であっても、昔と比べればベルニュッケも多少は歳を取って落ち着いた気がしないでもない。
私は2人と別れ、まずは民会の自警団の代表の元へ向かった。
人の多い通りの立派な建物や蒸気を上げてる物が目立つ設備をあちこち見上げながらベルニュッケさんと歩いていると、ちゃんとマナを通さずにお鍋みたいな兜を被っているから首が少し痛くなってきた。
「ルルク、お上りさん丸出しですよ? さっきからカモだと思って寄ってきたスリを既に2人、操作術ですっ転ばして撃退しています」
「ええ? すいません・・」
「いいですか? ルルク。この苔亀のベルニュッケが教えてあげましょう。よく知らない都会や、金持ちだらけの場所、何やら文化的に高等であったり流行ってる風な調子に乗ったヤツらばかりの場所に出張ってしまった時はですね」
ベルニュッケさんは得意気に話してる。
「私、こんなとこ慣れっこで、なんならもう飽き飽きですけど? みたいな顔と態度で臨むのです!」
「はぁ・・」
どうすればいいんだろ?
「こうですよっ、こうっ!」
ベルニュッケさんは片手を腰に手を当て、眉を寄せ、斜に構えて鼻持ちならない顔を作ってみせた。
「こうですか?」
私も片手に腰を当て、眉を寄せ、斜めに構えて鼻持ちならない顔を作ってみた。
「いいですよっ、ルルク! 中々見込みのある子ですね。練習に、このまま中古の時計屋までゆきますよっ?」
「はいっ、マスター・ベルニュッケっ!」
私とベルニュッケさんは所作を保ち道行く人達をギョッとさせながら、時計屋に向かって歩いていった。
時計屋は凄かった! 懐中時計に置き時計! 掛け時計! 柱時計! 腕時計という帯の付いた時計もあったっ。時計だらけ!!
凄い! 機械だっ。機械の道具が一杯!
「お客様方! 呪い師様と・・その御弟子さん? どう言った物をお探しでしょうか?」
お洒落なスカーフを巻いたドワーフの店員さんが話し掛けてきた。
「あの・・その・・」
「マナ式の懐中時計ですよぉ? この子の知り合いの夜魔祓いの弟子なんだけど、頑丈なヤツをよろしくお願いしますね? 予算は金貨4枚以内です」
ベルニュッケさんが兜に手を置いて代わりに言ってくれた。
「夜魔祓いの御弟子さん! 金貨4枚。わかりました。ではこちらの・・」
お洒落な店員さんは手袋をしてケースに8個の懐中時計を素早く入れて持ってきた。
「いずれもミスリル鋼で補強された物ですっ。ウチは中古であっても新品だった頃より高性能ですからっ!」
胸を張るお洒落な店員さんっ。
「どうしよう・・凄い」
いいのかな? あたしなんかが。
「ん~、これがいいんじゃないですか? 星の模様の。貴女はお目目がキラキラしてるから」
「えーっ?」
ベルニュッケさんは星の形の装飾のマナ式懐中時計を勧めてくれた。
「お目が高い! 是非、お手に取って御覧下さい」
「あ、はい」
私は時計を手に取ってみた。意外とずっしりしていて頑丈そう。蓋を開けてみると、文字盤も見易くて素敵だった。
「これにしますっ!」
「はい、毎度」
「ちょっと待った! ルルクっ、ここから価格交渉ですっ。例の所作でっ!」
「はいっ」
あたしとベルニュッケさんは、こんなとこ慣れっこでなんならもう飽き飽きですけど? の所作を取り、お洒落な店員さんに迫りました。
「金貨3枚と銀貨10枚でお願いしましょうかっ?!」
「お願いします!」
「なっ?! 殺生なっ! せめて金貨3枚に銀貨24枚でっ」
「それじゃ誤差でしょうがぁっ?!」
「でしょうがっ!」
「ひぃ~っっ」
あたしとベルニュッケさんはお洒落な店員が弱りきるまでグイグイと例の所作で迫り続けたっ!
ギムリスではルルクを弟子にしてから初めて宿を取ることにした。
普通の宿ではなく呪い道具屋が呪い師用に下宿をやっていて、そこに泊まる手筈だ。
ルルクも湯船で風呂に入りたいだろうしな。
夕方、噂が拡がり獣人達をかなり警戒していた里長や民会の役員達との話しを終えて呪い道具屋、赤ヤモリ、の下宿になってるすぐ横の別館に向かった。
敷地は魔除けに覆われ、庭に霊木の類いも植えられてマナが強かったので、ずっと指輪に入れっぱなしだったリラも出してやった。
確か4号室だ。中に2人の気配がした。
「ん?」
何やら愉しげなマナの流れと2人の笑い声がした。それ自体は良いことだが、気配の喜びと笑い声の度合いが尋常ではなかった。
「ルルク? ベルニュッケ?」
「トゥイ?」
鍵の開いていた4号室の戸を開けると甘ったるい香りがして、浮遊して時折分裂する呪い菓子の、増える綿菓子、が部屋中を満たしていた!
それを、ソファやベッドに寝転がった風呂上がりらしくさっぱり顔でそれぞれ寝巻きを着たルルクとベルニュッケが、詰まんで噛りつつ何やら瓶飲料を飲み、赤ら顔で爆笑しているっ。
「っ!!」
私は目が三角になるのが自分でわかった。操作術でルルクから瓶を取り上げる! 果汁と酒とよくわからない臭いがするっ。
「ああっ、もう! 師匠っ。取らないで下さいよぉ。でもお帰りなさ~いっ! 時計買いましたよぉ??」
「わたくしのおかげでっ、安く、良い物が買えましたよぉ? エヘっ、お金、余ったし、呪い菓子屋で増える綿菓子と爆笑果汁を買ったんですが、爆笑果汁は発酵してたみたいで効果倍増っ!! エヘヘっ!! 所作が効きましたねっ、ルルク!」
「あははっ、ホントに所作がっ! あはははっ!!!」
2人して腰に手を当て、増え続ける綿菓子まみれの部屋で笑い転げている。
「・・ルルク、水を飲んできなさい。酔いが覚めたらお説教をする」
「え~っ?? あたし、後で怒られちゃいますっ! あははっ」
「なんと無慈悲なっ! エヘヘヘっ」
「トゥ~イ??」
「・・・」
ベルニュッケは年相応に大人になっているだろう、というのは私の希望的観測だった。
夜、爆笑果汁の反動で深く眠ってしまった2人に毛布を掛けてやった。ルルクはリラと眠っている。
増える綿菓子とそのベタつきは私が操作術等を使って全て綺麗に片付けた。
件の懐中時計は星の装飾の素朴で頑丈そうな時計だった。この点に関してはベルニュッケはいい仕事をしていた。
私の時計もベルニュッケが選んでくれた物だ。
蓋裏にはルルクの名の頭文字と、路に迷わぬように アイシアより と刻まれていた。
「また勝手に」
私は苦笑して、ミミズクの装飾の自分の懐中時計を取り出す。
蓋裏には私の名の頭文字と、同じ言葉と師の名が刻まれていた。