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猪とベルニュッケ

月下の森で、残る猪の夜魔は1体だけだ。夜魔は前肢で土を掻いて、フゴフゴと息を吐きながら光る短剣を構えたルルクと対峙している。

既にリラが一撃炎を入れ、私が牙の大半を砕いていたのでルルクでも十分勝てるはずだ。


「ルルク! 相手の特性に合わせ、落ち着いて対応するんだ。障壁(しょうへき)術は的が大きくなりこちらも手出しし難くなる。多用は禁物だっ」


「わかりましたぁっ! ふぁああっ、来いよぉっ!!!」


興奮してる。わかってるかな?

我々はモノガリ郷のあった草原を抜け、北のエイバ郷にもっとも近い森の中の祓い所に馬と驢馬を繋ぎ、近辺で目撃情報があった猪の夜魔の退治に来ていた。

出没地が街道にもエイバ郷にも近過ぎる上に被害続いていたので、香を焚いてやり過ごすというワケにもゆかなかった。

予定より早めに祓い所に着いたので、明るい内に短剣、格闘の技、操作術、点火術、障壁術の復習をルルクに行わせてもいた。その確認の意味もあった。


「フゴォッ!!」


ルルクの点火術で怯まなかった猪の夜魔は両前肢で地面を強く踏み、土を隆起させてルルクを宙に跳ね上げた。


「わぁっ?!」


操作術でどうにか体勢を建て直そうと足掻くルルク。

位置が低く、隆起した地面を駆け上がってきた猪の夜魔はルルクに体当たりを仕掛けてきた。


「っ!」


ルルクは咄嗟に障壁術で円形のマナの盾を発生させて受けの構えを取った。悪手とまでは言わないが、後先考えていないなら良いことにはならない。


「フゴっ!!」


猪の夜魔に障壁術を砕かれ後方に吹っ飛ばされるルルク。


「あうっっ」


木の幹に激突して昏倒してしまった。この程度で首が折れたりせず、気絶しても短剣を手離していないのは良しとしよう・・。


「リラ」


「トゥイっ」


追い打ちに掛かった猪の夜魔にリラは浄めの火を放ち、青く燃えて苦しんだところを突進した私が光り剣で両断して消滅させた。

簡単に手当てをしてから森の祓い所に連れて戻り、生命薬の液体を操作術で取り出し、これを対価に治癒(ちゆ)術の光を発生させてルルクの治療をした。


「うっ・・けほっけほっ!」


ルルクは目覚めた。


「これは治癒術だ。生命薬を使えば薬が上手く使えない状態の者にも治療を施せる。ただし、治療する側のマナを消費する。効率もよくない。場合によってはジリ貧になるから気を付けるんだ」


「・・はい。障壁術、上手くゆかなくてすいません」


「夜魔の特性を踏まえて戦うんだ。鹿の夜魔は怒りを表し、雷の異能を使い、力を得ると特に強壮になる傾向がある。鼠の夜魔は貧窮を表し、毒、病、不衛生、集合の複合的な異能を使い、眷属を使役する。猪の夜魔は頑迷を表し、土の異能を使い、直線的な機動性が高い。相手と、状況、よく見るんだ。吹っ飛ばされても後ろの木に激突しなければ勝てないではなかった」


「はい・・注意します」


「・・・」


ヘコんだな。これ以上言ってもさらに落ち込むだけだ。効果無し。


「暫く寝て、起きれるようになったら自分で生命薬を適量飲むこと。防具の補修はしておこう」


「すいません。鼠は倒せたし、やれると思ったんですけど、すいません・・ううっ」


背を向けて泣き出してしまった。ここで下手に毛布を掛けてやったりすると、甘やかされたと癇癪を起こすので余計な真似はしない。

炉の薪を調整し、リラに一種に寝てやるよう促し、私は傷んだルルクの防具の補修に取り掛かった。

トイレの脇に1体だけ置かれた管理の土の傀儡人形には苔が生えていて、殆んど動かず、壊れているのか怪しむくらい。

ルルクの悔し泣きと、驢馬が思い出したように、桶に汲んで置いた水を飲む音と、薪の爆ぜる音だけが長々としていた。

手も足も出ない夜はあるものだ。



・・翌日着いた森のエイバ郷は人口500人程度。規模が小さく、草原よりも資材が手に入り易く、気候の影響も草原よりかは受け難いので比較的安定していた。

ここは距離のあるフェザーフット族の郷の影響は少なく、見掛ける亜人族はフェザーフット族より頭1つか2つは背が高く、体格のしっかりしたドワーフ族達だった。

ここでは郷内での夜魔狩りの必要等が無く、郷近くの猪の夜魔の退治も済んだ為、穏健だった里長には話が通し易く、10日間、詮索無く郷内の月桂樹の祓い所に滞在できそうだった。

10日もあれば夜魔祓いの訓練だけでなく、教養もかなり身に付くだろう。

当面の旅費に困ってはいないが、ルルクが1人稽古している間に売却できそうな素材集めを森の中でできそうでもあった。


「刻印が違いますね。亀じゃない、鷲?」


月桂樹の祓い所の入り口の刻印は蛇を捕らえる隼だった。


「隼だ。ここの管理はスネークハント一派だ」


中に入ると、モノガリ郷のそれより2周りは小じんまりしていたが、作りはしっかりしていた。管理の傀儡人形は木製で、2体。

備品、菜園、雑木林は簡素だが過不足無く必要な物が揃っている。武闘派のスネークハントらしい無骨な仕様だ。

蝶の小屋で情報を確認したが、モノガリ郷と距離が近く、1日しか経っていないので情報に大した差はなかった。

ただ盗まれたらしい灰の王冠という(まじな)い道具を呪い師達が競って、この大陸の北部地域で探し回ってる様子がより強調されていた。

こういう功名が賭かっている風な案件にはあの女がしゃしゃり出て来易い。

やはり教養に加え、ルルクの実戦実用的な訓練を急ぐべきだろう。

悪い予感しかしない・・



エイバ郷の月桂樹の祓い所でルルクの訓練と訓練と学習を始めて3日目。ルルクにマナを吸収する刻印をした木の柱に電撃(でんげき)術と凍結(とうけつ)術を交互に撃たせていると、予期していた気配を上空に感じた。


「師匠?」


私が中庭のようになった祓い所の真上を睨んでいると、ルルクと、蝶の小屋の屋根にいたリラと、菜園や雑木林の手入れをしていた木の傀儡人形達も頭上を見た。

飛行する絨毯に乗った、痩せて長髪を奇妙な具合に三つ編みして顔色の悪いソバカス顔の女の呪い師が、降下してきた。


「なんという野卑な祓い所でしょう! ここは一般の人どもが使う祓い所ではなく、夜魔祓い達が使い、マナに選ばれし我々呪い師が管理する月桂樹の祓い所ですよねっ? ハッ! これだからスネークハント一派はっ、年中攻撃の呪いばかりブッ放しているから、丁寧な仕事という物がわからないのでしょうねぇっ! ホホホッ」


開口一番これだ。


「・・何をしに来た? ベルニュッケ。帰れ」


「帰れ? 理由を聞いたのに帰れとは文の繋がりがオカシイでしょう」


「悪い、本心が先に口に出た」


「ぬっ・・ま、いいでしょう。銀貨3枚のアイシア・マハ。この苔亀のベルニュッケ! が、良い仕事を持ってきましたよ?」


「断る」


「とうとう弟子を取ったそうですねぇ? 色々入り用でしょう?」


「断る。帰れ」


「実は灰の王冠という物を北部で探しておりましてね? 噂は聞いているでしょう?」


「探さない。帰れ」


「この灰の王冠には恐るべき」


「興味は無い。お前を信用してない。帰れ」


「いや、でもっ」


「帰れ」


「ちょっ、話を」


「帰れベルニュッケ。もう来なくていい。イライラする」


「なんだよぉーっ?!!」


絨毯の上から飛び掛かってきた。ええいっ、


「アイシア! 貴女が子供の時に3回っ、大人になってからは4回は命を助けましたよぉっ?!」


「恩着せがましいヤツっ! 私は30数回はお前に利用されたっ。ロクな目に遭ってないっ! 内、お前のせいで9回死にかけたっ!! 計算が合わないぞっ」


「貴女の戦績はわたくしのおかげといっても過言ではありませんっっ」


「過言だっ! リラっ、この魔女を燃やせっ! 邪心しかないっっ」


「トゥイ?」


「師匠・・・お友達ですか?」


「違うっ!!!」


この点に関しては意見が一致し、ベルニュッケと声が揃ってしまった。

不快だっ。

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