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蝶と亀

モノガリ郷の里長への報告を済ませた私とルルクは、明日の出発に備える為に月桂樹の祓い所に戻ってきた。


「なんで夜魔をやっつけてあげたのにブチブチ嫌味を言われなきゃなんないんですかっ、もう!」


ルルクはだいぶ頭にきていた。まず鼠の夜魔擬きの退治で疲れているから眠い、というのもあるんだろう。


「礼金はもらえた。タダ働きの多い仕事だ。景気は良くなったぞ?」


「・・それはそうですけど」


不満顔だ。


「それより自力で夜魔を倒して君に、この祓い所で見せておくべきことがある。リラも出そう」


私は指輪からリラを出してやった。跳ねて喜ぶ。


「なんですか?」


「こっちだ」


私は、この祓い所の小屋の中で唯一、近付かないように言っておいた蝶の装飾の小屋へルルクを案内した。

小屋の低い位置に(ひさし)の付いた小窓がある以外は扉は無い。


「この小屋、中に小さな生き物? のようなマナをたくさん感じるのですが」


「光を宿した短剣を小屋にかざしてみるといい」


「? ・・はい。月よっ」


ルルクが鞘から抜いてかざした短剣に光を宿すと、


「っわ?!」


小屋の壁から屋根付きの通路が迫り出してきた。通路の先に小屋の入り口があり、入り口近くには壁も出現していた。


「これは蝶の小屋だ。夜魔祓いはここで情報を交換する。ついてきなさい」


「はい・・」


私はルルクとリラを連れ、蝶の小屋に入った。


「ふぁーっ??!!!」


小屋の中はほのかに光る蝶で一杯だった。


「この蝶達は月の蝶(つきのちょう)という。夜魔祓いは蝶送(ちょうおく)りの術で様々な言葉や画、音、時に動く画や、五感の感覚さえ、月の蝶に託して飛ばすことができる。1つ触れてみるといい」


ルルクは恐る恐る月の蝶の1つに触れた。

触れられた月の蝶は光を強めた。


「っ! 森の郷ですか?? これは・・郷の近況ですねっ。でも季節が・・あ、3ヶ月前の便りです! 凄いっ」


「うん。月の蝶はマナが尽きるまでいつまでも、場合によっては100年以上、蝶の小屋で留まり続け、便りを伝え続ける。ただし、これらは日の光に弱くてな。夜か、日が雲に隠れた時しか外を飛び回れない」


「へぇ・・でも、蝶はそんなに速く飛べないんじゃないですか?」


「飛べるさ。これはとても古い(まじな)いなんだ。世界には見えない月の蝶達の道があって、そこを通ることで瞬く間に海を越えた別の大陸まで飛ぶことさえできるんだ」


「蝶の道! 凄いっ、ホントに凄い!」


ルルクは興奮した。


「今夜、モノガリ郷の夜魔退治の顛末と、君を弟子にしたことを蝶送りの術で近隣や大陸の要所、私と縁のある場所の蝶の小屋に向けて放つ。それもよく見ておくといい」


「はいっ! 私もその術覚えたいですっ」


「その内な」


難度は高いがいつか覚えるだろう。私の師の蝶が世界各所でまだあり続けるように、君も多くの便りをこの世に残すに違いない。

私の蝶もそうなんだろうな。



夜、私は月桂樹の祓い所で光を宿した剣を構えた。蝶を飛ばす前からルルクははしゃぎ、それにリラも興奮し、土の傀儡人形達まで何事かと様子を見に来ていた。

生命薬を1瓶、光の剣に振り掛け、対価にする。

強い発光、数百の蝶が発生した。目的地にたどり着くのは5割程度だ。多めでいい。


「ゆけっ!」


私は剣を振るい、光り輝く蝶を夜空に放った。



ノウオシア大陸の秘境に山のごとき亀っ、上位幻獣マウントタートルのテリトリーがあります!

そしてこの亀の背に聳え立つっ、栄光なる千年王国足る偉大な知恵の中枢と確定された城、こそが我らクラウンタートル閥の(まじな)い師の拠点なのですっ!


「ふふふっ、ついにわたくしの時代が来ましたねっ!」


わたくしっ、ベルニュッケは我らが、栄光なる千年王国足る偉大な知恵の中枢と確定された城、の波打つ回廊を小躍りしたい気持ちで波に流され、グランドマスターの間に向かっていました。

と、回廊の向こうから来た同じ4位の呪い師ゼブオンと擦れ違いになりました。


「ベルニュッケ! このゼブオンが先に引き受けたっ。ウスノロなお前は4位のまま、私の助手として午後3時にブリオッシュを温め直す仕事をくれてやろうっ」


「ゼブオンっ、拙速とはお前のことですっ! このベルニュッケにブリオッシュを給仕するのはお前の勤めになりますよっ?」


「夜魔に生きたまま喰われて泣いて親の名を呼んで、死ねっ!」


「お前がですねっ!!」


「黙れガリガリっ!」


「ぬっ?! オカッパぽっちゃりっ!!」


「ゴボウ女っ! 三つ編みカカシっ! ソバカス爆弾っ!」


「ぬぅぅっ??」


なんという悪口の語彙っ! ゼブオンの凶悪さに仰け反りながら、わたくしはグランドマスターの間に着きました。

クラウンタートルの玉座に座ってらっしゃるグランドマスターの髭の長いことっ! まさに白銀の滝と例えましょうかっ。


苔亀(こけがめ)のベルニュッケよ」


「はっ、只今参りましたっ」


わたくしは畏まりました。


「知っているだろうが、灰の王冠(はいのおうかん)が何者かによって禁忌の墳墓から盗まれた。追跡の刻印によればゾガ大陸北部にあるはずだ。力を解放する前に、5位以下の同門呪い師や夜魔祓い達と協力し、他の閥に先んじてこれを奪還してみせよ。見事成し遂げたあかつきには、お前を3位の呪い師として引き立てよう」


「ははっ、謹んで引き受け致しまするっ!」


この数十年っ、階位引き上げの機会すらなかった! 来たっ。どこのバカか知らないがよくやってくれました! おそらく人どもや力と運の足りない者達がそれなりに犠牲になるでしょうがっ、全く問題ありません! わたくしが総取りで、この件を片してみせますっ。


「・・して、当てはあるのか? お前のグループは研究員ばかりでは?」


「ございますっ! 1人、お人好しの夜魔祓いを知っておりますっ。単純なヤツですので、上手く言えばホイホイ手伝うことでしょう!」


多少融通が利かないところはありすが、他の殺し屋じみたヤツらと比べればマシです。そもそも話の通る夜魔祓いは争奪戦っ!

わたくしはヤツとの専制交渉権を呪い師間で得る為に、ヤツが使い物にならない見習いの子供頃から間を取ってきてやりましたからねっ。このコネを今使わずしていつ使うのかっ?! ふっふっふっ。


「・・ベルニュッケ。お前は4位の呪い師の中では技量も知識もある方だが、浮かれポンチなところがある。せいぜい気を付けることだ」


「ぐっ?!」


浮かれポンチっ???


「・・御指摘ごもっとも! 浮かれポンチにして苔亀のっ、ベルニュッケっ! しかと奪還してみせますっ」


「最悪、他の思惑の知れない閥に先を越されるようなら灰の王冠自体破壊してしまえ。あんな危険な物を後生大事にしまっておくから面倒なことになるっ。状況によってそれはそれで評価する」


「実に合理的っ! 破壊も視野に、迅速、適切、的確にっ、処理致します!」


「うむ・・では、転送門(てんそうもん)が混んでおるからノビマヒウ山脈への転送門の使用を許可する」


「・・っ?!」


ノビマヒウ山脈はゾガ大陸の南部っ! 北部とは真逆ぅっっ。


「ははっ、転送門使用許可っ、ありがたき幸せっ! いかなる末端であろうともっ、このベルニュッケ! 事態の中枢にっ、即応してみせまするっ!!」


「ああ、わかった。早よ行け」


「はっ、失礼いたしまするっ!」


わたくしは波打つ床に乗って退室した。


「・・・ぐぉおおおっ?! 買収っ! 北部に近い転送門の使用件を他のグループから買収するより他無しですぅううっ!!」


ここが勝負所っ、わたくしは資産の3割を上限に出世に関心の薄いポンコツなグループの買収に乗り出すことにしました! 一刻も速くっ、あの銀貨3枚の女の元にたどり着かなくてはっっ。



私は草原の中、魔除けの香を焚き、馬を進めながら不意に寒気を感じた。


「?!」


「どうしました師匠?」


ルルクは驢馬に乗ってついてきていた。早朝に北のエイバ郷を目指し、モノガリ郷を出て随分経っていた。


「いやっ、酷く我欲にまみれた知り合いの押し付けがましい気配を感じただけだ」


「なんですかそれ?」


「夜魔より厄介なヤツだ。この辺りはクラウンタートルの設備が多い、近々現れそうだな・・」


「?」


ルルクの育成、教養は少し後回しにして実戦訓練を増やした方がいいかもしれない。ヤツが、面倒以外の話を持ってきた試しがないっ。

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