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洞穴

ルルクの夜魔祓いの基礎稽古を始めて5日が経った。最低限度、身を守る術は教えられた。

座学は行商の手伝いをしていたルルクは元々簡単な読み書きと算術は身に付けていたので、少し補完すれば教会学校の初等部の3年、読み書きと算術に関しては4年くらいの知識は確認できた。

あとは旅をしながらでも教えられる。

1人稽古がしっかりできるのは適性だ。辛いことから気を逸らす口実としてちょうどよかったのかもしれないが・・。

そして、モノガリ郷の里長は私が里に入ってから時折郷内で見掛ける以外動向が知れないことを気にしだしているようだ。

私が月桂樹の祓い所から離れて出歩きだすのを自警団が見ると、後を付けさせるようになってきていた。

本来ならば数日の滞在で、宿にも泊まる予定であったから齟齬が出てきている。

そろそろ限界だろう。ルルクにこれ以上の指導をするか否か? 試しをする意味でも、本来の使命に戻らねばならなかった。

この5日で、既に調べはついていた。


「ちょっと! 待って下さいっ、師匠っ!」


早朝、私は私が基礎訓練をしていた頃の物の丈を直した装備を身に付けさせたルルクを連れて、モノガリ郷の簡素な家々の屋根の上を駆けていた。

この時間帯から動いてる自警団は城壁や農場の警備をしている者達だけだが、人目は避ける。なるべく直線で手早く移動する意味もあった。


「待たない」


「もうっ、なんか日に日に取り付く島が無くなってる気がします!」


「ついて来れないなら破門する。(まじな)い道具屋で奉公するといい」


「すぐそれも言うっ!」


「・・・」


この5日で学習した。ルルクは話に応えると、どんどん話し掛けてくる。私はそれ以上取り合わず、先を急いだ。


「師匠~っ」


泣き言を言いながらも、ルルクは付いてきた。



私とルルクは郷の中に突然出現する、ロクに整地もされていない、荒れて湿った草だらけの土地に来ていた。

荒れ地を囲んでクラウンタートルの刻印の小さな魔除けと人避けと虫祓い蛇祓いの石柱が置かれている。

石柱の仕様は手堅い物だった。だが、地元の呪い道具屋を含め、現地民との情報の共有はほぼ無かった。

ここは単に、忌み地(いみち)として避けられているだけだ。

クラウンタートル一派は丁寧な仕事をするがマナの弱い人々を軽んじる傾向がある。


「この先の窪地! 凄い負のマナを感じますっ。こんな郷の中に、ホントに夜魔がいるんですね・・」


「居住地の規模が大きくなると、余程慎重に居住地内にも魔除けを設置しないと、必ずマナの淀みができる。ここは資金が足りないのと、長く野外以外で夜魔の被害に遭っていない。対応が甘くなっている」


私が言いながら防毒マスクとゴーグルを付けると、ルルクも慌てて自分の小さなウワバミのポーチから操作術でマスクとゴーグルを取り出したが、慌てて関係無い道具まで引っ張り出してしまい、結局で手で掴んでポーチに戻していた。


「夜魔というより夜魔(もど)きだ。私が弱らせるから君が倒してみろ」


「うっ、・・はい! やりますっ。でも、里長の人とかに報せなくていいんですか? なんか、ピリピリしてるみたいだし・・」


「モノガリの里長の一族は野党を退治して今の地位になっいて、剣呑な所がある。報せれば特に親族の自警団を手伝いの寄越すだろう。ここの夜魔は毒と病の性質を感じる。始末に負えない」


「はぁ・・」


困惑しているルルク。少し前までは大きな郷の里長等、まともに口も聞けなかったから、立場の置き所がよくわからなくなっているのだろう。


「安心しろ。君が1人稽古している間に里長の一族の中で話のわかりそうな者や、教会、呪い道具屋の者を数名だが話を付けておいた。夜魔を倒せば後始末に支障は無い」


「私が1人稽古している間にそんなことしてたんですかっ?」


ゴーグル越しに目を丸くするルルク。私はゴーグルとマスクの付け方が緩いので直してやりながら、


「私は教師でも、コーンスープを作る係の人間でもない」


そう明言しておいた。



窪地にはうっすら不衛生な水が張っていて、ルルクはおっかなびっくりであった。

我々は精油を使った虫除けしっかり振り、私は背の長剣を、ルルクは短剣を抜いてから、窪地の奥まった位置にある洞穴に入った。


「リラ」


「トゥーイっ」


不衛生な洞穴の泥濘を嫌がるだろうリラを肩に乗せる形で呼び出し、尾の青い炎を灯させた。

私も、訓練させたルルクも、夜目は利くが、やはり火が灯ると視界がいい。


「マスクをしていても臭い。酷い臭いですね」


「そういうモノだ」


「・・はい」


しばらく進むと気配を感じた。ドドドドッ、と掛ける音と揺れ。洞穴に反響する耳障りな多数の鳴き声。


「眷属が来る。少しは自分で!」


「はいぃっっ」


波打つように、洞穴の床と壁を数百の歪に変質したドブネズミの大群が掛けてきた。


「月よ」


「月よぉっ!」


「トゥイっ!!」


私の光を宿した剣とリラの青い炎が大半を消し飛ばし、残りをルルクが夢中で光る短剣で打ち払ってゆく。


「うわぁっ! うわぁっっ! コイツっ、このぉっ」


倒せてはいたが、子供の喧嘩のようではあった。


「・・まぁ、いい。残るは親玉だけだ」


先へ進むと、ソレはいた。そこは湿って黴て、朽ち掛けた書斎だった。

人と鼠の中間のような者が読書をしていた。書斎には獣や蛇や人の骨も少なからずあった。


「鼠の夜魔、ですか?」


「いや不完全だ。人の死霊に寄生して、どうにか形を保っている。知性はあるから注意しろ」


「知性っ!」


私の言葉に反応し、鼠の夜魔擬きは読んでいた腐った本を閉じ、その本は崩れ落ちた。


「そう俺は知性を求めていたっ、郷の連中は役立たず、呑んだくれ、ついには物乞いと俺を蔑んだがっ! 俺は本当に知恵を求めていた。世界は俺にその機会を許さなかったがっ」


「・・そうか、お前が喰った物もそうだったかもな!」


知恵ある夜魔の言葉は虚しい。私は即座に鼠の夜魔擬きの両腕を光の剣で斬り落とした。


「がぁああっ?! 俺が死んでも学ばせないのかよっ??」


腕を失った夜魔擬きは毒液の玉を口から吐いたが、


「トゥイっ!」


リラが尾の炎で消し飛ばし、合わせて夜魔擬きと朽ちた書斎も炎を払った。

トーチテイルの浄めの火は穢れた物のみ焼く。

仰け反り、聞き取れない恨み言を喚く夜魔擬き。


「ルルクっ!」


ルルクは言葉を話し、人に近い姿の夜魔擬きに足がすくんでいた。ダメか。


「・・・あたしは」


握った短剣の光が増した。


「守られなかった人達を知ってる! わぁーっ!!!」


突進し、焼かれながら苦し紛れな放ってきた毒玉を不潔な泥濘まみれになりながら転がって避け、懐に飛び来んたルルクは夜魔擬きの胸に光る短剣を突き刺した。


「月よっ!」


光が増すっ。


「お前っ、いい知恵を教えてやる! 何か1つでも希望があると思ってんだろっ?! それは偽物だっ。お前が見付けたのは、絶望が形を変えた物だぜっ?! ギャハハハッッッ!!!! おぅぅばぁああっ??!!!」


夜魔擬きは砕け散って消滅した。


「・・話す夜魔は、人より高等であると装う物だ」


肩に手を置くと、ルルクはそっと手を払ってきた。


「もっと厳しくして下さい。私は生き残ったからっ、もっと強くなって! 守らないとっ」


・・そうか、そんなつもりか。


「トゥイ」


リラが浄めの炎でルルクの汚泥を浄化してやった。


「わかった。では身支度を整えたら不審がっている里長への報告へも同行してもらう。夜魔祓いの重要な仕事だ」


「ええ~・・そういうのは、あんまり・・」


ルルクは露骨にげんなりするのだった。

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