コーンスープ
夜明けになると、いつもより長く深く眠っていたことに戸惑いながら私は仮眠から目覚めた。
近くでルルクとリラがまだ眠っているのを確認する。
師は、弟子を取ると弱くなる。と言っていた。
「・・なるほど」
私は昨日の内に淹れ直しておいた革袋のハーブ水を飲み、通常なら乾パン等を軽く齧ってそれで済ますが、しっかりとした朝食の準備をすることにした。
私は、操作術でウワバミのポーチから用意した物を含め、使えそうな食材を東屋の床に並べて眺めた。
「・・・」
やや過剰に、食材が並んでいる。
しっかりとした朝食。昨日の今日だ。ルルクはあまり肉は食べないだろう。
モノガリ郷の月桂樹の祓い所の食糧庫はそれなりに充実していた。
菜園の質も良く、雑木林でも食材は得られた。クラウンタートル一派らしい、周密さだ。
呪い師の閥のクセに接客業者のように振る舞う所はやや鼻につくが、今は感謝すべきだろう。
「昨日買ったミルクは今日、使うべきだな。あとは干しコーン、玉葱・・」
調理の発想が乏しい。結局、普段からミルクが手に入ると、たまに作らないではないコーンスープにすることにした。ただ、肉は出汁を取る程度だ。
コクは乾燥チーズと干し茸で足せるだろう。胃が驚くとよくない。塩気は浅く、今日1日は傷まないようにローリエとターメリックは多めにしよう。
月桂樹は御馳走の匂いとも言っていた。クドくない程度に多めにしよう。
あとは、柔らかいパンも買ってある。陸稲粉が少し入っているようだが、炙ろう。ハーブバターやメープルシロップもある。
「あっ」
フルーツの蜂蜜ジャムを買うつもりが、買っていなかった。そのような習慣が無かったから、いつの間にか、意識に無かった。
「失態だ・・」
立ち直るのに数分掛かったが、私は調理に取り掛かった。
炉に組んだコンロ台の上でコーンスープを煮ていると、ルルクが目覚めた。
リラはとっくに起きてハーブの乾パンや干し葡萄などを食べ終え、菜園の手入れをする土の傀儡人形の肩に登ったりしていた。
「・・いい匂い。おはようございます。師匠」
「向こうのトイレの小屋に手洗い場がある。傀儡人形がタンクに水も入れている。口と顔を洗ってくるいといい、手拭いや道具はそこに置いてある」
枕元に置いていた。
「おっ、はい。これは・・歯磨き粉と石鹸ですね! 集落では塩と笹の水を使っていましたっ」
「・・うん」
それも悪くはない。塩は歯茎に良い。
「石鹸で髪も洗っていいですかっ?!」
「いや、後で湯桶にお湯を入れてやるから、その時洗うといい、馬油もある」
「湯浴みだっ! やったーっ!! お祭り以外でっ、あたし初めてっ! 顔洗ってきますっ」
ルルクは飛び起きて駆けていった。
「元気そうだな」
湯はたくさん沸かしてやろう。月桂樹は湯に入れてもいい。
ルルクが戻ってくると食事になった。ルルクは夢中で食事を食べ、噎せた。
「ごほっ、ごほっ」
「落ち着いて食べたらいい、今日1日分ある。誰も盗らない」
私も塩気と肉気を控えたコーンスープを食べ、炉で炙ったパンにメープルシロップを掛けて食べた。甘い。
普段、メープルシロップは疲労や心労を感じた時に酒に混ぜて飲んでいて、それだけの物だったが、全く別の物になっていた。
「こんな具がちゃんとあってっ! 味がするスープっ! パンも柔らかくてっ、バターもメープルシロップも付けてっっ、私ばっかりっっ・・ううっ、美味しいなぁ、美味しいなぁ・・うううっっ」
ルルクは泣きながら夢中で食べていた。
食事が済むとルルクは腹を抱えて仰向けになってしまっていたが、確認しなくてはならない。
「ルルク。確認する、本当に夜魔祓いの弟子になるのか? 他に生きる道はある。夜魔達は日が木に当たり影を作るように現れるモノで、報復のつもりなら虚しい。お前が望むなら、簡単な読み書きや算術等を教え、この郷で奉公先を探してやろう。マナを持つ者が皆、夜魔祓いや呪い師になるわけではない。むしろ多くは、災いから遠く、平穏の中で生涯を終える。自分の不幸に、特別な意味を求め過ぎるべきではない」
ルルクは重そうに身体を起こして私を見た。
傀儡人形に飽きて駆けてきたリラが当然の権利、という顔で座ったルルクかの脚の上に丸まった。
「弟子にして下さい。特別とか、わからないです。恐ろしい気持ちと戦いたい気持ちもありますが・・アイシア師匠についてゆきたいんですっ!」
やはり、気持ちは変わらないか。
「わかった。では今日から君を私の弟子として稽古を付ける。だが、途中で気が変わったらいつでも言うといい。基礎くらいで辞めて、呪い道具屋等に奉公することもできる」
「大丈夫です!!」
大した自信だ。最初はまぁ、そんな物だったな・・
「・・稽古の前に、腹ごなしを兼ねて少し身の上話を聞こう。話すといい。豆茶もある」
私は煎り豆茶に黒糖を一欠片入れて出してやり、30分程話を聞くつもりが、ルルクの身の上話は思いの外長く3時間あまり話を聞くことになった。
人と長く話すことがほぼ無い私は戦々恐々とするしかなかった。
ルルクの話をどうにか途中で遮り、稽古を始めることになった。
足元に線を引いた小石の山の脇にルルクを立たせた。前方に背の低い庭石、中程の庭石、高い庭石を設置してある。
リラはいつの間にか東屋の屋根に登って風の匂いを嗅いでいた。
「まずはマナの扱いの基本になる操作術を覚えてもらう。当面は一般教養等の座学は昼寝の後から行う。ともかく、マナだけで小石を持ち上げ、線の先の3つの庭石に順にぶつけることを繰り返すんだ。疲れたら生命薬を少しずつ飲むといい。時間は、2時間だな」
私はウワバミのポーチから操作術で懐中時計を取り出して蓋を開け、言ったのだが、
「わぁーっ? 懐中時計ですねっ?! 見せて下さいっ。凄い! 分解してもいいですかっ?」
ルルクが懐中時計に関心を持ってしまった。腕に飛び付いてきた。
「待つんだ。後だっ。後でも分解はさせない。戻るんだ。定位置に、定位置に戻りなさい!」
「・・はい」
ルルクは線の所までなんとか戻った。想定と違う反応が多いな。夜魔の方がまだわかり易い。
「鹿の夜魔との戦いで、ルルク。君はマナの力に既に目覚めている。ゆっくりと想像するんだ。最初は目を閉じるといい。小石の1つをマナで、包んで、掛けて、吊り上げる」
ルルクは目を閉じて右手を掲げ、小石に集中しだした。
「・・包んで、掛けて」
小石の1つがカタカタと揺れだす。
「吊り上げる」
小石が浮かんだ。ここで目を開け、ルルクは驚いた。
「石が! 師匠っ」
「落ち着くんだ。その石を庭石に当てる。途中までは縄の先に石が付いてる気で」
「はい、縄の先の石・・えいっ」
石は真ん中の中程の庭石に命中した。
「当たりましたっ! やったーっ!!」
跳び跳ねて喜ぶルルク。
「筋はいい。だが、操作術はあくまで補助の為の力だ。強壮な夜魔相手に、直接使ってもほぼ効果は無い。だが」
私は操作術でウワバミのポーチから霊木の灰の小袋を取り出し、宙に浮かせたまま口を結んだ紐を解き、そのまま操作術で庭石の1つに投げ付けた。
庭石は灰で真っ白になった。
「このように、自在に扱うことができる。手で投げた後、精度を高めたり、落ちた物を拾ったりもできる。様々に応用可能だ。悪用することは許されないが、扱い方を覚え、生き残ることに生かすんだ、ルルク」
「はいっ、師匠っ! 練習します!!」
ルルクは夢中で操作術で3つの庭石に操作術で小石を投げ始めた。
うん、本当に筋がいい。接し方に戸惑うが、私も落ち着いて指導してゆこう。