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月桂樹

午後、ようやく丘陵の先に郷が見える所まで来た。

フェザーフット族の郷や、他の夜魔祓いからの話によれば人口は800人程度。この辺りの郷では大きな方だ。

簡素な土壁に囲まれ、一定間隔で魔除けの石柱も立っていた。


「ルルク、モノガリ郷だ。顔はしっかり隠しておくといい。奴隷商とどのような契約がなされていたか詳細はわからない」


「・・はい」


マントに付いたフードと、マフラーで口元も隠したルルクが右手で私の左腕の裾を掴んでフラフラしながら応えた。

生命薬を少しずつ飲ませたから体力はむしろ回復しているはずで、右の頬の傷ももう塞がって稲妻のような痕を残すだけになっている。

だが、あれだけのことがあってから今まで数回の休憩だけで歩き続け、気力が持たないのだろう。

早く安定した場所で眠らせる必要があった。



丘陵を下ってゆくと、城門は開け放たれたいて、左右の簡素な矢倉には左手にのみ自警団の若者が手槍片手に退屈そうに見張っていた。

変化や憑依する夜魔対策の梟の形をした見定めの石像も脇に設置されていた。

我々が近付くとただの旅人には見えないであろう風体の私にギョッとした。


「なんだお前? (まじな)い師か? 傭兵か?」


「私は夜魔祓いだ。銀貨3枚のアイシアという。この者は弟子だが、まだ名を名乗る程ではない」


「おおっ? 夜魔祓いっ。わかった! そこの見定めの像に2人とも触れてから、郷に入ってくれっ。里長には報せるぞ?!」


「好きにしてくれ」


自警団の若者は私とルルクは見定めの像の頭に触れたのを確認すると、慌てて矢倉を降りだし、私達はモノガリの郷の城門を潜った。


「・・師匠、銀貨3枚って?」


「私も子供の頃、売られたんだ」


「そうですか・・あたしはたぶん銀貨1枚くらいだったろうから、師匠はいい値段だったんですね」


ぼんやりとしたままそんなことを言うルルク。


「人は、売り買いする物じゃない」


「・・はい」


もっともなことを言って、私はあんまりルルクがフラフラと歩くのでやむなく手を握ってやり、それなりに賑わう郷の大通りへと歩いていった。



人間族主体の郷だが、子供のように小柄なフェザーフット族や人間との混血らしい者もそれなりに見掛ける。

10日ぶりの人里をのんびり見て回りたいところだが、まずはルルクを休ませなくては。

宿は数件あるはずだが、安全と、実用と、2人分の代金を踏まえると私の選択は1つしかない。

ルルクの小さな手を引き通りを進んで、目印になる三日月のレリーフを見付けるとすぐに角を曲がる。進んだ先の三日月のレリーフを頼りに土壁の簡素な家屋の通りの角を曲がり続け、やがて人気の無い細道に入った。

ここでルルクが強く手を握ってきた。


「師匠、あたし、この先、進みたくない・・」


人払(ひとばら)いの術が掛かってるんだ。無用な者が来ないように」


私はルルクの手を引き、進んだ。月桂樹の匂いが強くなる。


「御馳走を作る時の匂い」


「御馳走か」


貧しい家の子の、馳走の記憶は大事な物だ。私にもあったはずだが私が月桂樹の香りで思い出すのは、もう使命の支度と休息だけだ。

・・いや、そうであっても、いつかの、師との日々の記憶に繋がってる気もしたが、眩しく、もったいなく、上手く想像するのは難しかった。


「ここだ」


三日月と、蝶と、骸骨を組み合わせた大きなレリーフの刻まれた壁の両脇に、淡く輝く月桂樹の古木が1本ずつ植えられていた。

よく見るとレリーフの端に甲羅に王冠を乗せた陸亀の刻印もあった。

管理はクラウンタートルの一派か。


「凄い木・・行き止まりですよ?」


私は少し笑ってルルクの手を離し、留め具を外して、背の長剣を抜いて切っ先をレリーフの壁に向けた。


「月よ」


唱えると、長剣は輝き、これに反応して、レリーフの壁は組み代わり、扉が出現した。


「ええーっ?!」


「ここは月桂樹の祓い所。普通の魔除けの祓い所と違い、我々だけの場所なんだ。行こう」


私が剣を鞘に戻しながら言い、扉に向かうと、ルルクは慌てて続いた。



中はそれなりの広さのある壁に囲まれた中庭で、東屋が1つと、いくつかの小屋、ポンプ付きの井戸、菜園、低木の雑木林があった。

小型の土の傀儡人形が数体、管理の為に働いていた。


「すごーいっ! あっ・・」


ルルクは益々興奮したが、具合が悪いのに頭に血が昇って、すぐに立ち眩みを起こしたので片手で小さな背を支えてやった。


「すいません・・」


「疲れているんだろう。ここは休める。生命薬を少し飲んで、まずは眠るんだ。起きたら詳しく話そう。君が眠ってる間、私は郷の様子や奴隷商の様子を確認し、売ってもよい遺品も処分してこよう」


「あたしは1人でここに残るんですか?」


「リラを置いてゆく。・・リラ!」


「トゥ~イっ!」


私は左手の指輪からリラを呼び出して。幻獣はマナの薄い場所で長く出すと負担になってしまうが、月桂樹の祓い所なら問題無い。

リラはすっかり懐いたルルクにすりよった。少しはルルク笑みが戻るようでもあった。



・・夕陽が差す頃、路地裏で昏倒させて縛り上げ、猿ぐつわをした奴隷商の男2人に気付け薬を嗅がせて目覚めさせた。


「っ?!」


私は奴隷商達の前に既に奪った随分都合良く文言を改竄していた複数枚の契約書を差し出してみせ、点火術(てんかじゅつ)で焼き払った。


「持っていた奴隷の契約書は全て処分した。これから」


私は腰の後ろの鞘の小剣を抜いた。奴隷商達は恐怖に震え上がった。


「月よ」


小剣に妖しい光を灯す。


「これからお前達に強く暗示術(あんじじゅつ)を掛ける。並みの人の脳では頭痛や記憶の薄弱等の後遺症が生涯残るだろう。だが、私はお前達を許さない。本来なら看過する人の世の業であっても、お前達は、私の範囲に現れた。私が、お前達を見逃す理由がなくなった」


私は歩み寄り妖しい光の剣を、失禁する奴隷商達に近付けた。



夜、カンテラの灯された強いい香りの月桂樹の祓い所に戻ると、土の傀儡人形達は炉に火を点した東屋に細長の敷物を二重に敷き、毛布と何かの布を丸めて結んだ枕をルルクに与えて眠らせていたようだ。

ルルクはリラずっと眠っていたようだが、リラは私が東屋に近付くとすぐに起きて私の元に駆けてきた。


「トゥ~イ」


「ただいま、リラ」


私はリラにハーブの乾パンを1つ投げてやり、ルルクの様子を見た。

右の頬に稲妻の形の傷が付いてはいても随分安らかな顔で眠っていた。これまで、清潔で厚い毛布で眠ることも無かったのかもしれない。


「・・あ」


ルルクが目覚めた。


「師匠、奴隷商、どうでした?」


「契約はなかった。親類の夫婦は当ても無く、ここに売りに来たんだろう。何も心配は無い。君は朝まで眠るといい、目覚めて気が変わっていなければ、夜魔祓いの稽古を始めよう」


「はい・・あたし、気は変わりません。おやすみなさい・・」


「おやすみ、ルルク」


私は毛布を整えてやった。

気が変わればいいと思った。

1度、心から決意した子供がそう変わらないことはよく知っていたが。

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