獣の姉妹
複数の夜魔を憑かせた鬼が大鎚を振るい、我ら獣人の兵が2名粉砕された。
怖じ気づく者も現れだしたが、ここで折れれば総崩れになる。
「回り込めっ! 呪い師どもはもっと援護しろっ。ハイナットゆくぞっ!」
「はいっ、姉さんっ!」
私と妹のハイナットはオズキモズ様から与えられた私は炎の戦斧、ハイニットは炎の細剣を手に穢されたオーガに突進した。
自分達に障壁術を掛けることに熱心な呪い師達の支援は申し訳程度だった。
あの女の手下等、こんなものだ。
「ゴォオオオォウッッ!!!」
吠えるオーガ。
本性のままに力において完全に優位な獣人族を頂点とする世界、獣の時代、を目指す我らではあったが、この呪い師どもが好む試練宮と知恵の試しは不可解というより他なかった。
なんの欲求や必然からこんな物を作るのか? 意味がまるでわからない。
灰の王冠も不要で危険だというならばさっさと破壊すればよい物をいつまでも取っておき、再利用の手順まで整えておく物好きさ。
呪い師どもは摂理を解き明かし、管理してみせることに酔っている。
オズキモズ様が言った通りだ。
「せぇあっ!!」
「やぁっ!」」
ラビリンスを守護する、穢れたオーガの両腕を切断し、私は腹にも一太刀浴びせ、焼き払ってやった。
「押し切れっ!」
あとは我らの物量で圧倒できた。
その先の最深部のリドルを解くことに呪い師どもが手間取って苛立たされたが、我らはたどり着き、台座の小箱に納められた秘宝、嘆きのトパーズ、を手に入れた。
「気味の悪い石だな。・・あと3つも揃えなくてはならないのか?」
呪い師達は失笑し、我らをまた苛立たせた。
「灰の王冠はかつて滅ぼされた者どもの怨念によって封じられている。その嘆きのトパーズ同様、怨念の籠った秘宝を全て揃えこれを滅しなくては王冠の復活はならない。我々の主に栄光の力を再びもたらさなくては」
この物言いに兵達が憤った。
「我らだけでも獣の時代を世に知らしめられるっ!」
「オズキモズ様こそが王だっ!」
「魔女の力等、卑しいっ」
あの女の呪い師達は益々嗤った。
「オズキモズの郎等はせいぜい数百人だったな? 工場の組合と間違えていないか? クククッ」
「お前達は度を超えた殺人者の集まりという以上の強みは無い」
「国が欲しいならどこかの無人島を開拓して、獣の島でも作ればどうだ? おっと、都会には動物園という先進的な前例があることも教えておいてやろう」
獣の兵達は一気に殺気立った。
「よせっ! 理想の為にはゲスどもの軽口にも耐えるんだっ。目的の物は手に入った。潜行の呪い道具が足りない以上、あの鏡の覗き魔に我らの動きは悟られているっ。早々にこの場を離脱するっ!!」
最初期にオズキモズ様やあの女に取り入った者達が後先を考えずに蓄えられた潜行の道具を大きく消費してしまった上に、秩序側の呪い師どもと夜魔祓い達が対応しだすと手に入れた道具を出し惜しみしだしている。
所詮、寄せ集めの戦力だ。儘ならないことは少なくなかった。
「ユルナット姉さん」
手早く引き上げをする中、ハイナットが側にきた。
「落ち着いてゆこう、姉さん。オズキモズ様は猫族の私達も幹部にしてくれた。私達はもう2度と同じ場所に戻らない。決意があるから、私達は負けないよ」
そうだ、私のたった1人の妹。私達は、2度と獣人娼館に、あのような無力な位置に、戻らない。
「・・そうだな」
私は気を引き締め、地下深い嘆きのトパーズのラビリンスから地上へと急いだ。
ラビリンスを出て、飛行船への乗り込みは想定より手間取った。脱出の際、途中で呪い師どもが自分達ばかり飛行術等で早々に出てしまった為だ。
我らは1度踏破したとはいえ術の支援や呪い道具が足りない中、行軍しなければならず、何組かの隊とはぐれてしまっていた。
薄々勘づいていたが、呪い師どもは機会があれば必ず我らの頭数を減らそうと画策する。
やはり、いずれは切らねばならないヤツらだ。何も信用できない。
「予定の時刻に間に合わない者達には物資のみ置いてゆく! 生きていれば決起に合流するっ、死ぬ者や、物資のみ掠め取る者はそこまでだ!!」
既に船に乗り込んだ呪い師どもは冷笑していたが、兵達は返って高揚していた。気持ちはわかる。ただやみくもに悪事を重ねていた堕ちた生命に、我らは初めて意味を与えられているのだ。
敗れ、死にゆくことすら甘美で、誘惑的だ。
・・予定の時刻になった。いくらか間に合わなかったが仕方無い。物資はもう置いた。嘆きのトパーズは奥の船室だ。さすがに今、あれを持ち逃げする利点は呪い師どもにも無いだろう。
「・・・」
一番近い、秩序の側の呪い師達の転送門は破壊しておいたが、油断はできない。
「出航するっ! マナ動力炉に火を灯せっ!! 呪い師どもは周囲に使い魔」
艦橋で言い終わらぬ内に、船体の左辺から爆発音と共に衝撃が伝わり、船体が大きく右に傾いた。
「敵襲っ!!」
「尾翼と左翼、左後部噴射口が破損っ!」
「ロックアクス閥か?! レッドブーツ閥かっ?!」
騒然となった。
「使い魔で状況を把握しろっ! 一度に全員は出すなよっ?! ハイナットっ、出るぞっ!!」
「うんっ!」
飛行船から飛び出し、燃える戦斧を手に蛇と蝙蝠の中間のような使い魔が飛び交う艦橋の上に乗ると、船の左辺の先の森から100体以上の戦闘型の傀儡人形が船へと殺到しだしていた。
その背後の飛行絨毯に乗るかなり若い呪い師の男女が見えた。
「ロックアクス閥のロロアとザィネっ!! いやっ、他にも数名協力者がいたはずっ」
私とハイナットがほんの一時、戸惑っていると、
「総員突撃ですぅっ!! 相手は人形ばかりっ、くっそ生意気なロックアクス閥に鉄槌をぅっ!!!」
拡声術でやや間の抜けたクセの強い女の声が響き、兵達は沸き立ち、船の大砲と呪い師達の援護を受けながら獣の兵達は一斉に、人形群とロックアクス閥の呪い師達へと出撃を始めた。
「おいっ?! 纏めて出過ぎだっ! くそっ」
「姉さんっ、私はトパーズを!」
「頼むっ!」
ハイナットが身を翻し船内に向かおうとしたその時、
「っ!」
ハイナットに迫る気配を感じ、私は燃える戦斧を構え振り返った。
同時にハイナットすぐ左脇の辺りに突撃発光する長剣を手に軽量鎧を着た女が姿を表し、岩を砕くような勢いで柄頭をハイナットの脇腹の鎧の継ぎ目に打ち込み、
「にゃうっ?!」
下方の甲板まで吹っ飛ばし昏倒させた。
丁度その近く長剣の女と同じく姿を消して忍び込んでいたらしい鍋のような兜を被った女の子供とトーチテイルが仰天させた。
「師匠っ! 狙い打ちですかっ?!」
「トゥイっ!」
「間が悪い! さっさと嘆きのトパーズを回収してくるんだっ」
「はいっ」
子供とトーチテイルは再び姿を消し、近くの船室の戸が開いてすぐ閉じた。
「初対面だが、妹が世話になったな」
「姉妹で悪事を働くものではない」
「悪事、なっ!」
私は炎の戦斧で軽く斬り付けた。案の定、迅速な反応をしてきたが、斧の炎を警戒しているようだ。
「名を聞こうかっ? 夜魔祓いだなっ!」
「・・銀貨3枚のアイシア。君は?」
銀貨3枚のアイシア。あまり特徴は聞かないが、今、この地域で活動する夜魔祓いの中では手練れで、交渉の余地の無い者だとも聞いている。確か、クラウンタートル閥と絡んでいるはず。
もう複数閥が共闘を始めているのか?
「私は楼閣焼きのユルナットだっ!」
「楼閣焼き・・聞かないな。大した呪いの武器を持っているが」
「功名だけで幹部になってないねっ」
私は体を回転させながら飛び、炎を撒き散らしながら、斬り付けた。
夜魔祓いのアイシア一太刀だけ弾いて身を捻って跳び、私とヤツはハイナットが昏倒する甲板に飛び降りた。
「っ?」
いつの間にかハイナットは呪いの縄で縛り上げられ、炎の細剣も失っており、甲板では、他に3名の呪い師と獣人の兵2人も倒されていた。
子供以外にまだ伏兵がいる??
「この船はもう使えないなっ!!」
私は船室の陰にハイナットを蹴って逃がしつつ、大きく全周に炎の戦斧を振り回し、火炎を辺りに加減無く放った。船のあちこちは燃やしてしまい、大振りの攻撃はアイシアには躱されたが、
「熱ぃーっ?!!」
潜行術で隠れていたお下げ髪の呪い師を焦がして炙り出してやった。転げ回ってる。
この変な声、さっきの拡声術もコイツだな。チッ、
「隠れるのが下手過ぎるっ!」
文句を言いながらも庇って突進してくるアイシア。甘い。
私は腰の後ろの耐火ポーチに忍ばせていた油瓶を投げ付け炎を浴びせて炸裂させてやった。
アイシアは障壁術で燃える油を防いだが、燃える油がしつこくマナの障壁に纏わり付いている間に爆薬を投げ付け、自分は素早く軽く燃えるハイナットのいる船室の陰に隠れた。
派手に爆裂した。
「殺ったかっ?」
軽く燃える船室の陰から覗いた瞬間、背後から発光する剣に右肩を貫かれた。
油で燃えた障壁をその場に置いたのか?!
「ぐっ?!」
右腕はもう利かない、私は左手1本で振り返り様に炎の戦斧で斬り付けようとしたが、バチィっ、と焼けた鉄に水を掛けたような音がして斧の炎が消え重くなった。氷片が僅かに散り、蒸気が起こっている。
凍結術を戦斧に掛けた? 動転していると、左肩と右膝を浅く素早く刺され、私は斧を持っていることも立っていることもできなくされた。
「楼閣焼きのユルナット。降伏を」
膝を突き、視線が低くなったことでハイナットが既に気が付いて、涙を溢していることが見えた。
「ウガァアアーーーっっっ!!!!!」
私は咆哮を上げ、牙を剥き、左脚1本でアイシアの首筋目掛けて飛び掛かった。戦って生き残ってきた。私は止まらない。
「月よ・・」
アイシアはむしろ静かに光の剣を振るって私と交錯し、私は胴を袈裟懸けに斬られた。
「ユルナット、姉さん・・」
「自決は、するな。獣の時代を、私達の時代を、見届け、ろ」
私はそれだけどうにか言い、骨と防具だけ残し、忌まわしい浄めの炎に焼き尽くされ、ようやくこの世界から消えることができた。




