ルルク
夜の草原に、星の明かりは眩しく感じた。私はモノガリの郷へ明日には着きたい。
近くに祓い所は無い、下手に眠るよりも歩こう。
一応、腰の魔除けの香炉に火は点けてある。先日寄ったフェザーフット族の郷の話ではこの辺りでも夜魔や狼を見たそうだ。
狼なら私の術や道具で大人しくできるが、夜魔と争うには手持ちの道具が心許なかった。
と、一陣、夜風が吹いた。
嫌な臭い、穢れた気配。夜魔だ。距離があり、風下だ。避けられそうではあった。だが、同じ風の中に別の臭いが混ざっていた。
「人の血か、複数だな。・・リラ!」
「トゥ~~イっ!!」
私は左手の指輪から鼬のような猫のような獣を呼び出した。尾の先に蒼い炎を点けている。
トーチテイルと呼ばれる幻獣だ。
私は香炉を消し蓋を捻って消し、トーチテイルのリラと共に臭いのした先へと駆け出した。
・・鹿の夜魔が2体いた。貧しい旅装の中年の男女が既に殺害されていたが、子供は2人、まだ生きていた。
中年の女の腰には粗末な魔除けの香炉が付いていたが、香は燃えておらず、中年な男は粗末な小剣を握っていたが、半ばで砕かれていた。
モノガリの郷を目指していたのか? フェザーフットの郷を目指していたのか? わからないが、貧しさから郷に着くまで香を切らしてしまったんだろう。
子供は10歳程度の男子と12歳程度の女子であったが、2人の内、男子は深手でぐったりとしており、女子の方が庇って必死で松明を振り回していた。
姉弟に見える。
私と、消していた尾の火を再び灯したリラは茂みから飛び出した。
人と鹿と影も死骸を合わせたような鹿の夜魔達がこちらを振り向いた。
「リラ! 左だっ」
「トゥイっ!」
尾の蒼い炎を放って向かって左手の鹿の夜魔を焼くリラ。焼かれた夜魔はくぐもった悲鳴を上げて仰け反った。
右手の鹿の夜魔は一瞬、角を帯電させてから、私に電撃を放ってきた。
私は転がってそれを躱し、起き上がりに口を解いた霊木の灰の入った小袋を右手の鹿の夜魔に投げ付けた。
酸でも掛けられたように爛れて苦しむ右手の鹿の夜魔。
「トゥ~イっ!」
「月よっ!」
リラは尾で直接蒼い炎を叩き付けて左手の鹿の夜魔の頭部を吹き飛ばし、私は背に背負った留め具の付いた割れ目のある鞘に納めた小振りの長剣を抜き、刀身に光を宿し、胸の奥に感じられた夜魔の暗い心臓を貫いた。
「オオォ・・・ッ」
「オオォッッ」
2体の鹿の夜魔は崩れ去っていった。
振り返ると、右の頬に切り傷のある姉の方の子供は松明を両手で握ったまま震えて方針していた。
弟の方はもう、虫の息で草の上で喘いでいた。生命薬でも無理か・・。
私は剣を鞘に納め、留め具で止めた。
「その子は弟だね。別れを告げるんだ。夜魔に殺され、喰われなかった者は呪われ、夜魔になる。両親は先に焼いて浄化する。残った遺品の内、使った道具の代金を越えた物は全て君の物だ」
私はリラを連れ、両親と見られる死体の方へ歩みだしたが、
「違う」
震えたまま、涙を溢して姉の方の子供は言った。
「そいつらは、遠縁の夫婦だ。私と弟は親が病気で死んだから、モノガリ郷で育てるって引き取られて・・でもそんなの、嘘で! あたしと、弟は、売られることになっていたっ」
厄介なことになってる。
「わかった。まず、弟を看るといい」
私は遠縁の夫婦だった男女の持ち物の内、使えそうな物を選り分けだした。リラは辺りに散った荷物を拾ってくる。
「・・お姉ちゃん」
「ごめんね、マリク。何もできなかったっ」
「お姉ちゃん。最後まで、一緒にいられて、これで、よかった・・」
「バカっ、マリク!」
弟の命の気配が消えた。
私は数少ない使える物と所持金を手早く選り分け、霊木の灰とリラの火で2人の大人の死体を焼き浄めた。
身体はすぐに燃え尽き骨も崩れ去り、夜風に消えていった。
「月に照らされるは安らかに、路の遠く、真の郷へ」
短く唱え姉の方を見ると、燃え尽き掛けた松明を手にしたまま、座り込み、微笑んだ弟の死体を見下ろしていた。
「弟も焼いて送る。離れるんだ」
「貴方は夜魔祓い?」
「そう呼ばれることもある」
「あたしも焼き殺して。こんな世界、もう嫌だ」
「トゥ~イ?」
リラが困惑していたが、私もだ。
「断るよ。私は神官じゃない、君の心に何もできない。夜魔を殺して、道具の代金を取った。それだけだよ」
「殺せないなら・・」
姉の方の子供は、死んだ弟の手を片手で取ったまま、私を真っ直ぐ見上げてきた。
「あたしを夜魔祓いの弟子にして。あたしはルルクっ! もう弱いままでいたくないっ」
・・参ったな。瞳の奥に魔力の光が見えた。1人だけ生き残ったのも偶然じゃなかったか。
私自身、若輩だ。これまで弟子を取るようなことは避けてきた。
「夜魔祓いの少なくない者が、夜魔に敗れて最後は死ぬ運命だ。ずっと暗い夜と共に暮らしてゆくことになる。それは恐怖と友人になるような物だ。いい人生じゃない」
「今日のことを思い出して、恐れてこれから生きてゆくのは嫌だ! これ以上の苦痛はもう耐えられないよっ。あたしはここから出たいんだ!!」
「トゥ~イ」
リラが私の上着の袖を咥えて軽く引っ張ってきた。・・仕方ないか。
「ルルク、私はアイシア・マハ。大した女ではないが、君が夜魔に抗う暗い道を選ぶなら、明かりは灯そう」
そう名乗り、この夜から私はルルクの師になった。




