こんがらがっちゅれーしょんっ
けん:ふぅー、結婚式まであと3時間か……緊張するなぁ……!
吉田:おっす、けんちゃん!
けん:おお、ヨッシー! 来てくれたか!
吉田:そりゃ来るよー、大切な、親友の晴れ舞台だもんな!
けん:ははっ、ありがとう!
吉田:あのけんちゃんがついに結婚かー。良かったなぁ……(感涙し始める)おめでとう……おめでとぉっ……!
けん:お、おう、そこまで泣かなくても。
吉田:おめでっ、うおおめでとぅぅ、うおおおうぅぅ……!(号泣)
けん:落ち着けって! 泣きすぎだろ! うわっ、床びっしょびしょじゃねえか……
吉田:あ、話変わるんだけどさ……ちょっとお金貸してくれない?
けん:お前、温度差!
吉田:頼む! 今日じゃなきゃダメなんだよ。
けん:ん、いくら?
吉田:3万円。必ず来月返すから!
けん:ったく、しょうがねえな……ほら。3万円。
吉田:ありがとう! 助かった……じゃあ、はい、3万円あげる。
けん:え? なに、いらないの?
吉田:違う違う。けんちゃんにあげるんだよ。結婚のご祝儀。
けん:お前、俺へのご祝儀を俺に借金して払うの?
吉田:うん! ほら、遠慮するなって!
けん:お、おう……ありがとう……。
吉田:いいってことよ! 気にするな!
けん:……何か釈然としないな。
吉田:いやー、助かった。メイド服買ったら金なくなっちゃってさ。
けん:メイド服?
吉田:ほら、これ! 結婚式の余興で女装してダンスするんだよ!
けん:ヨッシー、そんなことするのかよ。
吉田:絶対盛り上がるって! あ、まだ時間あるよな。いまちょっと試しに着てきていい?
けん:えー、いま?
吉田:ちゃんと似合うか見てほしいんだよ。
けん:どうせ似合わないからいいよ。
吉田:じゃ奥の部屋借りるよー!
けん:おう、いいけど。……まったく。ヨッシーは相変わらずだな。
けん:(携帯電話かかってくる)
けん:もしもし? ……え? あ、あんたは……! ちょっと! なんで俺の番号知ってるんですか?
けん:あのねぇ……何度も言いますけど、俺はあんたのこと知らないし、好きでも何でもないんです!
けん:あなたの一方的な妄想に俺を巻き込まないでください!
ストーカー:妄想だなんて……あなたが前世の記憶を思い出してくれればきっとわかってくれるわ。
けん:なんですか、前世って! 俺はちゃんと恋人いるし、もう今日結婚するんです!
ストーカー:ええ、知ってる……いま結婚式場にいるんでしょう?
けん:そうですよ。もう準備万端。衣装も着て。あんたが出る幕はもうないんです!
ストーカー:そうね。ふふっ、似合ってるわよ、その服。
けん:ああ、どうも……え? なんでそんな目の前で見ているかのように……
けん:(いつの間にか後ろにストーカーが立っている)
けん:うわあ!
ストーカー:ごきげんよう……
けん:びっくりしたぁ……ちょっ、ちょっと! なんでここにいるんですか!
ストーカー:私はずっとあなたのそばにいるわ。前世で約束したでしょう。ずっと、ずっと、ずっと……。
けん:ちくしょう、怖いな……えっと、いいですか?
ストーカー:なに? 聖騎士アウグスティヌス様。
けん:……それ、俺のこと? あのですね、もうそういう妄想はやめてください。
けん:俺は今日結婚するんですよ!
ストーカー:ええ。驚いたわ。あまりにも急な話だったから。
ストーカー:でも、うれしかった……ようやく私と結婚する決心がついてくれたのね。
けん:……はい?
ストーカー:ほら、見て。この日のために用意した黒いドレスよ。そしてこれはブーケ用につんできたお花。庭に生えていたトリカブト。花言葉は、復讐。
けん:……何もかも間違ってる。
ストーカー:それじゃあね。また式本番で会いましょう。(退場)
けん:あー、ちょっと! えー、どうしよう、警察……?
撮影係:新郎様ー。
けん:え? あ、どなたですか?
撮影係:本日結婚式の撮影を担当しますビデオ係の者です。
けん:あ、ああ。そうなんだ、じゃあ今日はよろしく……。
撮影係:じゃあ、さっそく撮らせてもらいますねー。
けん:あー。ちょっと待って、今それどろじゃなくて……。
撮影係:あーほらほら。笑顔くださーい。
けん:い、いまそれどころじゃないんだあー(笑顔)
撮影係:何かあったんですか?
けん:それがー、不審者がー……って、ちょっと、ビデオ止めて!
けん:不審者が入り込んでるの! 式をめちゃくちゃにしようとしてるやつが。
撮影係:えっ。ほんとですか?
けん:本当だよ。他のスタッフに注意するよう連絡しておいてくれない?
けん:あやしいやつがいたらすぐに警察に通報するようにって。
撮影係:わかりました……でも、あやしいといっても、具体的にはどんな感じですか?
けん:うーん、見ればわかると思うけどな。見るからにあやしい。あやしいとしか言いようがない感じ。
撮影係:漠然としてますねー。ただあやしいといわれても、それじゃ、よくわからないですが……。
吉田:ご主人様ー! うふふっ、どうですか、メイド服似合いますかぁ?
撮影係:ええぇ……っ!
けん:ヨッシー……!
吉田:え、あ、ごめん、お客さんいたの? あー、失礼しました!(退場)
撮影係:……すぐに警察に通報しますね!
けん:ちょ、ちょっと待って! 今のは違う!
撮影係:で、でも見るからにあやしかったですよ?
けん:違う違う! 今のはあやしくない! …………いや、確かにあやしいけど!
けん:注意してほしい不審者っていうのはまた別! あれよりもあやしいの!
撮影係:あれよりもあやしいっ!?
けん:……あー、あれよりはあやしくない。でも、注意してほしいのはそっちなの。
けん:俺と前世で恋人だったとか妄想してるストーカーなんだよ。
撮影係:今のメイドさんが!?
けん:だから今のメイドは違う! 今の男は忘れてくれ!
撮影係:私だって忘れたいのはやまやまですけど……。
けん:注意してほしいのは、黒服女。長い黒髪で、前世がどうとか喋る人。
撮影係:それは確かに怖いですね。わかりました、いまスタッフに電話します。
けん:はあぁ……なんでこんなことになっちゃったのかなぁ……
けん:一方的にしつこくつきまとわれて。
けん:俺はあんたと付き合うつもりはないって何度も何度も断ったのに。
けん:しまいには俺と結婚するとか言ってドレス着てくるし……
けん:もう勘弁してくれよ……何なんだ、あの女は……。
撮影係:大変落ち込んでおります。以上、これから結婚式にのぞむ新郎の姿でした。
けん:ちょっ、何、撮影してるんだよ!
撮影係:式前の新郎の素の姿を残しておきたかったので。
けん:やめてよ! ここだけ見たら誤解されるだろ!
撮影係:それでは、また本番でよろしくお願いしますね。失礼します。(退場)
けん:あー、ちょっと待って! ビデオ取り直して……うおおっ、痛あぁっ!(転ぶ)
けん:いたたた、頭いた……転んじゃったか……何だよここ、床びっしょびしょじゃねえか……
けん:えーと、何してたんだっけ?
けん:……ん? あれ? ここどこだ? っていうか、俺だれだ?!
けん:えっと、俺の名前は……なんだこれ、なにも思い出せないぞ!
けん:大変だ! あ、あのー! 誰かいませんかー!
吉田:どうしましたか、ご主人様ぁ、うふっ。
けん:うわああっ! え……だ、誰ですか!?
吉田:あはは。俺だよ、俺。あんまりきれいになってたからわかんなかっただろ。
けん:……だ、誰ですか?
吉田:ははは、ちょっと、はしゃぎすぎかなぁ?
吉田:でもこんなバカな悪ふざけできるのもこれが最後かもしれないもんな。
吉田:そう考えると、ちょっと寂しいよな……でもさ! これからも俺はずっとけんちゃんの親友だから!
吉田:いつまでも、俺のこと忘れないでくれよ!
けん:……ごめん、無理……。
吉田:え?
けん:もう、すでに無理。
吉田:は?
けん:あの、お前は、俺の友達?
吉田:は?
けん:あのな。突然で驚くと思うけど、実は俺……記憶喪失になっちゃった、みたいなんだ……。
吉田:はあ? 何言ってんだ、けんちゃん。
けん:いや、本当に! だからお前が誰か分かんないし、自分の事も全然覚えてないんだよ。
吉田:マジで? 最近のことも?
けん:そう。最近のことも。
吉田:さっきの借金したことも?
けん:借金?
吉田:うん。三十分前に俺と二人で話してる時、3万円借りたじゃん。
けん:全然思い出せない……3万円?
吉田:そう。
けん:三十分前?
吉田:そう。
けん:俺がお前から借りたの?
吉田:…………そう。
けん:そうか、ごめんな。今返すよ。あ、ちょうどポケットに入ってた。はい。
吉田:……おう。へへへっ……
けん:で、話戻すぞ。俺、記憶喪失なんだよ。信じられないかもしれないけど。
吉田:いや、信じるよ。
けん:え?
吉田:どうも本当に記憶喪失みたいだな。
けん:ああ、うん……え、何で急に信じたの?
吉田:で、どっからどこまでは覚えてるの?
けん:何も覚えてないんだ。自分の名前も、ここがどこかも。お前は俺の友達?
吉田:ああ。幼馴染だよ。
けん:頼む。俺のこといろいろ教えてくれ!
けん:さっきからけんちゃんけんちゃん言ってるけど、それ俺のこと?
吉田:そうだよ。
けん:じゃあ俺のフルネームは?
吉田:けんちゃんの名前は……あれ、なんだっけ?
けん:ええー? なんで知らないの?
吉田:ずっとけんちゃん、けんちゃんって呼んでたからなー。
けん:ケンタとか健介とかそんな感じじゃないのか?
吉田:あーそうだ。それだ。ケンタとか健介とかそんな感じ。
けん:だから、どっちだよ。
吉田:んー、ごめん、忘れた。
けん:おい! 頼むよ! 名前くらいちゃんと覚えてろよ!
吉田:……けんちゃんが言うなよ。
けん:えーと、次は…………ちくしょう。他にも聞きたいことはいっぱいあるのに、さっきから一つが気になってしょうがない……!
けん:なぁ。おまえの、そのかっこうは何だ?
吉田:ああ、これ? これ、余興用。女装してダンスするんだよ。
けん:ああ、じゃ、別にそういう趣味じゃないんだな?
吉田:ちがうって! 普段はふつうのかっこだから。ちゃんとむこうに礼服も用意してあるし。
けん:礼服? 礼服って何?
吉田:礼服っていうのは、こういう、黒くて、スーツよりもっと上等って言うか、
けん:うん、それは分かってる。礼服については俺も覚えてるから。
けん:そうじゃなくて礼服って、今日パーティーかなんかあんの?
吉田:なにいってんだよ、けんちゃんの結婚式だよ。
けん:……えええええー! 結婚? 俺、結婚するの? 今日?
吉田:そうだよ。
けん:お前、なんでそれ最初に言わないんだよ!
吉田:言ってなかったっけ?
けん:言ってないよ! えー、ちょっと待って。俺は客として出るわけじゃなくて、俺が主役なのね? 俺が新郎?
吉田:うん、けんちゃんが新郎。
けん:相手は?
吉田:相手は新婦。
けん:新婦は分かってるよ! 相手の名前は?
吉田:名前はカオリさん。
けん:カオリ? カオリ……ええー、だめだ、思い出せない。
吉田:うーん、困ったなあー。どうする? 結婚式延期してもらう?
けん:そういうわけにもいかないだろ。
吉田:いいよ、延期で。俺ももう少しダンスの練習したかったし。
けん:お前のダンスはどうでもいいんだよ!
吉田:じゃあカオリさんたちに延期って伝えてくるから!
けん:待てって! やめろ、ばか! 落ち着けって!
吉田:おい、けんちゃん、はなせって。
けん:はなさない! 絶対はなさないぞ! 頼むから考え直してくれ!
撮影係:こちら新郎控室。新郎がメイド服姿の男性に激しく抱きついております。以上、結婚前の新郎の様子です。
けん:わあっ! ちょっと! なに撮影してるんですか!
撮影係:あ、どうぞ、私は気にせず続けてください。
けん:あなた誰ですか?
撮影係:え、今日の撮影係ですけど……さっきお会いしましたよね?
けん:さっき……?
吉田:それが、記憶喪失になっちゃったらしくて。自分の名前も忘れてるんだって。
撮影係:ええっ? ほ、本当ですか?
けん:はい……何も覚えてないんです……。
撮影係:すっごーい! 私、こういうドキュメンタリーみたいな映像とってみたかったんですよ!
撮影係:つまんない結婚式の映像とかもう飽き飽きしてたところで!
けん:つまんないって、新郎の前で、おい。
撮影係:撮影始めますね!
けん:いや、それどころじゃ……。
撮影係:はい。今のお気持ちをどうぞ。
けん:えっと、まるで悪い夢でも見ているようで……。
撮影係:友人の方にも話を聞いてみましょう。新郎が記憶喪失ということですが?
吉田:そうですねー。前からいつかやるんじゃないかって思ってましたよー。
撮影係:新郎はどんな人だったんですか?
吉田:まじめで、内向的なタイプでしたねー。
けん:何やってんだ、2人で! そんなビデオどうでもいいから……
けん:あっ! そのビデオに花嫁の映像入ってないの?
撮影係:はい、ありますけど…………あ。すいませーん。間違って、今の映像で上書きしちゃいました。
けん:なんてことしてくれてんだよ!
吉田:もういいじゃん。本番始まったらどうせわかるんだし。
けん:よくねえよ。俺新婦の顔知らないんだぞ?
けん:新郎と新婦どうぞ誓いのキスをって言われたとき、誰にキスしていいかわかんないんだぞ?
けん:どうすんだよ、まちがって違う人にキスしちゃったら!
吉田:大丈夫だよなぁ、そんなの?
撮影係:はい。間違いそうになったら私たちが横から指示出しますから。
吉田:そうそう。:違う違う、もっと右、その横!
撮影係:そう、そのまま、まっすぐ! もうちょっと下!
吉田:右右! あー、違う! それは親戚のババアだよ!
けん:俺、結婚式でそんなスイカ割りみたいなことしなきゃいけないの?
けん:せめてどんな子かだけでも教えてくれよ! どんな感じ?
吉田:どんなって言われてもなぁ。
撮影係:芸能人で言うと……あー、橋本環奈とか。
けん:橋本環奈? ……ああー、橋本環奈かぁー……おお、いいな! まぁ欲を言えば俺は西野七瀬派だけどな。でも橋本環奈も……
吉田:え? ちょっと待って。けんちゃん、橋本環奈は覚えてるの?
けん:あれ? ほんとだ、おれ橋本環奈覚えてる。
吉田:待て待て。じゃあ、俺の名前は?
けん:お前? ……わからない。
吉田:吉田だよ!
けん:吉田……? 覚えてない。
吉田:なんで俺覚えてないのに、橋本環奈覚えてるんだよ!
けん:そう言われても……。
撮影係:これもうカオリさん直接連れてきたほうが早いんじゃないですか?
吉田:しょうがないなー。じゃ、俺が連れてくるよ。
けん:おう、頼む! あっ、その格好で行くのか、おい?! ふぅ……大丈夫かな……?
撮影係:大変ですねー。
けん:あの、俺はどういう人間だったんですか?
撮影係:うーん、私も今日初めてちょっと話しただけなんで。
けん:どういうこと話しました?
撮影係:あー、館内に不審者がいるかもしれないから気をつけてって言ってました。
けん:不審者? なんだそれ怖いな……
撮影係:あ、電話だ。はい、もしもし。あ、お疲れ様です。はい、今新郎様の控え室で……
撮影係:え? 不審者? あー、見つかったんですか、はい。
撮影係:え? ……メイド服で女装した変質者?
けん:吉田じゃん!
撮影係:いま追いかけてる最中? あー、追いかける必要はなくてですね、それはちょっと別件で……
撮影係:もしもし? あ、切れちゃった。
けん:しょうがない! 助けにいってくる!
撮影係:しかし、結婚式までもう時間がありませんよ。
けん:そうだけど、今あいつ捕まると困るんだよ! 今俺の知ってる人間あいつだけなんだから! あいつしか頼れる人間がいないんだよ!
撮影係:最悪の状況ですね。
けん:最悪の状況だよ!(退場)
撮影係:あー行っちゃった……時間大丈夫かなぁ……
ストーカー:うふふふふ……!
撮影係:うわあっ!! びっ、びっくりしたぁ……!
ストーカー:朝美……。
撮影係:おっ……お姉ちゃん! なんで、こんなところにいるの?
ストーカー:うふふ……まさか、こんなところであなたに会えるなんて。これが姉妹をつなぐ運命の絆というものかしら……ふふ……うふふふふ。
撮影係:お姉ちゃん……なんだか今日は明るいね。いいことあった?
ストーカー:ええ、とても……それで朝美はなぜここにいるの?
撮影係:あー、私は仕事だよ。今日の結婚式のビデオ撮影を任されてるの。
ストーカー:まぁ、嬉しい。じゃあ、さっそく撮ってもらえるかしら?
撮影係:お姉ちゃんを? まあいいけど……はい、じゃあ笑顔ちょうだい。
ストーカー:ふふ……うふふふふふふ。
撮影係:あー……もうちょっと元気よく笑える?
ストーカー:くくくっ……ヒィッヒッヒッ!
撮影係:……お姉ちゃん、怖いよ。これビデオとったら、見た人が一週間後に死んじゃうよ。
撮影係:お姉ちゃんはもっとかわいらしくしたほうがいいよ。男心をドキッとさせる感じで。
撮影係:こう……やだー、失敗しちゃったー、てへへっ。てへぺろっ。みたいな。
ストーカー:いやあぁっ! 失敗してしまった……! ……ウェヘヘ、デへベロォ……
撮影係:……うん。まぁ、大体そんな感じ。
撮影係:あとは……ふええー、恥ずかしいよぉ。もう、やだぁー。みたいな。
ストーカー:わかったわ……フェエーッ……なんというはずかしめ……! いやだ……いやだあああっ……!
撮影係:うん、まぁそんな感じ……あ、じゃあ私不審者探しにいくから。
ストーカー:不審者?
撮影係:うん。不気味なストーカー女が近くをうろついてるんだって。
ストーカー:まぁ……怖いわね……
撮影係:お姉ちゃんも気を付けてね、じゃあね!
けん:ダメです、吉田見つからなくて……うわあ! えっ……誰だ、この人……
ストーカー:あなた……。
けん:………………えっ、まさかだよな……? あの……部屋、間違えてますよ?
ストーカー:ふふふ、面白い冗談ね……ダーリン。
けん:ええええええっ? あ、あの失礼ですけど、あなたが今日俺の結婚する相手……?
ストーカー:ええ、もちろんそうよ。
けん:えええー……全っ然、橋本環奈じゃねえ……一体なぜ俺は……?
ストーカー:どうしたの?
けん:あー、いえ、その、実は……俺、記憶を失ってしまって……。
ストーカー:ええ、わかってるわ。
けん:あ、もう知ってるんですか?
ストーカー:大丈夫よ、気にしなくていいわ。思い出すまで私は待ち続けるから……。
けん:そ、そうですか。なんだ、見た目はアレだけど、いい人みたいだな。
けん:あ、じゃあ、俺のこと教えてくれませんか?
けん:何しろ俺、自分の名前もわからなくて。吉田に聞いても、あの馬鹿、忘れたとか言うし。
ストーカー:あなたの名前は……神聖騎士団団長アウグスティヌス・バリアライト様よ。
けん:……え、なに?
ストーカー:神聖騎士団団長アウグスティヌス・バリアライト様。
けん:どうしよう……何一つとして思い出せない。アウ、グ……?
ストーカー:アウグスティヌス・バリアライト。
けん:えっと……俺いままで自分のこと日本人だと思ってたんですけど。
ストーカー:違うわ。あなたは神聖グロバリア王国のディアボロス国王に仕える聖剣士。
ストーカー:その風のごとき剣さばきから、戦場をかける剣の嵐。という二つ名で呼ばれていたわ。
けん:戦場をかける剣の嵐……あ、それで、吉田はけんちゃんけんちゃん呼んでたのか。けんってそっちの剣だったんだな……
ストーカー:そうだ。頭で忘れていても体が覚えてるかもしれない。体に思い出させましょう。
けん:ええっ、ちょっ……いやですよ、そんな、いやらしいことは!
ストーカー:……違うわよ。そうじゃなくて……あ。
けん:なんですか?
ストーカー:フグェエーッ……なんというはずかしめ……! いやだ……いやだあぁ……!
けん:ひいぃ……ご、ごめんなさい……!
ストーカー:男の人ってこういうのにドキッとするって聞いたの……どうだった?
けん:え、ええ、まぁドキドキしました。
ストーカー:ふふ、よかったわ……さぁ、このモップを持って。あなたの得意だった技サンダーエレメント・ブレイドをやってみて。何か思い出せるかもしれないわ。
けん:サ、サンダー……? えっと、何も思い出せないんですけど。
ストーカー:しょうがないわね……まず、足を肩幅に広げる。
けん:はい。
ストーカー:次に剣を高く振り上げて。
けん:はい。
ストーカー:で、そこに雷を落とす。
けん:……え?
ストーカー:それで、次に……。
けん:ちょっ、ちょっと待って。雷? 剣に? ど、どうやって?
ストーカー:それも忘れてしまったの?
けん:……す、すみません。
ストーカー:やっぱりあなたの愛用していた聖剣エクスカリバーじゃないとだめかしら。待ってて。持ってくるから。
けん:えっ、持ってるの?
ストーカー:じゃあまたね……ダーリン……
けん:は、はい、どうも……
けん:俺、あんなのと結婚するのか……俺、あんなのと結婚するのか……俺、あんなのと結婚するのかあぁー! ええー、マジかよ、なんで俺は……。
吉田:ただいまー
けん:おお、吉田……。
吉田:いやー、ごめんごめん、カオリさんのとこ行く前に不審者に間違われちゃってさー。
けん:いや、それもう大丈夫。さっきカオリさんに会ったんだ。
吉田:おお、ようやく会ったんだ! どうだった?
けん:……どうもこうも。あ。あと俺の本名聞いたぞ。
吉田:おお。ケンタだった?
けん:いや。
吉田:じゃあ、ケンスケ?
けん:いや。アウグスティヌス・バリアライト。
吉田:……え?
けん:アウグスティヌス・バリアライトだって、俺。
吉田:えー…………そんな長かったかなあ?
けん:ああ、俺も驚いたよ。ごめんな。なんで俺の名前覚えてないんだって吉田を怒ったりして。これは確かに覚えられないよ。すまん、悪かった。
吉田:……うん。まぁ、気にするなよ。
ストーカー:アウグスティヌス様……。
吉田:うわあっ! 誰この人!
けん:えっ? これ、カオリさんじゃないの?
吉田:全然違うよ! カオリさんはこんな気持ち悪くねえよ!
ストーカー:なんですって……っ!(包丁をつきつける)
吉田:ひいいいっ! すみません!
撮影係:ああっ、お姉ちゃん、何やってるの! 包丁を人に向けちゃダメでしょ!
ストーカー:包丁じゃないわ。聖剣エクスカリバーよ。この聖剣は決して肉体を傷つけることはない。そして、このエクスカリバーの力を見ればきっとアウグスティヌスさまも全てを思い出すわ。
撮影係:や、やめて、お姉ちゃん! 職場で身内にそんなことされたら私までクビになる!
吉田:けっ、けんちゃん、空手5段だろ! こんなん軽くやっつけてくれよ!
けん:お、俺空手5段なの? でも、技も何も覚えてないのに、どうしようもねえよ!
撮影係:大丈夫です! そういうのは頭で忘れてても体が覚えてるから、いざとなれば自動的に体が動きますよ!
けん:えええー、わかった、信じるぞ……!
けん:あちょぉーっ! あちょー、あちゃちゃちゃちゃぁー!
ストーカー:ぎえええええっ!
けん:倒した……すごい、本当に自動的に体が動くもんなんだな……
吉田:あ……。けんちゃん、ごめん、間違えた。空手やってたのは別の友達だ。
けん:うおおおっ! あっぶねえっ! そんな重要なこと間違えるなよ!
撮影係:とりあえず包丁は取り上げておきますね。
ストーカー:ううぅーん……
撮影係:あっ、お姉ちゃん、気がついた? まずは落ち着いてね?
ストーカー:えっと、ここは…………あれ? ここはどこ? 私は……誰?
撮影係:は? お、お姉ちゃん、大丈夫?
ストーカー:あなたは……私の妹?
撮影係:そうだけど……
ストーカー:ふええええっ! どうしよう、助けてぇー!
撮影係:お、お姉ちゃん?
ストーカー:あのね、突然で驚くと思うけどね、私……記憶喪失になっちゃったみたいなのっ。
撮影係:ええっ? う、うそでしょ?
ストーカー:本当なのー! あなたのお名前は?
撮影係:私は朝美。
ストーカー:朝美ちゃん? 朝美ちゃん……
ストーカー:だめー、思い出せないー! 妹のこと忘れるなんて、最低のお姉ちゃんでごめんなさいー!
撮影係:う、ううん、それは別に気にしなくていいんだけど……。
ストーカー:ありがとう……朝美ちゃん、優しい。こんな優しい妹がいて、お姉ちゃんすごく幸せ!
ストーカー:……って、忘れちゃった人のせりふじゃないよねっ、えへへっ! てへぺろっ!
撮影係:……うんっ。記憶戻すのはぜんっぜんあせらなくていいと思うよ!
ストーカー:そ、そう?
撮影係:あ、ちょっと今のお姉ちゃんビデオに撮っていい?
ストーカー:えぇー、だ、だめだよぉ、そんなの恥ずかしいよぉ、やだぁー。
撮影係:……撮るね! これはもう絶対撮る!
ストーカー:朝美ちゃんなんで興奮してるの?
撮影係:はい、笑顔ちょうだい。
ストーカー:えへへっ
撮影係:お姉ちゃん……いい! かわいいよ!
ストーカー:そ、そう?
撮影係:記憶を失っても、人として大切なものを取り戻したから結果オーライだよ!
ストーカー:うんっ……え? どういう意味?
撮影係:よし、お姉ちゃん、一緒にショッピングに行こう! お姉ちゃんにかわいい服着せるのが夢だったの!
ストーカー:待って。このタキシードの人とメイド服の人は誰なの?
撮影係:今日結婚するんだって。
ストーカー:へぇー! メイドさんと結婚なんてロマンチックだね!
撮影係:そうだね。さぁ、いこう!
ストーカー:うん、じゃあ、お二人ともお幸せに!
けん:ちょっ、ちょっと待って! 今日の結婚式の撮影は!?
けん:おいっ、待って……! うおおっ、痛あぁっ!(ころぶ)
吉田:うわ! けんちゃん、大丈夫か! なに転んでるんだよ……うわ、なんだここ、床びっしょびしょじゃねえか。
吉田:おい、けんちゃん! 大丈夫か、けんちゃん! 目をさませって!
けん:ううーん……ああ、大丈夫だ、ヨッシー……
吉田:そうか、良かった……えっ? ヨッシー? ヨッシーって……
けん:何言ってんだよ、ヨッシーはヨッシー……あああっ! 記憶戻ってる!
吉田:マジで!? じゃあ、けんちゃんの名前は!?
けん:鬼瓦 ケンゴロウ。
吉田:あー、そういえばそうだった!
けん:自分で言うのも何だけど、お前こんな名前よく忘れられたな?
吉田:だから、けんちゃんが言うなって。
けん:……ふっ、はははっ、そりゃそうだ! ははは!
吉田:あはははは! まぁ良かったよ! これで全部解決だな!
けん:…………ヨッシー。
吉田:なに?
けん:……お前、3万円、俺のじゃねえかっ!
吉田:やべえっ!
けん:待て、こらあーっ!
吉田:ひええー!
撮影係:皆さま、新郎新婦の入場です! なんと花嫁はメイド服での入場です!
けん:待て待て待て! ちがーうっ!
0:(終わり)