ええっ!?ヘタレかわいい巽くんがキスしたいって!?
「帆夏とキス、したい…」
放課後。4階の端っこにある、教材室の中。市川巽は、私にそう言った。
巽くんは私の彼氏で、交際して3ヶ月くらいになる。彼の優しさと、笑ったときのふにゃっとした可愛らしい笑顔が好きになって、私から彼に告白した。
告白をしてOKをもらったのは良いけど…彼はけっこうなヘタレで。
彼と手が繋ぎたくて、ある日の学校帰りに私が彼の手をそっと握ると、彼は顔を真っ赤にしてその場で座り込むようにして気絶した。
他にも、段差で躓いて思いきり彼に抱きついた時にも、彼は私を受け止めながら、その場で気絶してしまった。
だから…
「えと…キスはまだ早くないかな?未だに手繋いでも気絶しちゃうし。キスなんてしたら巽くん心臓マヒおこして死んじゃいそうで怖いな」
私は本気で彼のことが心配でそう言った。けど。
「だっ、大丈夫だよ!ほらっ!」
そう言って、彼は私の手を勢いよく、けれどもそっと優しく握った。ああ、また気絶しちゃう。そう思ったけど…彼は顔をタコのように真っ赤にしながらも、私の手を握って立っていた。
「ほ…ほら、きっ、気絶してないよ!」
はあはあと息を荒くし、手汗で手を濡らしながら私の手を握っている巽くん。
…怖いよ、いろんな意味で。
「…ほんとうに大丈夫?やっぱりもうちょっとしてからキスした方が良いんじゃないかなぁ?」
「っ…いや、今したいんだ。だってもう付き合って3ヶ月なのに、キスもできてないなんて…こんなんじゃ、帆夏に飽きられちゃう気がして…」
「私別にそんなことで巽くんのこと飽きないし、それに…」
「それもあるけど…ただ、帆夏とキスしたいだけ…なんだ」
顔を真っ赤にさせながら、仔犬のような潤んだ瞳で私に言った。
巽くんのそういうわんこっぽいところが狡くてかわいい。
「…わかった。でも、無理しないでね。できなくても私は呆れも飽きもしないからね」
私はそう言うと、すっ…と瞼を閉じた。
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遠くから聞こえてくる部活動生の掛け声や駆ける音。廊下を叩く誰かの足音。
私たちのいる教材室の傍は人気がなくて静かで。だからよく聞こえる、巽くんのはあはあとした荒い息。
変態というより、過呼吸にでもなって倒れないかが心配で。
それでも、私は目を瞑り、巽くんの唇を待つ…
ごっくん。
巽くんが唾を飲み込む音がした。
そしてそっ…と、巽くんの手が、私の両肩を優しく掴んだ感覚。
無音。
もしかして息を止めているのだろうか、さきほどの巽くんの荒い息が聞こえない。けど。
ゆっくり。
ゆっくり…と、巽くんの顔が私の顔に…唇に近づいてきているのがわかる。
ゆっくり。
ゆっくり…と、巽くんの唇の気配が私の唇の傍で感じた、時。
「それでさ~…」
私たちのいる教材室の傍を誰かが通りかかった。
「…っぶっはぁっ!!」
その通りかかった二人の生徒の声が遠くなると、巽くんはばっ!と私から離れ、まるで吐血でもしそうな勢いで息を吐き出しその場に尻餅をつくようにして倒れた。
「ちょっ!巽くん大丈夫!?」
「はーっ、はーっ…んぐっ、ごめ、めっちゃ息止めてたからマジで死にそうになってた」
「もー!何やってるの!?息はちゃんとしなきゃだよ!」
「…ちょっと走馬灯見えてた…」
「ほんとに死にそうになってるじゃん!それ!!」
彼はある程度息を整えると、はあ~…っと、大きくため息をついた。
「…ごめん。ろくに手も繋げないし、キスもできないヘタレで…」
床で体育座りしながら、しゅん…とする巽くん。
私はちいさくクスッと微笑むと、巽くんの隣に座り、そして…
……ちゅっ。
巽くんの頬にちょん、と口づけした。
「…ほえっ…はえっ?!」
私がキスした頬に触れ、口をぱくぱくとさせながら、顔を真っ赤にして私を見つめる巽くん。かわい。
そんな巽くんににこっと微笑んで、私は。
「巽くんのそんなヘタレで可愛いところが私は大好きだよ。でもいつか、巽くんからキス…してね。いつまでも待ってるから」
私がそう言うと、巽くんはばたん!と後ろに倒れたのだった。