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いろんなジャンル詰め合わせ短編シリーズ

トロッコ問題って思考放棄するが正解じゃね?

 『トロッコ問題』というものを聞いたことがあるだろうか?


『トロッコ問題』とは、倫理学の分野で有名なイギリスの

哲学者フィリッパ・フット氏が1967年に提起した問題だ。簡潔に説明すると「ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許されるか?」というものである。『トロリー問題』と称されることもあり多くの派生系が存在している。


おそらく世間の大多数を占める社会の歯車として日夜汗を流している凡夫である私でさえ知っている問題だ。しかしながらやはり世間に多く存在するような凡骨である私には遠い存在である。いや、遠い存在であったが正しいのであろう。


何の奇縁か、私はいま友人と共にその遠い存在であるはずの問題に直面している。はてさて、一体絶対どうしてこんな状況に陥ってしまったのだろうか。


私はしがない出版社に勤務している編集者である。背丈は小さくヒョロヒョロとしていることから仲の良い者からはからかい混じりに「もやし」と呼ばれるような人間である。ある日私は担当している漫画家であり、友人である者に漫画の参考としてトロッコが動いている様子を見に行こうと誘われた。北海道の今は使われてない炭鉱に赴くことになったのだ。彼はもはや観光地になっている廃鉱の管理者に事前に連絡をいれ、1日だけトロッコを動かして貰えるようにして誘ったのだから準備が良いことである。


「会社に近い方がやる気がでる」


等と彼は言って、遠路はるばる北海道から単身赴任してきた強者だが、宴会の席では私に毎度のごとく家族自慢をしてくるので心の内では寂しがっているのだろう。状況を鑑みるに今回の取材はついでであり本命は家族に会うことなのは明白である。私は北海道へ向かう途中は未だ見たことの無い彼の家族に会うことができるのではないかという期待に胸が弾んで仕方なかった。


そして現地について取材を開始してしばらく経った今、事件は起こったのである。私たちは絶壁と呼ぶにふさわしい切り立つ崖の上に立っており、私たちの眼下遥か下に橋がある。そして、その橋の上に線路が一本真っ直ぐに通っている。

(一方通行しか出来なく効率が悪そうだ)。

そんな無益なことを考えながらトロッコが通るのを待っていた時だった。


私たちの視界に何かが入った。それは女性とその子供二人で構成された観光客であった。彼女らは慣れた様な雰囲気で歩いていたのでもしかしたら地元の者達であるのかもしれない。おそらく、廃鉱の管理者の『トロッコを走らせる』という連絡が耳に入らなかったのだろう。もしかしたら、管理者が出不精でそもそも広報しなかったのかもしれない。しかし、その様な事は今は些事だ。


(どうか橋を渡らないでくれ。轢かれてしまう!!)

私たちはそう願わずにはいられなかった。いや、願うだけではない。


「橋を渡るな!!引き返せ!!」


私たちは持ちうる限りの力を絞って叫んだ。止めろ。戻れと。しかし、私たちの渾身の叫びは眼下の崖を轟々と音を立て吹き抜ける風に翻弄され彼女達には届かない。私たちの儚い、しかしながら、とても強い願いとは裏腹に彼女達は乗ってしまった。乗ってしまったのだ。そしてそのまま彼女達はずいずいと進んでいく。こうなると私たちは先ほどとは全く逆の事を願うしかなかった。

(そのままの勢いで進め!!足を緩めるな!!)


今度は私たちの願いが通じたのだろうか。彼女達は足を緩めず進んでいく。勢いそのままに橋の全長の7割を越えた頃だろうか。私たちの視界に無機質な灰色の物体が高速で橋に向かう様が入った。私たちが見えたということは彼女達もまたしかりだ。


前に進んでも間に合わず轢かれてしまうであろう。そうでなくても、自分たちを殺害しうる存在に向かって逃げるなど余程肝が据わってないと出来ない。横に逃げようにも彼女達が今いるのは細い橋の上だ。逃げようにも逃げれない。必然的に彼女達は一斉にもと来た道を戻り始めた。

しかし、彼女達を追う鋼鉄の箱船の速度は速く追いつかれてしまうのは目に見えている。


どうにかして助けられないだろうかと灰色の脳細胞を未だかつて無いほど私は回転させた。その結果一つだけ思い付いたことがある。私の友を突き落としトロッコを止めるという方法だ。彼は雪国で育ち寒さに耐性を得るためか、はたまた漫画家として運動もせずにいたからか、熊と呼ぶべき体型をしている。彼の重量なら、いかに鋼鉄の塊が猛スピードで突進してこようと脱線させることなどわけないはずだ。


しかしこれは悪魔の発想だ。悪魔的過ぎると言って良い程に。これを実行すると確かに彼女達は助かるだろう。反面私は日頃親しんだ友を失わなければならないし、社会的信用も殺人という行いで失墜してしまう。功利主義的観点からすれば友を突き落とすのが正解だろう。功利主義の巨頭ベンサム氏なら間違いなくそうしている。私たち二人の物理的或いは社会的死によって三人の命が助かるからだ。だが、私は突き落としたくない。


(何故見ず知らずの他人に私たちが犠牲にならないといけないのだろうか)

(そもそもあそこに居るのが間違いなのだ。私は悪くない)


私は随分と長い間脳内で彼女達と私達を天秤で測っていた。いや、実際は数秒といったところであろう。だが、そのわずかな時間でトロッコは橋を渡り始める少し前という場所まで進んでしまった。もう決断しないと間に合わない!!

そして私が選んだ選択は…









思考放棄だった。何もしないということを選択した。私は今まで考えてきたこと全てを記憶の彼方へと放り込んだ。


『私達には何も対処することができなかった』

『彼女達はただ運が悪かったのだ』


そう思いこむことで自分達を正当化し、今回の悲劇を自分達とは遠く離れた出来事だったと、まるでニュースで見かける悲しい、されど記憶に残らない悲劇と同一化しようとしたのだ。時間が立って


「あの時は酷かったなぁ」


等と友と酒の席で語り合う程度の存在にしようと思ったのだ。その様な結論に達した時であった。


ドンという衝撃が我が身を襲った。

そして感じる浮遊感。

押し殺したように声で友がのたまう

「すまない。家族のためなんだ」という謝罪


私は全てを悟った。私は観光客らを他人だからという理由で見捨てた。友も同じ考えに至ったのであろう。彼は家族と他人である私を天秤に掛け私を見捨てたのだ。彼女達が今あの場にいるのは友がこの廃鉱に取材に行くことを知っていたので迎えに来たのだ。


私は友を恨みはしない。私も見捨てることで間接的に殺すことを選ぼうとしたのだから。


ああ、地面が近い。


人を助けて死ぬんだ。悪い気持ちではなかっ























「《速報》です。たった今北海道の廃鉱で四人が死亡する

事故が発生しました。内一人は崖上から突き落とされ、他三人はトロッコに轢かれ死亡しました。犯人は『家族を助けようと思った。止められないとは思わなかった。』と供述しており、しきりに『すまない。友よ。すまない。』とうわ言のように話しているということです。次のニュースです。あの大物芸能人がついに結婚するようです。お相手は…」



面白いと感じて下さいましたら是非とも下の☆☆☆☆☆マークで評価&Twitter等各種SNSでの宣伝お願い致します。


また、他にも短編を書いているのでよかったらそちらもお願いいたします。


御高覧有り難うございました。 (*^-゜)vThanks!

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