1591年5月27日 雑賀孫一
日光連山からの下山は大変だったが、下野から下総には鬼怒川を通って容易に行き来できる。下山後は一日足らずで佐倉城に帰還した。
帰ってビックリしたのが、雄二と甲斐姫がハネムーンに行ってしまっていたことだった。以前、俺が何気なく「異界では新婚旅行と言って結婚したばかりの夫婦が旅にでる」と口を滑らせたら、二人ともやけに食い気味に聞いてきたのだが、まさか本当に行くとは!
切っ掛けは、小田原の泡盛屋のご隠居・先江門さんにサトウキビ栽培を八丈島で行いたいとアドバイスを求めた事だった。なんと、八丈島には元サトウキビ農家の一家が住んでいるという。そういえば泡盛の麹は八丈島から仕入れると以前言っていたっけ。その麴を作ってる一家がサトウキビ農家なのだろう。
琉球を出るときサトウキビを持ち出せなかったのを大層残念がっていたから、きっと協力してくれるだろうと、紹介状を書いて貰えた。
その紹介状を万喜城主・土岐頼春に持たせ、正木水軍に八丈島に向かう手はずだったのだが、二人ともそれに付いて行ったというのである。
風光明媚な初夏の八丈島でハネムーンとは、なんとも呪いたいほど羨ましい奴らである。
そんな訳で、雄二はいない。重伍は未だ日光連山という状況で、さる厄介ごとを持ち込んできた連中がいる。雑賀党である。
俺達が今いるのは百石屋、佐倉城下に作られた忍びの交流サロンだ。
頭領の雑賀小雀は現代ならアイドルデビューできそうな小柄な可愛い子ちゃんだが、鉄砲の腕前は物凄いらしい。だが今回の問題は後ろにいる三人の男である。
一人は、鉄砲の名手で名を雑賀孫一という。一見すると細面のイケメンだ。
もう一人は、髭を蓄えたラグビー選手のようなゴツイ体の男でやはり鉄砲の名手、名を雑賀孫一という。
三人目は、目つきが鋭く常に威圧を放っているような剣豪のような男だが、やはり鉄砲の名手、名を雑賀孫一という。
要は全員、雑賀孫一なのである。
雑賀党は色々あって三派に分裂していたが、小雀の努力によってようやく一党に纏まろうということになったという。
そこで問題となったのが雑賀孫一という名跡だ。孫一も風魔小太郎のように個人の名ではなく一番の鉄砲の使い手が名乗る名跡なのだそうだ。分裂していたわけだから、当然、各派に雑賀孫一はいたことになる。そして、一党に纏まるという事は三人の孫一も一人に絞らなければならない。
そんなこと雑賀内の問題なんだから、下総まで持ってこないで自分達で決めろと言いたいところだが、三人とも一歩も譲らず全国忍びの頭領にある俺の差配を仰ぎにやって来たというわけである。
昔のブラジル代表セレソンにカレッカ1,カレッカ2、カレッカ3なんていたけど、あれと同じで孫一1、孫一2じゃ駄目なの?と言いかけたが、あまりやる気がないと可愛い小雀が可哀想なので一つ案を出した。
「三人とも鉄砲の名手であること、これに間違いはないな」
代表して小雀が答える
『うん、あたいから見ても名手なのは保証するっす』
前言撤回、この子、アイドルというより元ヤンみたい。
「ならば、鉄砲の腕で勝負し一番腕の良い者が孫一を名乗ればよかろう。その方ら種子島は何丁持参してきた?」
三人に直接聞いたが、一番少ない者で3丁だった。
「であれば、予め火縄を灯した種子島を3丁ずつ用意し、そうだな50メートルだと全員命中させるだろうから、80メートルの距離で順次射撃、的の中心からの距離が最も近い者を勝者とする。これでどうだ?」
皆しばし考えていたが、最終的に全員同意した。
「種子島の手入れもあるだろうし、勝負は三日後とする。それまで、十分に英気を養い悔いのない勝負をいたせ」
どうせならとこの勝負、領民から入場料を取って観戦させることにした。城の普請や補修などで使用する即席の櫓などがあるので簡易アリーナを設置することも可能だろう。なにしろ娯楽少ないからねこの世界。
で、勝負当日、僅か三日前の告知にも関わらず、会場は黒山の人だかりとなった。
アリーナや観覧席は全部で二千席程用意したが到底入りきらず、外から音だけ聞く聴衆も多数でた模様。どこから湧いて出たのか出店や予想屋も現れた。賭博でも開かれているのであろう。
さて、勝負の方法だが別に合図によって一斉に発射というわけではない。あくまで自分のペースで撃ってよいのである。一度に三丁の銃を立て続けに発砲しても良いし、一発一発集中して撃っても良い。この辺りは自由にさせた。
最初の細面の男とラガーメンはそれぞれのペースで発砲し互角の勝負を見せた。これは的を詳細に見なければ優劣は決められないだろう。問題は三人目の男だ。
距離80メートルは不慣れだったのか明らかに他の二人より劣っている。事件はこの男の三丁目の発砲の時に起きた。なんと、そいつは的ではなく俺に銃口を向けてきたのである。こんな所でそんな事をすれば結果は知れている。
男は、あいや、もはや男でないかもしれないが、発砲前に夕に後ろから思い切り蹴られ、泡を吹いて気絶した。
一応、小雀にあいつの処分を確認するが、さすがの元ヤンも自分が連れて来た人間の不祥事に平身低頭で、『お頭にお任せ致します』と言ってきた。
まあ、佐渡の金山が人手が足りないと言っていたし、鉱山労働に股間の状態は関係ないから佐渡行だな。
結局、残る二人の勝負は的判定となり、より中央に二発宛てた細面の男が晴れて雑賀孫一を名乗ることになった。もう一人の名は小雀が決めると言う。
今回のイベントで改めて認識したがこの世界の領民は娯楽に飢えている。
今回は裏賭博みたいなのも行われたようだが、今後は競馬や手漕ぎ舟レースなど公営でやるのも良いかもしれない。本来裏社会に回ってしまう金を表の世界に留める事に繋がるしね。




