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1591年5月17日 正木頼忠

阿曾沼氏と会見した翌々日、今度は安房の正木頼忠との会見だ。正木氏は北条に臣従したが安房の陸地は全て我が伊勢家と接しているので、自然、伊勢家の配下となった。正木氏は旧来の里見氏以来、館山港を拠点にして危険な外海を行く漁業の民、および水軍としても有名である。出来ればこれを機に伊豆諸島の統治を任せたい所である。


さて、そんな正木が献上してきたのは、何と鯨である。外海で捕獲した鯨(おそらく子供)を犬吠埼から香取海を遡上させ、印旛浦まで連れて来たのだ。生きてる鯨を見るのは俺もこれが初めて。さすがに驚いたわ。

ただ、海を行く鯨を淡水に入れては長くは生きられない。印旛浦までこれたのも鯨の巨体故だろう。さすがにこの殺し方はちょっと可哀想になってしまった。

ただ、正木によれば、この時期、鯨の群れはもっと北にいる筈。房総沖で取れたという事は群れから逸れた個体で、子供一頭ではどちらにしてもそう長くは生きられないとのことだった。

小田原を出てから鯨肉は食べていない。久しぶりに堪能するとしよう。

そうそう、鯨肉で思い出したが、いつの間にか俺がこの世界に来て一年経ってしまっていた。忙しくて完全に忘れていたわ。一年経ったら元の世界に帰るのかと思っていた時期もあったがそんなことはなかった。

頼忠は人質として自身の次男・正木為春(18歳)を差し出してきた。

18歳で人質とはちょっと可哀そうだが、まあ仕方ないだろう。

「時に頼忠は伊豆の島々は訪れた事があるか?」

『伊豆の島でございますか?大島、神津島、新島、一番遠い所で御蔵島には行った事がございます』

「ほう、島民の生活ぶりはどんな感じか?」

『殆どが漁民でございます。大島はともかく、他の小さな島では稲作はできないようです。それに、あれらの島々は皆中央に火山を抱えておりまして、島民は火山に怯えたり、神として敬ったりの生活です』

「島には椿が自生していると聞いたが、どうだ?」

『椿でございますか。確かに椿の実から絞った油を食したことがあります。たいそう美味でしたが、何分手間がかかるようで、魚油の方が島では多く使われているようです』

「そうなのか。実は伊豆諸島も我ら伊勢家の直轄地になってな。椿油を特産にするよう島々に触れを出した所だったのだ」

『成程、殿が庇護して特産品に育てるのは名案ですな。椿油の味は魚油とは比較にならないくらい美味でございます』

「特産といえば安房はどうだ?何か特産品はあるのか?」

『恥ずかしながら、安房もまた平地が少なく米は余り取れません。”安房4万石”などと言われたりしますが、それは水増しした噂か、漁獲高を差しているのでしょう』

「我ら伊勢家では米には然程拘っていないので心配することはない。漁獲高4万石なら大したものだ。米が取れなければ斜面の土地に枇杷とか梨とか果実の木を植えて育てれば良いではないか。杏子や橙などもあろう」

『成程、果実でございますか。しかし、果実はどこでも取れる故あまり特産という感じではないような』

「頼忠、まさにそれよそれ!どこでも取れるが故にあまり重視されていない。品種の改良なども行われていないしな。時間は掛かるだろうが、甘みが増した果実が開発できれば正に安房の特産品となり、よその果実を駆逐できるだろう」

『成程、安房では男衆は早朝から海、女衆は朝から狭い畑仕事でしたが、果実の品種改良も命じてみます。たいして取れない畑仕事より、女衆も喜ぶかもしれません』

『しかし、殿、家来になったばかりの某に何故、そこまで親身に色々教えて下さるのです。某、安房の半国くらい召し上げられるのではと覚悟して参ったのですが』

「何、それは簡単な話だ。隣の安房の民が豊かになれば上総下総も豊かになる。暮らしに余裕が出来れば交易も盛んになる。良い事づくめではないか。隣領に起きる災いを喜ぶ時代はもう終わったのだぞ!頼忠」

『はっ、この正木頼忠。いや正木一族、総力を挙げて安房を豊かにしてみせまする。伊勢様の家臣となれて安房国衆領民は誠に幸せにございます』

なんだ?急に大袈裟に。

「うむ、共にこの房総を豊かにしてまいろう」

なにが頼忠の琴線に触れたのか分からないが、友誼を結べたようなので一安心である。

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