1591年2月1日 浜松城
松坂で蒲生氏郷と別れ、御用運送・九鬼水軍に御厄介になって浜名湖まで送って貰った。甲賀や伊賀で貰った品や伊勢神宮の鮑、鯛の残り、氏郷からの土産・牛肉の干し肉は九鬼水軍に頼んで木更津に先に送って貰うことにした。同時に家老・垪和に事の次第を認めた文を書いて送ってもらった。
そして、ここ、北条氏光の本拠浜松城である。氏光さんとはなんだかんだ言って小田原籠城依頼の再会である。
「氏光殿、久しぶりでござった」
『お頭、あ、失礼、伊勢殿、お元気そうで何よりです』
そう氏光は以前から俺をお頭と呼ぶのだ。正室が北条幻庵の娘というのが関係しているのかな?
氏光は文武両道のオールラウンダーの将だ。小田原解放後は親方様と共に山中城攻めに同行したり、甲斐信濃仕置きでも殆ど抵抗なく治めて見せたり、今、領有している駿河、遠江、三河でも一揆も謀反も全く起こさず順調に治め、豊臣軍に荒らされ収穫不足になった関東に食料を支援している。
そんな氏光と雄二も交え積もり積もった話に花を咲かせた後、一つ気になる事を聞いてみた。ズバリ、鰻だ。
そう、現代で浜名湖と言えば鰻じゃないか。この時代に鰻の養殖をしているかは分からないが、氏光であれば、或いは成功に導けるのではないかと思ったのだ。
『浜名湖で幾らか鰻が取れるようですが、地元の漁民以外は気味悪がって食べないようです。見た目が蛇に似ているからでしょうね』
あぁやっぱり浜名湖で取れるんだ。
「それは、漁民には美味しい話、いや収入を考えれば惜しい話だな。鰻は栄養たっぷりでとても美味しいのだ。食わず嫌いを改め、当地の特産品となるようとりあえず領民に向けて仕向けて行ってはどうだろう?松坂の蒲生氏郷とも話したのだが、あちらは牛を育てているそうだが、換金食品としては中々厳しいそうでな。」
「某が思うに日ノ本の食事は米、米、米に偏り過ぎている。本来なら土地土地の特産を持ち寄り頂くのが一番美味しい食事だと思うのだ。進取の気風を持つ北条家が幕府を開く以上、食事の伝統も変わっていくと思う。とりあえず、鰻を漁する漁民は庇護して欲しい。いずれ我が下総上総が豊かになったら、鰻は是非我が領で購入させて貰うよ」
『伊勢殿がそこまで言うのなら、さぞかし美味しいのでしょうな、某も一度食べてみましょうか』
『いや、兄者は何でも美味そうに食うからわかりませんぞ。猪、雉、牛、それにマム(ベシっ!)いてっ』
雄二余計なことを言うでない。
翌朝、氏光が手配してくれたらしく鰻が朝食に並んだ。
ブツ切りにして焼き塩をふってある。
蒲焼がベストなのだがこの時代、醤油ないしな。う~む、醤油、醤油。
醤油と言えば・・・・銚子に野田、なんだ自分の領内じゃないか。
何れも水運の要で物資の集積地だ。大豆も集まる事だろう。戻ったら早速研究を指示しよう。
天然の鰻は塩焼きでも十分に美味しかった。
氏光も『これ程、美味しいとは!食わず嫌いはいけませんな』と感嘆していた。
「これなら特産品になる資格十分だろう?捕獲し、産卵させ、稚魚を確保すれば養殖も可能になる。そうすれば商品として数を確保することも難しくはないはずだ。是非、やってみて欲しい」
養殖を成功させる難しさなど全く分からないので、さも簡単そうに氏光を焚き付けた。でも、彼なら苦労はするだろうが成功させてくれるだろう。




