1591年1月24日 伊賀・甲賀
良い思い出のなかった京の都をとっとと去ろうとしてた、板部岡さんとの会合の翌日、蒲生氏郷が訪ねて来た。俺の家臣だが、旧来の松坂城主に復帰した為、あまり話をしたことがない人だ。
『殿、並びにご舎弟殿、お迎えに上がりました』
どうやら俺に会いたい人がいるらしい。
『お伊勢様が殿にどうしてもお目にかかりたいと申しております』
氏郷は平伏して言った。
あぁ、俺がお天道様なんていう通り名が付いたから、とうとう本物の神社から呼び出しか。正直気が重いわ。
まあ、家臣の顔を潰すわけにはいかないから重い腰あげるか。
「氏郷、お伊勢様参拝は構わんが、献上品等は一切ないが大丈夫か?」
京に持ってきた献上品は帝やお白い爺に全部あげちゃったからね。
『とんでもございません。お伊勢様は殿を、祭神としてお祀りしたいとの事にございます』
?は?はぁ?俺が神として祀られる?まさか神になる為に殺されるとか?
「なんとも、途方もない話だが、神になる為に命を差し出せとか言われないだろうな?」
『ははは、あ、いや。失礼いたしました。そのような心配は全くございません。現人神として祀られることになるとの事にございます』
氏郷が苦笑しながら答えた。まあ、俺を殺そうとしたら夕が黙ってないだろうからな。
「そうか、では身軽であるし、馬で行くか」
そう、上様達は帝や公家から色々下賜されたそうだが、俺達には何もなかったのだ。その癖、俺が献上した品々が一番評判良かったというんだから腹が立つ。
さて、気を取り直して伊勢への旅である。伊勢は現代でも行った事ないんだよね。
京から伊勢へは、途中、甲賀、伊賀を通る。鞍馬天狗から日ノ本全ての忍びが俺の旗下に入ったと聞いてはいるが大丈夫だろうか?
で、結論から言うと、歓待、歓待の嵐だった。俺達一応お忍びの旅だったのだが、そこは忍びの里、俺達が通過することは知られていたようで質素だが楽しい宴の夜が続いた。風魔の里では懲りてるから、食材については尋ねなかったがどれも美味だった。なかでも驚いたのは松茸だ。
『私らでは、このような臭い茸しかお出しすることができませぬ。申し訳ありません』
平身低頭で出してくる。
そうだ!この世界、時代では椎茸が高級品だったのだ。ならば、もしかして俺、松茸食べ放題か。
「いやいや、某はこの茸の何とも香しい風味が大好きだ。日々これを食している其方達を羨ましく思う」
甲賀の里は、前関白・秀吉によって改易され、多くの者が一般武士として仕官したり、平民として里に留まったりと中々苦しい時を過ごしてきたそうだ。それ故に秀吉を倒した俺達の事を歓待する気持ちも強いのだろう。因みに忍びの術はひっそりとしかし確実に保持されているとの事、今後は忍び仕事が増えるし、忍びの地位も以前より上がると伝えたら皆喜んでいた。
結局、甲賀には3泊した上、お土産にと松茸一俵貰ってしまった。
『こんなものなら、毎年、殿にお届けいたします』
とまで言われたよ。
次に訪れた伊賀では、一つ出会いがあった。
『伊勢直光様ですな。某伊賀の頭領・服部半蔵でございます』
『同じく、百地丹波にございます』
『同じく、藤林保豊にございます』
雄二が
『伊賀の上忍三家の頭領勢ぞろいだ』
と囁いた。
やがて、質素な山間の家に通され、滞在中はここをお使い下されと言われた。
一応畳敷きの部屋だから、恐らく客間なのだろう。
やがて、里の衆が甲賀から貰った松茸の匂いに反応して騒ぎ出した。
「俺の好物だ」と伝えたら、甲賀よりうちの方があの茸は良く取れるとか言い出して、ここでも松茸料理を振舞われた。ただ、そろそろ肉が欲しくなったので、
「この辺りでは、猪などは出ないのか?食してみたいのだが」
と言ったら、大いに驚かれた。どうやら、この世界で肉は客人に出すものではないらしい。
俺が肉も食べると知るや、出るわ出るわ出るわ、
猪、亀(スッポン?)、雉、馬、盛大な肉鍋パーティーとなった。
それに、沢山の松茸。何だか、忍びの里の方が俺の味覚に合ってる気がしてきたよ。
宴たけなわの一夜を過ごした翌日は、服部半蔵、百地丹波、藤林保豊の上忍三家の頭との会談だ。
最初に半蔵が
『八瀬様から聞き及んでいるかと思いますが、我ら伊賀者一同、伊勢直光様の旗下に加えていただきたくお願い申し上げます』
律儀に三人で平伏してきた。
「頭をあげてよい。確かに八瀬の鞍馬天狗殿より話は聞いている。伊賀の皆が我らの元に集ってくれて頼もしく思うぞ。ただ、十分な禄を当分与える事が出来ぬのだ。その辺りは大丈夫か?」
鞍馬天狗は大丈夫と言っていたが一応確認する。何しろ、伊賀者のメインパトロンだった徳川家は事実上滅亡しているのだ。
『『『なっ、なんと!鞍馬天狗様にお会いになられたと??』』』
ん?驚くところはそこか。
今度は、百地が発言する。年齢は半蔵より上そうだ。
『我らも八瀬様とは長いお付き合いがありますが、鞍馬天狗様にお目に掛かったことはありません。恐らく、鞍馬天狗様にお会いになられるのは帝だけかと』
次いで、藤林も言う。こちらも半蔵より年上そうだ。
『鞍馬天狗様は伝説の存在です。その昔、源の義経公を指導されたとか言い伝えがあります。勿論、人がそんなに長く生きられるはずはありませんので、恐らく代々襲名されていく名籍のような物なのでしょうが』
ふ~ん、あの人、そんなに凄い人だったのか。確かに夕の監視を搔い潜って俺の元まで来たからな、凄腕であることは間違いないが。
「鞍馬天狗殿の事も大事だが、それより、碌はどうだ?主家から十分に払われないのであれば、それこそ死活問題であろう?」
『その点については4~5年は碌なしでも大丈夫でございます。波田家さんと仕事しましたし、お陰様で価値が復活した北条札もかなりございますので』
あぁ~ぁ、そう言う事。なら大丈夫だわ
「なら、心配なさそうだな。幕府の体制が決まったら、正式に伊賀の皆にも動いてもらうことになる。頼りにしてるぞ」




