1591年1月22日 参内
昨日来、都は大騒ぎである。北条家が上洛したというのも勿論あるが、それ以上に注目を集めているのはやはり二頭の象だ。
最早だんじり祭りもかくやという人だかりで中々進めない。
とにかく、人、人、人で、俺にとっての第二の故郷・京都のこの時代の姿を見る事も容易じゃない。
結局宮中まで3時間位かかってしまった。
出迎え人達も余りに遅いのでイラついていたようだが、象を見た瞬間、目を丸くしていた。
さて、帝に拝謁する親方様達とはここで一旦お別れ。俺と雄二はしばし待機である。というのも俺達を呼び出した公家も帝と親方様の謁見の場に同席するからだ。
碌な暖房設備もない寒い一月、待機といわれても何をすれば良いやら。ただ座ってると寒いし、待合所には女中らしき人が、抹茶と餅菓子を持ってきてくれただけだ。
ただ、ここで、珍客が現れた。忍びである。
『風魔小太郎殿ですな?』
夕が通したのだから害意はないのだろう
「もう、引退したがな。で、そちらさんは?」
『我は帝に仕える忍びの長、鞍馬天狗と申す』
もうね、絶対、俺以外にも転生者いるでしょこれ
「して、鞍馬殿は忍びを退いた我らに何用ですかな?」
『今日は帝の忍び八瀬としてではなく、日ノ本全ての忍びを代表してまかり越しました』
『風魔殿は恐るべき武具を数多開発し、猿関白の大軍を蹴散らしたと伺いましたが、これに相違ござらんか?』
「小田原で関白の大軍と激戦を繰り広げたのは事実だが・・恐るべき武具かどうかは分かりませんな」
『御戯れを、敵兵の真上に突如現れる雷、全く音のでない鉄砲、お天道様が降臨されたかのような眩い光で船を沈められたとか。あの勇猛な九鬼水軍が完全に臣下の礼を取っていると聞き及んでおりますぞ』
『更に、敵対した者は生きたまま体中の肉を剥ぎ取られ、新たな雷の贄とされるという話も聞いております。そんなお天道様と悪鬼が同居したような御仁に是非直にお目にかかりお話をさせて頂きたく思っておりました』
「話をするのは一向に構わないが、鞍馬殿は日ノ本全ての忍びの代表なのか?」
『滅多にない事ですが、忍びの総意として貴人と話をする場合などでは、帝に仕える我らが代表を務めるのが普通です』
「そうなのか。して、此度はどんな話がしたいのだね?」
『単刀直入にお伺いします。風魔様、あいや伊勢様はこの日ノ本をどうされるおつもりですか?』
「どうと言われても、我ら兄弟、漸く武士として取り立てて貰ったから今後は領地を富ませ民を豊かにすることしか考えていませんな」
『では、その後は?』
「その後?」
『はい。此度の主上と北条様との会見で帝は、北条様に征夷大将軍の地位を与え、幕府を開くよう命ずるでしょう。そして、伊勢様のお力があれば、幕府内でやがて大きな力を持つ事は必定。故に、伊勢様がこの日ノ本全体をどうとらえているのかお聞きしたいのです』
「そういうことか。であれば話は簡単、鞍馬殿も知っての通り、今の日ノ本にはかつてない程異国の者が往来している。彼らが単に交易を求めるだけなら、別に構わんが、葡萄牙等は伴天連の教えを説いてまわり日ノ本を支配しようとしている者もいると聞いている。そんな状況で日ノ本の武士が争ったり、互いに疑心暗鬼になっているようでは、容易く国を乗っ取られてしまうだろう。まず、日ノ本全ての大名が心一つにして、日ノ本の軍としての体制を整える必要があるだろう。ただ、これはあくまで理想論だ。長年、群雄割拠してきた大名達がそう簡単に纏まるわけはない。大きな課題だな」
『成程、良くわかり申しました。では、その大課題、日ノ本の忍びが総出で裏から支えたら実現可能とは思いませんか?』
「全忍びが裏から支援する?全ての大名家にか?それなら、日ノ本軍の創設も強ち夢物語ではないかもな。しかし、そんなことをして忍びに利はあるのか?下手したら仕えてる主家の力を削ぐことになるかもしれないのだぞ」
『そこでです。既に当代の小太郎殿から話は通っていると思いますが、我ら日ノ本の忍び一同は今後は伊勢直光様の旗下に入りたく思っております。忍びの中には戦のない世になれば仕事を失うのでは?と心配する者もいます。が、伊勢様の旗下に入るという事は新幕府の旗下に入るという事。さすれば、辺境の諸大名の監視など日ノ本至る所で忍び仕事がございますでしょう。これは謂わば、忍び惣無事令なのです』
「話は理解した。日ノ本全忍びが協力してくれるのであれば葡萄牙や明であろうと怖い相手ではないやもしれん。ただ、どれ程、碌を出せるかは分からないぞ。何しろ伊勢家は北条家内でも新興だからな」
『御心配には及びません。表向きは各忍びとも今の主家に仕えてもらいます。
伊勢様の差配はあくまで裏のまた裏という扱いでございますれば、伊勢様より碌を頂く必要はございません』
「鞍馬殿は帝に仕えていると申されたが、帝を裏切るのか?」
『いや、主上と幕府は表裏一体の関係にあります。幕府の利は主上の利。これが日ノ本の正しい姿なのです』
「成程、であれば、こちらも異存はない」
『は。有難うございます。長居が過ぎました。そろそろ失礼します』
鞍馬天狗はすっと姿を消した。
暫くの沈黙の後、雄二が口を開いた。
『まさか鞍馬天狗殿直々にやってくるとはな。俺も初めて会ったぞ。それに、八瀬があんな丁寧な話し方するのも初めて聞いた。いやあ驚いた』
「全国の忍びが俺の旗下に入りたいという話だったが、重伍から聞いているか?」
『あっ、それはすまん。兄者が夕とお取込み中だったんで言い忘れてしまっていたわ』
『あの鞍馬天狗殿は間違いなく本物ですわ、私でも捕捉しきれませんでした。護衛なのに申し訳ありません』
いつの間にか夕も来ていた。って何、夕が安全を確認して通したんじゃないの?
『ですが、先程は不意を突かれましたが、相手の速さが分かれば対応可能です。今、三つ者で速い者が後を付けております。その者は気配遮断にも優れているのでまず見つからずに尾行できるでしょう』
すると、あっ!とした顔で雄二が言った。
『重伍から聞いたんだが、あの泡盛屋の先代、琉球王の血縁者らしい。そんな人を小田原に住まわせているので島津が気にしているみたいだ』
え、先江門さんが琉球王の関係者?なんか訳ありだと吹さんが言っていたが、そんな凄い人だったとは。
さて、そんなやり取りをしている間に、ついに迎えの御婦人が現れた。これから公家との謁見である。
迎えの案内人の後を付いて行く。勿論、夕は闇に消えている。
『こちらでお待ちを』案内人が指示したのは三畳程度の狭い板の間だった。
襖の向こうから、なんか楽し気な声が聞こえる。
案内人が『失礼いたします。伊勢様が参られました』と言い、襖を半分開けた。
そこで展開されている光景に目を疑った。
案内人の声が聞こえていないのか、車座になって夢中で遊んでいる。
案内人は『申し訳ありません。今、貝覆いの最中でございます』とすまなそうに言う。
だが、俺と雄二は気が付いていた。こいつらは俺達が来ているのに気が付いている。つまり無視しているのだ。いいオッサン共が顔に化粧し、口にも気持ち悪い黒いの塗りつけて、貝殻使った神経衰弱みたいな遊びをしている。見ているだけで吐き気がしてくるわ!
やがて、キモオタ親父の一人がわざとらしく、こちらに声をかけて来た。
『お、ようやく参ったか、伊勢。待ちかねたぞ!』
やがて、お白い顔のキモオタ全員がこちらを向いた。畳み敷きの部屋に入れとも言わない。
『主上に献上した巨大な獣は、其方の手配であったそうだな。次は麿にも一頭頼むぞ』
『それより、昨夏に伊勢を襲名しておきながら今の今まで何故参内しなかった。何を置いても直ぐに挨拶に来るのが筋であろう。この木っ端役人め』
『まあそう怒るな。今回、あ奴らが我らに献上した孔雀石、瑪瑙、それにビードロは中々美しい物であった。今後も忠義に励むなら官位を授けるのも吝かではないぞ』
『そうであるな。伊勢は代々従五位上・兵庫頭であったな。いつぞやはこれくらいで都合付けたな』
そう言って、お白い爺は紙を投げつけて来た。そこに書いてあったのは、現代の価格にしておよそ5億円もの巨費だった。そんな大金を国造りに使うならともかく、神経衰弱みたいな遊びや、キモオタ爺の贅沢三昧に使われるなんて反吐がでる話である。
『そなたら伊勢は室町幕府の頃より、執事であったのだ。これからも励めよ。此度は下がって良し』
散々待たせておいてなんだあの態度は!
あれが人に金を無心する態度か?勿論、元より恵んでやる気もないが。
少なくとも北条の日ノ本にあんなお白いお歯黒キモオタ爺共はいらない。




