1591年1月3日 密貿易南蛮船来訪
正月でも休まない仕事。一つは忍び、そしてもう一つは盗賊である。
俗に倭寇と呼ばれる密貿易船4隻が正月三日にやってきた。
昨年8月に下田に来た密貿易船とは違うようだが、歩き巫女が帯同というか女親分のように見えるが・・・奴隷として密貿易船に乗って僅か半年弱、どうしてこうなった?
今回、密貿易船がやってきたのは富津湊だった。どうやら、俺が下総・上総を領有したということは知っていたらしい。
してその富津湊なのだが、水軍と湊整備を梶原に任せていたが、如何せん浅瀬過ぎて、貿易船のような大型船は入れなかった。
なので木更津に来てもらったのだが、こちらは更に酷い。小さな漁港だった。現代の超巨大な木更津港のイメージでいた俺は大いに驚いた。
仕方がないので、貿易船には木更津沖に停泊して貰い、小舟で少しずつ物資を輸送することにした。
気になったのは、交易の対価としてこちらから何を差し出せるかという事だった。
以前は奴隷を売ったが、このところ盗賊もあまり出ない上、いても鉱山労働にまわしている。しかも、下総や上総では硫黄も産出しない。
一応売り物として用意できそうなのは、漆器、日本刀位なのだ。
一方、奴隷に忍ばせた歩き巫女に伝えてあったので、今回は、硝石、偽銀(白金)以外にも農畜産物が盛りだくさんだ。南瓜、じゃが芋、キャベツ、西瓜 、トマト、サトウキビ、オリーブ油、豚、軍鶏、牛、羊、山羊ってこれカシミア?毛ふっさふさのアンゴラ兎もいる。中でも圧巻は二頭の象だろう。小舟2艘を横に繋いで一頭ずつ慎重に運んでくる。領民漁民全員目が点だ!おそらく日本に初上陸した象だよ。
それに何より奴隷が居るのだ。アフリカンに、インド人?アラブ人?とにかく南アジア系の人が結構いる。
さすが歩き巫女だ。よくここまで揃えてくれたよ。全部買いたい!
俺は技開家老として大金の決裁権を持っているが、交易にこれを使ったら、横領?いずれにしても勘定家老の山角定勝さんから雷が落ちるに違いない。
かと言って、佐渡の金山はまだ採掘を始めたばかり利益を上げるには至っていない。北常陸の金山も同様だ。はっきり言って金がない。
さてさて、どうした物か。
『私がお話しましょうか?』
突然背中から声を掛けられた。いい加減もう慣れたよ。夕だ。
「そうだな。全部買いたいが支払いを待ってもらえるよう交渉したいんだ」
『お任せください』
夕はそう言って相手女親分の所に行った。
あれ?あの親分歩き巫女だよね、つまり夕の部下ということか。
二人で何やら話している。やがて夕が戻って来た。
『話をしてきました。これから、お頭いえ伊勢様と私、先方からは凶とワンヂー(王直)の4人で話し合いをしましょう。村の寄合所を借りてきます』
なんだか、最近、夕は優しいよね。それにしても凶とは凄い名前だねあの女。
やがて寄合所で4人で座って話し合いが始まるかと思ったが、最初は俺達と凶の3人で話すという。ワンヂーは見張りを付けて外で待ってもらう。
当たり前だが、ストーブもないこの時代の1月は物凄く寒い。部屋中央の囲炉裏に炭を入れて貰ったが焼け石に水である。
早速、凶が話始める。
『まず初めに、私達3人の入船してからの事をお話しします』
それによると、奴隷として乗り込んだ3人は直ぐに船の上役の目に留まり、彼らの慰み者として、奴隷とは離され船長室に連れて行かされたという。それもその筈、3人は男を誘う香りの媚薬を懐に忍ばせていたのだ。小汚い奴隷の身体検査など誰もしないから直ぐに船長らに取り入れたという。その後、沖に出た頃には船長以下幹部クラスは悉く3人の虜になっていたという。勿論、船には前から娼婦が乗っていたそうだが、彼女らは邪魔なので早々に海に消えていただいたそうだ。
やがて琉球を出航した頃には、船長や幹部らが彼女らを独占したがるようになり、”それならば海の男らしく決闘して、あたし達は勝った一人の物になる”と嗾けたら、本当に殺し合いが始まり、結局船長は死亡、幹部の2人が残ったところで争いを止めさせ、日本人とチャンパ人だというその2人の幹部から情報を仕入れつつ倭寇の拠点であるマニラに向かったという。
偽銀(白金)は主に明人とチャンパ人がポルトガル人から掴まされたという。大金をつぎ込んでしまったそうで銀を最も欲している明に持って行ったら偽物と言われ青くなったらしい。お金も痛いが偽物を掴まされたという事実が倭寇としての箔を痛く傷つけるそうだ。この辺り、見えとプライドの海賊らしいね。
そこで、凶達はまず倭寇達に、以前孝太郎から指示された品々とタイアップなら日本で偽銀を引き取ってくれる人がいると触れ回った。
その結果、自分達の失態の象徴であり部下にも秘密にしていた者のいた偽銀被害者の海賊が大挙してマニラに集まった。しかも、日本人が欲しているのが動物や農作物と聞いて狂喜したそうだ。彼ら倭寇にとってそんな物脅し盗るのは造作もない事だった。結局、手あたり次第に農作物や動物を漁りまわって船倉に置いたままだった大量の偽銀と一緒に持ってきたという。彼らにとっては『偽物掴まされた愚か者』というレッテルが騙し取られた金より痛いそうだ。そんな噂さえ流れなければ恐怖の倭寇としてこれからも海賊稼業で稼げるからだ。
今回連れて来たワンヂー(王直)もそんな偽銀掴まされた倭寇の一人だそうだ。ワンヂー(王直)とはその昔の倭寇の大物で結局最後は明に捕まって処刑されたらしいが、そんな人の名に肖って名乗るあたりが大物ぶりたがる海賊らしい。
『そんな訳で、今回は硝石の代金だけで結構です。皆、騙された証拠を隠滅出来てお頭、あ、今は伊勢様でしたね。に大変感謝しています。ワンヂー(王直)は代表してお礼を言いに来てるのです』と凶は話を締めた。
「あの象もタダで良いのか?」
『勿論です。あんな大飯喰らい。シャムにはいくらでもいるそうですよ』
「シャムと言えば猫も有名だな。今度頼めるか?」
『シャムの猫でございますか?戻ったら調べてみます』
「そう言えば、カルバリン砲は入手の目途はたったか?」
『いや、それがあの大筒は明国で製造していて、さすがに倭寇達ではどうにもなりません。そんな訳で、今、禍が澳門に情報収集に赴いております』
「澳門とはポルトガル人か。彼らが明国に作らせているのか?」
『いえ、まだ噂程度の話です。禍なら確かな情報を持ち帰ってくれるでしょう』
仮に明がカルバリン砲を持っていたとしたら、史実で秀吉の朝鮮出兵が上手くいかなかったのも納得だな。だけど・・
呉の資料館の資料で、家康がカルバリン砲を使ったというのは覚えているけど何処から入手したとか全然読まなかったかな。歴史に興味なかったからな。
結局、前回壊れたカルバリン砲を搭載していた船が元々何処の国の船だったか調べるよう頼んで、話は終わった。
そして、ワンヂー(王直)を呼ぶ。彼は平伏したどたどしい日本語で、
『お初にお目にかかります。お頭。此度は某の不覚の品を引き取っていただいて、ありがとうございます』
余程練習したのだろう。こんな長いセリフを言い終えた。
因みに彼はワンヂー(王直)と名乗っているがチャンパ人だそうだ。凶達が船上で殺し合いをさせた生き残りの一人である。
もう一人の生き残りの日本人はキヨヤスといい、今はマレー等南方に向かいポルトガル人とやり合っているそうだ。
この二人に加え、スマトラのアチェ王国出身のアリという男が現在の海賊3強だという。歩き巫女の残る一人、壊はアリの所に向かったという。
日本人のキヨヤスとは既に協力関係というかワンヂー(王直)同様、舎弟扱いらしい。どうやってそんなに早く倭寇を掌握できたんだ?と聞いたら、凶は
『男の腰には便利な物がぶら下がっていますから』と小悪魔のように笑った。
怖くてそれ以上聞けなかった。なんだか国外に出ていよいよ誰にも止められなくなってきたぞ歩き巫女。




