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1590年12月27日 奥州惣無事令願い?

七日前、今月二回目の評定の席でビードロと孔雀石を披露したら皆大喜びだった。


ただね、俺も知らなかったが孔雀石は岩絵具として絵画で広く使われているらしく、そんなに高価な物じゃなさそうだったんだ。


その証拠に前回の評定で赤と茶しかないと言ったビードロに緑も加わっているのだ。


公家には絵の心得のある人もいるだろうし、孔雀石なんかで喜んで貰えるかは微妙なところだ。


というわけで、その辺りは板部岡さんから氏規さんに頼んで探りを入れてもらうことになった。


さて、今日は12月27日師匠も走る師走の年末である。そんな忙しい時期になんでまた小田原城にやってきているかというと、陸奥・出羽の大名達が大挙して訪ねてきているからである。


南部氏、津軽氏、蠣崎氏、秋田氏、最上氏、相馬氏 計6氏が何れも使者ではなく当主直々に来訪してきているのである。


南部氏と津軽氏は物凄く仲悪いらしい。秋田氏もまた前年に南部が支援する勢力と戦をしていたそうで両者は険悪らしい。


そんな、決して仲良しこよしとは言えない大名の当主達が何故このくそ忙しい年末に揃って小田原までやってきているかというと、彼らの希望は一つ



『『『『『『所領安堵し、北条家に臣従させて下され!』』』』』』



だそうだ。


どうやら、親方様が年明けに上洛し帝に拝謁するという事を聞きつけて、何もかも投げ出して駆け付けてきたらしい。


因みに6氏とも旧関白・秀吉から所領安堵されていたそうだ。


だが、その天下人関白が亡くなってしまった。そして、我が北条の上洛。


ここで、北条は帝から新たな天下人としての地位を賜るだろうと読んですっ飛んできたのだ。


彼らが恐れているのは、今や北条の盟友となった伊達氏だ。


元々、伊達氏は勝手に”奥州探題”を名乗っていた。


勝手に名乗っている内は無視すれば良かったが、北条が天下人となり伊達氏の奥州探題を正式に認めたら、奥州の各氏は皆、伊達の家来という事になってしまう。


そうなる前に北条に臣従し直臣となれば、伊達が正式に奥州探題になっても無茶は出来ないだろうと踏んだようだ。


『臣従する者に所領安堵は流石に出来ないぞ。従属の間違えではないか?』


親方様の指摘に、南部の当主・信直が答える。


『関東における、那須殿のような立場にはなれないでしょうか?』


確かに那須は同盟だが、領土の大半を北条に囲まれ北条抜きでは殆ど何もできない状態である。


『那須殿とは従属どころか同盟だぞ。その方らは当家に臣従したいのであろう?当家の家来とならば国替えなども受け入れて貰わねばならぬのだが』


親方様が意地悪く答える。だが、これは正論だ。所領を動かせぬ家臣など聞いたことがない。神社や寺を庇護するのとは訳が違うのだ。


南部信直が続ける


『奥州は鎌倉以来4百年来の家も多く、大名家と領民が深く深く結びついております。仮に南部が他所へ移転するならば一緒に行きたいという領民も多数でるでしょう。それ程に深く結びついておるのです。無理に大名家だけを移転させたら、奥羽は大きく乱れるでしょう』


まるで脅かす様なことを言う。続いて津軽の当主・為信が

『北条様が戦をされる際には、どんな遠くでも馳せ参じます。もし、南部を相手に戦をするのであれば我ら津軽は領民皆兵となって攻め掛かる決意でございます』


これを聞いた信直もやり返す

『なに?、元は津軽は南部の家臣であったではないか。北条様、やはり津軽は信用なりません。このような謀反人を誅するならば我ら南部家は女子おなごも含めて一人残らず武器を取りまする』


あぁ、やっぱり仲悪いわ、この2家。


『待て待て、当家に臣従するというなら仲良くしてもらわんと困るぞ。それとも、南部と津軽で片方が滅ぶまで戦をし勝った家のみ臣従とするか?』


親方様がとりなしたが、まだ何か言いたそうだぞあの二人。


『それとも奥州探題を自任する伊達殿に裁いてもらうか?』


親方様のこの一言が決め手になった。


『恐れ入りました。南部とも良好な関係を築くよう努力をいたします』


『津軽殿とも良い関係を築きたいと思います』


伊達の名を出した途端に喧嘩終わっちゃった。


『うむ。そのように頼むぞ。奥州の特異な事情も了解した。今後10年所領安堵するという条件であれば臣従を認めよう。そして、この伊勢直光から其方らに幾つか伝えたい事があるそうだ』


ようやく、俺の出番だ


『北条家技開家老の伊勢でございます。当家では新規鉱山の探索と発見した場合の優先発掘権を某が持っております。奥羽の皆様にもこの約定は遵守いただきたい。

そして、現在、安東様が所有している男鹿半島、南部様が所有している釜石地方を北条家直轄領とさせて頂きたい。この二つを了承いただけますかな?』


南部信直は釜石と言われてもピンと来ないようだったが、自身も知らない土地など余程田舎と思ったのか直ぐに了承した。


秋田氏の当主・秋田実季は若干14歳だが、しっかりとした口調で

『隣に御屋形様の直轄地ができるとはこれ程心強いことはございません』

と平伏して了承した。


因みに男鹿半島は石油がでる地。釜石は言うまでもなく鉄鉱石の大産地である。


この結果、全当主が

・10年間の所領安堵

・伊勢による領内の新規鉱山の探索と発見した場合の優先発掘権を了承

・蠣崎氏はアイヌとの交易権を北条に譲渡すること

・津軽氏は十三湊とさみなとの使用権を北条に譲渡すること

・最上氏は延沢銀山を北条に譲渡すること

・相馬氏は毎年馬1頭を北条に献上すること

・北条が派遣する代官による検地を受けること

・北条の公定税率4公6民とすること

・計量には北条公用枡である榛原はいばら枡を使用すること

・領民からの訴訟を受け付ける目安箱を各城門に設置すること

 (訴訟の審議は小田原評定衆により行う)

・各家より人質を小田原にだすこと

の11条を了解した。

3~6条は南部、秋田が北条に領地を割譲するので、バランスをとった。

蠣崎、最上は主要な収入源を失って気の毒ではあるが、蠣崎はアイヌとの取次ぎの仕事が入るし、最上は伊達と国境を接しているので止む無く受け入れた。

下5条は臣従する以上当たり前の条項だが、4公6民には各当主も驚いたよう。

だが、”領地開拓について技開家老より支援の用意がある”と伝え受け入れさせた。


実はこの会合、北条側には予め歩き巫女から情報が入っていたのである。

奥州勢が何を求め、何を恐れているか事前に知った上で面会に臨んでいたのだ。

蝦夷の蠣崎氏のところにも人が入っているというのだからいやはや恐るべし歩き巫女!

こうして、奥州惣無事令願いは無事終了した。

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