1590年11月20日 若き軍師・偽幸村
誤字報告有難うございます。
実はここ太田城に肝心の氏房さんが来ていない。
氏房隊5千の主将は岩槻城家老・伊達房実、それに忍城で大活躍した甲斐姫、大道寺家の跡取り直繁らである。
房実は氏房から俺宛ての文を持っていた。
『総大将でなければ初陣とは言えない。此度の戦の大将は直光殿にお任せする。ご武運を』
だってさ。
総大将って、俺、この世界に来てからまだ半年強なんだけど・・
まあ、武門の筆頭家老・松田康郷も雄二こと直雷もいるから大丈夫だとは思うけどね。あと、密かに偽幸村と呼んでいる真田信繁も。
新型炮烙玉改め雷矢は100個、バリスタ隊は3部隊用意した。
南常陸からは城に戻れた小田氏治、加増された鹿島兄弟も手勢を率いて加わってくれた。
やがて、岩城軍は敵がいないのを良い事に、赤沢鉱山他いくつかの鉱山を接収し、太田城に迫って来た。
岩城軍は北常陸の国人をその後も吸収しつつ、兵は6千程に膨れ上がっていた。
北条8千 vs 岩城6千
兵数ならほぼ互角である。地元の国人を従えてる分だけ地の利は岩城側にありそうである。
正直、野戦となったら総大将たる俺なんてただの置物だ。何しろ半年前まで現代で落ち武者と言われ異世界物三昧だったんだから。兵法なんて全く知らない。
と思ってたら、家老・松田康郷が籠城を提案してくれた。やはり雷矢を生かすには籠城がベストだからね。
ただ、雷矢の欠点は威力が大きすぎる事だ。今回は敵を倒すだけではなく、その後鉱山労働者として使役したい。出来れば無傷で捕えたいところだ。
となると、やはり氏照さんが八王子城でやったという敵を曲輪内に引き入れ閉じ込めた所で雷矢を威嚇発砲、戦意喪失を狙うのが最善手かな?
只、この太田城は高さ10m長の丘の上に城下町毎位置しており、戦闘に特化した山城の八王子城とは大きく構造が異なる。曲輪内まで敵兵を引きこむとしたら、城下町はひどく荒らされてしまうだろう。
とまあ一人で考えても仕方ないので評定を開いて相談したら、偽幸村こと信繁が、
『某に考えがございます』
と言ってきた。
「うむ、申してみよ」(我ながら城主っぽい物言いだ)
『は、敵は赤沢鉱山から山越えし南下してきております。我が軍は兵を4方面に分け、東は田渡城、西は西山丘陵、北は北大門城、そして南はここ太田城に配置します。つまり、この3城1地の中に敵を引き込むのです』
『敵が全軍平野に降りたのを見届けたら、4方から一斉に雷矢を威嚇発砲します。飛距離的に敵には当たらないでしょうが、敵は小田原の戦いを経験しておりません。周囲を襲った突然の爆発に大混乱になる筈です』
『そこで、太田城から『降伏しないなら今度は真上に落とすぞ』と脅かすのです。敵は雷矢の飛距離なんて知る筈ないですし、初見であの爆発を喰らった人間の気分は某も身をもって体験しています。まず間違いなく降伏するでしょう』
『それでも降伏しない場合は、敵に到達可能な距離にある太田城と田渡城から実際に1,2発ぶち込みます。いかに太田殿とて余所者の兵を短期間で統率しきれるとは思えませんし、実際、奴らは赤沢鉱山で金銀目当てに半月も留まっていたような集団です。抗うことに利がないと分かればこれで降伏すると考えますが如何でしょう?』
ここで、家老・松田康郷が口を開く。
『信繁殿、お若いのに見事だ。つまりこの城から北の平地を天然の檻とするわけだな』
『痛み入ります。松田様』
結局、誰からも異論は出ず、信繁案採用となり、部隊分けを行った。
東・田渡城 伊勢直雷、甲斐姫(兵3千、雷矢30本、バリスタ2隊)
西・西山丘陵 松田康郷、小田氏治(兵3千、雷矢20本、バリスタ1隊)
北・北大門城 伊達房実、大道寺直繁(兵1千、雷矢20本、バリスタ1隊)
南・太田城 俺(伊勢直光)、真田信繁(偽幸村)(兵2千、雷矢30本、バリスタ2隊)
総大将は俺だが、敵の動きが最もよく見えるのは田渡城なので、発射の合図は直雷が行うことにした。連絡手段は狼煙だ。
バリスタ隊は小田原籠城時からのベテラン組である。元々は小田原城内各部隊からの寄せ集めだったが、小田原後も専門職として雇用し、今ではすっかり意気のあったパーティとなっているばかりでなく、今回は帯同していないが見習い組の指導役もこなしている。
因みにバリスタであるが、開発改良は行われていない。現在は鯨の腱が動力だが仮にゴムが手に入ったとしても、今以上の飛距離は望めないだろう。
包囲された小田原城内では考えが及ばなかったが、そもそも現在の飛距離約400mというのも異世界補正とでもいうか、現実にはあり得ないような長距離なのだ。
そして、ダイナマイトだが、敵兵から剥ぎ取った布からニトロセルロースの開発をしたいところだが、安全確保がなかなか難しく未だ着手出来ていない。
というわけで依然、珪藻土ダイナマイトが主役である。
ただ、無音銃と名付けられたスプリング式エアガンについては進展があった。
小田原籠城時、山桜の銃身にライフリングを施し檜の弾を使用する試作品があったが、あれが実用化できたのだ。
簡単に言えば、銃身の外部を漆で塗って密閉性と強度を高めたのである。これで100mの距離でも従来の種子島に準ずる威力が確保された。
今は銅弾を使用できないか研究中である。
そうこう言っているうちに、田渡城から狼煙があがった。
早速4方から雷矢が射出される。
敵の場所距離を測る見張り役
炮烙玉矢をバリスタに設置する役
導火線に着火する火役
弦を引き放つ射手
部隊長の指示を確認するお指示役
もう手慣れたものである。今回は威嚇なので敵や領民に被害が及ばない地点を目指して射られた。
予想通り敵は大混乱だ。特に馬は手が付けられないくらいに暴れている。
あ~ぁ、荷駄や鉱山から取って来た金銀鉱石乗せたまま皆明後日の方向に走って行ってしまったよ。
ここで、降伏勧告を行う。
予め決めてあった大声の兵が木の外皮で作ったメガホンで呼びかける。
『岩城の兵に告ぐ。降伏しろ。降伏しないなら今度はあれを真上に落とすぞ。降伏の意志ある者は佐竹を裏切った太田一族を拘束して差し出せ!』
北条ではなく、佐竹と言ったところがミソである。岩城氏は佐竹とは遠戚にある。更に北常陸から加わった国人も元は佐竹の家臣だった者達だ。
要は暗に”お前たちは裏切り者に扇動されてるんだ”と仄めかしたのだ。
程なく、笠や兜をしている者は脱いで槍に刺して掲げたり、槍がないものは笠を振ったりしている。降伏の意思表示のつもりだろう。変わったケースでは鎧を外している者や、刀を置いて無手になっている者もいた。皆降伏の意思表示なのだろう。
やがて、太田一族の三人が捕縛されて太田城前に突きだされてきた。
3方にいた兵も其々下山し降伏した兵の拘束を行う。幸い被害兵は逃げた馬に跳ねられた者100名程だった。
その後、予め連絡してあった伊達勢が主力兵のいなくなった磐城平を接収、当主・貞隆や前当主未亡人は捕縛し引き渡された。彼らは下妻、下館の佐竹に送る予定だ。
また、ここで俺は初めて独眼竜政宗と少し話をした。
政宗は北条から貰ったバリスタを使いこなせず苦労していると言っていたので、
伊勢家に派遣してくれれば訓練します。と答えたら大変喜んでいた。
捕まえた太田一族3名だが、彼らは忍城攻めに参加していたようで雷矢の威力を知っていた。なので、あの爆発音を聞いた瞬間に敗北を悟ったという。
北条憎しで凝り固まっていた彼らだが、流石に今回で心を折られたらしく、せめて岩槻城の近くで奉公させて欲しいと言ってきた。彼らは氏房さんに預けてしまおう。
残るは捕虜兵の扱いだが、鉱山労働についてもらうのは勿論、佐竹時代から鉱山を掘っていた国人には人質を取ると同時に鉱山奉行に任命、併せて北条から目付役を付け、捕虜を預ける事にした。最も規模の大きい赤石鉱山とその支山・諏訪鉱山には千葉氏の重臣・原胤義を奉行に任命した。嫡男・胤信は下総に残るので裏切らないだろうが、目付役は風魔の者を任命した。
次に大きな栃原鉱山は元上総・東金城主・東金敏辰を奉行として派遣。2千の捕虜を与えた。城主から奉行へって降格のようだが、東金城は既に落城し廃城同然となっており、嫡子・政成は上総に残るのでまあ裏切ることはないだろう。ここも目付は風魔から出した。
何と言ってもやはり風魔の者が一番信頼できる俺である。
実はこの常陸と陸奥の国境には常盤鉱山という大規模な炭田がある。但し、明治時代の近代技術を以てしても採掘は困難を極めたという。
この辺の話は恵理と付き合っている時に、恵理のお父さんから聞いていた。
そう、北常陸は俺にとっては短かったが楽しかった恵理との沢山の思い出と、その後の結婚へのクレームで落ち武者にまで叩き落された、甘くもあり辛くもあるとても複雑な気分にさせてくれる地なのだ。一連の仕事に目途がつきふと時間ができると、4百年の時を超え、ここが異世界なら次元も超えてか、センチメンタルな気分にさせてくれるのがこの北常陸というところである。
水戸城の江戸氏から歓待のお誘いもあったが上手いこと言ってお断りした。さすがに水戸を訪れる精神的自信がなかった。
結局、常盤鉱山は現時点では採掘不可能と判断し誰にも告げずに自分だけの秘密とした。
これで、総大将としての初陣、北常陸での技開家老(北常陸の鉱山は北条は認識していなかったので新鉱山扱いとなり技開家老の職域に含まれる)の仕事を終えた。