1590年6月8日・箱根湯本の戦い4・半蔵参上
”狸”の近習の中で一人厠へ出て行った男は、その後、寺の裏手にある丘陵を登っていった。
ここは丘の中でも最も東寄りになる場所で、元々は部下達との待ち合わせ場所だったのだが、異変に見舞われていた。
部下が一人も来ていないのである。
近習いや半蔵はこの時点で確信していた。ここで落ち合う予定だった、旅籠に泊まっていた部下達はもう死んでいる。
通常の行事であれば、この時点で半蔵は寺に戻り、他の近習を腕づくでも言うことを聞かせ主の無事確保に動いた事だろう。
だが、今回は通常ではなかった。主以上に止ん事無き人物が主催する茶会だったからだ。
しかも、そのやんごとなき人物すなわち天下人と伊賀者の関係は決して良好とは言えない。強引に茶席に乗り込んでも無礼打ちされる可能性が高かった。
なので半蔵は単身茶室上の丘を目指すことにした。
既に忍びには邪魔でしかない近習用の鎧兜は脱ぎ捨てている。
茶室上は丘の西よりだが、半蔵の身軽さなら30分もあれば到達できるだろう。
やがて、丘の中腹に見慣れないものが並んでいるのに気付いた。
墓石だ。それを巧妙に重ねて壁のように並べてある。
早雲寺を本陣にする際、兵の寝床を確保するのに墓地を撤去したと聞いた。
取り除いた墓石を茶室に近づけないよう壁として設置したのだろうか?
半蔵の身軽さを持ってすれば、こんな壁一っ飛びなのだが、念のため一度よじ登り壁の向こうを見ることにした。すると、
囁くような虫の音と共に、丸太がずらりと転がっている光景が目に飛び込んできた。梅雨のせいでどれも湿っており物凄く滑りやすそうだ。やがて、丸太の一角に妙な物を見つけた。倒れた二体の仁王像だ。
早雲寺門前にあった仁王像だろう。これらは天下人が上方から呼び寄せた女達が気味悪がった為撤去されたと聞いている。それがこんなところで再利用されていたのか!
他には石畳みのように墓石がおかれた通路のような所もあったが、どうもあからさまに通りやすそうな雰囲気に逆に怪しさを覚えた。
結局、半蔵は壁を飛び、仁王像の上に着地することにした。
音もなく風も立てず、仁王像の腹の上に着地した瞬間!激痛を覚えた!
咄嗟に体を捩り、仁王像から飛び降りる。
見ると何故かは分からないが、先ほどまで倒れていた仁王像の右腕が上に伸びている。あの右腕が着地した時に半蔵の股間を打ち付けたのだ。
更に見ていると今度は倒れた二体の仁王像が上体を起こし立ち上がろうとしている。
こんな怪異の相手などしていられない。直ぐにでも逃げ出したい所だったが、急所を打たれていてはさすがの半蔵も走るのは不可能だった。徐々に後ずさり化け物と距離をとった。
(史実での小田原陥落まで、あと28日)
イラストにトライしてみました。下手くそですがご勘弁を
徳川家康に仕えた服部半蔵は三河生まれの一般武将で忍者ではなかったようですね。本作では、伊賀の首領・凄腕半蔵として活躍してもらいます。




