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落ち武者・歴史は知らない理系リーマン、化学チートで戦国を駆ける   作者: ディエゴ
第一章 包囲されたはじめての街
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1590年6月8日・箱根湯本の戦い1

*同日夕刻・石垣神社*


天下人が早雲寺に陣を敷いた日、裏鬼門にあたる西南に何もないのを忌み、街道から外れた森の中に急造したのが石垣神社である。もともと森だっただけに、人気は少なく、カラスを自分達の縄張りに入り込んだ人間を警戒するように時折鳴き声を上げるのみの静かな場所である。


ここに、伊賀者の一派・藤林党が集まっていた。言うまでもなく本日夜に主が参加する夜会に備えての警備の為である。


忍びの警備とは、異変・危険を発見、これを速やかに報告することである。


報告先は頭領・半蔵であり、頭領が兵に対処を命じるか、内容によっては主の避難を優先するのである。


つまり、危険の除去は忍びの仕事ではないのだ。


異変・危険を認識する為に彼らは6日前から、この神社に浮浪者を装い潜伏、湯本界隈の日常の把握に務めてきた。まるで周囲の背景に溶け込むかのように。


この時代、浮浪者は珍しい存在ではない。特に戦が行われているとなれば尚更である。小田原は包囲戦となったが、力攻めで落とされた支城はある。


その周囲の集落に住んでいた住民などは畑地を荒らされる等で浮浪者に身をやつした者が多いのだ。


また、落ち武者狩りを狙って集まってくる野武士などもいる。


ここ、箱根湯本界隈で多いのは圧倒的に前者だ。何しろ、天下人の本陣があるのだ。そこから出る残飯は彼らにとっては御馳走となるのである。


『お頭、今日も昼間は異常ありませんでした』


『右に同じでやんす』


部下の報告を聞いて藤林は問う。


「忍びの気配はしなかったか?」


何故、こんなことを聞くのか?


それは、忍びは敵方といえど必ずしも危険とは限らないからだ。


忍びの世界とは複雑極まる常識の世界である。時と場合によっては、敵方の忍びと情報の交換すらし合うこともあるのだ。


特に今回のような、小田原圧倒的に不利の場合は風魔が今後の仕官先を考えて接触してきても不思議はなかった。


『今日まで、風魔も三つ者も全く見かけません』


20万の大軍に主家が攻められ風前の灯の筈なのに、全く接触してこないとは不思議な、と思ったその時!


音もなく突如空から襲撃を受けた。三つ者の毒矢?


と咄嗟に判断、身を屈めたが、直ぐに無駄だと知る。


部下も襲われていたからだ。無数のカラスに!


「皆、バラバラに逃げろ!一人でも生きてお頭に知らせろ。こいつぁ襲撃だ」


野生のカラスがこんなに大勢で碌に餌も持っていない人を襲うはずがない。


三つ者の毒対策に手足喉は厚めに防備していたが、さすがに顔は呼吸の為に出さざるを得ない。厳密に言えば仮面などあるのだが浮浪者が身に着けるものではないのだ。


彼らが持っている武器と言えば逃走幇助用の撒菱・苦無等であり、鳥類に有用な物は何一つない。両手で顔を防御するのが精一杯である。


だが、カラスは顔を覆えば耳を、耳を庇えば目や鼻口をと容赦ない。そして手の指を啄まれだしたのを最後に激痛と共に視界を奪われた。目を潰されたのだ。徐々に痛みすら感じなくなってきた。


「一人でも生きて半蔵様の元へ」


藤林はやがて意識を手放した。


藤林の部下4名は頭の命令通り、それぞれ別々の方向へ逃げた。が、全く無駄だった。カラス達はまるで自分だけが獲物であるかのように嘴、足の爪で攻撃を加えてきて、皆、転倒してしまった。階段から転げ落ちて失神した者もいた。


こういう騒ぎに一番敏感なのは野犬である。既にカラスの周りを遠巻きにお零れを当てにしてかなりの頭数が集まっている。


やがて、藤林党全員が絶命に至った。後は野犬が死んだ”浮浪者”を平らげてくれるだろう。


風魔のカラス使い達は、カラスの撤収を鳥笛で指示した。


今回のターゲットが忍びでなかったら、このような襲撃は実施しなかったことだろう。大声で叫ばれ人を呼ばれでもしたら、例え目標の5人を殺せたとしても、早雲寺の本陣に騒ぎを知られることになったかもしれないのだ。


だが、忍びは優秀であればあるほど、音は立てないし声も出さない。騒ぎ声を出しても、やってくるのは味方ではなく敵。忍びの仕事場とはそういう場所なのだ。


今回の襲撃も忍びの性を巧みに突いた作戦だったのである。


(史実での小田原陥落まで、あと28日)

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