1600年3月 フェアラ城の戦いPart3
水脈を堰き止める作業は予定通り二週間で終了した。流石に3千もの兵が山に入ったにで城側に気付かれ弓を射かけられたが、下から上への弓射にさしたる効果はなかった。山に入った兵にはそのまま山中に駐屯して貰う事にした。これで内城から山側に逃げる事も難しくなったと相手は思うだろう。
このフェアラ城、山城ではあるが平地に高さ400メートル程の小山を背に建っており、日ノ本では平山城と言っても良い程度の小さい城である。
また、水脈止めを指示したのも女真人はあまり井戸掘りは上手くなく、川の水を飲む事が多い事が分かっていたからだ。この辺りは、元々はモンゴル族同様、狩猟遊牧民だった影響だろうか。
それから更に一週間、水脈堰き止めの効果があれば既に内城に動きがある筈だ。
この3週間、残りの兵もただ城を囲んでいた訳ではない。城下の女衆を伝手に外城内の者達に寝返り工作を繰り返していたのだ。その結果、少なくない数の戸でフルンに付くという者が出始めた。何れも先のグレの戦いで大火傷を負った兵がいる家だった。彼女らは食事と引き換えに情報提供をするようになった。そして、内城の変化を知らせて来た。
『内城から井戸を借りに来る事が明らかに増えた』
というものだった。水脈堰き止めの効果だろう。やはり、フェアラ城の井戸はそう深くはなかったのだ。
「そろそろだな」
儂は歩き巫女4名を呼び、最後の作戦を指示した。
寝返った外城内の女の中に内城で賄いをしているという者がいたのだ。歩き巫女4名は女直人女性の着物を借り、そこに忍び込んだ。
彼女らは初めて内城に入るが既に内部の建物の配置は充分に頭の中に入っていた。内城中央の木柵に囲われた屋敷がヌルハチの家だ。そこに女直人女性と一緒に入り込む。狩猟民の女直人も葉野菜は食べる事は把握している。彼女達は賄いを手伝いながら、葉野菜に一品加えて行った。彼ら女直人は野菜は馬油で揚げて食べる事が多い。歩き巫女が加えた一品も油で揚げてしまえば全く見分けがつかない。母屋への配膳は家の女に任せ、4人は内城の他の家の賄いに向かった。ここでも、同様に一品加えていく。女直の女性は誰も気が付かない。こうして、内城で賄いを手伝う事凡そ1時間、ついにその時は来た。ヌルハチの屋敷から女が血相変えて飛び出してきて井戸に向かっている。屋敷内にも井戸はある筈だが、やはり水位の下がった井戸は水を汲むのも大変なんだろう、手分けして必死に水を汲んでいる。やがて、他の家からも人が飛び出して来た。やはり水を汲むようだが、井戸は既にヌルハチの屋敷の女が占領している。ついに女同士の言い合いが始まり、やがて取っ組み合いに発展した。もう充分だろう。歩き巫女4名は内城壁際で火をお越し、忍ばせていた木くずを炊いた。この木クズを焚くと赤色の煙がでるのだ。簡易版狼煙である。赤い色は作戦成功を意味している。
山中から城を見下ろしていた3千の兵は狼煙の色に直ぐに気が付き、城に向かって下山を開始する。城下など外城外で包囲していた大軍にも指示が行き、凡そ5千の騎馬兵が突進、槍や丸太で外城の柵を破壊にかかる。応戦に来る城内の兵はまばらだ。
程なく柵は破られフルンの兵が外城に侵入した。内部は事前の情報通り3百戸程の家が密集していたが、女子供が大半で内応した女達の説得もあり直ぐに制圧は完了した。
さて内城への壁は石と丸太で組んだちゃんとした壁である。一部の壁から弓を射かけてくる兵もおり、フルン兵にも被害は出始めたが、フルン側も弓を射ると、やはり人数の差は大きく程なく射撃は収まった。その間にも、歩き巫女が開け放った内城への門から次々とフルン騎馬兵が侵入していく。マンジュにも内城に2千の騎兵がいる筈なのだが、驚くほど反撃は少ない。ついに城下から侵入してきたフルン兵は1万を突破した。山側から下山した兵2千は城下側より遥かに粗末な壁を簡単に乗り越え、内城に突入した。
儂も真田衆を従え内城に入った。城内は路上で息絶えている者、まだ痙攣している者、嘔吐している者、想像以上の光景が広がっていた。事前にフルン兵には吐瀉物には触れるなと指示していたが、酷い光景に自身で嘔吐しているフルン兵の若者もいた。吐瀉物の胃酸のせいで城内は悪臭が酷い。儂は急いでヌルハチの屋敷に向かった。
柵に囲われた大きな屋敷の前で歩き巫女4名が待っていた。
儂は馬を降り手綱を真田衆の一人に預けると、
『こちらです』
歩き巫女の案内で屋敷に入った。
ヌルハチは痙攣して白目を向いていていたがまだ生きていた。
「武士の情けだ。介錯してやれ」
儂は真田衆に命じ、ヌルハチの首を跳ねさせた。この母屋にいるのは全員ヌルハチの近親者であることは分かっている。まだ息のある者も、既に死んでいる者も女子供問わず全員首を跳ねさせ、フェアラ城城下に槍に刺して掲示した。また異臭の酷い内城は火を放って焼却した。
ここにマンジュの首長ヌルハチ一族は絶滅したのである。
歩き巫女が使用したのはトリカブトより即効性があると言われる毒セリである。元来が狩猟民の女直人にはセリと見分けが付かなかったのも無理ないだろう。
そもそも、女直人は儂等陸奥の者と違い毒殺などしない。マンジュも側近も毒見もせずに食事をしていたのだ。これはフルンの首長の食事を見て気が付いた事である。
マンジュ兵の弓で死亡したフルンの兵は僅か20人程。正面から力攻めをしても落とせた城だったが、双方に大きな被害が出ただろう。内城は凄惨な現場になってしまったが結果的に、外城内の家に住む者には殆ど被害もなく、被害を内城に住むヌルハチ一族に限定する事ができたのだ。”ぴんぽいんと”作戦が見事に成功したのだ。
”ぴんぽいんと”とは標的の目標を定め、周囲に被害を与えることなく目標の敵だけを確実に仕留める事を意味するんだとか。大将軍・直光様が時々使用する言葉だが、これで儂も直光様に認めて貰えるだろうか?
今回の目的はフェアラ城をただ落とすだけでなく、今後、旧マンジュ国をフルンが統治していくことにある。その為にはマンジュ領内の人間に不必要な被害を出さないことが重要だったのだ。
城下に並べたヌルハチ一族の首を見て奴らが死滅した事は噂となって広まるだろう。マンジュの中にはヌルハチに無理に徴兵されていた者も大勢いた筈だ。そこに女神を頂くフルンが新たな統治者として君臨するのだ。ヌルハチ一族以外に殆ど被害が無かったと知れれば今後の統治も楽になる筈だ。
迅速なマンジュ領民の人心掌握に”ぴんぽいんと”作戦は必要だったのである。




