1600年3月 フェアラ城の戦いPart2
フルン統一軍の総大将は各首長の中から選ばれたのではない。女神バナムハハの側近が総指揮を執っている。彼の名は津軽為信。通訳の歩き巫女に羽黒党・真田衆を従えている。
*フェアラ城外 フルン統一軍総大将・津軽為信*
儂は城の包囲を終えるやフルン各首長を通じ、
・城下での乱取りの禁止
・城下から城内に奉公に出ている女子供の調査
の二つを命じた。兵糧は十二分に用意してあるが兵糧攻めでは城下で乱暴狼藉を働く兵は必ず出るものだ。
このフェアラ城、山城ではあるが山全体を壁で覆っている訳ではない。城下は南東部に開けており、それ以外は壁外に山間部が広がり自然の要害となっている。女直人は銃も大筒も持っていない。銃撃が当たり前だった日ノ本の戦の常識から考えれば、隙だらけの城に見えた。
羽黒党には城外に広がる山間部の水脈の調査を命じた。水脈調査は羽黒党の最も得意とする分野である。
やがて、城内に奉公に上がっていると言う女が何人か見つかった。食料の提供を餌に城内の様子を問う。女達は
『外城内は3百戸程の家がありますが、男は少なく、先の戦いで大やけどを負った者が殆どです』
外城を囲っているのは壁というより柵なのだ。日ノ本では当たり前の櫓もなく、この話の通りであれば2万の軍を持ってすれば外城は力攻めで容易く落とせるだろう。
「内城に上がった事がある者はおるか?」
流石にいないか。だが、暫くして一人の女が声を上げた。
『内城に上がる者は外城内の女衆です。その女達から聞いた話で良ければ話せます』
「構わん。内城内の建物の配置。特に井戸の場所は聞いていないか?」
『内城の中心にヌルハチの屋敷があり周りを木柵で囲っているそうです。それ以外はヌルハチの親族の住居が凡そ百戸あると聞きました。井戸は、ヌルハチの屋敷内に二つ。その他、内城内に10か所程点在しているそうですが、詳しい場所まではわかりません』
「うむ。充分だ。食料は弾む故、安心いたせ」
それから、10日ばかりした頃、羽黒党が帰還し始めた。流石、水脈調査は本職の羽黒党、仕事も早いわ。
事件というか、騒ぎが起きたのは羽黒党が下山し始めて3日後の事だ。その羽黒党の一団は丸太に蔓を巻き付けた即席の筏をこさえ、その上に熊より大きな黄色と黒の獣の死体を載せて降りてきたのだ。その獣はどうやら親子らしく2頭いる。血抜きは終えてあるようだ。
これを見たフルンの兵達が大騒ぎになったのだ。一体この獣がなんだと言うのだろう?儂は通訳を派遣して聞き込みをさせた。
戻って来た歩き巫女によると、
『あの獣はタシャ(虎)と言って、熊より強いあれを退治する者は女直では英雄として敬われるのだそうです。そんな英雄を多数連れている津軽様を女直の者は大いに称え、この戦は大勝間違いなしと騒いでいるのです』
倒したのは羽黒党の一団なのだが、羽黒党全員が同等の力があると思われたのか。たしかに、皆山伏の同じ格好をしているからな。
因みに忍び仕事をする時は羽黒党は山伏の装いなどしない。現場に溶け込むような恰好をするのだ。
『タシャの毛皮は滅多に手に入らないので貂皮より高価なのだそうです』
歩き巫女はそう言った。
さて、肝心の水脈の状況だ。羽黒党を呼び説明をさせた。
『山頂の高さ、山の傾斜から勘案して、内城の井戸に繋がっている水脈はこのように絞り込めます』
彼はそう言って、山と城そこの地下を流れる水脈を記した絵を見せた。
内城に届いている水脈は全部で三つあった。
「この三つの水脈、堰き止める事は可能か?」
『大仕事になりますが、これだけの大軍ですから人はおります。充分可能かと』
「では一つの水脈につき千の兵を付けよう。其方らは女真の言葉も操れるな。どれくらいで堰き止められる?」
『は、我らは女真の言葉も話します。千人もおれば、二週間もあれば堰き止められると思います。ただ、地下ですので堰き止めた場の下流からも水はでているかもしれません。その場合は井戸は水が減るだけで枯れはしないでしょう』
「井戸の水が減るだけでも効果は充分だろう。ではフルン各部より千人ずつ出させる故、作業にかかってくれ。城内に気付かれる恐れはあるか?」
『それが、城内は山側には全く注意を払っていないようです。例の虎退治の時はかなりの大捕物だったのですが、城内に気付かれた気配はありませんでした。尤も総勢三千人も山に入れば、さすがに気が付くと思います』
「確かに、それで気付かなかったらヌルハチは痴呆者よ」
儂は羽黒党の者と笑い合った。
フェアラ城は戦前に日本の稲葉岩吉博士が実地調査し「興京二道河子旧老城」に纏め城の詳細な鳥瞰図も記載されており、原本は京都大学に保管されているそうです。




