1600年2月 グレの戦いPart2
連戦連勝の上、軽くて暖かい毛編着物を大量に鹵獲できたマンジュ軍は、最早、フルンを舐めていた。ハダが北から侵攻してきたと連絡を受けたヌルハチは精鋭を2千を率いて北部守備兵の救援に向かった。グレに残る軍の指揮を執るのは弟のシュルガチである。ヌルハチの嫡男チュイェンも若干20歳であるが既に将としての才を見せグレに残っている。過去二回でフルンから奪った毛皮の着物を皮鎧の下に纏ったマンジュ兵凡そ6千は虎視眈々とフルンが渡河してくるのをグレ山頂と山裏から待っていた。
前回同様、フルン軍は山を登り始める。マンジュ側は懲りない攻め方をあざ笑い、山頂と山裏から挟撃を図った。
だが、今回はフルン軍の動きが違った。マンジュ騎馬兵の急降下を確認するや、直ぐに脱兎のごとく後ろを見せフン川に逃げていく。逃げる兵を追いたくなるのは優位な軍の習性である。下山したマンジュ兵合わせて6千は先を争ってフルン軍を追う。その時!
上空に聞いた事もない不快な異常音が発生した。戸惑うマンジュ兵、馬は不気味な音に興奮・恐怖し兵を振り落として逃げ出し始めた。やがて、混乱のマンジュ兵の一団のそこかしこから火柱が上がる。馬から振り落とされ地面に強か打ち据えられた兵の一人が偶然を空を見上げる格好になっていた。
『化け物だ!』
この世のどんな鳥よりも大きく羽根も生えていない空にいる化け物は卵をマンジュ兵の上に産み落としていく。そして、それが地面に着くと大きな火柱に代わるのだ。
逃げるのも忘れ、到底この世とは思えない光景に空を見上げるマンジュ兵達。しかし、彼らは否応なく現実に戻される事になる。突然、身体が熱くなり余りの熱と痛みでマンジュ兵は次々と地面を転げまわりだした。
ただ空に浮かんでいるだけに見えた化け物達はマンジュ兵を取り囲む様に火柱を産み、次第にその囲みを狭めていったのだ。兵も火の囲いの中に取り残された馬も興奮し暴れまわり、転げ回る兵を踏みつけた。
結局、化け物達がグレ付近の空から姿を消した後に残ったのは判別不能の黒焦げ死体、辛うじてかつては馬、人だったと分かる黒炭が鼻を摘ままなければとても近寄れない異臭と共に大量に残されていた。焼け焦げた兜から将級の死体と判別出来た物もいくつかあり、ヌルハチの弟シュルガチ、嫡男チュイェンと推定される死体もあった。
この惨劇によるマンジュ兵の死者数は正確な所はわからない。何しろ死体の損壊が酷過ぎるのだ。結局、過去二回の快勝からマンジュ側は余裕を持っており、早期に逃げ出した兵は少数だろうという曖昧な推論しか出せなかった。
聡慧なる諸賢には最早説明は不要だろう。化け物はホイファから飛来した数機のタンデム型ヘリであり、投下したのか焼夷弾だ。かつて、法隆寺を焼いた時は鯨油が使用されたが、ボルネオからパーム油が入手できる現在は正真正銘のナパーム弾が使用された。信管の詳細については例によって割愛する。
また、マンジュ兵の突然の悶絶の原因は彼らがフルンから鹵獲し身に付けていた毛編の衣類が原因だ。実はあの衣類はアクリルで、高温にさらされると溶けだし体に張り付き肌着や皮膚を焼き溶かしたのだ。
フルン側は今回の作戦の為に敢えて過去二回の戦いで、敗戦逃亡に見せかけてアクリルをマンジュ兵に身に付けさせるよう仕向けたのである。
過去二回でマンジュが捕らえた兵は元々はシュルガチが遼陽で貂皮と引き換えに倭寇に渡した奴隷兵だが、総大将のシュルガチは敵の雑兵の顔など見る筈がない。そもそも、貂皮取引の際に奴隷の顔や名前の確認もしていないことだろう。
一方、奴隷兵は”手柄を立てれば奴隷から解放し、武将に取り立ててやる”というフルンの換言に載せられて先兵になっただけである。
『マンジュは女子供は奴隷として連れて行くが、男は皆殺しにする』
且つてウラの使節が秋田実季に語った話から奴隷兵の使用は決断された。そして、実際、過去二回で捕らえられた奴隷兵はアクリルの衣類を剥ぎ取られ皆殺しにされていたのだ。
この作戦を立案したのは、大陸に一度も来たことが無い真田昌幸だ。
羽黒党と真田衆が集めた合戦予定の地形、ホイファから現地までの距離とヘリコプターの航続距離、秋田実季ほか現地の重臣が聞き取った女直の話から、自身は一度も現地に赴くことなく戦略を立て、女神の威光を武器にフルン兵を、アクリルの軽さ暖かさを武器にマンジュ兵を見事に操って魅せたのだ。
流石は大戦略家・真田昌幸である。




