1599年10月11日 直雷の決断
明の馬林は勿論、マンジュも知らない事だが、実は昨年の冬にオロチョン族を通して、フルハ族に炭鉱労働の誘いがあったのである。フルハ支配域にも鶴崗炭鉱という大きな炭鉱があるのだ。無理な狩猟によって獣の数が回復するまで数年はかかると知っていたフルハはこれを受け、今年から当面、鶴崗炭鉱の採掘を始めたのだ。勿論、石炭の買い付けは日ノ本であり、買い取った石炭はハンカ湖まで船で運ばれていた。昨年までは大口の取引先であるマンジュの言いなりだったフルハだが、日ノ本という新たな取引先が現れた事で事情は一変する。元より狩猟民であるフルハは弓槍など武器はある。100人程度のマンジュ人など来ると同時に攻撃を始めた。更に新しい交易相手の秋田実季軍がモンゴルの駿馬に乗って加勢にやって来た。事前に馬の調教が不要な無音銃エアガンで、この時代では考えられない速度で連射する秋田軍にマンジュ人は一人も逃げ延びることが出来ず全滅したのである。
無音銃も最初に開発されてから9年、バネの強度もあがり、形状も今ではボルトアクションが主流だ。トリガーと連動してカートリッジが動く細工も施されている。商人に偽装し鎧も付けていないマンジュ人は一溜りもなかった。
このマンジュ人皆殺しによって野人女直の地は全て日ノ本の勢力下に入ったことになる。
また、ウラから連絡を受けたイェヘの使節団がネン川(嫩江)畔の秋田軍拠点を訪ねてきた。マンジュと隣領のハダを警戒する彼らの目的は最初から朝貢と庇護下に加えてもらう事だった。これらは、ウェジの征西将軍・伊勢直雷に伝えられ判断を委ねられた。
*ウェジ 征西将軍・伊勢直雷*
俺は、妻の甲斐、重臣の津軽為信と昨日訪ねて来たホイファの取り扱いをどうするか検討していた。
名目上の征西将軍は俺ではあるが、忍びの出であり兵など率いた経験もない俺より、武将である甲斐や為信の方が適切な判断を下せると思ったからだ。
兄者からは『いい加減、働け!』と言われ、この地の将軍に祭り上げられたが、妻の甲斐は子作りばかりしていた訳ではない。”孫子”など兵法書を読み兵を率いる際の心得を勉強していたのだ。
為信が懸念した通り、最大の懸案はホイファを庇護下に入れても飛び地になってしまうという事だった。いざとなればヘリコプターで支援に行くことは可能だが、そこまでして守ってやるほどの価値がホイファにあるか?が問題だ。
そこへ、大慶油田への運河建設を差配している秋田実季から連絡が入った。伝書鳩の竹筒に入った文にはこうあった。
『ウラから偵察隊が来たので充分に脅かして帰しました。ほぼ間違いなく日ノ本に降ると思います。また、イェヘからは朝貢の使者が来ました』
大陸の土地の広大さは今一つつかめないが、彼ら海西女直の位置関係は皆、把握している。早速、甲斐が
『ならば、ウラに南方のワルカ部を攻略して貰えば、ウェジとウラ、ホイファは地続きになります。ワルカ部にはロトゥンとかいう盗賊がいて朝鮮領内で略奪を働いているという噂ですが、ウラとホイファの連合軍であれば盗賊など容易く一掃できるでしょう』と言った。為信も
『何なら、朝鮮にも出兵を依頼しても良いかもしれませんな』と補足する。
『では、ホイファの一行には、”我らの保護下に入りたければウラと連合して盗賊ロトゥンを捕らえ、ワルカ部を平定せよ。必要なら朝鮮にも出兵を依頼せよ”こう答えてよろしいですかな?』為信が確認するが、
『私達は出陣しないの?』甲斐は不満げだ。
『確かに、某も久しぶりに戦がしとう御座います』為信も同調する。
やはり、二人とも正統派の武将だ。
「ハンカ湖までの運河建設は思いの外、人が集まったからな。日ノ本の兵が抜けても問題はないだろうが、西に向かうなら馬と道案内が必要だな」
『馬は秋田殿からモンゴル馬を輸送して貰いましょう。案内人はホイファの者に一人残って貰いましょう』為信がそういう。
為信が連れて来た家臣団は総勢で凡そ千名。全員、騎乗も出来れば銃も使える者達だ。モンゴル馬は種子島の爆音に慣れていないので銃は無音銃エアガン一択となる。
方針はおおよそ決まったが、ホイファ・ウラの軍がどれくらいの力があるか分からないこと。盗賊ロトゥンは配下をどれくらい抱えているか?そもそも、厳しい寒さの冬の大陸で如何に津軽兵といえど、普通に戦えるのかが不安材料として残った。
この辺りは、偵察にでている羽黒党の報告を待つしかない。
「来春まで待てば、島津軍の投入も可能になるのだがな」
思わずそう言ってしまったが、為信は、
『島津殿のお力を得なくとも我ら津軽衆でロトゥンなる盗賊如き捕らえてやります』と強気そのものだ。実際、津軽の兵はこの地で一冬越している。寒さへの備えに不足はないだろう。
「では、実季には馬の輸送とウラへの南下指示を出す。ホイファはウラに協力するよう使節団に伝えてくれ」
俺は為信にそう伝え、会談を終了した。
その時、羽黒党の一人が音もなく戻って来た。ホイファまでの地帯の報告だろうか?それにしては慌てている。彼は息を整え言った。
『申し上げます。海西女直の一部ハダがマンジュの攻撃により滅亡しました』




