1599年5月10日 モンゴル族との邂逅
*ネン川(嫩江)畔 秋田実季*
「オロチョン族が七台河の炭鉱労働に従事してくれて助かったな、長保」
『誠でございますな。しかし、今年も建州女直はフルハ人に狩猟の強要をしに来るでしょうか?某は些か心配です』
昨年、発破作業中にやって来たオロチョン族は運河建設を手伝った後、周辺の炭鉱採掘に当たって貰っている。大陸の冬は極寒だが地元民のオロチョン族は防寒対策も万全で真冬でも採掘を続けてくれた。今では頼りになる隣人である。
そして彼らの狩猟生活を脅かしたフルハ人を従えた建州女直達は冬が訪れる前に南に帰って行った。冬は動物の活動が減り狩猟は困難なことを彼らも知っていたのである。
「グワルチャ族、シベ族も怯えておったな」
グワルチャ族、シベ族ともスンガリ川を遡上する途中で出会った流域の地元民だ。過去に9か国連合軍に加わり建州女直と対峙し大敗した経験がある人々だそうだ。
『『ヌルハチとその弟シュルガチは大変凶暴な熊のような奴らです』』
彼らはそう言って、恐れおののいていた。
ところで、このネン川下流域にはコルチン族、チャハル族といったモンゴル族の一派の支配域もある。発破作業を開始して程なくして、彼らが尋ねて来た。
「オロチョン族のように、また、発破が煩くて狩猟ができない。等と言うのだろうか?」
『モンゴル族も狩猟民だそうですから、そうかもしれませんな』
長保を従え、コルチン族、チャハル族と面会する。
コルチン族は以前、グワルチャ族、シベ族と共に建州女直と戦った一族だそうだ。
『我らを保護していただきたい』
自らやってきたコルチン族の長ウンガダイ(翁果岱)は、我らの爆破作業を見て、この威力なら建州女直に対抗できると思ったのだそうだ。一族の重臣であるマングス(莽古斯),ミンガン(明安)兄弟を従えてきており並々ならぬ決意で来訪してきたのが分かる。私は、
「それは、コルチン族が我ら日ノ本に従属するという事でよいか?」
『『構いません』』
歩き巫女の通訳を通し3人は即答した。詳しく話を聞いてみれば、彼らは隣領のチャハル族からも圧迫を受けており部族存亡の危機を抱いていたらしい。
『我らが提供できるのは馬です。日ノ本では馬は必要ありませんか?』
ウンガダイはそう聞いてきたが、無論、日ノ本でも馬は重宝しているしモンゴル馬の有能さは且つての蒙古襲来の故事以来、良く知られている。しかも、大将軍からはモンゴル族と接触したら可能な限り友好を保つよう言われていたのだ。
「無論、日ノ本でも馬は使用するし、モンゴル馬の優秀さは知られている。我らに従ってくれるなら大歓迎だ。良ければ我らの作業を手伝わんか?雑穀や乾燥させた海藻でよければ扶持を出すぞ」
予想通り、狩猟民の彼らは穀物や海の幸の入手に難儀していたらしく、
『是非、手伝わせて下さい』
と答えた。運河建設には発破作業以外にも、細々とした仕事はいくつもある。賄い仕事等女仕事もある。準備出来次第、人を連れてくると言い、献上品のモンゴル馬10頭を置いてコルチン族は帰って行った。
別の日にやって来たのはチャハル族だ。コルチン族が押されていると言ってた種族である。彼らは、
『馬はご入用でないか?是非、あなた達の町で馬市を開かせて欲しい』
と言って来た。
「我らも馬は必要としている。是非、馬市を開いてほしい所だが、我らに従っているコルチン族がチャハル族に脅かされていると言っていた。コルチン族は今は我らの配下だ。我らと交易するのであればコルチン族への攻撃はやめてもらいたい。それが条件だが如何か?」
『我らは特にコルチン族を攻撃した事はありませんし、今後も攻撃の予定もありません。領地の規模が違い過ぎるので勝手に脅威に感じているだけでしょう。コルチン族には不可侵の意を表する使者を出します。是非、我らの馬を買って下さい』
使者というのは皆、口八丁な連中だ。それにモンゴル族の戦い方は騎馬による大軍の速攻だと聞いている。だが、チャハル族の支配域よりコルチン族の方が運河建設地に近いのだ。もしもチャハル族に攻め込まれてもコルチン族の多くを有刺鉄線内に収容することは可能だろう。万一の為にバリスタも持ち込んでいるので雷矢の爆音に慣れていないチャハル族の馬は統率を乱して逃走するだろう。長保とそう話し合った。
「分かった。では、馬市を開くのを認めよう。我らの暦で月に一回程でどうだろう?それと、病気の馬はいないか?皮膚に痘ができているような馬はモンゴルでは使用しないであろう。そのような駄馬を我らは引き取る用意がある。無論、輸送は我らが負担するがどうだ?」
その後、双方の暦の確認、痘が出来てる馬の輸送方法などが話し合われた結果、チャハル族から書面で馬市開催の確書が認められた。差出人の名は、ブヤン・セチェン・ハーン、モンゴルの国王だそうだ。あて先は、日ノ本・ハーン、日本の国王宛てだ。つまり天子様宛という事か。これは大層な物を貰ってしまった。
因みに痘が出来てる馬の確保は大将軍様の直命だ。そんな駄馬を何に使うのか我らは知らない。
最後に使者に建州女直と明国について尋ねてみた。
『建州女直は統一され今はマンジュと名乗っていると聞いております。マンジュとは仏道の文殊菩薩のことだとか。明とは敵対中故あまり詳しくはありませんが、銀や貂皮が不足して貴族や役人らは困っているとか聞きました。それ以上はわかりません』
ん?建州女直ことマンジュが昨年のように暴力的に貂皮を集め出したのは明国に献上する為か?ならば明側からマンジュを操作できないかな?
私は羽黒党に命じ
・モンゴル族との友好が図れたこと。
・痘がある馬の確保に目途が立ったこと。
・建州女直ことマンジュがフルハ族に押さえつけ無理な狩りをやらせている事。
を伝えると共に、明側からのマンジュ操作が可能か日ノ本本国に問い合わせた。




