1598年6月24日 秋田実季
ハンカ湖からムレン川を結ぶ湿地帯を2月ほどで整備した一行は、ムレン川から倭肯河への運河建設に着手した。この隊を率いるのは秋田実季である。
*ムレン川畔 秋田実季*
ハンカ湖ームレン川間の湿地帯と違い、ここからの地は平地であるので発破作業となる。4月に先発していた測量部隊によって運河敷設経路が引かれているのでひたすら爆破作業である。日ノ本からは数えきれないほどの”だいなまいと”なる爆破具が持ち込まれている。ここから、倭肯河までは凡そ50㎞、元よりこの運河は大型船を通す予定のない細い運河なので、半年もあれば開通すると思われた。
「それにしても、この”だいなまいと”というのは恐ろしい威力だな」
私は日ノ本時代からの側近・赤尾津長保に声を掛けた。
『誠でございますな。大将軍様の部隊で使用している恐るべき弓、雷矢もあれが使われておるそうです』
「うむ。その話は某も聞いた。誠、北条に弓を引かなくて良かったわ」
『本当でございますな。あんなのが降ってきたらと思うと身がすくむ思いです』
長保も苦笑した。
「この調子であれば、倭肯河までの50㎞、予定通りに到達しそうだな」
『なんでも、当初は関船程度の船が通れれば良いとの事でした。その程度の細い運河なら問題ないでしょう。それより、お聞きになりましたか?運河が倭肯河に到達する一帯は炭鉱地帯だそうです。既に羽黒の山師が調査してかなりの石炭を発見しているそうです。大将軍様は何でもご存じなのですね』
「石炭の話はオレも聞いた。あの臭水を使って船を動かしたり、空を飛んでみせたり、絹を作ってみたり、本当に不思議な方よな、大将軍様は」
実際そうなのだ。旧秋田領に湧き出る臭水は匂いが凄いわ、畑に紛れれば作物が育たなくなるわで本当に厄介物だったのだ。それが、まさか、あのような利用の仕方があるとは。石炭にしてもそうだ。私が見ても只の黒石にしか見えなかったことだろう。
そこに、陣外の守備兵が駆け込んできた。
『申し上げます。付近の民と思われるものが大勢、弓を持って押し寄せております。某ら門衛では言葉が分からず。対応に支障をきたしております』
「地元の弓兵か!既に交戦したのか?」
『いえ、彼らはどうやら話をしたがっているようで、まだ、弓は射られておりません』
「分かった」
私は陣内の歩き巫女を2人連れ門に向かった。
門と言っても、周囲を有刺鉄線で覆った中、発破作業員が出入りするために一か所開けている部分である。事前の調査では付近に集落も確認出来ないとの事だったが、何処から来た民だろう?
暫く歩き巫女が会話しているのを見守ると、彼女の一人が言った。
『彼らはここから北の一帯に住むオロチョン族です。狩猟民の彼らは発破作業の爆音のせいで付近から野獣が居なくなって困っているので、作業を止めて欲しいと言っています』
北の地方は昨年来、征北将軍・伊達政宗殿の隊が大河アムールを進みながら周辺に住む狩猟民を慰撫し、日ノ本旗下に組み入れた。と聞いていたが、まだ、野良の狩猟民がいたか。流石に大陸は広いな。
伊達殿の狩猟民との交流方法は伝わっている。樺太のニブフ族が交渉の表に出て北の狩猟民では手に入らない砂糖や雑穀などを与えて相手の好意を誘い、
”日ノ本の一員になれば彼らの狩る獣の皮との交易でいつでもこれらが手に入る”と誘い交易に便利なようにと日本語教師を派遣し言葉だけでなく文化も日ノ本化させていくという方法だった。
だが、ここには、砂糖も雑穀も自分達の分しかない。かといって工期に遅れが出るので発破作業を止める分けにも行かない。
「我らはここから西に向かて発破作業を行っていく。北には向かわない。彼らに爆音が届かないくらい北に向かい狩猟をするよう言ってみてくれ」
暫く話をしていた歩き巫女だが、
『更に北の地は別の部族の縄張りで入ると戦闘になるそうです。彼らオロチョン族は長年この辺りから東の山々までを縄張りとして狩猟をしてきているぞうです』
「では、あと2週間程でここらでの作業は終了し、我らは西に移動する。その間、堪えて貰えるよう伝えてくれ」
再び歩き巫女が話をする。やがて、
『もう、一月程獲物を得ていないので食べる物がないのだそうです。この上、2週間も待つ等無理だと言っています』
一月程獲物を得てない?私達が発破作業を始めてまだ3日だ。それは別の原因があるのではないか?
歩き巫女にその旨伝えさせると、
『ここから西の地帯はフルハ族という狩猟民の縄張りなのですが、最近、その人達に何処からか増員が入り獲物を捕りまくっているのだそうです。その所為でこの辺りの野獣は減っているとのことです』
”獲物は取り過ぎると絶滅してしまうので注意せよ”は、大将軍様からの厳命だった。伊達殿に降った人々であれば、そんなことは絶対にしない筈だ。他にもまだ野良の狩猟民がいるということか、それにしても増員?一体、どこから?
「獲物は取り過ぎると絶滅してしまう。狩猟民ならこれは常識として知っていると思うが、そのフルハという者達は何故、そんな無謀な狩猟を始めたのだ?増員がどこからやって来たか心当たりはないか?」
歩き巫女を通して確認する。西といえば私達が向かう地だ。やがて遭遇する可能性が高いのだ。
『増員されたのは髪の形から女直人だと思うとのことです。フルハ人はその者達に支配され仕方なく大規模狩猟を始めた模様だと言っています』
雇っている作業員にも女直人がいる。何か知っているかも知れないな。
「フルハ人への増員の件は今夜、女直人作業員に聞いてみよう。あと彼らオロチョンの人々だが、我らに加わり運河建設に従事する気はないか聞いてみてくれ。話からして、我らが発破作業を止めたとて、彼らが食えるほど獲物が採れるようになるとは思えんからな。我らの作業に参加するなら食事はこちらで用意すると伝えてくれ」
『家族を連れてきても良いのか?と聞いています』
「勿論だ。だが、あまり多すぎると食料が足りなくなってしまうな。家族は凡そ何人くらいか聞いてみてくれ」
『女子供が全部で200人程いるそうです』
「分かった。取り敢えず受け入れよう。それで、彼らは運河建設に参加してくれるのか?」
『家族を受け入れてくれるなら、お礼にこちらの仕事を手伝うと言っています』
「なら決まりだ。家族を連れてまいれ」
歩き巫女を通しての交渉は終了した。私は念のため、食料の増量をウェジに要請する使者を出した。
その夜、夕食後に赤尾津長保と手分けをして歩き巫女の通訳で女直人作業員に聞き込みを行った。その結果、
『南方の建州女直が以前から、彼ら野人女直に貂皮を買い付けに来ていたが、昨年から貂皮が激減して困っていた。野人女直も貂皮は北方の人から買っていたが、確かに昨年から激減していた。フルハ人の所に行ったのは、恐らく建州女直の人間だろう』
との事だった。
「長保。どう思う?」
『間違いなく、昨年の征北将軍様の部隊の影響でしょうな』
「貂皮は日ノ本でも珍重されているからな。恐らく北方から大陸に流れている品は端切れ同然のを縫い合わせた品に違いない」
『それと、建州女直では昨年、隣の海西女直と和議が結ばれたとのことですからな。何でも、建州女直はマンジュと自称し、海西女直の9か国同盟軍を兵力で劣りながら打ち破った英傑がいるとか』
「そうだな。実態は和議というより海西女直の謝罪に近い形の手打ちだったそうだ」
『その英傑の名は、確か』
「『ヌルハチ!』」




