1598年6月1日 ウェジ(ウスリースク)
元々は運河建設の為の一時的な足場程度に考えていたこの小さな集落だが、僅か二か月足らずで周囲を壁ならぬ有刺鉄線で覆った地域の大拠点と化していた。
この辺りは現地の野人女直の言葉でウェジと呼ばれており、自然、この拠点も同様に呼ばれるようになっていった。
大拠点と化した理由は、常時、人夫を募集している事である。当初は銀で扶持を支払っていたのだが、周辺地域の状況を調べた結果、食料の現物払いに切り替えた。雑穀、根菜、干し肉、干し魚、乾燥昆布、乾燥葉野菜等である。
その結果、人夫の応募者が激増したのである。銀など渡してもこの辺りでは滅多に市も立たないので、使いようが無かったという事情もあるのだろう。
銀を欲しがっていたのは豊かな南方への足が確保できる人達で、銀を貰ってもどうしようもない地元の人間が大勢いたのだ。
応募者には子供を抱えた女性もいた。運河建設には女性でも出来る仕事はある。力仕事をする男達への賄いを始め、文字が書ける者なら測量師が読み上げる数値を記録する仕事もある。因みにこの辺りでは漢字はあまり使われずモンゴル系かツングース系の独自の文字が使用されている。
そんな女性たちの為に子供を預かる託児所が開設された。
女性を採用するもう一つの目的は歩き巫女の適性があるかどうかを審査する意味もあった。子供がいる女性は除外されるが、中には身寄りもなく小さな集落で12歳程、場合によっては更に年少で体を売って生計を立てていたような女性も多くいたのである。
力自慢の男衆への対応、言葉の習得の速さ、運動神経など、密かに審査され適正有と見なされた者は歩き巫女へリクルートされるのだ。
戦乱が収まり、食料が生き渡りだした日ノ本では捨て子や流民が激減した。それは即ち忍びの成り手が減った事を意味するのだ。
現代で「赤ちゃんポスト」なる物が設置され話題になったが、今、この地では、同様の赤子の買取市が定期的に開かれている。売りに来た大人には男女問わず両頬に大きな刺青を入れている。そして、刺青入りの者からの買取は拒絶される。対価欲しさに赤子の誘拐をさせない為の措置だ。こうして買われた赤子は日ノ本に移送され忍びとして育てられることになる。
(以下、少々グロいです。苦手な方は飛ばして下さい。)
*ウェジ 歩き巫女養成所*
ここは歩き巫女養成所の初級の座学教室だ。生徒たちは椅子に座っているが、教壇は数段高くなっており、一見すると教室というより小さな舞台のようだ。
教壇上には講師と火鉢、そして猿轡をされ大の字に磔にされた全裸の男がいる。死刑を言い渡された犯罪者である。人夫の応募者が多いウェジでは奴隷は必要とされず、男の犯罪者は養成所で生贄にされるのである。
「ついつい忘れがちだけどね、男の急所はコイツじゃないんだ。この後ろにある奴さ!」
講師はそう言うと火鉢から熱い鉄箸を取り出し、男の陰茎を摘まみ上げた。
『!!!!』
熱い鉄箸で局部を摘ままれ、男は苦悶の表情を見せる。
講師はそのまま、もう一方の手でダイスを取り出すと、
「いいかい。今のこいつの痛がり様を、よ~く、覚えておきな!」
男性の局部を見て、視線を逸らしたり目を覆うような淑女はここにはいない。そんな良い所のお嬢様は初めから歩き巫女適正無しである。ここにいるのは、見た目は凡そ9歳から12歳くらいの少女ばかりだ。身寄りのない彼女達は自分の正確な年齢を知らないのが普通である。
やがて、講師はダイスを指で弾き、男の睾丸に命中させた。
男は体を痙攣させ、猿轡越しに泡を吹いて悶絶している。その様は先程の火箸で摘ままれた時の痛がり方の比ではない。
「どうだい?この様は?男の真の急所はこの袋に入った玉なのさ。しかも有難い事に二つも付いている。今後は男が視界に入ったら、誰でも構わず玉の位置がどの辺か注意を払うことだね。やがて、意識しなくてもそれが普通にできるようになったら、初歩の初歩は合格だよ」
別の教室では実技指導が行われていた。勿論、被験者は犯罪者である。中には自分の娘を凌辱したという極悪人もいた。
猿轡をされ後ろ手に縛られ足に思い枷を付けられた男が5人。対するのは女性が5人だ。無論、これは股間蹴りの実技指導である。
「いいかい!股間蹴りに必要なのは力じゃないんだ。素早く確実に股間に当てる事が重要だよ。膝から下を使って素早く背足を確実に当てるんだよ。当てたら、そのまま、すかさず足を手前に引く。状況によって無理な場合は足を押し込むでもいい。要は股間を擦る事が肝さね」
講師の言葉に従って、5人が目の前の被験者を蹴り上げる。男5人は全員床に転がり悶絶した。だが、ここで講師が声を上げた。
「向こうから二番目の男、あいつの悶絶は演技だ。あいつはそんなに効いてないよ!」
『すみません』
蹴った少女はすまなそうに謝罪する。
「構わないよ。何事にも失敗は付き物だ。ところで、こういう風に股間をしっかり閉じた男にはどうするんだっけ?座学で習ったろう?やってみな」
『はい』
少女は目の前で悶絶している男の尻の位置を見極め、後ろから再度股間を蹴り上げた。
男は目を剥いて痙攣した後、やがて全く動かなくなった。失禁している。どうやら吐瀉物が猿轡のせいで逆流し気管に入り込んだようだ。つまり男は失神ではなく絶命したのだ。
「よくやった。座学で習ったとおり、男は単純な動物だ。股間さえ閉じてれば急所は安全だと勘違いしている男が大半なのさ。例え一発で仕留められなくても、このように前屈みの姿勢になっていれば足を閉じていても、後ろからは男の大事な物は丸見えさ。寧ろ蹴りやすい位だ」
「股間を蹴られた男は泡を吹いて失神するのが大半だが、旨く直撃させた場合はこいつのように嘔吐する場合もある。まあ、実戦では相手は猿轡はしてないから、嘔吐したからと言って、こいつの様に即死はしないけどね」
「これだけ、股間を攻撃してそれでも嘔吐も泡も吹かないとしたら、そいつはもう男じゃないね。女か宦官だ!」
「女や宦官と判断した場合はどうするんだっけ?」
講師は別の少女に問うた。
『はい、前足で股間を蹴ります』
「そうだな。他にももし自分が素足だった場合はこういう蹴り方もある」
講師はそう言うと、足の親指だけを立て他の指はそのままの足型を作った。
「この蹴り方は足の親指で蹴る方法だ。威力は高いが親指の爪を痛める危険もある。これを使いたい者は普段から爪先立ちして足先を鍛えておく必要がある。私達女や宦官には睾丸はないが恥骨が股間にむき出しになっている。経験ある者は分かると思うが恥骨を強打されたら、暫く動けないし、男の様に転げまわる位痛いぞ。男と違うのは股間蹴りで死ぬ心配がないことくらいだな」
何人か身に覚えがあるのだろう。顔を歪ませている生徒がいる。
「特に明国の間者には宦官が多いと聞く。股間の手ごたえに違和感を感じたら直ぐに蹴り方を変える事が重要だ」
これらの実技が全て初級講義である。大陸に住む者は複数言語を自然に身に付けている者や、新たな言語の習得が早い者が多い。
初級で最低限の身を守る術を身に付けた後、日本語始め幾つかの言葉を覚え、日ノ本に送られ、そこで初めて歩き巫女の本来の任務を告げられる。日ノ本では命がけで日ノ本の役に立ちたいと思ってもらえるよう最大限の歓待を受けると共に徹底した日本人化教育が施される。稀にそこまでしても歩き巫女になる事に難色を示す者がでるが、その場合は生きる道はない。
歩き巫女とはそれほど極秘の職務なのである。




