1600年6月21日 邂逅
*征東部隊・先遣隊長・志賀親次*
ロスアンヘレスに上陸する事数日、先住民の集落があることが判明したので、先遣隊を出し接触を図る事になった。俺の隊から男5名、女5名を出し。村雲党10名、歩き巫女2名で向かう。上空から本多隊のハンググライダー隊が道案内してくれる予定だ。
今朝の朝食は鰐肉に魚、芋虫、サソリ、それにバッタだ。植物は村雲党と歩き巫女が毒物検査をしているが、まだ食用許可が出たものはない。
因みに現在の軍の入隊試験にはこういう昆虫食を食べられるかも試験科目となっている。自身満々で試験にやってきた腕自慢がどうしてもコオロギを食えずに悔しそうに帰っていく姿は笑い話になっている。
だが、こうして実際に異国の地に赴いてみるとあの試験が決して笑い事でなかったのだと痛感させられる。未開の地では何が安全な食べ物かなんてなかなか分からないのだ。今朝、食べた食材は蛇や鳥など動物が捕食していた物ばかりなのだ。
先発したハンググライダー隊の登った山から狼煙があがった。どうやら準備ができたようだ。我らも”じてんしゃ”で出発する。”じてんしゃ”には荷物は載せられないので、先住民への貢物は全てズタ袋に背負って行く、
貢物は鰐肉、魚、それに日ノ本から持ってきた”砂糖”、漆器、ガラス器などだ。
暫く行くとハンググライダー隊が同じ場所を旋回し出した。もう到着したのだろうか?すると、村雲党の一人が、
『人が襲われています!』と叫んだ。
流石は忍び、遠目が効く。
我らが所持している武器は帯刀はしているが弓と種子島、無音銃だ。槍は運転に邪魔なので持って来ていない。
急いで現場を取り囲む様に”じてんしゃ”で向かった。
そこには、小さな女の子が涙を流して佇んでいた。その視線の先は、母親なのだろう、大きな化け猫に組み伏せられ今まさに食べられようとしているところだった。
種子島は準備が間に合わない。儂は弓と無音銃持ちに「撃て」と叫んだ。
20メートル程に包囲した陣から弓と無音銃が化け猫に襲い掛かる。十二分に訓練を積んだ兵達はこの距離でも同士討ちの心配がないよう、巧妙に対面の相手の射線を避けた位置に立ち射る、撃つ。
化け猫は突然に激痛に驚いたのか母親を食べるのを止め、周囲を伺いだした。槍が無いので飛びかかられたら刀で立ち向かうしかない。
唸り声を上げる化け猫。射撃隊は四方から射続け、撃ち続ける。人間ならとうに死亡している筈だ。化け猫も流石に効いて来たようで、結局、こちらに飛びかかることなく座り込んでしまった。
そこに儂の側近・山中夢庵が斬りかかった。夢庵は様々な剣術を学んだ剣豪で、自分で編み出した流派を直指流と称しており、豊州の兵には門下生も多い指南役的存在だ。
弱った化け猫など夢庵の敵ではない。一刀で喉笛が斬られ、二刀目で首が落ちた。お見事!
歩き巫女が女の子と母親の元に向かう。女の子は無傷だが、母親は化け猫の爪に引っかかれ傷を負っているようだ。歩き巫女は早速、アルコール消毒を行う。浸みる筈だが治療されていると理解しているのだろう、母親は黙って堪えている。
若い男の兵はその辺りの草を毟り蝸牛、バッタ、風車などを作って女の子に渡すと、見た事もない玩具に女の子は目を輝かせた。
その間にも仕留めた化け猫の血抜きを行う。薩摩出身の兵が、
『三味線には猫の皮が一番なんですが、これだけ大きな猫だと三味線が一杯作れますね』
と笑った。
やがて、治療を終えた母親が身振り手振りで感謝を伝えてくる。無論、言葉が通じないのだが、こういう時の会話は歩き巫女は熟練している。
何度かのやり取りの末、母親の名はロマシ、女の子はアルゴマと分かった。
彼女はお礼に自分の集落に招待したいと言っているようだ。
元々、集落を訪れ交流する事が目的だったので申し出を受け入れる。
助けた母子は女性兵が背負って”じてんしゃ”で出発した。
2時間程進んだ頃だろうか、集落に到着した。凡そ50人程の集落だが、男と子供は裸、女は助けた母親と同じような胸当てと腰布だけを身に付けている。
見た事もない乗り物で化け猫の死体を持ってやってきた儂等に驚いた彼らだったが、母親が事情を説明してくれたので、直ぐに警戒を解いた。どうやら食事で歓待してくれるようだ。
彼らの料理は実に多彩で、木の種子、根、塊茎、球茎、木の実を砕いた物などだ。肉も出たが中々美味だった。彼らの食器は蔓を編んだような物が多かったが一部石器もあった。
やがて、食事も終わり村長だろう男から、貝象嵌細工の大きな器を贈られた。こちらからは、砂糖が入った漆器、ガラス器を贈った。彼らにとって甘味は初めての味らしく、とても驚き、とても喜んでいた。特に子供達は砂糖の虜になったようだ。解体した化け猫も提供しようとしたが、何故か断られた。彼らには神聖な動物だったのだろうか?
この集落に歩き巫女1名、男2人、女1人の兵を残し、暫く滞在してもらう事にし、儂等は帰途に付いた。




